軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9歳の誕生日 3

「サラお嬢様。今日は本当に可愛らしいですね」

そう、今日のサラはいつも以上に”可愛らしく”ドレスアップしている。いつもより”美しく”するのではなく、可愛らしさを前面に押し出したのは、サラの幼さを際立たせるためでもある。

サラは今回のドレスをルーカスにオーダーする際、前世のゴスロリ風ドレスをリクエストしている。サラの中では〇ーゼン〇イデンをイメージしていたのだが、サラの絵心の無さが幸いしたのか、ルーカスのセンスが秀でてるせいなのかはわからないが、退廃的な雰囲気を感じさせない可愛らしいドレスに仕上がった。この世界のファッションの流行を考えれば、かなり先進的なデザインと言えるだろう。

サラの希望としては、深紅のドレスに黒いレースで仕上げてほしかったのだが、ルーカスが納得できる紅い生地が見つからず、それならと黒のドレスをリクエストしたらレベッカから『誕生日のドレスに黒なんてあり得ません』と却下されてしまった。

そこでルーカスは深みのある緑色の生地を提案し、白いアンダースカートの上に緑色のオーバースカートを重ね、オーバースカートと同じ布でケープも製作している。サラのイメージ的にはヘッドドレスが欲しいところではあるのだが、ルーカスは小さなティアラを載せるようなデザインに仕上げた。差し色として黒を使いたいというサラの気持ちを考慮し、黒い繻子のリボンをあしらっている。

そして、レベッカの提案により、なんとサラは武蔵を抱えている。そう、ぬいぐるみを抱えているのだ。しかも、武蔵にもサラのドレスと同じ色のジャケットとトラウザーズが着せられ、生意気にも革のブーツを履いている。

「おい、オレを巻き込むなよ!」

「仕方ないじゃない。お母様があなたを抱えていけって言うんだもの」

「勘弁してくれよ。ってかこの世界では9歳になっても、まだぬいぐるみ抱えてるもんなのか?」

「そういえば、ぬいぐるみそのものを見たことがないかも。お人形は見たことあるんだけどね。なんにしても、私のお子様アピールの小物なのは間違いないわ。とにかく、あなたは私の指示があるまで喋ったり動いたりしないで」

「なにがお子様アピールだよ。中身はババァじゃねーか」

「むーさーしー、なんかいったかしらぁぁ?」

武蔵の片足だけを持って、ぶんぶん振り回す。

「ぐあぁぁぁぁぁ。口からなんか出るー」

「出ないわよぉ。魔石とおがくずしか詰まってないもの」

「オレの魂の器もあるだろうが。やーめーろー」

振り回す手を止めたサラは、武蔵を逆さ吊りにしたまま持ち上げて視線を合わせた。

「それで、なんか言ったかしら?」

「イイエナニモイッテイマセン」

「それは良かったわ」

ニッコリと微笑んで武蔵を抱えなおした。

サラの支度が終わったことをメイドに告げられ、アルフレッドはサラに用意された部屋へと向かった。侍従が扉をノックしアルフレッドが部屋を訪れた旨を伝えると、部屋の中へと招き入れられた。応接の間で暫し待っていると、支度部屋の扉が開いた。

「サラ、とても可愛いね」

「ありがとう。アルフレッド」

「アルって呼んでくれって言ったじゃないか。妹のこともジェニーって呼んでるんだし」

「そうだったわね。アル」

アルフレッドは、子供らしい率直さでサラとの距離をグイグイと詰めてきたが、サラの方は前世で子連れの友人と食事会や買い物をしたときのことを思い出していた。前世の記憶が無かったとしても、9歳のサラにしてみれば3歳年下の少年はいかにも子供である。この時期の3歳差はとても大きい。特に女の子の方が身体の成長は早いので、二人が並ぶとアルフレッドはいかにもお子様である。

「それじゃぁご令嬢、そろそろ会場に向かいましょう」

そんな6歳の可愛らしい貴公子は、サラに手を差し伸べた。サラがそっと自分の手を載せると、その手をアルフレッドはスッと引き寄せて指の節あたりに唇を寄せる。実際にキスをするわけではなく、仕草だけを真似るのだ。婚約者や誓いを捧げた相手でもない限り、実際に唇を触れないのがマナーなのだ。アールバラ公爵家では、こういう躾には手を抜かないということがよくわかる。

アルフレッドがサラの手をそっと自分の腕に載せると、少しばかり背は足りないが一応エスコートらしい風情になった。

「こんなに大勢のお客様がいらっしゃるとは思ってなかったわ」

「緊張してる?」

「少し、ね」

「サラは狩猟大会のお茶会でも活躍してたって聞いたけど」

「ちょっと楽器を演奏したり、詩作したりしただけだもの。余興みたいなものよ」

「僕はまだグランチェスターの狩猟大会には参加したことがないんだ」

「そうなんだ」

「僕は凄く行きたいんだけど、父上が僕に狩りはまだ早いって」

「アールバラ公爵が仰せなら仕方がないわ」

「だけど、来年こそは連れて行って貰うつもりなんだ。馬に乗ったままクロスボウを使えるように訓練もしてるし」

「狩りにも参加するつもりなの? そっちは大人ばかりよ。参加する子供はほとんどいないわ。グランチェスター領で生まれ育った私の 再従兄(またいとこ) でも、初めて参加したのは10歳だって言ってたもの」

