軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

乙女の寝室

サラは目を覚ました。

「知らない天井だ…」

『この台詞って一度言ってみたかったのよね』

などと暢気なことを考えたが、サラは明らかに見知らぬ邸のベッドで目を覚ました。しかも、きっちりと夜着に着替えている。

サラは眠る前の出来事を思い出そうとしたが、断片的にしか思い出せなかった。

『えーっと、キモい傭兵のおっさんの発言にブチキレて、自分の立場をちょっとだけ教えてやったことは憶えてる。そのあと、すっごい勢いで騎士団の馬が駆け込んできたんだっけか? あれジェフリー卿も見たような……?』

やはり、あまり詳細には思いだせなかった。窓に目をやると、日はかなり高い位置にあった。おそらく昼近い時刻なのではないだろうか。

次に自分の手足を確認する。どうやら、ソフィアの姿のままらしい。

次の瞬間、ドアが軽くノックされた。

「はい」

サラが返事をすると、メイド姿の見知らぬ女性と共にレベッカが入ってきた。

「ソフィア、よく眠れたかしら」

「はい。レベッカお嬢様。ところで、ここはどこなのでしょう?」

サラはきょろきょろと部屋を見回した。明らかに貴族あるいは裕福な平民の邸だと思われるのだが、サラの記憶にはない場所である。

「ここはウォルト男爵邸よ。あなたは昨夜、騎士団が到着するなりジェフリー卿の腕の中にばったり倒れ込んだのよ」

「えええっ!」

「あれだけ活躍した後だもの。緊張の糸が切れたんだと思うわ。あんまりよく眠っているものだから、ウォルト男爵が『自分の邸で休んだらどうか』って言ってくださったの」

「そうだったのですね」

レベッカとの会話中、メイドはてきぱきと近くのテーブルに軽食を並べ始めた。小さな鍋の蓋を開けると、スープの良い香りが部屋に漂った。

「お腹すいちゃったみたいです」

レベッカはくすっと笑った。

「急いで着替えますね。着替えはどこかしら?」

すると食卓の支度を終えたメイドが、見たことのないドレスを持って近づいてきた。

「お手伝いいたします」

『え、大人のドレスを着るの初めてかも』

少し怯んだ様子のサラをみたレベッカが助け舟を出した。

「昨日は倒れたのだし、ちょっとマナー違反ではあるけど、着替える前に食事をしてしまっても良いのではなくて? また倒れてしまうかもしれないわ」

「そ、そうですね」

メイドは俯いたまま「承知しました」と答え、ドレスを衣装箱の上に置いて、配膳のためにテーブルに戻っていった。

メイドが配膳を終えると、レベッカは二人で話がしたいことを伝えてメイドを下がらせた。

「ありがとうございます。レベッカ先生」

「まだ大人向けのドレスは慣れてないわよね」

「ドレスというか、コルセットに自信がありません」

「気持ちはわかるわ」

ひとまずとてもお腹が空いていたので、サラは朝食とも昼食ともつかない食事を始めた。二人分用意されていたところをみると、レベッカにとっても昼食なのだろう。

「今って何時頃なのでしょうか?」

「もう少しでお昼よ。これはちょっと早い昼食ってところかしら」

『前世でいうところのブランチね』

「ふふっ。ところでサラさん、先に教えておくわね」

「なんでしょう?」

「あなた、この邸の使用人たちからはジェフリー卿の婚約者だって勘違いされているわよ」

「はぁ??」

どうやらジェフリーの腕に倒れ込んでしまったため、仕方なく彼はサラを抱えたまま騎乗し、そのままウォルト男爵邸まで運んでくれたらしい。しかも、ベッドまで!

「最初はロブが運ぶって騒いでたんだけど、サラさんならともかく、気を失ってるソフィアを抱えたまま騎乗して運ぶのはロブには無理だったみたい」

「うぇぇぇぇ…」

「うーん。その呻き声は、ガヴァネスとしては減点と言いたいわね」

「さすがに、動揺するなって方が無理です」

「精悍な赤髪の騎士に抱えられた乙女だもの。なかなか絵になる光景だったわ」

「それは気絶せずに憶えておきたい光景ですね。なんてもったいない…」

「あら、サラさんはジェフリー卿みたいなタイプが好きなの?」

「だってカッコいいじゃないですか。騎士団の制服姿は眼福です」

ジェフリーは、いわゆる細マッチョな体型をしていた。速さを基本とする剣術を得意とするため、動きを制限するような無駄な筋肉はついておらず、猫科の野生動物のような雰囲気を持っている。

グランチェスターの血統らしく顔立ちも整っている。剣術大会で優勝するほどの実力と美しい容姿から、若い頃は近衛騎士団からも誘いを受けていたらしい。しかし、アヴァロンの近衛騎士団は独身でなければならない規則があるため、既に婚約していたジェフリーはグランチェスター騎士団へと入団したという。

