軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変革の刻は音もなく訪れる

「まぁリヒトのをスパッといくのは半分ジョークですけど、いきなりアダムに試すのは、少し不安ですよね」

「待って半分しかジョークじゃないの!?」

極上の微笑と一緒に極寒の視線を受けたリヒトは、背筋が凍り付いた。…いや、キュッと縮み上がった。何処がとは言わないが。

「誰か怪我して使えなくなった男性いませんかね?」

「いないこともないな」

エドワードが真顔で答えた。

「そんなお気の毒な知り合いがいらっしゃるんですか?」

「知り合いではないし、知り合いになりたいとも思わない人間たちだな。お前が少し前に言ったと聞いたぞ。性的暴力を振るうような犯罪者を厳罰に処すべきだと」

「ええ、言いましたね。加害者の氏名や職業を公表して、見える位置に魔法の焼き印を押すようになったと聞いています」

「その中でも特に悪質な者は、切り落とすことにしたんだよ。既に数名が処罰されているはずだ」

『宮刑!?』

前世では話にしか聞いたことのない”宮刑”が、この世界では普通に執行されると聞いてサラは背筋がゾッとした。

「ちなみに、犯罪者が女性の場合はどうされるのですか?」

「わからん。今のところ該当者がいないからな。焼き印くらいは押すのではないだろうか。だが、女性がそのようなことをするものだろうか?」

「そういった犯罪は男女どちらでも起こり得ます。物理的に力が強い男性の方が多いのは確かですが、薬を用いたり、隙を狙って拘束したり、酷い場合には権力を使うといったこともありますね」

「あぁ…それは理解できるな。貴族女性の中には、既成事実を作って目当ての男性と強引に婚姻しようとする者もいないことはない」

「普通に犯罪ですが、なぜか男性がそうした被害に遭って女性に責任を取らせようとしないことが多いんですよね。不思議と前世でもそうした傾向はありました」

「説明するのは難しいのだが、言い出しにくいだろうことは理解できる」

性的に乱暴されたことを恥と思う気持ちが強いせいか、男性が性的暴力の被害に遭っても泣き寝入りすることが多い。また、告発しても「男性にその気がなければできない」など周囲の無理解によって再度傷つくこともある。

「私は世間の無理解と教育の問題だと思ってますけどね。ひとまずその件は置いておくとして、今なら破損した部位を再生して機能に問題が無いかを確認する実験ができるってことは理解しました。ですが、こうした人体実験は非人道的ではありませんか?」

「無理矢理ではなく、その者たちから合意を得れば良いのではないだろうか。切られたモノが戻るなら喜んで参加するかもしれないぞ?」

「それで良いのですか? 実験に協力してくれた報酬として再生するのは問題ないのですが、また犯罪に走りませんか?」

「まぁ男性しか立ち入りが許可されていない場所で苦役に従事しているから、そう簡単には犯罪に走れないと思うぞ。なにせ周囲は重犯罪者の男性ばかりだからな」

「そこは男性でも良いって人が居そうですけど」

「まぁそういう事もあるだろうが…犯罪者同士のことまで口は出さんよ」

エドワードはサラに敢えて伝えなかった。実は性犯罪者の多くは、収監されると他の囚人たちから性的な乱暴の被害に遭うことが多いのだとか。屈強な肉体を持っていたとしても、集団からの暴行となればひとたまりもない。特に子供相手に乱暴をした者は、そのまま殺されてしまうこともあるのだという。おそらく犯罪者の社会にも、それなりの秩序というものがあるのだろう。しかし、エドワードはそうした秩序を理解しようとも、理解したいとも思わなかった。

ところが、不思議なことに切り落とされた者たちは、囚人たちからも遠巻きにされて乱暴されることは無いらしい。穢れたモノを見るような目で見られ、乱暴されることも無い代わりに誰からも話しかけられないのだとか。

