軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

謁見の間 3

アロウズ商会のフレディが捕縛され、王国騎士団の団長とラッセル公爵が謁見の間を去っても、王の怒りは静まっていなかった。漏れ出す魔力は収まるどころか、増えているようにすら感じる。

ふと見ると、周囲に控えている側近や官僚たちの顔色がかなり悪い。下位の文官の中には平民もいるため、今にも倒れそうになっている。

『あ、まずい』

ソフィアは咄嗟に王の前方に円筒を半分に割ったような形状で魔法の障壁を作った。威圧として放出される魔力は雑多な属性を持っているため、大抵は前方向に、人によっては本人を中心に円を描くように放出される。威圧には攻撃魔法のような勢いはないので、魔法の壁に当たるとあっさり霧散する。

「あぁ、魔力が漏れていたか」

魔法の壁は目に見えるわけではないが、さすがに王は気づいたらしい。

『アンドリュー王子の魔力暴走といい、王族はキレやすいのかしら?』

自分のキレやすさを棚に上げ、ソフィアは狩猟大会で魔力暴走を起こしたアンドリューのことを思い出して苦い気持ちになった。

「ソフィアには申し訳ないことをしたな。わざわざ王宮に出向いてくれたというのに、不手際が重なってしまった」

「もったいないお言葉にございます」

王は玉座で足を組んだまま額に手を遣った。どうやら頭痛がしているらしい。

「ラッセル公が割り込んだせいで話が途中であったな。いまいちど、ソフィア商会が小麦の取引に慎重になっている理由を説明してもらえるだろうか。グランチェスター領の暴動の話からでも構わん。そろそろ隠し立てするのも苦しかろう」

「畏れながら陛下、グランチェスター領の暴動については、領主である私から説明いたしたく存じます」

「そうするがよい」

「御意」

グランチェスター侯爵の申し出を王が了承したことで、周囲の列席者も侯爵の話を聞く姿勢を示した。

「実は当家で狩猟大会を開催する少し前のことになりますが、狩猟大会の会場近くで暴動が発生いたしました。暴動の原因は木こりと猟師のいざこざという報告を受けていたのですが、何故かその暴動に他領の冒険者を名乗る輩が猟師に味方する形で加わりました」

「他領とはどこだ?」

周囲から疑問の声が上がる。

「ところが、実際には他領の冒険者などではなく、ロイセンに拠点を置く傭兵の寄せ集めだったのです。鎮圧のためにグランチェスター騎士団が来ることも予想しており、森の中に伏兵を忍ばせておりました」

「それは暴動などではなく、ロイセンの侵略ではないか!」

一人の貴族が怒りをあらわにするように叫んだ。

「私も当初はそのように考えました。しかしながら、暴徒の中には正規の騎士や兵士が含まれていなかったのです」

「傭兵だけを寄せ集めたということか? グランチェスター騎士団の強さはアヴァロンの中でも抜きんでおる。それは他国にも知れ渡っているはずだが、なんとも無謀というかお粗末な計画だな」

王は足を組みかえ、顎に手を遣りつつグランチェスター侯爵に問い掛けた。

「御意にございます。傭兵だけで他国を侵略というのはあまりにも不自然であったことから、私どもも首を傾げておりました。しかしながら、傍からその報告を聞いていたソフィアは、グランチェスター領の小麦が狙われる可能性を指摘したのでございます」

「小麦が狙われる?」

「ここに控えるソフィアは、他国でも商売をした経験がございます。そんなソフィアが私に『ロイセンが侵略するとは考えにくい。ましてや小麦を焼くなど自らの首を絞めるようなことはしない』と申したのでございます。半信半疑ではございましたが、念のため領内の騎士団および自警団で手分けをして領内の小麦畑を確認したところ、いくつかの畑で小麦に放火しようとした暴徒を発見し、捕縛いたしました。その者たちは口を揃えて依頼人はロイセンの貴族だと自白しております」

『祖父様、話を盛ってるなぁ。概ね間違ってはいないけど、そこまで理路整然って感じでもなかったよね』

「さて、ソフィアがそのように申した根拠はどこにあるのだ?」

王は興味津々といった風情で身を乗り出し、グランチェスター侯爵に尋ねた。

「ロイセンは以前より、少しずつ穀物の収穫量が減少しております。特にここ数年は天候不順による不作が続いたこともあり、飢饉に近い状態だとか」

「うむ。それは私も直接ゲルハルト殿から伺った。王太子自ら極秘に我が国を訪れ、小麦を買い付けたいとの申し出があった。また、ロイセンからも我が国が必要とする鉱物を輸出する用意があるそうだ。無論、両国は敵対しない旨の約定を交わし、その証としてゲルハルト殿と我が国の女性との婚姻を進めるのはどうかと提案された」

