軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラーメンと生姜焼き

「サラ、お前は転生者なのか?」

よもや侯爵の口から『転生者』などという単語が飛び出すとは思っていなかったサラは、驚きのあまり淑女の皮を被り損ねた

「はぁぁ? なんで祖父様がそれを知ってるの?」

すかさずレベッカが「サラさん言葉遣いが乱れています」と注意するが、正直それどころではない。

「その反応からすると、グランチェスター家の先祖ではないようだな。人払いはしてあるが、さすがにここでは憚られる。私の部屋に行こう。レベッカ嬢も同行してくれるかね?」

レベッカは戸惑う表情を見せた。

「私は構いませんが、お家の密事であれば部外者の私が参加しても良いものでしょうか」

「サラの状態を一番理解しているのはレベッカ嬢だろう。隠し通せるとは思えないのでな。それに妖精と友愛を結んでいる方の意見も聞きたい」

「そういうことであれば」

「では行こう」

今度は侯爵がサラを抱え上げ、すたすたと歩き始めた。部屋の外で待機していたマリアには、先に部屋に戻るよう指示する。

侯爵の部屋には侍従が待機していた。寝酒を用意しようとしていた途中らしく、軽食を乗せた皿がテーブルに置かれている。侍従に酒とお茶の準備を指示すると、部屋の中央にあるソファにサラをそっと下ろし、侯爵自身もどっかりと座った。

「お前たちも適当に座るがいい」

ロバートとレベッカにも座るように指示する。二人はテーブルを挟んでサラとは反対側のソファに並んで腰を下ろした。

「それにしても、サラの演奏は見事だったな」

「ありがとうございます」

「良かったよ。レヴィには音楽は教えられないからね。別の教師を手配しようとしてたけど、その調子なら大丈夫だね」

『伯父様、全然大丈夫じゃないよ! レベッカ先生の目が笑ってないって!!!』

「私も胸を撫でおろしていますわ」

まったく目が笑っていない優雅な微笑みで、部屋の空気を凍り付かせる。しかしロバートは全く気付いていない。

「ロバート、お前はいい歳をしてまったく成長しておらんな。レベッカ嬢、息子が不調法で大変申し訳ない」

「いえ、ガヴァネスとして力が足りていない私の問題ですので…」

その会話でロバートも自分の失言に気づいたが後の祭りである。

「あ、いや、そのレヴィ君に不足があると言っているわけでは」

『いやぁ、言ってたでしょ』とサラは思ったが、これ以上この会話を続けるべきではないと判断した。

「祖父様に気に入っていただけて何よりです。 思(・) い(・) 出(・) し(・) た(・) 甲斐がありました」

「かつて 聞(・) い(・) た(・) こ(・) と(・) の(・) あ(・) る(・) 曲(・) だったのだね」

「そうですね。何年も前ですが」

ヒヤリとした空気の中で意図的な会話を続けていると侍従が戻ってきた。酒と茶をそれぞれにサーブし、そのまま空気を読んで部屋を後にする。

「さて本題に入ろうかね」

「はい。祖父様」

ロバートがゴクリと唾を飲み込む音がした。

「まず先に言っておこう。グランチェスター家の初代は転生者だそうだ。初代の遺した記録を、当主が代々受け継いでいる」

「やはりそうでしたか。以前にロブ伯父様から聞いたことがあります。前世の記憶でグランチェスター領を開拓した記録があるとか」

すると当のロバートが驚きだした。

「ちょっと待ってください。『ゼンセノキオク』という魔法は本当に実在するのですか?」

「ロバート。話の腰を折らずに最後まで聞け」

ため息を漏らしつつ侯爵はロバートを窘めた。

「伯父様、『ゼンセノキオク』は魔法ではありません。それは異世界の言葉で、生まれる前の記憶という意味です。グランチェスターの初代は、生まれる前の世界の知識を使って領地を開拓したのです」

サラはこの世界に生まれ育ったため普通にこちらの言葉を理解して読み書きもできるが、当然この世界の言語は日本語ではない。しかし『ゼンセノキオク』は、明らかに日本語である。

「前世の記憶を持つ祖先の名前はヘンリーだが、『カズヤ』という別名を名乗ることもあったそうだ。もしかして、サラはカズヤと同じ国の出身なのではないだろうか?」

「おそらく同じ国です。『ゼンセノキオク』は、私が生まれた国の言葉ですから」

「そうか…ではサラには、読めるのかもしれないな」

侯爵は立ち上がり、隣の部屋から古い羊皮紙を持って戻ってきた。

「これはカズヤの遺した記録のひとつだが、誰も解読できていないのだ」

サラは羊皮紙をそっと広げてみた。

【くっそー、マジでラーメン喰いてー。ニンニクマシマシで。米の飯も喰いてー。鶴亀食堂の生姜焼き定食が恋しい……】

「サラには始祖の英知が読めるだろうか?」

「英知…ですか……」

『ど、どうしよう。これ素直に言うべき? でも絶対がっかりするよね? っていうか信じてもらえるの?? すっごく期待されてるっぽいんだけど!』

とはいえ虚偽の報告をするわけにもいかないので、仕方なくサラは内容を明らかにすることにした。

「内容は理解できます。その、祖父様…、あまりがっかりしないでいただきたいのですが、これは単なる走り書きというか、祖先の愚痴のような内容です」

「ほう、どんなことが書かれているのだね?」

「とてもお腹がすいていたらしく、前世の食べ物が恋しいと…」

これにはロバートが興味を示した。

「それはグランチェスター領にはない食べ物なのかい?」

「こちらで見たことはないです。他国にはあるかもしれませんが」

「食べ物の名前を聞いても良いかな? ちょっと探してみるよ。もし他国にあるようなら、そこにも転生者がいるのかもしれないし」

サラも他に転生者がいるだろうことは予想していた。グランチェスター領だけで2人の転生者がいるのだから、ほかの地域にだって転生者がいる可能性は高い。

それに、ピアノやヴァイオリンもある。どちらも偶然にできたと言うには無理があるほど、高度な技術が正しく継承されている。

「私も他に転生者はいると思います。たとえばピアノやヴァイオリンは、前の世界にもほぼ同じものがあります。これらは一朝一夕に開発できるようなものではありません。おそらく職人が転生したのだと思われます」

「なるほど。だからサラはピアノが弾けるのか」

「侯爵閣下、サラさんはヴァイオリンの腕前も素晴らしいですよ」

「ほほう、次はヴァイオリンの方も聴かせてもらうとしようか」

「いえ、それほどでも…あまり期待されてしまうと、がっかりさせてしまうかもしれません」

侯爵はグラスのワインをグイっと一気に煽り、横に置かれていたボトルから手酌でグラスにドボドボと注いだ。

「どうやらサラには、グランチェスター領の危機を救ってもらったようだな」

「い、いえ、私はほんの少しお手伝いをしただけです」

「サラがいなかったら、あそこまで書類が片付くことはなかったし、使いにくい古い帳簿を今も使い続けてたと思う。僕も文官たちも、本当に感謝しているよ」

「帳簿は前世のおかげですね。あちらで使っていた仕組みをそのまま持ち込みました。私の手柄ではなく、あちらの世界の先人のおかげです」

レベッカも優雅にカップアンドソーサーを手に取り、お茶に口を付けた。そしてサラの目を見つめ、にっこりと微笑みながら言った。

「それこそ、まさに『ゼンセノキオク』という魔法ではありませんか」