軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後からバレるよりはマシ

サラはアダムよりもゆっくりと目を覚ました。あまりにも起きないサラを心配して、マリアが声を掛けてくるまで爆睡であった。

寝坊の原因は夜市で帰りが遅くなったことではなく、スコットがいきなり距離を詰めてきたことに驚き、なかなか寝付けなかったことにある。地味にスコットの攻撃はサラに通用しているようである。

『むぅぅ…13歳の少年に振り回されるとか…なんか悔しい』

前世でアラサーだった記憶があるせいで、スコットやブレイズ、そしてまだ19歳であるトマスも含めて子供にしか見えていなかったサラだが、ここに来てスコットの急成長にちょっと焦りを感じていた。子供はいつか大人になるという至極当たり前のことを、サラはようやく身をもって実感したのだ。

身支度を整え、階下で食事をすべく階段を降りていくと、アダムとマーグが並んで歩いていた。どうやら本邸に戻るアダムを見送っているようだ。自分も見送ろうと玄関に続く階段を降りようとしたところで、玄関前で抱き合っている二人を目撃してしまった。

『えええっ! なんでマーグがアダムに抱きついてほっぺにキスしてるのぉぉ!?』

サラにとってアダムは、自分を池に突き落としたいけ好かないいじめっ子である。良い方向に成長しているとは思っているものの、それでも下着泥棒の変態ということを忘れたわけではない。

「あなたたちって、そういう関係だったの?」

「あ、サラ。おはよう。これから本邸戻るよ。それと、僕たち婚約したんだ」

「えええええええっ!?」

今度こそサラは階段からズッコケそうな勢いで驚いた。アダムの宣言にマーグもほんのりと頬を染めている。

「ちょ、ちょっと待って。アダムってマーグのこと男の子だと思ってたんだよね? アダムって恋愛対象は異性だけかと思ってた」

「自分でもそう思ってたよ。今までは異性しか意識したことなかったし。でもマーグだったら男性だったとしても、やっぱり好きになってたと思う」

「じゃぁずっとマーグのことが好きだったの?」

「たぶんそうだ。自覚したのはついさっきだけど」

「ソウナンダ。ヘー」

衝撃のあまり、発言がカタコトになってしまった。が、サラは唐突に問い質さなければならない衝動に駆られた。

「今、付き合ってるとかじゃなくて、『婚約』って言ったよね? いきなり過ぎてついていけてないんだけど、それってご両親の許可はまだだよね? 祖父様は王都だし」

「まだ二人だけの約束なんだ。気持ちを確認したばっかりだから」

「マーグはそれでいいの?」

「ええ。私は前からアダムのことが好きだったから」

『嘘でしょ!?』

マーグの発言に、サラはさらに混乱した。

「えっと…勢いで決めて大丈夫? その…アダムは身体の状態が……」

「聞いてるわ。私はそれでも構わないと思ってる」

「マーグがいいならいいんだけど……」

『あれれ、この状態でアダムの昔の悪癖を暴露していいの? さすがにマズいよね。でも言わないで後からバレる方がヤバい?』

「サラが心配する気持ちは理解できるわ。王都であなたを池に突き落としたってことも教えてもらったから」

「え、じゃぁ私がどんな仕返ししたかも聞いたの?」

「それは聞いてないかも」

マーグの背後でアダムが凍り付くのが見えた。

『あ、コレはダメなヤツだ』

空気の変化に敏感なマーグは、くるりとアダムの方を振り向いた。にっこりと微笑みながら、アダムに向かって優し気に問いかける。だが、明らかに目が笑っていない。

「それで、アダムは何をされたの?」

「あ、いや…僕のコレクションをその…」

「ハッキリ言えよ。男らしくねーぞ!」

ドレス姿のマーグが低めの男言葉で、乱暴にアダムに詰め寄った。

『おっと。マーグってスラムにいた頃はこんな感じだったのか。なるほどね』

アダムは言葉に詰まっており、明らかにサラの方に助けを求める視線を送っている。

「マーグ…たぶん本人は言いづらいと思うから私から言うわ」

ぐりんっとマーグが、微笑んだまま顔だけサラの方に振り向いた。

『こ、こわっ』

サラがビビるレベルでマーグの目が据わっていた。余談であるが、この光景を上からこっそり眺めていたセドリックは、ドラゴンよりも強いサラをビビらせるマーグを高く評価した。

