作品タイトル不明
既定路線なのか
サラたちが王宮に着くなり案内されたのは、女性が身支度を整える部屋を備えたゲストルームであった。王が当日午後に晩餐の招待状を送るという無茶振りをしたことは王妃の知るところとなり、女官たちに命じてゲストのためにドレス、靴、アクセサリーなどを部屋に準備させておいたのである。
王や王の使者が「服装などは構わない」と言ったとしても、貴族の女性たちはその言葉を鵜呑みにしたりはしない。だが、相手が年若い少女と平民の女商人であると聞き、おそらく困ったことになるのではないかと王妃は予想したのである。事実、アールバラ公爵家からの報せによれば、招待時刻の4時間前に急いでグランチェスター邸に戻ったという話であった。
「陛下も酷なことをなさる。この場に相応しくない服装で来てしまえば、平民の女商人風情と侮られるでしょうに。かといって晩餐の時間までに間に合わなければ、王を待たせることになってしまう……おそらく陛下は故意にやっているわね」
グランチェスター領に突然現れた女商人の話は、社交界でも噂になっていた。若く美しい女性でありながら、見たこともないような商品を独占的に販売しているという。実際に献上された酒類、シュピールア、化粧品、そして何よりも王妃が気になっているのは多種多様なハーブティであった。
王族にとって次代に繋がる子供を産むことは貴族以上の義務であり、大きな重圧である。幸いにも王妃は王太子や第二王子を産み、王太子夫妻の間にも嫡男が産まれているが、『子を産みやすい体質を作る』や『精力を増強させる』という効果に価値を感じる王侯貴族は少なくない。
そうした抜け目のない女商人の前で、王は自分が優位に立つためにこのような真似をしているのだ。昼と変わらぬ服装で来れば貴族たちはソフィアを侮り、貴族たちから庇ってやる慈悲深さを示すつもりなのだろう。だが、ソフィアが意地を張って服装にこだわれば、招待時間に遅れる可能性もある。仮に遅参するようなことにでもなれば『王を侮っているのではないか』と威圧的な態度をとれると考えているのかもしれない。
”晩餐”に招待という状況も意図的なのだろう。王宮で求められる食事のマナーを平民が身に付けているとは考えにくい。「畏まらずともよい」などと甘い言葉をかけ、自分の優位さと慈悲深さを見せつけるつもりなのだ。
女性に対して意図的に辱めを与えるような王の小狡い思惑を王妃は不快に感じており、可能な限りソフィアたちを庇うつもりであった。商人である以上、遅参するとは考えにくく、おそらく中途半端な服装で参内するのではないかと予想したのである。この件については王妃だけでなく傍らで聞いていた侍女たちも同意見で、ソフィアたちが王宮に相応しい正装で参内できると考える者は誰もいなかった。
だが、グランチェスター家の馬車が到着した報せを受けて車寄せで待機していた女官たちは、最初に降り立ったソフィアを見て激しい衝撃を受けた。事前情報から考えれば彼女がソフィアであることは間違いないはずだが、美しい貴族女性たちを見慣れている女官たちでさえ驚く程の美貌であった。しかも、立ち居振る舞いは上位貴族や王族にも劣らない程に優雅である。
そして、ソフィアに続いて降りてきた少女は、ソフィアが子供の頃はまさにこのような容姿であっただろうと思わせるほどに酷似していた。女官たちはグランチェスター本家の令嬢であるクロエは見知っていたため、この見知らぬ少女がサラであると理解した。
そして最後に降り立ったクロエを見て、再び女官たちは衝撃を受けた。間違いなく見覚えのある少女のはずなのだが、トレードマークであった縦ロールをやめてスッキリと結い上げた艶やかな髪、大人可愛い雰囲気のドレス、輝くような白い肌、そして洗練された仕草や凛とした表情などすべてが彼女を別人のように見せている。
『私たちが手を加える隙がないわ』
待機していた女官たちは、自分たちが用意したドレスやアクセサリーが不要であることを理解した。女官の一人が慌てて王妃にソフィアたちが時間内に完璧、いや想像以上に素晴らしい姿で参内したことを報告した。これを聞いた王妃は「それは何とも小気味良い。陛下の顔が見ものだわ」と予想が外れたことを喜んだ。
