軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一緒にしないで欲しい

エルザを筆頭に、この集落一帯の農民たちがライ麦を刈り取っていく姿を見て、ポルックスは驚きを隠せなかった。

「あれほどあっさり刈り取りに応じてくれるとは。もっとゴネるって思ってたんですけどね」

「どうしてそう思われたのですか?」

「昨夜のうちに早馬を飛ばし、こちらを管轄する徴税官にこの辺り一帯のライ麦を刈り取ることを農民に伝えるよう指示したのです。もちろん、刈り取った分の補償をすることも含めて」

ポルックスは不思議な顔をしながらエルザたちを見ている。

「今朝一番にそのことを伝えられた彼らは、頑として麦は刈らないと言い張ったそうです。お金もいらないと」

「確かに不思議ですね。お話を伺いたいので、その徴税官を呼んでいただけますか?」

「承知しました」

侯爵とロバートがジェイドの案内で周辺の畑を確認することになったため、サラとレベッカは文官たちの拠点になっているテントに腰を落ち着けることにした。そこにポルックスに伴われたこの地域の徴税官がやってきた。

「サラお嬢様、こちらが徴税官のアインです」

アインはサラに一礼する。

「お呼びたてして申し訳ありません。少しお話を伺えますでしょうか?」

「はい。サラお嬢様」

「農民の方々に麦を刈るよう指示した際、反発されたと伺いましたが、どういう状況だったのでしょう」

アインは表情を強張らせ、その時の状況を語り始めた。

「私は朝一番にこの集落の代表であるジェイドの家に向かい、近隣の農民を集めてくるよう命令しました。そして集まった者たちに『今あるライ麦をすべて刈り取れ。その分の補償はする』と申し伝えました」

「刈り取る理由は説明しなかったのですか?」

「特に説明などはしておりません」

「彼らに説明は求められませんでしたか?」

「あやつらに説明などするだけ時間の無駄です」

『はぁ? 何言ってるの?』

「つまり、アインさんは、理由も説明することなく、いきなり彼らの麦を刈れと命令したということでしょうか?」

「はい」

サラはポルックスを振り向いた。

「ポルックスさん、早馬では麦角菌について十分に説明したのでしょうか?」

「もちろんです。『この地域に植えられているライ麦は病気に侵されている。領で麦の代金は補償するので、農民に麦を刈り取るよう朝一番に指示するように』と書いて送りました」

サラは頭を抱えた。

「説明が全然足りていません。病名などはどうでも良いですが、その病気は他に感染するから刈り取らなければならないこと、病気になった麦を食べたらどうなるのか、そして土も汚染されるから来年も植えられないことなどをきちんと説明すべきでしょう」

「はっ。申し訳ございません」

「それとアインさん。指示が足りていなかったのはこちらの落ち度ですが、せめて麦が病気に掛かっていることだけでも伝えるべきではありませんか?」

するとアインはサラを小馬鹿にしたような目で見た。

「サラお嬢様のような幼い方には難しいかもしれませんが、我々と農民は違うのです。あやつらは無学で、病気など説明したところで理解できません」

「はぁ」

「我々が指示してやらなければ、まともに作物も育てられないのです。そもそもライ麦など作物を勝手に切り換え、こちらの手間を増やしたことだけでも許しがたい。まぁこのようなことを言ったところで、お嬢様のような女性にはお分かりにならないでしょうが」

アインの発言はポルックスの顔を青ざめさせた。何故ならポルックスの視界からは、周囲の確認を終えた侯爵とロバートの姿が見えていたからである。ロバートの表情からすると、今のアインの発言はすべて彼らにも聞かれたはずである。

「アインさん、確かに私には理解できません。何故、あなたは自分と農民の方々は違うなどと言えるのでしょう?」

「私の祖父は男爵です。もちろんアカデミーも卒業しており、あのような無学な輩とは生まれから違うのです」

「ご存じかもしれませんが、私も祖父が侯爵位を受けております。ですが身分は平民です。もちろんアカデミーに入学する資格もございません。だからでしょうかアインさんの仰ることがまったく理解できません」

