軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の回避。(2)

「…………」

落ち着け。落ち着くんだ私。

まだ、クラウスが私に興味を持ったと、決まった訳じゃない。

じっと見つめて来るのも、何か理由があるんだ。髪に寝癖がついているとか、糸くずが付いているとか、パンくずがついているとか!

きっとそうだ。頼む、そうであってくれ。

「……クラウス」

「っ、……はっ」

私は意を決し、クラウスに声を掛ける。

彼は一瞬息を呑んだが、すぐに表情を引き締め返事をした。その凛々しい顔を見る限り、特殊な性的嗜好を持っているようには全く見えない。

ごくり、と私は嚥下し、息を吸い込む。

「私の顔に、何か付いていますか」

直球で、聞いた。

これ以上、この膠着状態を引き延ばしたくない。そんな胃の痛い事態は、ごめん 被(こうむ) る。

だからクラウスよ。遠慮はいらないから、早いとこ何が付いているのか教えてくれ。パンくずか?糸くずか?それとも芋ケンピか?

「…………」

じっと見つめ合う私達。不本意極まりないが、目を逸らすのも不自然だ。なるべく表情が引きつらないよう気にかけながら、待つ。

数秒か、数十秒か。私の胃痛を悪化させる重い沈黙が流れてから、漸くクラウスは口を開いた。

「…………、いいえ」

ああそうですか!何も付いていませんか!

ならとっとと答えて欲しかったですよ畜生め!!

緊張した面持ちで口を開いたクラウスは、私から視線を外し、俯いた。その頬が僅かに紅潮しているように見えるのは、おそらく気のせいだ。今日天気が良いから、少し暑いんだよね。そうに決まっている。

「ならば私だけではなく、周囲にも気を配りなさい。対象を見守るだけが護衛ではないでしょう」

「はっ!」

私の叱責に、クラウスは敬礼で応えた。

ちょ……何でそんな良い顔してるの。止めて、キラキラした目で見ないで!!何でだよ、今のもご褒美に入るのかよ!!

つーか私、遠回しに見るなって言ってるんですけど!

能面のような表情のまま、私は心中で絶叫した。だってこの人、意味分かんない。精神構造が意味不明過ぎる。

護衛や武術のなんたるかも知らない幼女に叱られて、嬉しそうとか何なん?

叱るのも殴るのも駄目なら、どうすればいいんだ。逆に誉めるの?撫でるの?誉めて伸ばすの??

私は静かに混乱していた。

机を挟んで、猛獣か未知の生命体と対峙している気分だ。一個でも選択肢を誤れば、即詰みそうな緊迫感が場を支配する。机の下で握り締めた掌と、首の後ろが冷たい汗をかき始めていた。

結果、私がどうしたかと言うと。

「……図書館に行きます」

逃げた。

敵前逃亡と、笑いたければ笑えばいい。

だって、こんな胃の痛い空間、もう沢山だ!

侍女は遠巻きにしながらも、ハラハラと見守っているし、クラウスは訳分からんし!私は静かに勉強がしたいんだよ!

課題の本と辞書を手に、席を立つ。

ふぅ、と細く息を吐き出した私は、数秒後に気付く。目先の危険を回避したつもりで、実際は何も回避出来ていないのだと。

「お供致します」

「…………」

……うん、そりゃそうだ。あはははははははは。

私の護衛騎士なんだから、付いてくるのは当たり前だよね!馬鹿じゃねえの私。

虚ろな目で廊下を歩く私と、付いてくる変た……もとい、護衛騎士。

もうどうにでもなーれ、とやさぐれていた私だったが、廊下の窓から見えるものに気付き、つい足を止めた。

眼下に見えるのは、鍛錬場。

今日も元気に弟が、兄と共に鍛錬に励んでいる。兄と比べても頭一つ分以上小さいヨハンは、長身のレオンハルト様の傍にいると、御伽噺に出てくる小人のようだ。踏みつぶされてしまいそうで、ハラハラする。

常時傍にいたからか、今の距離感にまだ慣れない。あの子が転んでも、私はもう助けてはあげられないんだな、と実感すると少し寂しい気持ちになった。

……いやいや、自分から望んだ事なんだから、弱音は禁物。弟に嫌われたんだとしても、それは私が選び決めた事の結果だと、受け止めよう。

ヨハン達から視線を外し、歩き始めようとした私は、ふと視線に気づき顔をあげる。

何故だか生温い視線のクラウスと、視線がかち合った。

……なにその残念な子を見るような、妙に温かい目。

王女殿下が百面相してはいけませんか。

「……何です」

見てんじゃねえよオラァ!的な、冷めた目で威嚇する。だがクラウスは、温かな視線と笑顔を引っ込めようとしない。

マダムに大評判の爽やかな笑みを私に向け、彼は口を開いた。

「……ローゼマリー様は、お優しい御方ですね」

何、急に。

というか貴方、この前私がヨハンを叱りつけていた時、一緒にいたよね。そんで、かなり引いていたくせに何言ってるんだ。

「世辞は結構です」

私は胡乱なものを見る目でクラウスを一瞥し、歩き出した。

かなり冷たい態度を取ってしまっている自覚はあるが、クラウスの地雷が何処にあるのか、全く把握出来ていないので、下手に動く事が出来無いのだ。

だがクラウスはめげる事なく、私の後を付いてきながら話しかける。君、メンタル強いね!

