軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

思っていたほどには

自室に戻ったサラは、アールバラ公爵夫人とハリントン伯爵宛てに書状を 認(したた) めた。

アールバラ公爵夫人であるヴィクトリアには、サラの誕生日のパーティ会場を探している旨の書状を既にエリザベスが送っており、先方からは前向きな返事が届いていた。サラからはお礼を兼ねつつ、王都への到着予定や訪問したい旨の書状を送るだけである。エリザベスが内容を確認してから送付して欲しいと言っていたので、書き終えた書状は控えていたマリアに渡して本邸へと届けてもらった。

サラの誕生日パーティのためにどんな会場を用意するのか、誰に招待状を送るのかなどについてはエリザベスとヴィクトリアが仕切っており、まだ子供であるサラにはあまり意見は求められない。また、正式に養母となっていないレベッカにも決定権は委ねられることはない。一瞬、サラは『この二人に任せても大丈夫なのだろうか?』という不安に駆られたが、正直なところ忙しすぎて自分の誕生日パーティなどに気を回す余裕がなかった。

一方のハリントン伯爵については、偶然にもサラたちが王都を訪問する時期に王への謁見予定があることがわかり、ソフィアとして王都にあるハリントン伯爵邸への訪問を申し込んだ。ハリントン伯爵はソフィアとしても昵懇の間柄であり、前ハリントン伯爵夫人を通じてグランチェスター家とも親戚関係にある。おそらく小麦の小売りについても協力を得られるのではないかとサラは考えている。

ハリントン伯爵家が親戚であったことは、サラにとって喜ばしい偶然であった。たとえハリントン伯爵と出会っていなかったとしても、いずれワインの産地を抱える領主とはソフィア商会の会長として取引できる関係になるつもりでいた。そのため、時期尚早であることを承知しながらも、エルマブランデーやシードルを披露したのだ。葡萄でもこうした酒が造れることを耳打ちし、スパークリングワインやブランデーの製造を一緒に手掛けてくれるパートナーとして領主を口説き落としたい。その相手がエルマブランデーに並々ならぬ興味を示してくれたハリントン伯爵であれば申し分ない。おそらく向こうも興味津々であることも想像に難くない。

『エルマブランデーは美味しいけど、ブランデーと言ったらやっぱり葡萄から作られたものだと思うのよね。なんなら搾りかすだって利用できるようにすべきよ』

蒸留酒が無いということは、マールやグラッパといった搾りかすを利用したお酒も存在していないということでもある。おそらく搾りかすは廃棄している可能性が高い。知識を共有する価値はありそうだ。

モノは試しと、サラはハリントン領で取れた白ワインを樽でいくつか購入し、こっそりフランに蒸留してもらった。ごく少量なのでグランチェスター家の誰にも伝えず、時間の進みが早い空間収納の中でゆっくりと熟成をすすめている。出来上がりの状態をまだ確認していないので、後でこっそりミケに味見をしてもらっても良いかもしれない。

スパークリングワインやブランデーの製造方法が知れ渡るようになれば、いずれグランチェスターのエルマブランデーやシードルの売上は落ちていくことになるのは必定である。グランチェスター家の人間としては、本当なら製造方法を明かすべきではないのかもしれない。なんならハリントン領からはワインを購入するだけに留め、蒸留や熟成をグランチェスター領でやることも不可能ではない。

だが、より良い商品を生み出す原動力は市場競争にあると信じているサラは、グランチェスター領だけが市場を独占してしまうことで市場が停滞し、新たな産業が興りにくくなることを懸念している。

もちろんソフィア商会の商会長として、商品を独占して販売したいと言う”欲”を持たないでいることは難しい。「稼げるときに稼げるだけ稼ぎ、後は知らぬ存ぜぬを通す」という方向に舵を切ることは簡単で、そうした商人の在り方を否定するつもりもない。商業ギルドはまさにそうした視点に立つ商人たちの集まりでもある。

彼らとサラの大きな違いは、商人でありながら為政者の側にも片足を突っ込んでいることにある。そもそも最初の立ち位置から、サラは普通の商人ではなかった。横領事件の影響でグランチェスター領は債務過多に陥っており、その課題を解決するためにソフィア商会が設立されている。現代の地球で言えば、国や自治体が大株主となっている企業と言えるだろう。

こうした背景から、ソフィア商会はグランチェスター領にとって利益のある行動をとることが前提となる。もちろんサラ自身もグランチェスター家の人間であるため、グランチェスター領の利益のために動くことに異存はない。ただ、他の商会とは立ち位置が違うというだけの話だ。