「事情は承知しました。本人たちが望むのであれば実験に参加していただきましょう。ただ、実験後も苦役に戻ることになることはお伝えください」

「無論だ」

「うーん。護衛どうしましょうね…」

「お前を犯罪者と二人きりにしたとなれば、ロブやレヴィからまともに非難されそうだな。下手をすれば、アダムの治療をさせることだけでもロブなら暴れまわりそうだ」

「黙ってやってもいいんでしょうけど、後でバレたらそっちの方が面倒ですね。まぁ説得は私がやっておきます」

「ロブのことは任せる。しかし護衛となると、サラの魔法を目の前で見ることになるわけだし、おいそれと任せるのは難しいな」

「要らないといえば要らないんですよ。どうせ囚人の方は眠らせてからやると思うので。それに、囚人だけでなく護衛についた方の心が無事で済むのか保証し兼ねるというか。仕方ないので、ゴーレムを護衛として控えさせます」

「どうせその実験にはオレもサラの横に付くことになるから、突発的に何かあっても、魔法で対処できる。ゴーレムとオレがいるなら、無理に護衛を付ける必要はないよ」

「わかった。犯罪者たちの意思はこちらで確認しておく。嫌がる者を無理に実験の対象にすることは無いよう、きちんと同意書もとっておくよ」

「エド、必要ならオレも同意には立ち合うよ。医学的な説明も必要だろうから」

「そうしてもらえると助かる。熱病対策で忙しい時にすまない。アダムの軽はずみな行動のせいで迷惑をかけて。サラもありがとう」

エドワードが申し訳なさそうな顔でサラとリヒトに謝意を示した。

「でも、今までのアダムの行動の中では一番好感が持てました。確かに侯爵家の継嗣の行動としては迂闊だと思いますが、誰かのためにあれほど頑張るアダムを見たことありません」

「たしかにそうだな。コーデリア先生のお陰で、明らかにアダムは成長したと思う」

「素晴らしい先生ですよね。平民の文官の中にもコーデリア先生の教え子がいるんです」

「そうか。有難いことだ」

「ですから、ソフィア商会が出資する学園にコーデリア先生を招聘できることは、とても意義のあることだと思っております」

「領の学校にする気は無いのか?」

「今のところ、グランチェスター領の予算にそれだけの余裕は出ないと思いますよ。小規模に始めればいいのです。何なら高等教育の場を領が用意するのも手です。まぁ、やり過ぎるとアカデミーの関係者がまたやってきちゃいそうですけどね」

「グランチェスター領にもグランチェスター家にもアカデミーからの手紙はウンザリするほど来てるぞ。なんなら王室からの呼び出しもあるが、お前参加するか?」

「サラとしては無理ですね。ソフィア商会にも乙女の塔にもたっぷり届いていますから、王都に行けばおそらくソフィアは召喚されることでしょう。王室からでは断れないですしね」

「アンドリュー王子にはいろいろバレているのだし、サラも呼ばれるのではないか?」

「面倒ですがゴーレムと一緒に参加ということになるでしょう。本来なら、祖父様と伯父様で何とかしてほしいところですが」

「暴走する姪っ子のやらかしを確認するだけでいっぱいいっぱいだ」

「エドワード伯父様は首までどっぷり借金漬けなんですから頑張って働いてくださいませ」

「相変わらず容赦がないな」

深いため息をつきつつも、エドワードは穏やかな表情でアダムが(一部を除いて)無事で済んだことや、人間的に成長したことを純粋に喜んでいた。借金漬けだと指摘されたことすら、なんだかサラとの繋がりであるように思える。そもそもグランチェスター領のために働くのは当然であり、指摘されるまでもないことである。エドワードは、こうしたサラの容赦のない指摘は、結局のところ自分たちを激励しているのだと言うことに気付いた。

『この先もサラを純粋で清廉な女性だと勘違いすることはないだろうが、少なくとも今の彼女は私やグランチェスター家に好意的であることは間違いない。だが、この好意を当たり前だと思うようになれば、サラはあっさりと我らを捨て去ってどこかに行ってしまうだろう。そう思えば、我らはなんと希少なものを捧げられていることか。私が本当に次期当主となるかはまだわからないが、自分がその地位に居る限りは謙虚であらねばなるまい。もし、私以外の人物がグランチェスター家の当主となったのならば、サラに見限られることがないよう可能な限り助言するか』

