軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

飛び入りゲスト

「王妃殿下、本日は孫のサラがヴァイオリンを持参しております。音楽でも聴きながらお心をお平らかになさるのはいかがでしょうか」

「そういえばサラさんはピアノとヴァイオリンが得意だとアンドリューから聞いているわ」

「ええ、王妃殿下。演奏を聞いたゲルハルト王太子が、その場でサラを連れ帰ると騒いだくらいですから」

「それは楽しみだこと。それにしてもレベッカの教え子に音楽の才能があるなんて不思議なものね」

『あ、王妃はお母様の音痴知ってるんだ。そりゃそうか』

「あの子は大抵のことは卒なくこなすのだけど、音楽だけは本当にダメだったわ。歌もダメだったから、将来子供に子守歌を歌ってあげられないのではないかと心配になったわ」

「では、私が弟妹に歌うことにいたします」

「その方がいいでしょうね」

ため息交じりに微笑んだ王妃は少し遠い目をした。10年前の騒動とレベッカとの日々を思い出しているのかもしれない。

「あの子に、たまには顔を見せるように伝えてくれるかしら。私もそろそろお迎えが来そうな年ですからね、会える時に会っておきたいの」

「そのようなことを仰せにならないでくださいませ。殿下はまだお若いではありませんか」

「ふふっ。8歳のおチビちゃんに若いと言われてもねぇ。でもまぁ、グランチェスターは年齢不詳の人ばかりのようですけれど」

エドワードにチラリと目を遣った王妃は、鋭い視線でサラを貫いた。

「さて、あなたの本当の年齢はいくつなのかしらね」

「嘘偽りなく8歳です。もうじき9歳になりますが」

「サラさんが8歳だってことは疑っていないのよ。言ってる意味がわかるかしら?」

「申し訳ございません。殿下の意を汲むことができません」

「まぁそういうことにしておきましょう。今はサラさんの演奏を楽しませてもらうことにするわ」

「御意」

一同は隣室に移動し、サラは侍従からヴァイオリンを受け取り、ソフィアはピアノの前に座った。

「伴奏はソフィアなのね。もしかしてサラさんの音楽の先生はソフィアということかしら」

「本当に初歩を私が教えたのは事実でございますが、その後はほぼ独学で習得されております。その頃の私は商会の下地づくりのためにさまざまな国を訪れており、サラお嬢様に楽器や教本を手配した後は、時折様子を見る程度にしか会いに行けませんでした。アデリアも多少の技術は持っていたはずですが、サラお嬢様のような才能は持ち合わせていなかったと存じます」

「そうなのね。本当に驚くべきことだわ」

さらりとゴーレムのソフィアは大嘘をついた。もちろん、事前に打ち合わせしたストーリーではあるのだが、ゴーレムには感情の揺れがないため真実にしか聞こえない。

「曲にリクエストはございますか?」

「特にないわ。でも、今まで聞いたことのない曲がいいわね。オリヴィアはどう?」

「アンドリューが持ち帰ったシュピールアの曲を生で聞いてみたいですわ」

「母上が気に入っている曲というとロンドカプリチオーソですね」

「承知しました。では王妃殿下にはシュピールアに未収録の曲、王太子妃様のためにロンドカプリチオーソですね」

『うーん、カルメンはやっちゃったし、カプリースの24もやってるから、ここはメンデルスゾーンでいくか』

サラは持参した楽譜からメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を選び、ピアノ譜をソフィアに渡した。本来はオーケストラをバックにしたいところだが、今日はピアノの伴奏で第一楽章のみである。

『そういえば、これのオケ譜書いてないな。そのうち書いておこう』

サラとソフィアは目を合わせて調音を済ませると、ソフィアの伴奏から静かに演奏が始まった。サラのヴァイオリンが激しくも切ない旋律を奏で始めると、王は目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。だが王太子の方は王とは対照的に目を閉じて演奏を聞き入っているようである。王妃と王太子妃も最初は驚いたような表情であったが、すぐにうっとりと演奏に聞き入った。