王妃は王のことが嫌いなわけではなく、むしろ夫婦仲は良いとさえ思っている。だが王の権力に対する固執については困ったものだと感じていた。
王太子も既に三十路の後半である。王位を継承しても問題ないどころか、歴代王の王位継承年齢に鑑みれば遅いとも言える年齢である。事実、現王が王位に就いたのは20歳をやや過ぎた頃であった。王としての能力に問題があるわけではないが、若い頃に比べて判断力が落ちてきていることには王妃や側近たちも気づいていた。
しかし、王は譲位の意向をまったく示さない。さりげなく譲位を勧めた側近が、王の不興を買って解任されることもあった。だからといって叛逆を疑い、どこかの貴族家を取り潰すような愚かな王というわけでもない。王妃は自分の夫を『権力欲は強いが理性的な男』と評していた。
サラたちが待機しているゲストルームに、グランチェスター侯爵やエドワードが姿を現したのは正餐室に案内される15分程前であった。もちろんエスコートするためである。
「とりあえず間に合ってなによりだ。身支度に時間がかかると思ったが、アールバラ公爵家よりも先に着いたようで安堵した」
ここでも入室順は身分の低い方からというルールがあり、サラたちが遅れてくれば公爵家や王室に対して無礼になる。そういう意味でも王の召喚はかなり強引であった。
ゲストルームにグランチェスターの関係者だけになったことを確認し、サラは会話を盗聴されないよう防音魔法を張り巡らせた。
「祖父様、何故このようなことになったのですか?」
「その物言いからすると、ソフィアの方がゴーレムか。朝とは違うな」
「サラに魔法を見せろと言われる可能性を考慮しました」
「あり得るな」
グランチェスター侯爵は静かに頷き、言葉を続けた。
「おそらく陛下はサラとソフィアを自分の制御下に置きたいのだろうな」
「グランチェスター家を、ではなく?」
「そうだ。私を介してサラやソフィアを動かすだけでは不満なのであろう。実際にはグランチェスターにサラを動かす力はないわけだが……」
「ちゃんと影響力はありますよ!」
「どうだかな。無茶な要求をすれば、あっさりと出ていく気もするぞ」
「無茶な要求をしなければ良いだけの話です。基本的にグランチェスター家にはさまざまな便宜を図っているではありませんか」
「確かにそうだな。陛下はそうした便宜を自分に図れと言っているのだろう」
「欲張りですね」
「否定はせんが、為政者とはそうしたものではないか?」
サラは首を傾けて少し考えてから首を横に振った。
「どうでしょう。それには賛否両論あると思います。ただ、私の好みのやり方ではありません。面倒になったらアヴァロンを出ていくかもしれませんね」
「ふむ……。それは困る」
「そういう感情面も含めて取り込もうとしてくる可能性はあるのかもしれませんね」
「サラは……、クロエには申し訳ないが王子妃候補にされてしまう気配がある」
びくりとクロエは肩を震わせたが、敢えて会話に割り込むことはしなかった。しかし、サラの方は違った。
「冗談ではありません。王室に嫁ぐなど私には悪夢です。自由に商売ができないではありませんか」
「だが王命であれば逆らうことは難しいぞ」
「8歳の平民に王子妃なんて、正気の沙汰ではありません。グランチェスターとの縁組を望まれるのであれば、本家に嫡出の令嬢がいるではありませんか!」
「アデリアの血統は王室にも把握されてしまっているようだ」
「面識もない血族の話などされたところで……」
サラは深くため息をついた。そこにクロエが歩み寄より、サラの肩をぽんぽんと叩いた。
「私はなんとなく気付いてたわ。アンドリュー王子の前でゲルハルト王太子は、サラを『アヴァロンの至宝』と呼んだのでしょう?」
「確かにそんなこと言ってたわね。でも、あの人は幼児性愛者の疑いがあるので本気にしちゃダメよ。それに、都合よくお忘れなのかもしれませんが、私の母さんの血統をアンドリュー王子の前で暴露したのは祖父様ですからね。『王室にも把握されてる』などいまさらではありませんか」