少しずつ変化の兆しは見せていたが、ソフィアの正体を知り、サラの能力を改めて認識したことで、エドワードは卵から雛鳥が孵化したように大きく変化していた。”貴族至上主義”と揶揄されることの多い自分の性格も、今では”貴族としての義務や責任から逃げない”という戒めであると認識している。決して権力は弱きものを虐げる権利ではないことを、エドワードはアダムを通じて理解するに至った。

『すべてを救うことはできないことを知っていても、自分の力不足により苦しむ民が居ることから目を背けてはならない。自分の力が足りていないことを恥じる気持ちがあっても、自分のプライドのために他の力を借りることを模索する道を諦めてはならない。我ら貴族のプライドは、そのような些細なことで傷ついたりはしない。たったそれだけのことに気付くのに、なんと長い歳月を必要としたことか…既に遅すぎるのかもしれぬ。だが、未だ私が小侯爵の地位にある以上、次代に引き継ぐ義務は負うべきだろうな』

「エドワード伯父様? どうかされました?」

「いや、いろいろと思うことがあってな」

「アダムのことですか?」

「それも含めていろいろとな」

「きっとアダムは大丈夫です。エドワード伯父様の次代を担う当主になってくれる気がします」

「それじゃぁ、サラにはアダムのケツを蹴る役をお願いするかな。補佐はクリスがやってくれるだろうが、馬鹿なことをしでかした時には叱ってくれ。リズはアダムに甘いからな」

「それは構いませんが、エドワード伯父様はそれで宜しいのですか?」

「子供のうちはそれで良いと思ってたんだ。愛情をたくさん注いでやるべきだと。だが躾や教育が疎かになるのは明らかに問題だ。リズだけじゃなく、もっと大勢の人間たちに育てられなければならなかったのだろうな」

「そう考えると、祖母様が亡くなられたことは、グランチェスター家にとって大きな損失だったということなのでしょうね」

「そうだな。母上の存在はとても大きかった…我らにとっても父上にとっても」

サラはエドワードに言質を与えてしまったことに、未だ気付いていない。だが、エドワードはグランチェスター小侯爵として、サラ・グランチェスターという人物をグランチェスター領に留める縄を一つ増やしたことになる。これまでの言動からサラは油断しているが、エドワードも無駄に貴族社会で揉まれてきたわけではない。もっとも、エドワードの言動はサラに対する愛情という側面が含まれていることも間違いのない事実ではあった。

傍から聞いていたリヒトもエドワードの思惑には薄々気づいていた。さすがにこちらは年の功というべきだろう。だが、リヒトはその愛情の鎖を少しだけ羨ましいと感じていた。生まれてすぐに捨てられた自分が何者なのかもわからず、初めて愛情を注いでくれた女性は無残に殺害された。しかも、前世の記憶によって何処にいても異邦人であると感じてしまう自分とは違い、サラは確実に愛されていた。

だが、リヒトの方も気付かないうちに少しずつ変わっていた。サラという真の同郷人と出会ったことで、いつか自分も元の輪廻に還る日が来ることを知った。そして、いつの間にか子孫たちがリヒトのあとに続いていた。自分よりもずっと優秀なアリシアが、自分のことを『おじいちゃん』と呼ぶたび、リヒトは不思議な喜びを感じた。彼女が愛おしく、自分が持つもののすべてを引き継いでほしいと願い、幸せな出会いをしてほしいと祈った。無論、他の乙女たちも可愛い。

これまでのリヒトは自分の研究にばかり熱中し、後進の育成に興味を持つことは無かった。あまりにも長命であるが故に、自分よりも先に逝く者たちを導くことに虚しさを感じていた。あるいは大切な者を作らないようにすることで、自分でも知らぬうちに自分の心を守っていたのかもしれない。

いずれにしても、サラがグランチェスター領で初めて冬を迎えたこの時期は、多くの人にとって大きな変革期であったことは間違いないだろう。