軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

貴族家の継嗣としての義務

マーグたちが寝ている客間からリヒトが姿を現した。どうやら姉妹の処置が一段落したらしい。

「リヒト、彼女たちの様子はどう?」

「熱病だね。重症化はしてないけど、栄養失調気味だから予断を許さない。もし食事ができそうなら、なるべく栄養のあるものを食べさせてあげて。経口摂取が無理そうなら点滴してでも補わないとヤバいレベルだ」

「わかったわ。厨房に病人でも食べられそうなものを用意させるわ」

「それと、申し訳ないとは思ったんだけど、彼女たちには治療薬を投与したよ。本人たちは高熱にうなされてるし、スラムの孤児ってことだったから、親の同意も取れないと思ってね。もちろん副作用がでたらオレが責任もって処置する」

「二人は治験者ってことになるのね。一人は5歳だし、貴重な幼児の治験者なのかしら。彼女たちは完治するまで、ここの客間に滞在させましょう。リヒトが騎士団寮に戻っても、トマシーナが診てくれるでしょうし」

「そうしてもらえると助かる。明日になったらアメリアをこっちに戻すよ。騎士団寮の方はオレ一人でもなんとかなると思う」

「でも、アメリアはアレクサンダーさんの診療所で治験の手伝いをするんじゃないの?」

「そっちは日中だけの約束だ。夜は乙女の塔の自室で過ごしてもらうよ」

「みんな忙しいわねぇ。こんな時に申し訳ないけど、私はもうじき王都に行かないといけないわ」

「それは仕方ない。とはいえ、ゴーレムがいなきゃとっくに破綻してたと思う。間違いなくサラのお陰だね」

リヒトは少し疲れた表情を浮かべながら笑った。サラはこの類の笑顔を、前世でたくさん見たことを思い出した。疲れがピークに近づくと、こんな風に笑う人が多かったのだ。

「リヒト、疲れているなら少し眠ったほうがいいわ」

「さっきのサラ程じゃないよ。よくあんなに長時間、ずっと集中できたよね」

「必死だったからよくわからないわ」

「サラこそ、今日は本当にゆっくり寝ないとダメだ。身体は子供なんだ」

「わかったわ。でもリヒトもちゃんと寝てね」

「そうだね。今夜はトマシーナに任せて寝ておくよ」

エドワードがリヒトに話しかけた。

「パラケルスス師。先程はアダムをありがとうございました」

「いえ、アダム様を助けたのはサラお嬢様ですよ。私はサポートしていただけです。同時に複数の魔法を展開しながら、あれ程の魔力を注ぎ込める人物はサラお嬢様以外にいらっしゃいません」

リヒトに指摘されたことで、サラは改めて自分がどれくらいの魔力を注ぎ込んだのかを冷静に考えてみた。

「言われてみればかなり魔力を消費したかも。体感では、アンドリュー王子の魔力暴走を止めた時よりもたくさんの魔力を持っていかれたような気がするわ。切り落とした手足をくっつけるのはとても簡単なのに、どうして臓器を修復するのはあれ程難しいのかしら」

「それはサラお嬢様が手足を切り落とした時、元に戻すことを前提としていたからだと思いますよ」

リヒトはあっさりとサラの疑問に答えた。

「どういうこと?」

「サラお嬢様は相手の手足を失わせることを目的としたのではなく、切り落とすことで相手にダメージを与えたかったのではありませんか?」

「そうね。その通り」

「サラお嬢様は無意識に相手の手足の構造を読み取り、切断した後に元に戻すことをイメージして魔法を発動したのでしょう。だとすれば、切断した手足はその場に残らなかったはずです。つまり新しい手足を生やしたわけではなく、くっつけたということですね」

「粘土細工みたい」

「サラお嬢様の魔法のイメージはそんな感じなんでしょうね。ゴーレム製作が得意なことも頷けるというものです。実は治療で使われた魔力の大半は、アダム様の肉体の構造を読み取るのに使用されていました。手足のように普段目にしている部分とは異なり、人の臓器は限られた職業の人しか目にしません。イメージできなくて当然です。そのためサラお嬢様は、何度もご自身、私、そして周囲にいた人の臓器を覗き見て、アダム様の状態と比較しながら修復されていたのです」