「我が国との婚姻をロイセンが望んでいることは知っておりましたが、まさかそのような背景があったとは」

ざわりざわりと声が漏れ始めたため、王は側に控える侍従に目を遣った。すると、侍従はパンっと軽く手を叩き、周囲の人々を黙らせた。

「そんな秘密裡に行われた会談中、グランチェスター領で暴動が発生したという一報が入ったのだ。当然だがゲルハルト殿はその場で否定された。また、急ぎ王都にやってきたグランチェスター侯爵自身も、『ロイセンが侵略を計画したとは考えにくい』と申しておった。そうだな、グランチェスター侯爵よ」

「御意。その後、ソフィアが実に恐ろしい話をし始めたのでございます」

「恐ろしい話?」

王がグランチェスター侯爵に話の続きを催促すると、周囲の貴族たちも息をひそめるように話の続きに聞き入った。

「今年に限らず長年に亘って穀物が不足しているロイセンに対し、穀物を輸出してきたのは沿岸連合でした」

「然もありなん。儚くなられたロイセンの王太子妃はサルディナの姫であったはず。その繋がりもあろう」

「然様。王太子妃がご存命でいらした頃は、サルディナを中心とした国から安定して穀物が輸入できていたそうです。しかしながら王太子妃が儚くなられた途端、沿岸連合の諸国はロイセンに対して穀物、特に小麦を売り渋るようになったそうです」

「なんと!」

「より正確には、『価格を吊り上げてきた』と申し上げるべきでしょう。沿岸連合の過度な要求に耐えかねたロイセンは、我が国との取引に活路を見出そうとしているのです。そんなロイセンがグランチェスター領の小麦を焼くはずがございません」

「犯人は、沿岸連合ということか?」

ある程度状況を把握していた王は冷静であったが、この発言に周囲の貴族たちが騒めいた。

「沿岸連合の総意であるかどうかはわかりかねますが、少なくとも沿岸連合の中でも力のある人物が関わっていることは間違いないかと」

「ふむ」

「グランチェスター領での暴動は、成功する可能性の極めて低い杜撰な計画でした。おそらく暴動の実行犯が捕縛されてロイセン貴族の名前を挙げることくらいは予想していたはずです」

「アヴァロンとロイセンの関係を悪化させることが目的ということか」

「もちろん暴動を隠れ蓑にしてグランチェスター領の小麦を焼き払うことも、目的だったことは間違いございません。沿岸連合は海運に秀でた国の集まりであり、貿易が盛んであることは皆様もご承知でしょう。そんな沿岸連合は、我が国の小麦も大量に買付けております。無論、毎年沿岸連合を通じて多くの国に小麦を輸出してはおりますが、今年は特に買付け量が多いのです」

「それの何が問題なのだ?」

「仮にグランチェスター領の小麦の多くが焼かれてしまっていれば、我が国は他国に小麦を輸出する余裕がなくなります。焼失した量によっては、我が国も沿岸連合から小麦を輸入しなければならなくなった可能性もございます」

「自分たちの小麦の値段を吊り上げるためか?」

「そう見ております。事実、沿岸連合の息がかかった商会は小麦を次々と買付け、小麦の価格を吊り上げております。しかも、その小麦はアヴァロン国内には残りません」

「なんということだ!」

そこまで話したところで、グランチェスター侯爵はくるりとソフィアの方に向き直った。

「ソフィアよ、続きは其方から話すがよい」

「承知いたしました」

ソフィアは軽く会釈し、王に向き直った。

「私は小麦の価格を吊り上げるために売り渋ったのではなく、沿岸連合に小麦を輸出する目的の商会を排除しておりました。もちろん国内流通を目的としている商会とは正当な価格で取引するつもりでいたのですが、残念なことに新参者かつ女性である私を信用できないと思われる方々が多いようでございます。大手の穀物商を中心にソフィア商会の小麦に対する不買運動が起きていることは、不徳のいたすところでございます」

「まぁ理解はする。其方のような新参の小娘に良いようにされるのは、古参の商人どもにとっては業腹なのであろう」

「おそらく私が耐えきれず、捨て値で放出するのをお待ちなのでしょうが……」

そこまで言ったところで、ソフィアは商人たちがいる下座の方に振り向いて小馬鹿にしたようにくすりと微笑んだ。

「そのような方々に捨て値で売るくらいなら、私が持つすべての小麦を捨ててしまう方がマシですわ。私は商人としての矜持にかけて、このような不当な圧力に屈したりいたしません」