だが、演奏をしているサラ自身は、子供用のヴァイオリンの音を物足りないと感じていた。音の広がりが全然違うのだから仕方ない。もっとも、この場でそんなことを不満に感じるのはサラだけかもしれないが。

1曲目が終わると、王妃は立ち上がってサラに大きな拍手を贈った。

「素晴らしいわね。ゲルハルト王太子が連れ帰りたいといった理由が理解できたわ」

「過分なお言葉ありがとうございます」

「いいえ、ちっとも過分なんかじゃないわ。むしろ私の語彙の少なさのせいで、曲がどれくらい素晴らしかったかを表現しきれないくらいよ。アンドリューから話を聞いた時は『大袈裟な』と思ったけど、ちっとも大袈裟なんかじゃなかったわ」

「畏れ多いことでございます」

さすがにここまで褒められると、サラも恐縮してしまう。

「それじゃぁ、次は私のリクエストした曲も聴かせてくださらない?」

「御意にございます。実はシュピールアに収録されているロンドカプリチオーソは、魔石の大きさの都合で序奏を省略しております。本日は序奏を付けて演奏させていただいてもよろしいでしょうか」

「もちろんよ。是非ともお願いしたいわ」

サラは静かに演奏を開始したが、すぐに曲がドラマティックに展開し始める。だが、サラがこの曲を意識せずに演奏すると、何故か戦場に立っているような勇ましい雰囲気になってしまうことが多い。

『はて。なんでだろう?』

おそらく性格の問題である。が、サラ自身は認めないに違いない。

「素敵。この曲は序奏がある方が断然いいわ!」

「私もそのように考えております」

「序奏付きのシュピールアも販売してくださらないかしら?」

「それは、ソフィア商会次第かと。魔石の手配の都合もございますので」

「あぁそうよね。それにしても素晴らしいわ」

「楽譜は販売しておりますので、宮廷楽士たちに演奏させてはいかがでしょう」

「それなら、サラさんと宮廷楽士たちで共演するのはいかが?」

「畏れ多いことでございます。どうかご容赦を」

「あら残念だわ。王妃様もそうは思われませんか?」

王太子妃は王妃の方に振り向いた。

「オリヴィア。あまりサラさんに無理をいってはなりませんよ。ロイセンの王太子のようにフラれてしまいますからね」

「然様でございましたわ。ふふっ。サラさん、ごめんなさいね」

「ど、どうか謝罪などなさらないでくださいませ」

「だってサラさんに嫌われたくないもの」

「もったいないお言葉でございます。王太子妃殿下のお望みとあれば、宮廷楽士の方々とも演奏させていただきます」

「あら、嬉しい!」

『しまった、嵌められた』

この遣り取りを横で見ていたクロエは、呆れたような視線をサラに送っている。こういうときに社交の場数の差が出てしまうものだということをサラは理解した。

「ほほほ。やっとサラさんの子供らしい部分を見たわ」

「お、畏れ入ります」

王妃が楽しそうに笑うと、王太子妃もニコニコと微笑んだ。

「ふふっ。今日はピアノの演奏も聴かせてくれるのでしょう?」

「王妃様のお望みのままに」

「それじゃぁ、サラさんが一番好きな曲をお願いするわ」

侍従たちがピアノに子供用の補助ペダルをセットし終えるのを見計らい、サラは椅子に近付いて高さを調節した。そのままちょこんと座り、譜面をセットすることなく演奏を開始した。ベートーヴェンのピアノソナタ 17番 テンペストの第三楽章だ。

意識したつもりはないのだが、今日の演奏は感情が乗ってしまう曲ばかりであった。本来音楽とはそうしたものだということはわかっていても、技術的に難易度が高くなると余裕がなくなって感情的になってしまうのかもしれない。特に今日はかなりの速弾きになってしまい、タイトルの通り嵐のような演奏になった。