そこに侯爵が声を掛けた。

「そのような者の言うことなど、理解する必要はないぞ」

「まったくだ」

『あー、祖父様めっちゃ怒ってるよ。ってか伯父様も怒ってない?』

「そこの徴税官。話は聞いておったが、なに戯言をほざいておるのだ」

しかし、言われたアインは何が悪かったのかがまったく理解できていない。

「私はサラお嬢様に乞われ、農民が最初は反抗的であったことをご説明したまでです。さすがに侯爵閣下が直々にお出ましになられたため、観念して指示に従ったようですが」

「アインさん。彼らが麦の刈り取りに応じているのは、祖父様がきちんと状況を説明し、それを納得してくださったからです」

「それだけではないだろう。サラがジェイドやエルザに麦角菌が伝染することや、毒麦を食べたらどうなるのかを説明したからこそ、彼らはあのように率先して刈り取りを行っているのだ」

『そりゃそうだよね。訳も分からず上から不本意なことを押し付けられれば、誰だって反発したくなるよ』

「しかし、そのように難しいことを言ったところで、農民が理解できるわけがないではありませんか!」

「農家の奥様たちにはご理解いただけましたよ? あなたの言う『無学な農民』の『女性』である彼女たちは、家族を守るために必要だと判断したからこそ、手塩にかけて育てたライ麦を断腸の思いで刈り取ってくださっているのです」

サラが反論すると、アインはたじろいだ。そこにロバートも声を掛けた。

「アイン、彼らだって感情があるんだ。頑張って育てたライ麦を、何の説明もなく『刈り取れ』と命令されたら、反発するのは当然じゃないか。補償されるのだから良いという話ではないんだよ」

ロバートはすたすたと歩いてサラに近づき、ひょいっと抱え上げた。

「なんで伯父様まで、私を抱えるんですか!」

「なんか首が痛そうだったし?」

「私は大丈夫なので下ろしてください」

「イヤだよ。ずっと父上が抱っこしてたじゃないか。僕だって抱っこしたい!」

『なんだろう…小動物扱いされている気がしてならない……』

「アインといったか」

「はい。侯爵閣下」

「この病を最初に指摘したのは、そこの愚息に抱えられたサラだ。愚息の方は報告を受けておきながら、まったく気づきもしなかったそうだ。そこにいる農業担当の文官もな」

「は?」

「サラは毎日もたらされる複数の報告の中から、ライ麦の異変に気付いた唯一の人間なのだ。報告を聞いて即座に錬金術師と薬師の専門家を呼び、麦角菌に侵されていることを確認して早馬を走らせるよう指示したのだよ。お前の言うアカデミーにも通っていない、幼い女性が、大惨事を未然に防いだということだ」

アインはポカーンとした表情を浮かべている。

「ついでに言えば、私も『平民』です」

「しかし、私もお嬢様も貴族の血を引いております!」

「それって個人の能力には関係ないですよね?」

「私はアカデミーを卒業しております」

「もちろんアカデミーを卒業したアインさんの優秀さを否定する気はありません。ですが、あちらで額に汗して働いてくださっている農民の方々が、子供の頃からアインさんのように学習する機会を与えられていたらどうだったでしょうね」

「それは……」

サラは侯爵の方に顔を向けて言った。

「祖父様、文官の方々というのは、このような方々ばかりなのでしょうか?」

「まぁ多かれ少なかれ似たようなものかもしれん。矜持だけは高いからな」

「矜持の持ち方が間違ってる気がします」

「そう言うな。彼らにも彼らなりの理屈はあるものだ」

そんな彼らの後ろで、ポルックスは独り言を漏らした。

「私も文官だけど、そんな偏見ないよ。一緒にしないで欲しい!」