「なんだと、この愚か者の魔女めが」

「そのような了見で商売ができるとでも思っているのか!」

「国民の命を何だと思っているのだ」

商人たちから罵声が飛んできたが、ソフィアは凛とした声で言い放った。

「お静かに! あなた方に国民の命など軽々しく口にしてほしくありません。私はあなた方が正当な取引を持ち掛けてくださることを待っていたのです。しかし、これ以上は待てません。このままでは本当に国民が飢えてしまいます」

ソフィアは王に向き直り、その場に跪いて懇願した。

「陛下、どうか当商会が保有する小麦の半分を王室で買い取ってくださいませ」

「其方の気持ちはわかるが、それほど簡単なことではないぞ」

「価格は私がグランチェスター領から買い取った額と同額で構いません。お支払いは来年の夏までお待ちできます。小麦が売れた代金で充当できますし、その時点で売れ残った小麦は同額で引き取ることもお約束いたします」

「ほう……。だが、やはり即答はできぬ。暫し検討する時間をくれ」

「御意にございます。しかしながら、お時間をあけると王室への販売量が減るやもしれません」

「む?」

にこりと微笑んだソフィアは、一歩下がって領地を持つ貴族家に向かって声を上げた。

「領主の方々に申し上げます。ソフィア商会は、商業ギルドや他の商会を通すことなく、希望される領地に小麦を直販いたします。しかしながら、商業ギルドを通した取引ではないため、手形での取引は難しいかと存じます。現金での支払いが可能な量のみの販売とさせてくださいませ。あ、特産品での交換も検討いたしますわ」

すると領主たちは互いに顔を見合わせ、口々に意見を述べ始めた。

「それは良いかもしれぬ」

「だが、現金のみか。さすがに簡単に支払えるような額ではないぞ」

「ひとまず買えるだけ買って、後は様子を見る手も……」

その様子を見て青褪めたのは、虎視眈々とソフィアが音を上げるのを待っていた古参の穀物商たちと、ソフィア商会から購入を打診された王であった。

「ま、待て、ソフィア。王室も買い取らぬと言っているわけではないぞ」

「ご安心くださいませ。領民に行き渡るほどの小麦を即金で購入できる領主はそれほど多くはございません。おそらく領主の皆様方も、王室での買取を心待ちにされるのではないかと愚考いたします」

領主たちは無言で頷き、王を期待に満ちた眼差しで見つめた。

「是非もない。だが、其方のやり口は悪辣の誹りは免れんだろう。なにせ民の命で王と領主を脅しておるのだからな」

「畏れながら、押し売りをするつもりはございません。王室での購入が難しいということであれば、無理にお買い上げいただかなくても……」

「わかったわかった。まったく商人とは度し難い。其方の言うとおり買い取ることにする。詳細はそこにいる官僚たちと取り決めてくれ。末席で控える商人たちも聞け。これ以上、小麦の取引に関する揉め事は許さん。小麦の輸出も一時的に禁止する」

この発言に穀物商たちは王に縋るような眼差しを向けて跪き、口々に陳情し始めた。

「陛下。どうか、ご容赦くださいませ。既に約定している分だけでも!」

「我が商会は他国との貿易がなければ立ち行きませぬ」

王は暫し黙り込み、顎を撫でるような仕草で状況を検討し始めた。

「ふぅむ。ソフィアよ、其方の意見を聞かせてくれ」

「既に約定している分は認めてもよろしいかと。そうでなければ、多くの商会で事業の継続が困難になってしまいます」

「それは、ソフィア商会にとって悪いことではないだろう。其方が既存の商会を買い取れば、ソフィア商会は大店になれるのではないか?」

『残酷なこと言う王様だなぁ』

「畏れながら、私はそのようには考えません」

「ほう」

「商会の信頼は一朝一夕に得られるものではございません。他の商会を買い取っても、その商会が長年に亘って築き上げた信頼まで買えるわけではなく、同様の取引を続けられるとは限りません。従業員の忠誠心も同じでございます」

「なるほど。戦で領地を手に入れた時と同じようなものか」

「御意にございます。それに、多くの商会が立ち行かなくなれば、アヴァロン国内の流通にとっても良いことはございません。失業者が増え、商品価格は高騰し、さまざまな混乱を招いてしまうかもしれません」

「なんとも恐ろしい予言だな」

「畏れながら、予言などではございません。これは確度の高い予測でございます。ひとつの商会がなくなるということは、多くの従業員が失業するという事と同義でございます。もちろん、製品を作っている職人、その職人に材料を卸している商会、荷物の運搬を担当する者も仕事が減るでしょう。宿屋などにも影響するやもしれません。大店であるほどその影響は大きく、それがいくつも重なってしまうことになれば、どのような事態を招くことになってしまうのか考えるだけでも恐ろしゅうございます」