「それで、サラはアダムに何をしたの?」

「アダムのコレクションを晒したのよ。正確には掃除にきたメイドが見つけやすい場所に置いておいたんだけどね」

「コレクションってなぁに?」

「メイドたちの下着ね。あ、もしかしたら侍女のも混ざっているかもしれないけど」

「は? ナニソレ。アダムってそんなに女性関係がだらしない感じなの?」

マーグは目の前にいるアダムの襟元を掴み、そのままぎゅうぎゅう締め上げた。

「ご、誤解だ。僕はまだ女性と同衾したことはない」

「じゃぁ下着って何よ?」

「ぐ…ぐるじぃ…」

いい感じに首が締まっているので、さすがにサラもマーグを止めることにした。

「マーグ、そのままだとアダムは喋れないわ。っていうかそろそろ落ちるわよ?」

「あ、しまった」

マーグは慌てて手を離した。アダムはかろうじて意識は保っていたものの、顔は真っ赤になっている。

「マーグ、アダムのコレクションは盗品だと思うわ。さすがに伯父様や伯母様の目があるから、使用人をこっそりベッドに呼ぶのは無理だと思うし、そもそもそういう関係の相手なら下着なんて持ってる意味が解らないわ。あと、クロエの情報によれば、アダムは王都の令嬢の間ではアカデミーの受験に何度も失敗しているおバカな令息扱いされてたから、モテなかったそうよ」

「あぁ、それは理解できる」

玄関先でへたり込んだアダムは、地面にのめり込みそうな勢いで落ち込み始めた。そんなアダムの肩をポンっと叩いたマーグは、さらに追い打ちをかけた。

「で、アダム、なんでそんなもの盗んだわけ?」

「それはその…興味があって……」

「どうして?」

「ある日、王都邸の馬場で馬を走らせてたら、洗濯物が風に飛ばされて飛んできたんだ。何かなぁと思って見たら女性用の下着だったんだよ。なんとなく広げてたら、構造が気になっちゃってね。どうしてこんなところに穴が開いているんだろうって考えてるうちに、コレを身に付けたらどうなるのかなってところに想像が及んじゃって……気付いたら興奮してしまっていて………」

『あらぁ。第二次性徴を変な感じに拗らせてるわ』

サラは頭を抱えた。正直、アダムの悪癖についてはいかがなものかとは思っていたが、それを好きな女の子に告白しなければならないことについては同情を禁じ得なかった。

「それで?」

だが、マーグはまったく容赦がなかった。

「部屋に戻ってからもそのことが頭から離れなくなって、母上のとこにいる若いメイドや侍女の見習いたちも、こんな下着を履いてるのかなってことが気になり始めたんだ。ほら、みんな母上の前では凄くおとなしいからさ、あんなすました顔してるのに、あんなところに穴が開いてる下着を履いてるのかなって……」

「それは人によるわね」

マーグはバッサリ切って捨てた。

「うん。いろいろあるってことは理解した」

「それなら盗まなくても、見るだけで良かったんじゃないの? あのね、下着って買うと高いのよ。私も令嬢だった頃はそんなこと気にしなかったけど、平民になったらその価値を思い知ったわ。盗られた子はとても困ったと思うわ。恥ずかしくて言い出すこともできないだろうし」

「そこまで考えことはなかったな」

「それで、アダムは使用人たちに謝ったの?」

「……まだです」

「本邸にいる子にはすぐ謝りなさい。王都にしかいない子には、後からきちんと謝ること。おそらく小侯爵夫人が対応してくれているとは思うけど、下着を買うお金以上の補填をきちんとしなさいね」

「はい」

アダムは座りこんで猫背になっており、だんだん声が小さくなっていく。マーグは深くため息をついた。

「一応聞いておくけど、下着をとった使用人の中に好きだった子はいるの?」

「いません。可愛いなとは思ったけど、恋愛感情ではないって言い切れるよ」

「だったらいいわ。興味本位が行き過ぎたってことだろうから。でも、次は許さないから覚えておいてね?」

「もちろん!」

『マーグは甘いなあ…。あの下着をアダムがナニに使ったかわかったもんじゃないと思うけどなぁ』

サラはとても冷めた視線で二人のやりとりを見ていたが、本人たちがそれでいいなら水を差すこともないだろう。

「それとね、アダム。あなたはサラに感謝すべきよ」

「サラには感謝すべきことはたくさんあるけど、このタイミングで何に感謝を?」

「アダムの悪癖を暴露してくれなかったら、アダムは下着を盗むのを止めなかったでしょ」

「え?」

「スラムにいる時、スリの元締めだったジャックが言ってたの。『生活のためじゃない盗みをする奴は病気だ。最初は興味本位でも、やってるうちに止められなくなる。戦場で使う恐れ忘れのクスリみたいにな』って。だから、アダムはサラに助けてもらったんだわ」

