軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小麦の販売戦略

「サラ、王室に小麦を扱ってもらうというのはどういうことだ。ソフィア商会が我らと距離をおくことは承知しても、小麦についてはそうも言ってられん」

「既に代金は全額支払い済みですが、それでもですか?」

「余計な口出しをするつもりはないが、さすがに王室とグランチェスター産の小麦を取引するというのであれば、知らぬ顔はできないだろう。それに商人どもの談合を無視した形でソフィア商会にすべての小麦を売却した以上、来年の入札は荒れることは必定だ。今後の状況はしっかり観察しておく必要がある」

「なるほど。承知しました。では、祖父様……いえ、グランチェスター侯爵、ソフィア商会の会長としてお願い申し上げます。どうか国王陛下にお取次ぎくださいませ」

サラが立ち上がって頭を下げると、グランチェスター侯爵は顎に手を遣って暫し考え始めた。

「ふぅむ。王室から呼び出される前に小麦の話を持ち込むべきか、呼び出されるのを待つべきか判断に悩むところだな。抱き合わせで話をしたいのであれば後者だろうが……」

「いえ、この話は先に通すべきかと存じます。急を要するのです」

「詳しく聞こうではないか」

「実はすでに小侯爵にはお話ししたのですが……」

「待て、サラ。線引きはわかるが、急に呼び方を変える必要はない。私のことはいつも通り伯父と呼んでくれ。お前に小侯爵などと呼ばれると、母上に怒られているような気分になる。口調も改めなくて良い」

「であるなら、私のことも祖父と呼べ」

「お二人がそう仰るなら……」

今一つ釈然としないが、ひとまずサラは口調を元に戻すことにした。

「伯父様には既にお話しいたしましたが、ソフィア商会が所有するグランチェスター産の小麦のうち、半分は王室に買い上げていただこうと考えております」

「半分だと!? まさか王室に市場介入させることを考えているのか?」

「はい。その通りです」

「ふむ……、そういえば昨日は商業ギルドの連中から、ソフィア商会に小麦を放出するよう説得を頼まれたな」

「何とも面倒な方々ですねぇ。別に売り渋っているわけではないのに。おそらくソフィアに小麦を売ってくれと頭を下げたくないだけですわ。祖父様が相手であれば、水飲み場にやって来た小鳥のように頭を下げる癖に」

「わからんでもない」

「ですから、私はこの国で最も身分の高いお方に、この件をお任せしてしまいたいのです。穀物商たちは、ソフィア商会ではなく王室から小麦を買い付けることになります。沿岸連合からの市場介入を妨害しつつ、国民を飢えから救うためには王室による制御が重要だという判断です」

「だが、王室でもそれだけの予算を右から左に簡単に動かせるわけではないぞ。そもそも王室による市場介入に国家予算が使われた前例がない。王室メンバーの私財を投入するか、貴族が寄付をするかのどちらかだ」

「当然ですが、寄付などしません。熱病対策の一環として小麦を始めとする支援物資は寄付しますが、さすがに市場に介入するための小麦は王室に買い上げていただきます」

「国王陛下が納得するとは考えにくい。グランチェスター、あるいはソフィア商会にも身銭を切れと仰せになるだろう」

「私もそのように思います。ですからソフィア商会としては、資金回収のタイミングを大幅に遅らせることを提案するつもりでおります」

「ふむ。どれくらいだ?」

「実際に商人に販売した代金を受け取った後であれば、王室は資金を動かすだけで自分たちの懐は痛みません。販売価格の設定次第では、王室にも多額の利益を残すことが可能です」

「父上、サラは畏れ多くも王室を小麦の販売代理店にしようと目論んでいるのですよ」

「そのようだな」

「だって、あのジジィどもときたら、ソフィア商会から小麦を買わないんですもの!」

サラは不機嫌さを隠さない。

「だが、何故半分なのだ? いっそ、すべてを王室に任せても良いだろうに」

「王室に制御させたところで、欲の皮が突っ張った商人どもに任せたら、高値で買い取る外国に販売するに決まっているからです。王室が禁止しても、あの手この手で抜け道を探して売ってしまうでしょう。おそらく国内の小麦市場は高止まりしたままだと思います」

「あり得る話だ。だが、その半分をソフィア商会はどうする?」

「独自に小売りすることを検討しております」

「だが、ソフィア商会は本店がグランチェスターにあるだけで、他に店舗を持っていないではないか。まぁ倉庫から直接運ぶのであれば、取引契約はどこでもできるが……」

「実は行商人たちとの契約を考えております。なんなら荷馬車や荷馬の提供も視野に入れておりますわ」

「行商人だと!? そのような者たちが信用できるのか? 荷馬車を取られて終わるだけになるかもしれんぞ」

「最初は見せしめが必要かもしれませんわね。もし、ソフィア商会の監視を誤魔化せる手腕をもった行商人がいるのなら、それはそれで力量を褒めて別の仕事に誘ってもいいかもしれませんけれど」