「世辞ではありません!」

「左様ですか」

「私はローゼマリー様にお仕えするようになって、まだ一年と十八日……」

……細かいな。

「と四時間半程度しか経っておりませんが」

細かいな!!あと怖い!!

「貴方様が、周囲の者を気にかけ、さりげなく気遣って下さる、心根の美しい御方である事は、存じているつもりです」

衝撃のストーカー発言に気をとられ、半分スルーしかかっていたが、これはこれで聞き流せない。

ちょっと意味が分からないよ……。あれですか。そっち方面の嗜好を持つ方々には、公衆の面前で弟を叱り飛ばす姉イコール気遣いが出来る天使になる訳ですか??何それ怖い。

「か、買い被り過ぎですね」

動揺し過ぎて、思わず噛んだ。

だがその動揺は決して、誉められて恥ずかしいとか、年頃の少女の甘酸っぱさが伴うものではない。怖いんだよ。引いてんだよ。

頼むから私を、アングラ方面に引っ張り込まないで!

「いいえ」

それなのに空気を読まない護衛騎士は、弾んだ声で否定する。怖くて振り返れないが、おそらく輝かんばかりの笑顔を浮かべている事だろう。

お願い、空気読んで。私顔色真っ青な上に、声震えているから。どの方面から見ても、照れているようには見えないって、お願いだから気付いて。

「ヨハン殿下をお叱りになった事も、思いやりがあればこそ。真に大切に思うならば、時に苦言も必要であると、貴方様はご存じでいらっしゃる」

「……クラウス、もう結構です」

「あの時の貴方様は、とても凛々しく、美しく……」

止めろって言ってるだろうが!!聞け!聞いて!!

届け私のこの思い!!

「漸く私は、確信致しました。貴方様は、稚く愛らしいだけの姫君ではない」

……なんだろう。悪寒がする。非常に宜しくない予感が、ビシバシする。

私は立ち止まり、振り返る。クラウスはやけに真剣な目で真っ直ぐに私を見ていた。その爛々と輝く瞳に、私は思わず息を呑んだ。

嫌な予感は今や最高潮。頭の中で警報が煩いほどに鳴り響いていた。

「ローゼマリー様こそが、私の真に望むご主人さ……」

「クラウスッ!」

私はクラウスの言葉を遮る。

普段は滅多に声を荒らげたりしない為か、クラウスは目を丸くしていたが、知った事ではない。恐ろしいフラグを叩き折る為なら、今までせっせと育ててきた巨大な猫の皮くらい、いつでも投げ捨てようとも。

だってこの人、『ご主人様』って言いかけた!

あの妖しい関係の主従を彷彿とさせる、私的NGワードだ。呼び方が『ローゼマリー様』から『ご主人様』に変わったシーンで、クラウスはローゼマリーに隷属を誓ったのだから。

「……滅多な事を言うものではありません」

私は押し殺した声で、告げる。

気を抜けば体も声も震えそうだ。逃げたい、本気で逃げたい。

コイツもう訳分からん。

何でこっちから何の行動も起こしていないのに、勝手にフラグ立てるの。何で勝手に落ちてくんの。チョロいというより、本気で怖い。回避不能なイベントとか、キツ過ぎる。

「貴方の主人はあくまで、父です。私ではありません」

「…………」

おい、不満そうな顔すんな。

頼むから良く聞いてくれ。そしてそれ以上近づくな。

「貴方は父の命令で、年端もゆかぬ王女の子守を押し付けられているだけの事」

「それは違っ、」

「私はそれ以上を、貴方に求めません。ですから貴方も、そう思っておきなさい」

「ローゼマリー様っ」

頑なな態度の私に焦れたのか、クラウスは一歩踏み出す。

ちょっ……まぁ、待て。落ち着け……てか来るなってば!

「……貴方が私に真摯な気持ちで仕えてくれているのは、良く分かりました。ですが、言葉は受け止める人によって、形を変えます。貴方に悪意無くとも、受け止める 側(がわ) が悪意を持てば、言葉の意味は 如何様(いかよう) にも変化する」

「!」

クラウスは私の言葉に、目を瞠る。そして表情を引き締めた。

「貴方が国王に忠誠を誓い、その忠義故に私にも誠意を尽くしてくれている事は、理解しています。だからこそ迂闊な発言は、お止めなさい」

「……ローゼマリー様」

よーしよーし。なんとか納得してくれそうだな。

建前としては、『二心を抱いていると疑われかねない発言は止めなさい』だが、本心は『ご主人様と呼ぶな』だ。

「…………」

黙ったクラウスを見つめて、『いいですね』と最後に念を押す。

涼しい顔をしているが、内心は冷や汗タラタラだった。あー……焦った。こんな心臓に悪い遣り取りは、二度と御免だ。

再び歩き出した私は、まだ何か言いたげなクラウスの表情は、見ないふりをした。

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