軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

たくさんの誤解があるような気がする

ソフィアたち一行は、アールバラ公爵邸へと招かれた。クロエやゴーレムのサラだけでなく、お付きの使用人たちやソフィア商会の従業員のフリをしたゴーレムを合わせるとそれなりの人数だ。

だがアールバラ公爵邸の使用人たちは、そうした大勢の客人を迎え入れることに手慣れており、待機している使用人たちは暖かい場所で、軽食や飲み物などが振舞われた。

『こういうところはグランチェスターの王都邸の使用人たちより優秀ね』

ソフィアは素直に公爵邸の使用人の質の高さを認めた。その所作から使用人の多くが下級貴族家の出身のようだが、だからと言ってグランチェスター家の平民の馭者を 蔑(ないがし) ろにするようなことはなかった。ヴィクトリアの教育が行き届いていることは間違いない。

そして、その教育は長男であるアルフレッドに対しても同様であるらしい。アルフレッドはゴーレムのサラが降りるタイミングで馬車に近づき、自然にサラのエスコートを買って出た。もちろん物理的にサラを馬車から降ろすのは近くにいる公爵邸の使用人なのだが、降り立ったサラに対して自然に手を差し伸べたのだ。

サラはアルフレッドに対して優雅に微笑んで、差し出されたアルフレッドの手を取った。その表情を見てアルフレッドの頬が少しだけ赤くなったのは、外が寒いせいだけではないだろう。しかし、対照的に照れる様子もなく堂々とエスコートされるサラを見ていると、ソフィアはアルフレッドに対してなんとも申し訳ない気分になった。

『ごめんねぇ。うちの子はゴーレムなもんだから』

どうにも親戚のおばちゃんのような心境である。どうやらソフィアはサラの遠縁の親戚という設定が、思った以上にしっくりきているらしい。

一行が通された応接室には、優美な白いピアノが設置してあった。

「こんなことをお願いするとゲルハルト王太子殿下のことを非難できないのですけれど、是非ともサラさんの演奏を聴かせていただけないかしら?」

ヴィクトリアは少し照れたような表情を浮かべながら、ソフィアとサラを交互に見つめてピアノ演奏をリクエストした。

『あれ? ゴーレムってピアノ演奏できるのかな? トマシーナが歌えるのは知ってるけど』

ソフィアはサラに声を掛けた。

「サラさん、今日の指の調子はいかが?」

「問題ありませんわ。私の拙い演奏で宜しければいつでも」

『あら、あっさり受けて立ったわ。本当にマギは多才ねぇ』

サラがピアノに向かって『きらきら星変奏曲』を弾き始めると、同席していたアルフレッドは興味深げに視線を送り、ユージェニーは身を乗り出して「シュピールアの曲だ!」と喜びの声をあげた。しかし、演奏が進むにつれて二人の表情は少しずつ変わっていき、最後の方に至っては揃ってポカーンと口を開けてサラの演奏を見つめることになった。そう、この曲は演奏が進むにつれて、どんどん難易度が上がっていく恐るべき曲なのだ。

実はユージェニーが知っているのは、変奏曲の方ではない。商品にできるか微妙なサイズの魔石に曲を収録し、子供の手のひらの上に乗るくらいの小箱の中に入れたシュピールアを試しに作ってみたのだ。このレベルなら廉価版として平民にも売れるのではないかと思ったのだが、アリシアや木工職人から『小さすぎて面倒』と却下されてしまった。おかげで、特別な人にだけ譲った超レアなシュピールアなのだ。

『小型で軽量なモノを作りたがるのは日本人の 性(さが) なのかしら』

ソフィアは、ゴーレムのサラの演奏が”ソフィアの”演奏の完全なコピーであることに気付いた。実は生身のサラとソフィアでは、ピアノやヴァイオリンの演奏が微妙に違っている。単純に体格や手の大きさの都合で、弾きやすいように演奏を変えているだけなのだが、そのことに気づいている人間はそう多くはないだろう。