「言われてみればそうだな。あの時は私もかなり動揺していたのだ。魔力量が多過ぎると指摘されたせいで、サラに妖精の友人がいることを隠す方を優先してしまった」
「迂闊なのは私だけではないではありませんか!」
部屋を一瞬の沈黙が過った後、ふっとグランチェスター侯爵はサラに微笑みかけた。
「サラ、私は孫が可愛い。お前もクロエももちろんアダムやクリストファーもな」
「ありがとうございます?」
「ノーラとも約束しているんだよ。お前たちを政略結婚の道具にはしないと。クロエは家のためにアンドリュー王子に嫁ぎたいわけではないのだろう?」
「はい。祖父様。私はあの方をお慕いしているのです」
「ならば良い。お前たちは好いた相手と一緒になるが良い。家の都合など気にするな。今でも私はアーサーとアデリアの結婚を反対したことを悔やんでいるのだ。おそらくノーラだったら許してやるべきだと言ったであろうな」
「ですがグランチェスター家に圧力をかけられるのではありませんか?」
「やれるものならやらせれば良いのだ」
「父上! 貴族派に寝返るおつもりですか!?」
エドワードが慌てて叫んだ。
「エドワード、サラの防音魔法があるとはいえ、王宮内で不用意な発言をするな」
「申し訳ございません。ですが!」
「無論、陛下を敬う気持ちを忘れたわけではない。だが、真の臣下とは王の言葉に唯々諾々と従うだけの存在ではないと私は思う」
「父上が仰せになりたいことはわかります。わかりますが、それでも……」
グランチェスター侯爵はエドワードの肩にポンっと手を置いた。
「エドワード、お前はサラが王より弱いと思うか?」
「は? サラに勝てる人間などいるわけがないでしょう。王が全力で魔法を使ってもサラの鼻息で飛びますよ」
「私もそう思う。サラのため息で陛下の鬘は灰になるだろう」
「そうですね」
『なんだろう……地味に馬鹿にされてる気がしてならない』
サラは釈然としない気持ちになったが、親子の会話に水を差すべきではないと判断して黙っていた。
「故に今日はサラの暴走を止めないでおこうと思うのだ」
「父上、それは無謀です。下手に許容すれば王都が火の海になりかねません」
どうやらグランチェスター侯爵とエドワードの間では、サラの暴走は既定路線らしい。
「なぜ私が暴走すると決めつけるのですか!」
「「サラだからだ」」
傍らのクロエも、無言でこくこくと頷いている。
「酷い!」
「じゃぁ、サラは絶対暴走しないって言える?」
クロエの鋭いツッコミにサラは怯んだ。
「たぶん、しないと思うんだけど……少しだけ覚悟しておいてほしいかも」
自分でもどうかと思うほどサラの反論は弱かった。一応自覚はあるらしい。
「まぁ良い。サラは好きなように振舞え。後のことは私が何とかする。ソフィアの方はゴーレムなのだろうが、陛下に言質を与えるようなことは言うな」
「かしこまりました侯爵閣下」
「実に礼儀正しいソフィアだ。いつもこのようであれば素晴らしいのだが」
「普段のように振舞うことも可能でございます」
「余計なことはしなくて良い」
「覚えておいてソフィア。私はソフィア商会を何処にも縛られない自由な商会のままにしておきたいの。たとえ王室であっても、私たちを支配しようとする力は排除するわよ」
「承知しました。サラお嬢様」
サラがソフィアに命令するというシュールな光景に、グランチェスター侯爵とエドワードは笑いを堪えられなかった。
そんな軽い打合せを済ませて魔法を解除すると同時に、ゲストルームのドアをノックする音が聞こえてきた。とうとう戦場の中心へと足を運ぶ時間になったようだ。
サラはグランチェスター侯爵に、クロエはエドワードにエスコートされて会場へと向かった。なお、ソフィアのエスコート役はグランチェスター侯爵の護衛騎士の一人であるが、彼がこの役割を引き受けるにあたっては、騎士たちの間で熾烈な争いがあったことをサラは知らない。