「ふぅむ」

「ひとつの商品が店頭に並ぶまでには、さまざまな人が関わっており、彼らは鎖のように繋がって生態系のようなものを構成しているのでございます。商人とはそうした繋がりを、制御する役割を持っているといっても過言ではございません。皆で協力してこそ、より多くの利益を得ることができると私は信じております」

「なんとも学者めいた発言だな。要するに、其方は他の商会を潰すことなく、協力し合える関係にありたいということか?」

「御意にございます」

「なんとも欲のない商人だな。他者を押しのけてでも自分の利益を追求するのが商人という生き物だと思っておったが、考えを改めねばならんようだ。あるいは、ソフィアのそうした考え方こそが、聖女のようだと言われる理由かもしれんな」

「畏れ多いことにございます」

『長い目で見ると、協業したほうが効率化できるし利益も向上すると思うんだけどな。まぁ聖女とかは勝手に呼んでたらいいと思うよ』

ふっと話が途切れたところで、玉座の脇に控えていた王太子が声を上げた。

「陛下、先程ソフィアは『保有する小麦の半分を王室で買い取れ』と申しておりましたが、残りはどうするつもりなのでしょう」

「確かにそうだな。ソフィアよ、残りの半分をどうするつもりなのだ?」

「実はこれから私どもの商会でも小麦を輸出する許可を頂きたく、担当部署に申請するつもりでおりました」

この発言には、穀物商たちだけでなく貴族たちからもざわめきが起こった。

「やはり他の商人を牽制して他国との小麦取引で暴利を貪るつもりか?」

「ロイセンへの輸出を検討しております。小麦の販売価格を吊り上げるつもりはございません」

「なんと!」

すると商人たちが大きな声で叫び出した。

「価格を吊り上げないなど信じられるわけがない!」

「我らを通すのが筋というものだろう」

その様子を暫し見ていた王は、ドンっと床を踏み鳴らして不快感を示した。

「黙れ、其方らの勝手な発言を許した覚えはない!」

王の怒号によって、商人たちは一斉に口をつぐんだ。貴族たちも同様に私語を慎んだため、広間には耳が痛くなるほどの沈黙が落ちた。

「それでソフィア、ロイセンに低価格で小麦を販売することで何が得られる?」

「ロイセンからの信頼と申し上げたいところではございますが、実際には高騰した小麦価格を下げることが目的でございます。沿岸連合で小麦を買い占めた商会には、試練の時期となることでしょう。既に彼らはあまりにも高い価格で小麦を買い過ぎました」

「商会がつぶれることは良しとしないのではなかったか?」

「意図的に市場価格を操作することを商売と考えている相手ですから、私もその商売に乗るまででございます」

ソフィアはニッコリと微笑んだ。

「やれやれ、何とも苛烈な聖女だ。それで、其方は穀物商になるつもりなのか?」

「必要とされれば穀物を扱うこともあるかもしれませんが、専業にするつもりはございません。本来であれば、老舗の方々と協力したかったのですが……」

「まぁこの調子では無理そうだな」

王はニヤリと嗤った。

「もちろん、私が抱えるすべての小麦をロイセンに販売するわけではございません。ソフィア商会でも小麦を直販する予定でございます」

「だが、ソフィア商会はグランチェスター領にしかあるまい? 王都でもこれから開店と聞いているが」

「御意。これからは多くの領地にソフィア商会の支店を作ろうと考えております」

「ソフィア商会はグランチェスター家の子飼い商人かと思っていたのだが」

「創業した地でございますことから、そのように思われることも致し方ございません。実際にグランチェスター家からは、さまざまな支援を頂戴してもおります。しかしながら、私どもは独立した商会であり、他の領地でも商売をしたいと考えております」

すると突然、聞き覚えのある女性の声が割り込んだ。アールバラ公爵夫人であるヴィクトリアだ。

「では私どもの領地にも支店をつくってくれるかしら。土地と建物はアールバラ家で用意してもよろしくてよ」

「ありがとうございます。アールバラ領には是非とも支店を作りたいと考えております。後程、お時間を頂戴できれば幸いでございます」

「もちろんソフィアなら優先するわ。明日にでも当家に来て頂戴」

「承知いたしました」

王は二人のやりとりを黙って見守っていたが、他の貴族も次々と声を上げたことで会場が騒然としたため、ひとまず周囲の貴族たちを黙らせた。

「ソフィアよ、どうやら其方の一人勝ちのようだぞ」

「いいえ、これはアヴァロン全体の勝利にございます。我らの穀物で他国を陥れようとする悪辣な策略に、我らは一致団結して立ち向かうのですから。ロイセンにも貸しをつくるというおまけつきでございます」

「それはなかなかに愉快だな」

「御意にございます」

王は高らかに笑った。