軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

吹き荒れる嵐

その日、グランチェスター邸には嵐が巻き起こった。

小侯爵夫人であるエリザベスは早朝よりメイドに命じて子供たちを叩き起こし、平民の使用人が着るような粗末な服を着せ、自らも質素なドレスを身に纏った。

長女クロエの髪はいつもであればメイドたちが1時間程かけて可愛らしくセットしていくのだが、エリザベスはシンプルに後ろで一本に纏めるよう指示した。さすがに気の毒に思ったメイドが高い位置でのポニーテールにしてくれたが、最近傷み気味の巻き毛は傷んでパサついているため、モワっと広がってしまっていた。

バタバタと玄関ホール前に集まった子供たちに対してエリザベスは言い放った。

「貴方たちをグランチェスター家から追放します。そして子育てを誤った私も修道院に入ることといたします」

「何を言うのですか母上! 僕は嫡男です。そのようなことを父上や祖父様がお許しになるはずがありません」

「お黙りなさいアダム。貴方は使用人の私物を盗むという浅ましい真似をしただけでなく、従姉妹のサラを池に突き落としたそうですね」

「あれは事故です! ちょっとした諍いから、はずみで落ちただけです」

「仮に貴方の言い分が正しいのであれば、何故大人の助けを呼ばなかったのです」

「それは……」

アダムは口ごもった。

「もちろん、その場にいたクロエもクリストファーも同罪です」

「そんな!」

「えっ、僕も?」

エリザベスは決して怒鳴ったりはしなかった。と言うより、あまりにも冷静に淡々と話すため、子供たちは母が本気だということに気付いた。

騒ぎを聞きつけて侯爵と小侯爵も玄関ホールへと降りてきた。

「エリザベスよ、一体何事だ?」

侯爵は昨夜少々飲み過ぎたために鈍い頭痛を抱えていたが、嫁がとんでもなく怒っていることにはすぐに気づいた。何故なら自分の妻が怒っている時と同じ空気を纏っていたからだ。

「グランチェスター侯爵閣下、私は昨日まで自分の子供たちが従姉妹を池に突き落とした挙句、その場に放置したことを知りませんでした。重大な罪を犯しておきながら、平然としているような者などグランチェスターに相応しくございません。どうか廃嫡してくださいませ」

「!?」

侯爵は驚いてエリザベスを見た。よく見るとひどく質素なドレスを身に纏っており、化粧すらしていない。

「もちろん、このような子を育ててしまった私も責任をとり、離婚して修道院に入ります。クロエは私が連れてまいりますが、アダムとクリストファーについては、早々に平民としてグランチェスター領以外の騎士団に見習いとして放り込んでくださいませ」

「はぁっ? 離婚? 廃嫡? 何故そのようなことを勝手に決める!」

エドワードが慌ててエリザベスに駆け寄った。

「父上、母上を止めてください」

アダムがエドワードに助けを求めれば、追随するようにクロエも父に甘えたような声を出す。

「私は父上と離れたくありません。あんな平民のせいで私たちがグランチェスターを出ていくなんて絶対にイヤです」

しかし、その発言を聞いたエドワードとエリザベスは顔を見合わせて固まった。

「このような傲慢な娘に育ててしまったのは明らかに私の責任です。私がサラの貴族的ではない振る舞いに対し理解を示さず、たびたび配慮に欠ける発言をしたことが原因なのでしょう。まだ8歳の子供にあまりにも心無い仕打ちをしてしまいました」

「私も同じようなことをしてしまったかもしれないな。平民として育ったのだから、できないことは当たり前だったのに…」

そこにグランチェスター侯爵が割り込んだ。

「ひとまず腰を落ち着けて話をする必要がありそうだ。場所を変えて話し合うことにしよう。子供たちも来なさい」

そういうと、家族用の居間に向けて歩き始めた。近くに居たメイドに朝食になりそうな軽食とお茶を運ぶように命じる。

全員が居間に揃ったところで侯爵が口を開いた。

「アダムよ、お前はサラを池に突き飛ばしたのは認めるか?」

「あれは、ちょっとしたはずみで!」

「故意かそうでないかは聞いておらん。認めるか認めないかだ」

「……認めます」

「そして、助けを呼ぶことなく逃げ出した、と」

「はい。申し訳ございません」

「クロエとクリストファーも、その場にいたのだな?」

「はい」

すると、クロエとクリストファーが慌てて身を乗り出した。

「で、でも、私が突き飛ばしたわけじゃないわ!」

「僕はサラに触ってもいないよ」

「だが、お前たちもアダムと同じように誰にも助けを求めなかったのだろう?」

「「……」」

二人は黙りこくった。

「ですが祖父様、サラは助かったのですから、それほど大事にしなくても良いではありませんか!」

このアダムの発言を聞いた瞬間、エリザベスは席から立ち上がって長男の頬を激しく打擲した。

「この愚か者! 貴族として、いいえ人間として恥ずかしいとは思わないのですか。お前は、いいえお前たちは従姉妹を殺しかけたのです。このような子供しか育てられなかったことを亡き義母様になんとお詫びすればよいか」

ぼとぼとと大粒の涙を流し、エリザベスは激しく泣き始めた。エドワードはそんな妻の背中をポンポンと優しく叩くことしかできなかった。

「子育ての責任は私にもあります。父上、どうか私ともども廃嫡してください。私もリズと共に家を出て、平民として暮らします」

この愁嘆場に侯爵はやや引いていた。実際のところエリザベスがここまで思いつめるとは想像しておらず、どちらかと言えば『平民の小娘一人のことくらいで』とサラの事件も流してしまうと思っていた。