『どうやらマギは生身の私よりもゴーレムの身体をきちんと使いこなせているみたい。ちょっと悔しいわね』

そしてサラが演奏を終えて立ち上がると、カーテシー中のサラにユージェニーが飛びついた。慌ててサラはユージェニーを受け止めて事なきを得たが、ゴーレムでなければ二人纏めてバッタリと倒れ込んでいたかもしれない。

「すごいすごい! サラって天才なのね!!」

興奮したユージェニーは、自分を受け止めたサラに捲くし立てるように話しかける。

「ありがとうジェニー。でもいきなり飛びついたら危ないわ」

サラはそっとユージェニーから手を離し、目を見つめて軽く諭した。

「ジェニー、あれほど人に飛びついたらダメって言ったでしょう。下手をしたらサラさんに怪我をさせていたかもしれないのよ!」

「はぁい。ごめんなさいお母様」

「そんないい加減なお返事なら、しない方がマシです! それに、謝るのは私にではなくサラさんに対してでしょう」

ヴィクトリアはユージェニーを背後から捕まえて抱え上げ、その目を見つめて叱った。

「はい。お母様」

ユージェニーは母親の剣幕に怯んだ。そのままヴィクトリアの腕から降ろされると、サラに向かって頭を下げた。

「サラの演奏にドキドキして、うっかり飛びついてしまいました。ほんとうにごめんなさい」

ヴィクトリアもサラに向かって深々と頭を下げた。

「サラさん、うちの娘がごめんなさい。本当にお転婆で困っているの」

「僕からも妹の非礼を詫びるよ。だけどそれくらい君の演奏は凄かった」

アルフレッドも立ち上がってサラに謝罪した。

「どうか頭を上げてください。私の拙い演奏を気に入ってくださったことが、とても嬉しいんです。それに、ジェニーも次はやらないわよね?」

「うん。もうしないわ」

「ふふっ。ジェニーはいい子ね」

「サラさんは演奏だけじゃなく、お作法も完璧ね。流石オルソン令嬢の教え子といったところかしら」

「過分なお言葉に身の置き所もございませんが、母の教えを褒められたことがとても嬉しいです。ありがとう存じます」

『うーん。体幹も反射スピードも申し分ないわね。そして対応にそつがない。マギって怖いわぁ』

一連の様子を横で見ていたクロエは、そっと前に進み出てユージェニーに語り掛けた。

「ジェニー、サラも見た目はとっても優雅に振舞っているけど、家にいるときはとてもお転婆なのよ。毎朝、男の子たちに交じって剣術の訓練をしてるんだから」

「サラは剣術もやるんですね!」

これにはアルフレッドが喰い気味に身を乗り出した。

「やだ、クロエ。そんなことを皆様の前で言ったら恥ずかしいじゃない!」

「だって本当のことでしょう?」

サラはそっと顔を赤らめて、照れたような仕草を見せた。

『凄いなマギ。だんだん怖くなってきたぞ。それにしても私ってあんな反応する?』

「剣術を嗜む女性はあまりいらっしゃらないので、とても興味深いですね」

「あら、アルフレッドは知らないのね。グランチェスター侯爵の姉君であるハリントン前伯爵夫人は、お若い頃は剣術の達人として知られていたのよ。それに王都の武術大会で5年連続して優勝したジェフリー卿もグランチェスター家の方なのよ」