「あまり意識していたわけではないわ。ただ、頭の中で『正常な状態の臓器』が思い描けなくて、ぐるぐる見回していたような気はするけど」

突然リヒトは真面目な表情を浮かべ、エドワードやロバートの方に視線を送った。

「これはサラお嬢様の耳に入れるべき話ではないのでしょうが、治療されたサラお嬢様ご本人に聞かねばならないことがございます」

「それはどういう事だろうか?」

エドワードが口を開いた。

「おそらくアダム様への最初の一撃は頭を殴られたのだと思いますが、そちらの傷は大したことありませんでした。軽い外傷だけで脳へのダメージはありません」

「それは良かった」

「ですが、その後に股間や腹部を激しく何度も蹴り上げられています。胸部や背中を蹴られたり踏まれたりした形跡もありました」

男性陣が一気に真っ青な顔をした。

「そして、非常に申し上げにくいのですが、アダム様の下腹部は貴族家の継嗣としての義務に差し障りが出るような状態となっておりました」

「な、なんだと!」

「サラお嬢様が修復してくださったので、機能にも問題がないと信じたいのですが、魔法にはイメージ力というものが大きく関係してきます」

「つまり?」

リヒトは少し言い難そうな顔を浮かべつつも説明を続けた。

「その…通常の状態は問題が無いように見えるのですが、常でない時にきちんと機能するのかどうか今の段階では判断が難しいのです」

「お待ちください。それをサラの前で説明する必要がございますか?」

レベッカが憤ってリヒトに抗議する。

「このような話は避けるべきであることは承知していますが、治療されたサラお嬢様に聞かなければならないことがあるのです」

「私は大丈夫です。転生する前は三十路の女性でしたから」

「それはそうですけれども…」

「申し訳ありません。手短に済ませます」

「仕方ございません」

レベッカはため息をつきつつ俯いた。

「サラお嬢様は治療中、主に自分自身の身体を参照しながら本来あるべき姿をイメージしてたようです」

「あまり意識はしてないのだけれど、言われてみればそうかもしれない」

「ただ、ご自身とは違う部分はどうにもならないと判断されたようで、私や周囲の方々を参照されていらっしゃいました」

「それだけ聞くと、ちょっと変態っぽいんですけど…」

「治療のためですから仕方ありません。ただ、その時にサラお嬢様は、生殖機能をきちんとイメージできていたかどうかをお伺いしたいのです」

「そこまで考えなかったと思う」

「そうですよね…。もしかするとアダム様の生殖機能には問題が生じているかもしれません。ブレイズ君の治療で先例がありますから、他の内臓は機能的に問題ないと思います。それと同じように生殖機能にも問題が無いと良いのですが。こればっかりは後で検査するしかないでしょう」

リヒトが何を言わんとしているのかは理解できるが、正直そこまでの元通りを求められても困るというのがサラの本音であった。それほどにアダムの損傷は酷かったのだ。

「あの…それなら、リヒトがもう一度修復すれば良いのでは?」

「サラお嬢様のように繊細な”修復”は、今の私にはできないのです。外傷の”治療”はできるんですけどね」

「えええええ!」

これには男性陣だけでなく、サラとレベッカも驚いた。

「サラお嬢様の治癒魔法は特殊です。オルソン令嬢と比較したらわかると思います」

「確かに私の治癒魔法とは大きく違いますね」

近くで聞いていたレベッカが反応した。

「私の治癒魔法は、本人の回復力を増幅させるように発動するの。だから骨折してる腕にかけたりすると、先に元の状態に戻してから魔法をかけないと、そのまま固まってしまうのよ。たぶん私以外の人が使う治癒魔法も、そうだと思うわ。だからサラみたいに切った手足を元に戻したりはできないわ」

「それが普通の治癒魔法です。しかし、サラお嬢様は人体を再構成するように身体を修復していくのです。私の目には魔力の流れが見えますし、サラお嬢様の魔法も理解できますから真似することは可能です。それでも、解析魔法との合わせ技で、あそこまで繊細にコントロールすることは”今のところ”できません。かなり練習しないと使えないでしょう」