「そ、そうなのか?」

「盗みのプロが言ってるんだから間違ってないと思うのよね」

サラはただのイヤガラセのつもりだったので、自分がアダムの更生に一役買っているとはまったく自覚していなかった。だが、マーグの発言を聞いて、前世で万引きを止められない人や何度捕まっても止められない下着泥棒が存在していたことを思い出した。そうした犯罪の常習者は、確かに心が病んでいるのかもしれない。

「サラ、こんなこと突然いうのも変だけど、本当にいろいろありがとう。あれは僕に対する意趣返しだとは思うけど、それでも助けられたみたいだ」

「どういたしましてっていうのも変な話よね。マーグが許したなら私が口を挟むことじゃないし。だけど、マーグを泣かせるようなことをしたら、生きてることを後悔するくらい酷い目に合わせるから覚悟しておいてね」

「わ、わかった」

アダムはゴクリと唾を飲んで頷いた。

「マーグ……本当にアダムでいいの?」

「あのね、このくらいの年齢の男の子同士の会話って酷いもんなのよ。ごめん、違うわ。いくつになってもそっち系のことについては、男ってバカだと思う。2年近く男の子のフリをしてたからわかるんだけど、冗談抜きでこいつら絶対バカだって何度も思ったもん。アダムなんて可愛いものだと思うわ。もっとも、実際にアダムがどんな妄想してるかは本人にしかわからないけどね」

「逞しい令嬢もいるものね」

「それを理解しているサラの方がもっと逞しいわよ。本当に8歳なの?」

「間違いなく8歳よ。もうじき9歳になるけどね」

マーグがアダムに手を差し伸べると、アダムはその手をそっととって立ち上がった。

「もうしないよね?」

「うん。誓うよ」

『この二人が本当に夫婦になるなら、既に尻に敷かれているというところね。まぁアダムの奥さんってこれくらいの方がいいのかも?』

「僕はそろそろ本邸に戻るよ」

「気を付けてね。あなたの馬も戻ってきてるから、きっとゴーレムたちが曳いてきてくれてるとおもうよ」

「ありがとう。本当にサラには世話になった。たぶんこれからも世話になりそうだけど」

「その分、働いて頂戴。あなたたちが広告塔になってくれることが重要だから」

「わかってる」

マーグもアダムに再び声を掛ける。

「小侯爵夫妻にはよろしくお伝えください」

「うん。きちんと婚約のこと伝えて許しを貰うよ」

そして、マーグはアダムの耳元で何かを囁いた。と、次の瞬間、首を絞められた時よりも真っ赤な顔になったアダムがこくこくと頷き、そのまま慌ただしく本邸へと戻っていった。ちょっと足下が覚束ない感じだ。

アダムを見送り、二階に戻ったサラとマーグは自然に図書館のソファに腰を下ろした。

「ところで、さっきアダムに何を言ったの?」

「サラになら言ってもいいか。『あなたのお気に入りの下着の種類を教えてくれれば、私はそれを愛用しても良いわよ』って」

「え、マジ? 今のアダムの状態を知っててそれを言うの? マーグちょっと酷くない?」

「原因が心にあるならそれで治るだろうし、ダメだったら諦められると思うのよ」

マーグはちょっとだけ寂しそうな表情を浮かべた。

「それってアダムの子供を産むのを諦めるってこと?」

「うーん、貴族的にはそう思うべきなんだろうけど、私の場合は夫婦としての親密な触れ合いを諦めるっていう方が正確かも」

「あぁ。なるほど」

「やっぱり8歳じゃないよね?」

ふぅっとサラはため息をついた。

「アダムと結婚しなくてもマーグは親戚になりそうだし、どうせいずれはバレるだろうから言っておくわ」

「サラがソフィア様だってこと?」

「気付いてたの?」

「小侯爵一家はみんな気付いてるけど、サラが自分で言うまで問い質さないようにしてるみたいよ」

「なるほどね。エドワード伯父様にはもう教えてあるんだけど、律儀に秘密を守ってくれてるわけか。実はこの塔の使用人たちも全員知ってるわ。さすがに隠せないのがわかってるから。守秘契約を結んでもらっているの」