ヴィクトリアがアルフレッドにジェフリーのことを教えると、サラにアルフレッドは興奮するように熱く語り始めた。

「たしか国王陛下が『其方はこれ以上武術大会に出るな』と命じたことで有名なジェフリー卿ですね?」

「そうよ。『他の武人にも機会を与えてやれ』と仰せになられて、ジェフリー卿に爵位を授けられたの」

「今でもジェフリー卿の元には、腕に覚えのある武人が自分の方が強いことを証明するために足を運ぶと聞いていますが本当ですか?」

『え、ジェフリー卿ってそんな凄いんだ。武術大会で優勝して騎士爵になったことは知ってたけど、そこまでとは思ってなかったわ』

「もちろん本当ですわ。狩猟大会の直前にも流浪の剣士がいらして試合をしたのですが、ジェフリー卿の圧勝でした。その剣士は再び修行の旅に出られたのだとか」

ゴーレムのサラはアルフレッドに解説したが、本物のサラであるソフィア自身はその情報を知らなかった。もっとも中身がマギなのだから、情報に精通しているのは当然である。

『うーん。本物よりも優秀かもしれない』

「そうなのか。グランチェスターは、武に力を入れているんだね」

アルフレッドは、うんうんと勝手に納得しているが、グランチェスターは武門の家というわけではない。ここはきちんと説明しておく必要があるとソフィアは考えた。

「グランチェスター領はアクラ山脈に面した厳しい自然環境の地域のため、野生動物や魔物の出没も多く、必然的に武術を嗜む者も多いのは事実でございます。しかしながら、一方でグランチェスター領は小麦の産地でもあります。農作物の管理は文官の仕事であり、領主の仕事でもあります。文官と共に仕事をこなさねばならない領主一族には、あまり武術を嗜む暇がございません」

「そうなのか」

「ただ、現グランチェスター侯爵は、元々アカデミーの騎士科に通っておりました。近衛騎士団への入団も内定していたのですが、二人の兄が立て続けに病死してしまったことで、急遽家督を継がざるを得なくなったのです。結果として騎士のように剣を使う領主となりました」

「なるほどな。そういうことなら、グランチェスター家でもサラが武術を習うのは珍しいことなのではないのか?」

ソフィアの説明にアルフレッドは首肯し、さらに質問を重ねた。この問にはクロエが回答した。

「とても珍しいですわ。ですからサラはお転婆だと申し上げたのです」

「ふむ」

「自分より弱い殿方には嫁がないと 嘯(うそぶ) いておりますのよ」

「そうなのか!?」

『なるほど。クロエの発言はこれが目的だったか。上手に縁談を断る理由を作ってくれたわけね』

「私はジェフリー卿に憧れておりますの。嫁ぐのであればジェフリー卿のような方が良いです」

「実はサラに剣術を指南しているのもジェフリー卿なのです。ですからサラもなかなかの使い手ですのよ。本当にお転婆でしょう?」

「まぁ! 今のサラさんからはまったく想像がつきませんわね。それならアルフレッドもサラさんに負けないように頑張らないといけませんね」

「もちろんです! 是非ともサラと手合わせしたい」

「うちのアルフレッドも、剣術だけは真面目にやっているのです。とはいえ、同じくらいお勉強の方も熱心になってほしいものですわね」

「母上!」

『えーっと、将来の公爵が脳筋なのはかなりマズいのではないかしら?』

「ジェフリー卿の長男であるスコットも、最近まではそんな調子だったそうですわ。でも、サラと一緒に勉強するようになってから成績が一気に向上したのだとか。そうでしょう、サラ?」