「そういうことなら、逆に私は普通の治癒魔法を使えないかも…」

サラはしょんぼりと項垂れた。

「サラお嬢様は悪くありません。あれほどの重体患者を治療できること自体が凄いことなのです。サラお嬢様でなければ、アダム様は助からなかったでしょう」

リヒトはサラの頭を軽く撫でた。

「サラは気にしなくていい。私たちの大切な息子が助かったことの方がずっと重要なんだ」

「僕のサラはちゃんと従兄の命を助けたよ。それに悪いのはアダムをあんな目に合わせた暴漢だからね」

エドワードとロバートも、サラの頭をぽんぽんと撫でていく。周囲が皆優しいので、サラは少しだけ泣きたくなった。

「では仮に将来的に子供を授かれなくても、アダムは当主になれるのですか?」

「それは…」

エドワードが口ごもる。

「確かに難しいかもしれないな。アダムの下にはクリストファーもいるし」

「エド、アダムが当主になっても、クリストファーやクロエの子供を養子にすればいいだろう?」

「当主に据えることはできるかもしれないが、嫁を貰うことが難しくなる。他家から領主の妻として嫁いで来る以上、相手の家は次期当主の母になることを望むはずだ。きちんと夫婦として過ごして子供ができないのであれば仕方がないと思ってくれるだろうが、そもそも夫婦としての生活がないというのであればこちらの責任を問われるだろう。だが、あらかじめ事情を説明するわけにもいくまい」

「独身の当主として過ごすのではダメなのか?」

「グランチェスター侯爵が一生独身ともなれば、理由を探る輩も出てくるはずだ。どちらにしてもアダムには辛いことだろう」

そこにエドワードがリヒトに話しかけた。

「この件は繊細な問題ですし、明日の朝にでも私から本人に直接話します。あの年齢ですから、身体の反応はすぐにわかるでしょう。申し訳ないのですが、パラケルスス師に同席をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「わかりました。私の方も数日後には検査できるような準備もしておきます」

「その検査では何がわかるのでしょう? 物理的なことはすぐにわかるはずですが」

「あぁ、これは失礼しました。子胤があるかどうか確認できるんですよ」

「え、そんなことがわかるのですか?」

「もちろんわかりますよ。アヴァロンではあまり知られていないままなのですね。失われたオーデルでは、結婚前の王族や貴族は検査するのが普通だったのですが」

「知りませんでした」

「ふむ…。だとしたらこれは薬師ギルド辺りに情報開示したほうが良さそうですね」

「貴族にとっては重大な問題ですから、検査を希望する家は多いと思います」

思ってる以上に深刻な問題であることを知ったサラは、アダムを治療していた時のことを必死に思い出そうと頭をフルに回転させていた。

『うーん。何を考えてたかなぁ……あ!』

ふと、サラの脳裏に治療中の記憶が過った。必死だったのでその時にはあまり気にしていなかったのだが、今考えると実は重大な問題かもしれない。

「あの、リヒトとエドワード伯父様だけ、少しこちらにいらしていただけますか? 治療してる時のことを少しだけ思い出しました」

「どうされました?」

「なんだい?」

二人が近づくと、サラは防音の魔法を3人の周囲に張り巡らせ、口許を覆いながらボソボソと語り始めた。

「なんだか物々しいね」

「あまり大々的に言うようなことでもないとは思うのだけど、アダムの下腹部が酷く損傷していたのはその通りで、私はそれを修復しないといけなかったの」

「うん。そうだね」

「それでね、修復するにあたって、その…形状についてイメージがなかなか定まらなくて…」

「形状?」

「えっと、その…アダムのアダムを修復する際に元の形状がわからなかったんです。ですから、周囲の男性をぐるっと見回したんですけど、みんな微妙に違うから…その…リヒトとエドワード伯父様を混ぜて足したような形状というか外観にしちゃったんです…」

「あ、そういうこと?」

「なので、アダムが後で違和感を覚えるかもしれません。なんかいつもと違うって」

サラはそこまで言うと、顔を真っ赤にして俯いた。エドワードとリヒトは同時に顔を見合わせ、次の瞬間破裂するように大爆笑した。

「二人とも酷い。恥ずかしいのを我慢して教えたのに」

「あはは。アダムにもちゃんと説明しておくよ」

「うん、凄い大事なことだけど、なんか可笑しい」

ここに至り、サラはこんなことをわざわざ言わなくても、リヒトなら察して明日アダムに説明してくれていたであろうことに気付いた。

『無駄に恥ずかしい思いをしただけだった…』

サラはぐったりして魔法を解き「部屋に戻ります」と告げ、トボトボと自室へと引き上げた。