ソフィア商会は新たな産業を興して市場を開拓し、その市場を活性化することでさらに新しい何かを創出することを目的に動いている。そうした過程において商品やサービスが多様化し、新しい仕事が生まれて民が裕福になっていく。

懐が温かくなった民たちは、モノやサービスにお金を使うようになる。要するに今まで貧しかった民たちが、新たな”顧客”となり、ソフィア商会はもっと大きな利益を得る機会を得ることができるということだ。ある意味では、そこらに転がっている悪徳商人たちよりもずっとサラの方が強欲である。

だが、こうしたサラの商売は、領主とは大変に相性が良い。産業を興して市場を活性化すれば、必然的に税金収入が上がっていくのだから当然である。まさにWIN-WINの関係と言えるだろう。

だが、この国の貴族たちが皆このような視点に立っているわけではない。そもそも”働く”という感覚を持ち合わせていない貴族の方が圧倒的多数なのだ。領地があれば勝手にお金が手に入ると思っており、その収入がどうやったら増えるのかなどと考えることがないのだ。領地の管理を代官に任せっきりにしているため、グランチェスターのように横領されていても気付かない領主の方が多いのではないだろうか。

サラから見ればこうした領主は怠慢であり、土地や領民がもったいない。この先ロバートはアストレイ子爵領を代官に任せるつもりらしいが、それでも自分たちの領地を富ませることに頭を使って欲しいものである。

ハリントン伯爵は、この国の貴族としては珍しい部類に入るのかもしれないが、土地を豊かにすることに熱心な領主である。ソフィアとして狩猟大会で出会い、以降は何度か手紙もやり取りしている。まだ父親から領主の座を引き継いで2年程だそうだが、自領のワインが王太子夫妻に好まれないことや、それに伴って売れ行きが落ちていることに胸を痛めている。

グランチェスターとは比較的近い位置にあり、親戚関係でもあるハリントン領を巻き込むことも、広い視野で見ればプラスになるとサラは判断した。困っている間に手を差し伸べるというよりも、一緒に問題を解決して相互に利益を得る関係を築きたいのだ。ハリントン領で造られたブランデーやスパークリングワインと真っ向勝負をする必要はない。ソフィア商会がやるべきなのは、グランチェスター産のエルマブランデーやシードルのブランディングだ。多くの商品の中から選ばれる商品であり続けるためには、ブランド戦略を展開することが重要だとサラは考えている。

もっとも、サラはこうした思考がかなり時期尚早であることも自覚していた。エルマブランデーやシードルは、まだ妖精たちが魔法で熟成しなければ商品にできない。完全に人の手だけで作れるようにならなければ、産業としては成立しない。

一朝一夕で産業が興るはずもないことを理解はしていても、いろいろなことを一気に進めたくなってしまう。勢いで突っ走ってしまうことも多く、周囲が付いてこられず焦ることも多い。これから先に長い人生が待っていることを考えれば、そのうち落ち着くのではないかという気もするが、今のところそうした気配はない。早々にストッパーが必要そうであるが、果たしてその役割を誰が果たすことができるのだろうか。

「それにしてもハリントン領かぁ。ソフィアになったらワインも飲めるかなぁ」

ぼそりと呟いたサラの本音は、妖精たちの耳に届いた。

「ソフィアの姿であればお酒を飲むことは可能ですが、深酒はお止め下さい」

「元の姿に戻るとき、自分で意識して身体の中からお酒を抜くことができるなら問題ないんじゃない?」

「酔っぱらってそんな自制きくのかしら」

セドリックが苦言を呈すると、ミケとポチもサラの飲酒について意見を述べた。

「でも、私はソフィアの姿になったサラと飲みたいかなぁ。ウィルも最近は忙しくてなかなかお酒を一緒に飲んでくれないのよ」

「祖父様も大変そうね」

ミケが寂しそうにしているため、サラはミケの頭を指先で撫でながら答えた。それを羨ましく思ったのか、セドリックもその場で子豹に姿を変えた。

「沿岸連合の仕掛けについて王様に謁見してからは、本当に時間が無くなってるみたい」

「王室も慌ててるってこと?」

「どうやら王も不穏な空気は感じていたようです。やはりグランチェスター領の暴動に不信感をお持ちだったようです。加えてロイセンの王太子がおかしな要求をしてきたことで、おおよそサラお嬢様と同じような結論に達したようです」