曲が終わっても、観客は暫し何も声を上げなかった。拍手することすらしなかった。静かだが激しく、激しいがどこか憂い感じさせるサラの演奏に魂を奪われたように固まっていた。

……よく見ると本当に固まっていた。

『え、え、どういうこと?????』

すると、そこに聞き覚えのある声が降ってきた。マルカートである。

「サラ、僕が音楽好きだってことを知ってるくせに、なんで呼んでくれないんだよ」

「呼び方を知らないもの。ところで、周囲の時間を止めてる?」

「演奏が終わるまではちゃんと動いてたよ。終わった瞬間にちょっとだけ止めたんだ。感想を言いたかったのと、ちょっとだけ警告するためだ」

「あなたの感想はどうでもいいわ。警告だけ聴かせて」

「相変わらず塩対応だねぇ。一応、僕はこの世界の創造神なんだけど」

「私の魂はあなたが創造したわけじゃないもの」

「まぁそうなんだけどね」

突然、サラの前にマルカートが降臨した。頭に布を巻いているところをみると、落ち武者ヘアで額には阿呆と書いてあるままなのだろう。

「神様なのに見た目を元に戻せないの?」

「ガイアのせいだよ。向こうの方が神格高いんだよ」

「神様にも格があるのね」

「認めたくないけど力の強い方が格も高い」

「ふーん」

「全然興味ないでしょ」

「うん」

マルカートはわかりやすく、ガックリと落ち込むような姿勢を取った。

「そういうポーズはどうでも良いから、早く言いなさいよ」

「えーっと演奏は素晴らしかった。できれば次はシャコンヌがいいな」

「そういうのいいから、早く警告とやらを言いなさいよ」

サラはマルカートに詰め寄り、頭に巻いている布を取り払った。やはり思った通りのヘアスタイルと落書きがそこにはあった。

「ちょっと、やめてよ」

「早く言え」

「わかったよ。実は君たちと同じ世界から魂が落ちてきたことがあるんだ」

「は? 転生者ってこと?」

「……正確にはちょっと違う」

「どういうこと?」

「僕が連れてきたわけじゃなくて、ガイアの手から零れ落ちるようにやってきたんだ。ガイアのミスってわけじゃない。ときどき輪廻から飛び出しちゃう魂があるんだよ」

「そういう魂ってどうなるの?」

「普通は落ちた先の輪廻の渦に巻き込まれるんだけど、この魂はこの世界の人間に憑依したんだ」

「憑依?? 取り憑いてるってこと?」

「そうなるね」

「取り憑かれちゃった人はどうなるの?」

「気づかないうちに性格が変わったり、やりたくもないのに悪いコトをしたりする。あ、魂によっては善いコトしたりするんだけどね」

「憑依した人と記憶を共有できたりするの?」

「それはない。っていうか憑依している姿は誰にも見えないし声も聞けない。魂は自分が誰にも相手にされないことに気付いて、自然に輪廻の渦に入っていくはずなんだ。ところが、この魂は頑固に憑依し続けているんだよね」