「あれ? ジェフリー卿は結婚されていますよね。どうして婚約者に勘違いされたのでしょう?」

「結婚して子供も生まれたのだけど、奥様は10年ほど前に亡くなっているわ」

「ジェフリー卿っておいくつなのです?」

「たしか36歳だったはず。彼の息子さんはもうじき14歳だったかしら」

「子持ちの男寡が、出生に訳アリっぽい令嬢と婚約したと勘違いされているってことであってます?」

「とっても的確な表現ね!」

サラは頭を抱えた。

「それは、とてもジェフリー卿に申し訳ないですね」

「でもジェフリー卿が好みなら、事実にしてもいいんじゃない?」

「こんなナリですけど、私8歳ですからね。彼のお子さんよりも若いです」

「貴族なら不思議じゃない年齢差なのだけど…まぁ8歳だと物理的にいろいろ困りそうね」

「どう物理的に困るのかについての教育は、多分いらないと思います」

「それについては私も知識でしか知らないから教育は無理ね」

「前世の記憶と経験がある分、私の方が知っていそうです」

「じゃぁ、私が嫁ぐときはサラさんに教育をお願いしようかしら!」

「それはご容赦ください」

二人は目を見合わせて、くすくすと笑い始めた。

食事が終わったため、サラは着替えることにした。メイドを再度呼んでも良かったのだが、明らかにドレス慣れしていないサラに不信感を持たれることを避けるため、魔法で着替えることにした。

まずは衣装ケースの上の置いてあったドレスについて、レベッカに軽く説明してもらうことになった。子供用のドレスとはだいぶ違っていたため、ひとつひとつのパーツについて説明が必要だったのだ。

そう『パーツ』である。ドレスがここまでいろいろなパーツで構成されていることを、サラは転生するまで知らなかった。そして、これが一人で着替えるのが難しい理由でもある。

この世界のショーツは、前世の更紗にも見覚えのある紐パンである。ゴムなどは使われておらず、紐が解けたら下に落ちてしまいそうな代物だ。子供用はかぼちゃパンツなので、この世界の女の子は、紐パンを初めて履くときは大人になった気分になるのだという。

その上からは綿モスリンの薄いワンピースのような下着を着る。これが、シュミーズ的な役割を果たす。

そしていよいよコルセットの出番となる。今回は普段用のドレスなので、柔らかい布でできていたが、サラの母が着けていたものと違って紐は後ろにあった。

『さすがにこれを一人で締めるのは難しいわね』

と、サラは思ったが。実は一人でもやれる強者はいるらしい。実に驚きである。

次に腰のあたりにベルトで小さなポーチを左右にぶら下げる。このポーチには切れ込みが入っていて、ポケットの役割を果たす。ソックスはニーソなのだが、紐で釣るタイプではなく、リボンで縛って折り返す仕組みだった。この辺りは子供用のドレスでも一緒なので、サラも仕組みを理解していた。

いよいよスカート部分なのだが、一番上のスカートの前にパニエを履く必要がある。これ、モノによっては何枚も重ねたりするそうなのだが、幸いにも今回は1枚だけであった。なお、最近はバッスルタイプのドレスが流行らしく、外出時にはスカートの下にバッスルと呼ばれる腰当をつけることが多いという。もちろん今回は出番なしだ。

スカートは前部分と後ろ部分が別のパーツでできている。腰エプロンを前後に着ける要領で紐で縛って固定していく。また、スカートの脇には切れ込みがあるので、ここから手を入れて先程のポケット用のポーチに手が入ることを確認しておくことが大事だ。

最後に上半身部分にガウンを着て前身頃を着ける。今回はボタンで前身頃を留められるようなデザインであった。シーズンに開催される舞踏会などでは、前身頃にストマッカーと呼ばれるV字型の華やかな胸当てをピンで留めることが多いそうだ。

『うん。一人じゃ絶対無理』

実際、着替えだけでも1時間近くかかる女性が多く、それに髪を結い上げたり、化粧したりする時間を考えると、身支度にどれほどかかるのかサラは考えるのも怖かった。

レベッカの説明で構造を把握すると、サラは衝立の後ろに隠れて一瞬で着替えを済ませた。しかし、それを見てレベッカが嘆息した。

「正直その魔法、私も使いたいわ…」

「教えられるものなら、私も教えたいですね」

「だけど、普段はなるべくメイドにやらせなさい。ソフィアの時でも慣れておくようにしないとね」

「そうですね。機会を見て慣れておきます」

レベッカはサラの髪にリボンを巻き込みながらシンプルに結い上げた。

「レベッカ先生って、凄く器用なんですね」

「婚約するまでは、王宮で侍女見習いをしてましたからね」

「それは存じませんでした」

「貴族の令嬢の花嫁修業のようなものね。箔をつけるため一時的に王宮に出仕するのよ」

「なるほど」

本来、化粧や髪結いはドレスを着る前にやるのだが、サラがさっさと着替えてしまったため、レベッカはささっと簡単な化粧をサラに施した。

「うーん。本来は少しずつ教えていくのだけど、ソフィアのことを考えたら化粧の方法とかも教えないとだめね」

「メイドがやるのでは駄目なのでしょうか?」

「基本的にはそうよ。だけど自分でやれるようにしておくと、咄嗟のお化粧直しも楽よ」

「そういうものですか?」

「ええ。うっかり殿方と唇を重ねても安心!」

「先生…私は8歳です」

「だってソフィアは違うでしょう?」

再び麗しい令嬢たちは、くすくすと笑いだした。

「さぁソフィア。行きましょうか」

「どちらにですか?」

「侯爵閣下をはじめ、ロブもジェフリー卿も来ているわ。今回の騒動の後始末をしないと」

「それは彼らのお仕事ですよね?」

「あら、ソフィアの目覚めを待っていらしたわよ」

「こういうことに女は口を出さないものじゃないんですか? 凄く面倒…もとい大変なことになりそうな気がします」

「それは間違いないわね」

そして、サラとレベッカは部屋を後にし、階下で待つ男性たちの元に向かった。