「アールバラは武門の家なんだ。僕たちはよちよち歩きの頃から木剣をおもちゃにして育てられるし、5歳から本格的に剣術や弓術の訓練を始める。王室の狩場だったら7歳や8歳でも参加することが多いんだよ」

『うーーん。王室のしっかり管理された狩場と比べちゃうと、グランチェスター領の狩場は厳しい気がするんだけどなぁ』

グランチェスター領の狩猟大会が人気なのは、狩場を管理し過ぎないことにある。もちろん王侯貴族を招待して行われるため、狩猟場の足回りは馬で駆け抜けるのに不都合の無いよう整備されている、だが、狩猟場の先には手つかずの大森林が広がっており、さまざまな獲物が狩猟場にも侵入してくるのだ。

おそらく来年でもアルフレッドが参加するのは厳しいと思われるが、少年のワクワクしている気持ちに水を差すこともない。

「じゃぁ、アルはいっぱい訓練してるのね。私はまだ始めたばかりなの」

「アールバラでは男子しか武術を習わないんだけど、グランチェスターは女子もやるの?」

「基本的には男子だけかな。でも、希望すれば女子でも習えるわ。今でこそグランチェスター領は小麦の生産地として有名だけど、アクラ山脈に沿って大森林が広がる自然豊かな領地なの。だから必然的に狩りに長けた人が多いの。女性でも弓やクロスボウで野鳥や兎を狩ることもあるのよ」

「だからジェフリー卿のような強い騎士が育つんだね!」

「来年はアールバラ公爵のお許しが貰えるといいわね。私の馬も見せてあげられるし、ジェフリー卿に剣術を見てもらえるかもしれないわよ」

「ジェフリー卿に!? それは絶対行かないと!」

キラキラと目を輝かせるアルフレッドを見れば、ジェフリーがこの少年のヒーローであることがよくわかる。サラはまるで自分のことのように、ジェフリーが慕われていることを誇らしく思った。

『そうよね。ジェフリー卿は超カッコいいもの!』

アルフレッドはサラと仲良くなりたいと考えているので、本来ならここで『僕はサラと二人きりになりたいな』などと口説き文句を口にすべきなのかもしれない。だが、さすがに6歳の少年には難易度が高すぎる。何より、少年にとって憧れのヒーローと言うのは、本当に特別な存在なのだ。

そんな軽い会話を交わしながら歩いているうちにサラの緊張は解け、会場に着くまでにはすっかりリラックスしていた。そういう点で見れば、アルフレッドは幼いながらも優れたパートナーのようだ。

「サラ・グランチェスター嬢、ならびにアルフレッド・アールバラ公子のご入場です」

先触れの合図に合わせて楽団が華やかな曲を演奏し始めた。

『結婚披露宴の入場みたい……私は主役になったことないけど』

サラは、スポットライトやスモーク演出で入場する前世の結婚披露宴を思い出した。招待客の経験しかないが。

『そういえば森林火災の消火でドライアイス作ったなぁ。アレを応用したらスモークくらいいけそうな気がする。スポットライトも魔石灯とかやれるかも。ミラーボールとか』

しずしずと会場に入場しながら、サラの脳内はどうでもいいことを考えていた。より正確に言うのであれば、『子供の誕生日にコレはやり過ぎでしょ』とサラ自身は考えているので、脳内が全力で現実逃避しているのだ。もちろん淑女教育の賜物である『優雅な微笑み』を浮かべたままで。

子供の誕生日パーティーなので、一般的な貴族家のパーティーのような夜会ではなく、大規模なお茶会である。会場には11時頃から招待客を入れ始め、17時頃には終了する予定となっている。

軽食を中心としたビュッフェスタイルのパーティーだが、立食させるわけではない。あちらこちらにテーブルセットやソファが配置されており、それぞれに座ってお茶や軽食を楽しむ。一応、屋外にもテーブルセットは用意されているが、12月に外で食事をしたいと考える人はそれほど多くはないだろう。

メインテーブルのようなものはあるが、晩餐会と違って明確な席次などは決まっていない。爵位や派閥に寄らない会話も楽しめるため、こうした自由なスタイルのパーティーが最近の流行りなのだそうだ。

今日はサラ自身も会場をウロウロ歩き回って、色々な人と会話をする予定である。会場にはゴーレムのソフィアもいる。最初はサラをゴーレムにしようと考えていたのだが、レベッカが厳しい口調で反対した。

「サラの誕生日を祝ってくれる人たちなのよ。ゴーレムで相手をするなんて失礼過ぎるわ。なにより同世代の友人ができるかもしれないでしょう?」

レベッカの指摘はもっともである。何かあれば複数体を会場に紛れ込ませているゴーレムたち、あるいはセドリックやその眷属たちがフォローしてくれるだろうと信じ、サラは本来の姿でパーティーに参加することにした。

結果的にレベッカの判断はとても正しかった。何しろ、大勢の有力貴族が、ソフィアではなくサラと会話をしようと大勢近づいてきたのだ。

「サラ嬢、狩猟大会ではあまり会話できなかったが……」

などと次々とサラに声を掛けてくる。この事態にエスコートしているアルフレッドも驚きを隠せず、一歩引いた位置で呆然と見守るしかなかった。さすがに普通の6歳の男の子が対応するのは厳しい状況と言わざるを得ない。

『どうしようお母様。同世代の友達が近づいてこられないくらい周囲がジジイばっかりです!』