マルカートは困ったような表情を浮かべ、かつかつと王のところに歩み寄った。

「この男が憑依されてる被害者ね」

「うちの国の王様だよ。その人」

「サラが転生したのと同じ頃にこの世界にやってきたから、この人はここ数年で性格が変わったと思われているんじゃないかな」

「それっぽいことは聞いたかもしれない。みんな王様が年を取ったせいだと思ってるみたいだけど」

「違うよ。これは明らかに憑依してる魂に汚染されてる状態。ところが、この魂はさっきのサラの演奏を聞いて、サラが自分の世界にいたんじゃないかって疑い始めてるわけ」

「でも魂だけじゃ何もできないんでしょう?」

「多少の影響は与えられるよ。だから性格が変わっちゃったりするんだ。この魂がサラに対して何を思うかはわからないけど、十分気を付けた方がいい」

「具体的に何をすればいいのかさっぱりわからないけど、とにかく王様がヤバいってことは理解できたわ。ところでお祓いってできないの?」

「同じ場所からきた魂同士なのに、どうしてそう物騒かねぇ」

「だって、転生してないなら幽霊みたいなものでしょ? 早く輪廻に入ったほうが魂のためにもなるじゃない。成仏しなきゃ」

サラは鼻息荒く主張した。事実、早く自分のようにこの世界の両親のもとに生まれるべきだと思っているのだ。そうでないなら、向こうの世界に戻った方がいい。

「王の魂にベッタリ貼り付いているっていうか、癒着しちゃってる感じなんだよね。二つの魂を無理矢理剥がそうとしたら、王の魂の方が傷ついちゃうんだよ」

「じゃぁどうしたらいいの?」

「魂の方が輪廻に入りたいって思わないとダメ」

「その魂って向こうの世界ではどんな人だったの?」

「あ、それ聞いちゃう?」

「聞かないと対策とれないじゃない。説得しないといけないんでしょ?」

「……そうなんだけどさ」

「言い難いことしてた人なのね」

「自称金融ブローカー。実体はネズミ講の元締めだったり、未公開株詐欺グループのトップだったり、新興宗教の教祖を陰で動かしたりしてた」

「胡散くさっ」

「王に憑依して操ろうとしてたみたいなんだけど、実はこの国の王ってすごく優秀で意思が強かったんだ。実際、10年前に君のお母さんになるレベッカを隣国から守ろうと必死に頑張ったりしたしね」

「それは聞いてる」

「だからなかなか憑依は上手くいかなかった。でも、年を取っていくにつれて、だんだん抵抗する力が弱くなっているんだ」

「じゃぁ王が譲位しないのは……」

「そう。この魂が邪魔してる」

「なんてことかしら。勝手にイヤなジジイって思っちゃってごめんね王様」

「まぁ、魂が癒着してる今の王は確実にヤバい奴だよ。それと、今の演奏でサラが転生者だってことにも気付いたみたいだ」

「あぁ。全部向こうの曲だもんね」

マルカートは不意に深刻な表情を浮かべた。

「今後、この魂が王にどんな影響を与えるかはわからないけど、サラにとっていい方向に傾くとは思えないんだ。敵対的になる可能性が高い。サラ自身が強いことはわかっているけど、サラが大切に思ってる家族はサラほど強くはないよ。曲がりなりにも一国の王なわけだし、貴族家相手なら圧力くらい掛けてくるかもしれない」

「あり得る話ね」

「僕が創った魂じゃないし、君たちみたいにこの世界の輪廻に入ったこともないから、僕は影響を与えられない存在なんだよ。君にもこんな警告しかできなくてごめん」

「仕方ないわよ。マルカートは神格が低いんでしょ?」

「うわぁ、言い方酷くない?」

「違ったの?」

「違わない……」

しょんぼりと肩を落としたマルカートをサラも気の毒に思った。

「まぁまぁ落ち込まないでよ」

「だってサラがいじめるんだもん」

「神が拗ねないでよ。ちょっと屈んでくれる?」

「ん? なに?」

サラはマルカートに向かって治癒魔法……というより再生魔法を発動した。みるみるうちにマルカートの毛髪が生え揃い、額の文字が消えていく。

「信じられない。君の魔法は僕よりも上ってこと? 僕は一応この世界の神なんだけど」

「きっとガイアの神格に近いんでしょうね。私の魂を創った神ですもの」

「ほんと、ガイアには敵わないなぁ。それじゃぁ僕はもう行くよ。もし、僕のことを呼びたくなったら歌うといいよ。きっとサラの歌なら僕の耳にも届くから、祈りを乗せて歌ってくれ」

「わかったわ。警告ありがとう」

「どういたしまして。あ、僕が去ったら自動的に時間の凍結は解除されるから安心して」

「了解」