「貴族家の使用人なら守秘契約は普通のことだもの。それは気にしなくていいと思う」

この貴族家で働く使用人たちは、守秘契約を締結するのが常識である。中には契約を偽装してスパイとして潜入する輩もいるのだが、グランチェスター家のシノビ一族はそうした不正を見逃すことはほぼない。

「でもね、本当に言いたいのは、私がソフィアだってことじゃなく、転生者だってことなの」

「テンセイシャ?」

「サラとして生まれる前に別の人間として生きてた記憶があるって意味よ」

「それじゃ、サラとして生まれる前はどこにいたの?」

「ここじゃない遠い世界。魔法もないし、妖精は……いるかもしれないけど私は見たことなかったな」

「サラはその世界で死んじゃったの?」

「そう。この世界でいう辻馬車に乗ってるときに事故に遭って死んだの。王都邸でアダムに池に突き落とされた時、前世のことを思い出したのよ」

「魔法を発現したんじゃなく?」

「あ、水属性の魔法も発現したわ」

「なるほどね。で、いくつで死んだの?」

「33歳よ」

「納得した。変な8歳な理由がやっとわかったわ。あぁスッキリ」

「変ってひどくない?」

「だって変でしょう?」

「否定はできないわね」

「でもなぁ。私も貴族令嬢としてはかなり規格外だと思うのよ。アダムがこのままグランチェスター侯爵になるなら、私は侯爵夫人になるわけでしょ? 絶対反対されると思うわ」

エリザベスがマーグに目を付けていることに薄々気づいているため、サラはそのあたりをあまり心配していない。むしろ、マーグがアダムと友情以上の関係を嫌がった時に、どうやってあしらえばいいのかを考えていたくらいだ。

「将来の夢は商人じゃなかった?」

「侯爵夫人が商売をしちゃダメな理由なんてあるの?」

「マーグは異端児ね。でも、個人的には大歓迎よ」

「サラならそう言ってくれると思ってたわ」

「ちなみに、クロエは将来の王妃を狙ってるわよ」

「アンドリュー王子のこと?」

「そういうこと。ソフィア商会は本気で推すつもりでいるわ」

「あなた、この国を牛耳るつもり?」

「アヴァロンを? まさか。それって狭すぎると思わない?」

「ふっ……さすがソフィア様だわ」

「憧れの女性がこんなんでごめんね」

「むしろ最高よ」

サラとマーグは顔を見合わせてニンマリと笑った。将来の侯爵夫人は、なかなかに面白い人物になりそうである。

「あ、そうだ。私もサラと一緒に剣術やりたい。できれば組手もやりたいんだけどどう?」

「練習相手ができるのは大歓迎。でも、私はドレスを着たまま剣を使うわよ」

「うん。聞いてるわ。私もドレスで闘える女性になりたいと思ってる」

「じゃぁ決まりね」

「できれば私も練習用のドレスが欲しいのだけど、代金どうしよう」

「それくらいは用意するわよ。武器もね。マーグは何を使うの?」

「目立たないように短剣が多かったんだけど、本当は剣もやりたいのよね。エレナ様みたいに大剣を振り回してみたいけど、さすがに持ち歩けないしね」

「マーグって魔法発現してる?」

「身体強化だけなら」

「うーん。訓練すれば空間収納開けるかもしれないわね。そうしたら大剣を仕舞っておけるんじゃないかなぁ」

「そんな高度な魔法使えるのかな」

「訓練してみないとわからないわね。まぁ死ぬ気でやればいけるんじゃないかな。でも、マーグはリヒトの許可が出るまでダメよ? ぶり返したら大変なんだから」

「わかってるわ」

「身体が回復したら、毎日魔力を限界まで消費してから寝るようにしようね。もう14歳だから急がないと増やせなくなるわ」

「なんか、恐ろしいこと言ってない?」

「大丈夫よ。最近のグランチェスターの子は全員やってるから」

サラが大変イイ笑顔で親指を立ててる姿を見て、マーグは一抹の不安を覚えた。そして、その不安は的中するのだということを、マーグは数日後に思い知ることになる。