にんまりと微笑んだサラを見たグランチェスター侯爵とエドワードは、背筋がゾッと凍り付いた。

「て、手足を斬るのは止めておけ。元に戻しても折れた心は戻らないんだぞ?」

「伯父様、まだ起きてもいないことを注意なさらないでくださいませ」

「しかしだな」

「そこまで仰るのであれば、首をすっぱり飛ばして後顧の憂いを絶ちます。見せしめには丁度良いでしょう」

「そういうことではない!」

『あららん。軽いジョークなのに』

ジョークがブラック過ぎてまったく通じていなかった。

「見せしめの話はもうよい。ひとまず行商人の話を続けよう」

「そうですね。行商人の方々は、商業ギルドでも差別されているようです。店舗を持つ商人よりも、下に見られてしまうらしいですわ」

「それは仕方があるまい。彼らの多くは定住場所を持たない根無し草のような生活を送っているのだ。中には違法な荷ばかりを運ぶ 破落戸(ごろつき) もいると聞く」

「存じております。ですが他の商人から見下されているお陰で、大商会の紐が付いていない行商人が大勢いることも事実ですわ。契約相手には、真面目に働いてくれる方を慎重に選ぶつもりです。まずは小麦、そのうちソフィア商会のさまざまな商品を取り扱っていただくことを考えております」

「だが、高値で他の商会に転売されてしまう可能性も否定できんぞ」

「あくまでも小売りです。業者への転売は契約で禁止するつもりです。違反したら……」

再びサラがにっこり笑うと、グランチェスター侯爵とエドワードの表情が固まった。だが、その様子を見ているロバートとレベッカは、サラの発言が趣味の悪いブラックジョークであることに気付いており、涼しい顔で見守っていた。

「今年の収穫の半分もあれば、国内はある程度安定するはずです。王室に卸した小麦も、すべてが外国の商人に転売されてしまうわけではないでしょうし」

「そうだな、少なくとも陛下は転売を禁止されるだろう」

「実は『ソフィア商会にはまだまだ小麦がある』という状況も重要なのです」

「それはどういうことだ?」

「ロイセンに小麦を輸出する許可をもぎ取りたいのです。戦略物資として輸出が制限されていることは承知しておりますわ。ですから、ひとまず3年間だけソフィア商会に王室からの許可をいただけるよう働きかけます。それより先のことは慎重に検討すべきですが、まずは沿岸連合の思惑を潰さねばなりません」

エドワードは眉間に皺を寄せ、絞り出すような声を上げた。

「沿岸連合の商人たちに大損させるということか?」

「結果としてはそのようになるかと。ソフィア商会は真っ当に商売するだけなのですけれど。ロイセンに十分な小麦が行き渡れば、沿岸連合から高値で小麦を買うことはないでしょう。そうなれば、小麦市場はとてつもない勢いで暴落すると思いますわ。沿岸連合の商人たちはもちろんのこと、アヴァロン国内の穀物商たちも無傷ではいられないかもしれませんけれど、ね」

くすくすと嗤うサラの目は、日が傾いた窓の外を映すように昏い光を帯びている。

「だが、それもすべて王室がソフィア商会の意を汲んで動いてくれることが前提になる。お前は国王陛下をどのように説得するつもりだ?」

「移動ポータルと熱病対策の支援物資で、でしょうか。おそらく移動ポータルは買い叩かれることになりそうです。それでも、王室が手に入れた移動ポータルを使わないでいられるとは思えないので、定期的に大量の魔石、と言うより魔力をお買い上げしていただけると確信しております」

「どうせ王室に移動ポータルを設置したことを喧伝して、他家にも分割払いで売りつけるのであろう?」

「もちろんです。ただ、他家に納品する移動ポータルの規模はとても小さくするつもりです。人が数名移動できる程度にするとか」

「それでも王室はいい顔をしないと思うが」

「うふふ。『いつ』『誰が』『何を移動させたか』という記録をすべてのポータルに残るようにしようと考えておりますの。移動ポータルを設置した貴族家は、この記録を必ず王室に届け出るよう義務付ける法律を作るとか……。まぁ、ソフィア商会はそこまで関与いたしませんが」