クロエは目配せをしながらスコットの存在を匂わせた。これも故意なのだろう。もしかするとクロエは、サラとスコットの仲が進展したと考えているのかもしれない。

『まぁデートしたんだからそんな風に思われても不思議じゃないか。でも、正直スコットって弟みたいなんだよねぇ。向こうの方が年上だけど』

その割にはデートの終わりには少しばかりときめいていたような気もするが、本人は綺麗さっぱり忘れてしまっている。

「剣術の方が好きだったというだけで、スコットは元から優秀でしたわ」

「それにしては、突然スコットの成績が上がった気がするのだけど」

「騎士には勉学も必要だと申し上げたのですわ。戦を左右するのは騎士の強さだけでなく、戦術や戦略、そして騎士たちの働きを支える食料や武器の供給だと」

「なるほど。そういうことだったのね」

「本当に驚くしかないわね。サラさんにはできないことがないのかしら」

『まともな絵が描けません。彫刻や粘土細工も苦手です……』

などと本当のことを言うわけにもいかない。

「足りないことも多く、お恥ずかしい限りでございます」

「サラのことを『女が 賢(さか) しらに発言をするとははしたない』などと 謂(いわ) れのない非難を投げつける方もいらっしゃいますが、グランチェスター家ではサラの才能を存分に伸ばしてやりたいと思っておりますわ。グランチェスター侯爵はもちろん、小侯爵である私の父も同様ですの」

「そう。それは素晴らしいことね」

「ええ私もそのように思っております。ですから、私どもは勉学も剣術もサラと同じ程度かそれ以上に優れた方にサラを嫁がせたいのです。私にとっても可愛い妹分ですもの」

こうしてクロエはグッサリと特大の釘を刺し、アールバラ公爵夫人を牽制した。ヴィクトリアもクロエの意図には気づいていたが、正直なところサラの才能をそれほど高く見積ってはいなかった。より正確に言えば、アルフレッドが才能に溢れた息子であることを過信していた。もっとも、親の欲目とはそういうものなのだろう。

確かにアルフレッドは同世代の中ではとりわけ優秀な男子である。会話や所作からもアルフレッドが6歳とは思えない程に早熟で、とても優秀であることは明らかであった。剣術に比べて勉学にはそれほど熱心ではないが、だからと言って不出来と言うわけでではなく、家庭教師たちもこぞってアルフレッドの優秀さを褒めていた。子供時代の2歳差は大きいが、将来的には自分の息子がサラよりも劣る存在になるなどとは欠片も思っていないのだ。

故にヴィクトリアはサラの誕生日パーティーを仕切り、アルフレッドにエスコートさせることで事実上の婚約者であるかのように振る舞い、サラやソフィア商会を狙う他家を大きく引き離すつもりでいた。

だが、そこにソフィアが冷水を浴びせるような発言をした。

「正直なことを言えば、サラさんにはソフィア商会をお任せしたいですわね。サラさんが大人になる頃には、流石に私も引退したいと思っていることでしょう」

「で、でも、サラさんはもうすぐ子爵令嬢になるのでしょう?」

ソフィアの発言に驚いたヴィクトリアが反応した。

「子爵令嬢が商会を経営してはいけないという法律はありませんわ。とはいえ、商人であれば金銭の話を避けて通るわけにはいきませんので、貴族女性としては品位に欠けた振る舞いと映るかもしれませんわね。結婚については……そうですねぇ正直に申し上げることが許されるのであれば、サラさんの亡くなったご両親のように、貴族の慣習に縛られることなく愛し愛される相手と寄り添われることを願ってやみませんわ。いずれにしても最終的にはサラさん本人が決めることなのでしょうけれども」

「ロバート卿ではなく?」

「あの方は、とてもサラさんに甘いですから」

「叔父様はサラを溺愛してますものね」

ヴィクトリアはソフィアの発言に頷きつつも、サラについて大きく誤解した。

『おそらくサラさんは、貴族であり続けるために努力しているのね。それなら私が全力でサラさんを助けて、将来の公爵夫人になっていただかないと。これほど優秀で、グランチェスター家とソフィア商会に繋がりを持つ女の子をみすみす他家に取られるわけにはいかないわ!』

サラにとってはいい迷惑である。

その後、ソフィアとクロエはサラの誕生日パーティーの段取りを確認し、ソフィア商会に酒類を含む飲み物、および来場者への返礼品の手配を依頼した。当然のことながら、ソフィア商会の名前を王都でも大々的に知らしめるため、返礼品にはソフィア商会でしか手に入れられない商品の数々を手配することでこの日の話は決着した。

……さまざまな火種を残しながら。