『ふむ…私も見る目が無いな。まぁよくよく考えれば、ただの貴族至上主義の令嬢をノーラが次期侯爵夫人に選ぶはずもないか』

相変わらず侯爵はノーラ至上主義である。

「エリザベスよ、まずは落ち着け」

「ひくっ、は、はい…」

嗚咽を堪えつつ、エリザベスは義父に従った。

「アダム、サラが助かったのは結果に過ぎぬ。エリザベスが言うように、お前たちはサラを殺しかけたのだ」

「はい…大変申し訳ございません」

「理由を聞いても良いか? 何故誰にも言わなかったのだ?」

「怖かったのです…サラをイジメた挙句に池に突き落としたことを知られるのが…。良くないことなのはわかっていました。ですが言えませんでした。本当に申し訳ございません」

「それを言う相手は私ではないだろう」

「はい」

そこにエドワードが口を挟んだ。

「ところで何故サラをイジメた? そもそも誰が最初に彼女に構ったんだ?」

「それは……おそらく僕です。気に食わなかったのです」

アダムが返答した。

「何か気に食わないことをサラがしたのかい?」

「いえ、何も。というより、こちらが話しかけてもサラは本ばかり読んでいました。こちらを見ようともしなかったので…そのつい…」

「はぁ? もしかして構って欲しかったのか? お前、相手は8歳だぞ?」

「だって人形が歩いてるのかと思うくらい可愛いじゃないですか!」

一斉に大人たちは頭を抱えた。よく見ればクリストファーもうんうん頷いている。

「エリザベスよ…確かに子育てに少々問題があったかもしれん。年齢の割に行動が幼過ぎる」

「申し訳ございません。情操教育にもう少し力を入れるべきでした」

「だがクロエは違う理由であろう? 何故イジメたのだ」

「平民の癖に生意気だからです。お母様も平民は下品だとたびたび仰っていたではありませんか!」

「それは…そうですね、母が間違っていました。クロエが見ているところで心無いことを言ってしまいました。ですがイジメても良いということではありませんよ?」

「あの子ったら私のお下がりを着てる癖に、私にちっとも感謝しないのです。『それ私のドレスだったのよ』って言ったら、『そう』としか言わないんです! 失礼じゃないですか」

侯爵は昨夜のミケの言葉から、その頃のサラは上手く感情を表に出せなくなっていたことを知っていた。しかし、それを子供が納得するのは難しいこともわかっていた。

「つまりクロエはサラに感謝して欲しかったのか?」

「私の方が年上で、お姉さまなのですから私を敬うべきでしょう? 平民だからできないのであれば、私とは立場が違うということを教えて頭を下げさせるべきです。そうでなければ貴族として矜持が保てません!」

「うーむ。エリザベスよ、貴族の在り様というものについても教育が偏っておらんか?」

「重ね重ね申し訳ございません」

「でも…サラが池に落ちたことを言わなかったことは、とっても悪いことなのはわかっています。あの日、バレたらどうしようってずっとビクビクしていました。お兄様もクリスも一緒に。サラが見つかったって聞いた時はホッとしたけど、全然目を覚まさないって聞いてまた怖くなりました。このまま死んじゃったらどうしようって。だけど心配なのと同じくらい、サラが目を覚まして私たちのしたことがバレるのも怖かったんです。ごめんなさい…本当にごめんなさい」

クロエが泣きながら謝り始めると、横に座っていたクリストファーも一緒になって泣き始めた。

「そしてクリストファー、お前は兄や姉に追従する癖を今すぐ止めるのだ。お前自身で考えて行動を決めろ。それが悪いことでも良いことでもな。将来についても無理にグランチェスター領の代官などになる必要はない。騎士になるも、文官になるも好きにしろ」

「えっ?」

「エリザベスよ。クリストファーには自分で考えて行動する癖をつけさせろ。兄妹たちとは別に教育を受けさせた方が良い」

「はい」

ふとエリザベスは疑問を口にした。

「でも、どうしてサラは自分が突き落とされたことを義父様にも、私たちにも言わなかったのでしょう?」

「それはな、私たちがサラに信頼されていなかったからだ。あの子は恐ろしい程に敏い」

エリザベスは深くため息を吐いた。

「信頼…当然ですね。私は幼子になんと残酷なことをしてしまったのでしょう」

「サラは普通の幼子ではないぞ。ガヴァネスのレベッカ嬢が舌を巻くほど賢いそうだ。許してもらえるかどうかは五分五分だが、お前たちが誠心誠意謝れば、どうしてそんな行動をしたのかは理解してもらえるだろう」

エドワードは妻の肩を抱き寄せた

「リズ、まずはサラに謝ろう。きちんとけじめをつけてから、私たちの離婚や子供たちの廃嫡が必要なのかどうか一緒に考えてもいいんじゃないかな。まぁ私はリズと別れるんだったら、私もグランチェスターを出て、小侯爵はロバートに代わってもらうけどね」

こうしてグランチェスター邸の嵐は”ひとまず”落ち着いた。

その後身支度を整えた侯爵はグランチェスター領に向けて出発した。エドワードも数日後には狩猟大会開催の準備のためにグランチェスター領に行く予定であったが、今回は家族全員での移動となりそうである。

ちなみに、この家族会議の様子をミケはこっそり覗いていたが、それに気づいた人間はいなかった。