大嘘である。絶対にマギが記録を残すに決まっているからだ。

「そうなれば、ほしがる貴族家は激減するかもしれんぞ?」

「元から大々的に売りたい商品ではありません。私のやらかしを誤魔化すために開発したことをお話ししたばかりではありませんか」

「その通りではあるのだが、あまりにも販売戦略が練られているのでな」

「もし、分解して移動ポータルの技術を解析しようとしたり、違法に改造しようとしたりする貴族家が現れたらどうする?」

「そんなことをすれば自壊するよう設計するに決まっているではありませんか。もちろん、壊れた移動ポータルは有償でソフィア商会が修理いたしますわ!」

サラはプレゼンテーション資料をスクリーンに映して説明したい衝動に駆られた。どうやら前世の記憶が少し活性化してきているらしい。

「ひとまず、ソフィア商会の思惑は理解した。国王陛下への謁見を申し出ておこう。ところで、申し出る際に少しばかり移動ポータルの話をしようと思うのだが」

「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

「先制攻撃と言ったところだな。どうせ暴露するのであれば、向こうから問い質される前にこちらから情報を出した方が良い」

「承知しました。そのあたりは祖父様にお任せいたします」

「わかった。今日はもう疲れた……。皆、もう下がれ」

ぐったりとしたグランチェスター侯爵を部屋に残し、サラたちは執務室を後にした。

一人になったグランチェスター侯爵は、使用人を呼ぶこともせずソファーから立ち上がってカップボードからグラスを取り出し、ワインを注ぎ入れた。

「それはウィルと初めて一緒に飲んだワインね」

「ミケか。お前は私を見捨てないのだな」

ミケがくるりと人型になったのを見て、グランチェスター侯爵はもう一つグラスを取り出して同じワインを注いだ。

「サラだってウィルを見捨てたわけじゃないわ。お酒を盗んできたのは私だってことを知ってるから、サラだって本気で怒ってるわけじゃないしね」

「私は何を間違えたのだろうか」

「何も間違ってはいないわ。これまでもウィルがサラやソフィア商会のために、いろいろ根回ししてることをサラだってわかってる。ただ、サラはこの世界の貴族女性として生きることができないだけなの。違う世界からきた魂だもの、常識や価値観が違うのは当たり前じゃない」

「だが、私はサラが離れていくことを認めざるを得なかった」

「二度と会えなくなるような言い方ね。ウィルの家族をやめるとは言ってないじゃない。ちょっぴり早く独り立ちしたと思えばいいじゃないの」

「早すぎるだろう。私のところに来てから2年も経っていないのだぞ。アーサーでさえ、成人するまでは私の側にいたというのに……」

グランチェスター侯爵……いや、ウィリアムという一人の年老いた男は、はからずも自分の腕の中に飛び込んできた孫が、あっという間に飛び去ってしまったことを心の底から嘆いていた。だが、その感情を表に出してしまえば、サラの負担になってしまうだろうことも理解している。

「ミケ……サラの瞳はノーラの色なんだ。アーサーも同じ色をしていた」

「ええ、アーサーの瞳は見たことがあるわ。二人ともキラキラとして宝石みたいよね」

「皆、私を残して去ってしまうのは何故だろうな」

「大丈夫よウィル。サラはまだここにいるわ。そんなに悲しまないで」

「だが、サラは私を嫌いになったようだ」

「そんなわけないじゃない。今日のアレはエリザベスとクロエがやり過ぎたせいよ」

「だが、同じことだ。私も無自覚にソフィア商会に依存していたことは認めざるを得ない」

「人は便利なことや、都合の良いことにすぐに慣れてしまうものよ。それはサラ自身が一番よくわかっているんじゃないかしら。あの子ほど、自分の力に頼り切っている人物はいないと思うわ」

「それはそうだな」

「あの子ったら夜中にトイレに行きたくなったからって、移動の魔法使ったのよ」

「余程の緊急事態だったのだな」

「違うの。ただ寒いからだっていうのよ。あきれちゃうわ」

「トイレも寒いのではないか?」

「アリシアの魔道具のお陰で、乙女の塔のトイレやお風呂はいつでも快適な温度が保たれているのよ。さすがに塔全体だと必要な魔力が多いから自重してるんですって」

「明らかに本邸よりも便利だな」

ミケとウィリアムは目を合わせ、どちらからともなく笑いだした。

「そうか、サラにはそんな面もあるのだな」

「もっといろいろなことを教えてあげるわ」

「サラに嫌われるぞ」

「ウィルなら秘密にしてくれるでしょう?」

「もちろんだ」

「だからね、もう悲しまないで。まだサラはここに居るし、ウィルのことを『祖父様』って呼ぶことを止めてないわ。人間がよく言う『公私を使い分ける』ってだけのことよ。ソフィア商会はサラにとってお仕事だもの」

「そうか、そうだな。サラはまだ私の孫だな」

「当たり前よ。ずっと孫に決まってるじゃない」

「ミケよ、慰めてくれて感謝する」

「どういたしまして。ウィルは大切な飲み友達だもの」

ウィリアムは夕食の代わりとなる軽食を多めに部屋に運ばせ、そのままミケと夜中過ぎまで酒を楽しんだ。なお、軽食を運んできたウィリアムの側近であるリチャードは、ミケを見てウィリアムに愛人ができたと勘違いしたが、誰にも言わずにそっと胸の中に留めることにした。実に忠誠心溢れる側近である。