「おかしな要求?」

無意識にセドリックを膝に乗せて撫でてしまうあたり、もふもふに非常に弱いサラであったが、会話は普通に続いていく。

「小麦輸入というか支援について、依頼された量がおかしいことに気付かれたようです」

「なるほど。この国の王様はちゃんと仕事してるわね」

「普通、国王とは忙しいものだと思いますが」

「ロイセンは王太子の方が忙しそうに見えるけど。奥さんを寝取られまくって拗ねてるんじゃないかしらね」

「サラお嬢様、淑女の指摘としては品がありませんね」

「でもあってるでしょう?」

「少々男性的な魅力には欠けるお方ですからねぇ」

「そうなんだ。ゲルハルト王太子はワイルド系イケメンと言えないこともないし、それなりなのかと思った」

「なんというか…お身体がふくよかな方ですので」

「ポチみたいに?」

「ちょっと! 失礼過ぎない!? 私がこんな姿なのはサラのせいじゃないの!」

相変わらず魔力を抱えたまま、ぽっちゃりとした体型のポチはサラに文句を言った。

「ごめんごめん。ちょっとした軽口よ」

「もうもうもう! ミケ、この魔力あげるから、サラが抱えてるお酒をとっとと熟成しちゃってくれる?」

「いいわよ。私もすごく飲みたいしね。サラ、樽ごと出して」

「わかったわ」

ミケとポチは鼻と鼻をくっつけ、魔力をほわわんとやりとりする。すると、みるみるうちにミケの毛が逆立ち、身体が1.5倍から2倍くらいにまで膨れ上がる。

「あ、こんなに量が多いなら人型の方が楽そう」

そういうとミケは美女に姿を変え、きらきらと輝き始めた。

「ミケ、なんだか派手に光ってるわよ?」

「ふふっ。これが私たちから見えるサラの魔力の輝きよ」

人型のミケはサラが空間収納から取り出した樽に手をかざし、魔力をたっぷり注ぎ込んでいく。

「受け取った魔力を全部注ぐと、20年物くらいになっちゃうけど平気?」

「それで良いわ。味見してないから失敗してるかもしれないけどね」

「酒飲みの勘では、絶対美味しいヤツ」

「ミケの勘を信じることにするわ」

ミケは残りの魔力も一気に注ぎ込み、樽からは何とも言えない芳醇な香りが漂った。

「確かにヤバい香りするね」

「でしょう?」

サラはグラスを4つとデキャンタを魔法で作り、樽からそっとデキャンタにブランデーを注ぎ入れた。

「ミケ、匂いだけで酔っぱらいそうだわ」

「まずは大人になるとこからでしょ」

「そうだった!」

サラはミケの力を借りてするすると大人に姿を変えた。

「あ、不思議。この姿だとすごくいい匂いに感じる!」

「酒飲みの身体ねぇ」

「否定できないわ」

その後、ポチとセドリックも人型となり、仲良く4人で2ショット分のブランデーを味見した。本来なら口に含んだ後は吐き出すものなのだが、久しぶりのお酒を吐き出すのはもったいなくてできなかった。

「美味しいけど……少し物足りないかも」

「そうなの? 凄く美味しいけどな。サラはお酒に厳しいわね。ウィルなら美味しいっていうと思うけどな」

ふと気になったサラは、封の空いたエルマブランデーのボトルも取り出した。これは勝手にグランチェスター侯爵が飲んで居たボトルを没収したものなので、20年物のはずだ。

サラは別のグラスを作り出し、エルマブランデーも一口飲んだ。

「うーん。エルマブランデーも私が思ってるほど美味しくない……」

「サラってお酒に厳しくない?」

「そりゃぁ前世でたくさん飲んだもの。どっちのお酒も、もっともっと美味しくできるはずよ。やっぱり専門に研究する人を育てるべきだわ」

どうやらこの世界の人たちの舌は、前世の酒好きほどには肥えていないらしい。サラは改良の余地があることを実感した。魔法で熟成をすすめたところで、いきなりお酒が美味しくなるわけではない。この失敗は、すべてが魔法で解決できるわけではないということを、如実に示している良い例だと言えるだろう。

『だからやめられないのだけどね』

どうやらサラの商人としての野望と、酒飲みとしての本能がタッグを組んでしまったようである。そして、そんなサラを酒好きな妖精であるミケは、称賛の眼差しで見つめていた。