作品タイトル不明
熱病対策会議 4
「お待ちください。パラケルスス師。いま、熱病の治療薬と仰いましたか?」
薬師ギルドのギルド長であるバーナードが恐る恐る尋ねた。
「はい。その通りです」
「なんと!」
それだけ言うと、バーナードは会議室の椅子にへたり込むようにぐったりとした。衝撃が大きすぎたのだろう。
「バーナード師、熱病の治療薬と言うのはそれほど凄いものなのですか?」
サラは無邪気な姿を装ってバーナードに尋ねた。
「これまで熱病そのものに治療薬はなく、対症療法で凌ぐことしかできないと思われていました。ですが薬で治療できるのであれば、多くの人を救うことができるようになるのです」
「そう、なのですね。でも、点滴と同じようにパラケルスス師しか作れないのであれば、公開しても意味はないのではありませんか?」
「いいえ。サラお嬢様。この薬は魔法で生成するわけではありません。アカデミーを卒業した薬師や錬金術師であれば、作ることができるでしょう」
「そのような治療薬を、曾祖父様はなぜ公開しなかったのでしょう」
「まだ治験が十分ではないことに加えて、当時は材料の入手が難しかったことが原因でしょう。公開して争いが起きることを懸念されたのかもしれません」
「それほど希少な素材なのですか?」
「当時は、ですね。実は現在では比較的入手しやすくなっています」
「何が必要なのですか?」
「ステラアニスです」
「えっと…香辛料のアレですか?」
「はい。仰る通りです。それ以外はアヴァロン国内で入手可能なものばかりですので」
サラはくるりとソフィアを振り返った。
「ソフィア、すぐにステラアニスの輸入の手配を。おそらくこれから高騰します」
「承知しました」
『ちょっと、リヒト。そういう情報は先に言っておいてよ!』
サラは知ったばかりの情報に焦り、少しだけ尻尾を出した。だが、コジモを始めとする商業ギルド関係者、および錬金術ギルドと薬師ギルドの関係者も一斉に慌てたため、サラの尻尾に気付いた者はいなかった。
例外は冒険者ギルドの関係者のはずだが、彼らは彼らで治療薬を作るために必要な他の薬草は何かの方に気を取られていた。冒険者の新たな採取依頼になる可能性も高いからだ。
「ひとまずパラケルスス師、私はその知識の公開を全面的に許可いたします。祖父様もそれでよろしいでしょうか?」
「私は構わぬ」
「パラケルスス師、先程治験が十分ではないと伺いましたが、治験の手配をすべきでしょうか?」
そこにグランチェスター騎士団の騎士団長としてジェフリーが発言した。
「サラお嬢様。治験は是非ともグランチェスター騎士団の騎士団寮でお願いできますでしょうか。既に集団感染しており、昨日もパラケルスス師と乙女の塔のアメリア嬢が治療にあたってくださっているのです」
「そうなのですね。私には判断できないのですが、パラケルスス師はいかがですか?」
「できればこちらからお願いしたいです。もちろん治験に協力したいと思っている騎士の方だけに限ります」
「もちろんです」
アレクサンダーも立ち上がった。
「パラケルスス師、できれば私の診療所でも治験を実施させてください。既に10名を超える熱病の患者がいるのです」
「構いませんが、必ず患者の同意を取ってください。治験は無理強いするものではありませんから」
「無論です。私は人体実験を無理強いする薬師ではございません」
「わかりました。無礼な発言をお詫びいたします。そういうことであれば、アメリア嬢にお手伝いいただきましょうか」
リヒトは傍らに座っていたアメリアに声を掛けた。
「私ですか?」
「私は既に治療薬を持っておりますので、今日にでも治験を開始します。治療薬のレシピはすぐにでも公開しますが、生成するのには時間が必要です。まずは薬師ギルドで製薬してみてください。その間、アメリア嬢に治験の方法を教えますので、習得したらアレクサンダーさんの診療所を手伝って差し上げてください。アメリア嬢はアレクサンダーさんのお弟子さんなのですから、いろいろとスムーズでしょう」
「承知しました。では、本日からご指導をよろしくお願いいたします」
アメリアはリヒトに恭しく頭を下げた。
「私ども冒険者ギルドに声を掛けたのは、もしかして治療薬用の薬草採取のためなのでしょうか?」
ジャンがリヒトに尋ねた。
「いえ、冒険者ギルドを呼んだのは別の理由です。もちろん、治療薬のための薬草採取も嬉しいですが、サラお嬢様が許可してくださるかは分かりませんでしたから」
もちろんリヒトの発言も嘘である。騎士団寮で治験を行うことは既定路線であった。冒険者ギルドに薬草採取の依頼を出すことも文官たちの間では既に取り決められている。
「ではどういったご用件なのでしょうか?」
「栄養補助食品の中には、植物以外の原料もあるのです。あ、もちろん植物もあるので採取依頼は出しますが、それよりも狩猟の依頼をだしたいのです」
「具体的な獲物と必要な部位をリストにしてください。冒険者の中にも熱病患者が増えていますので、すぐに十分な人数は集まらないかもしれません」
「希望者には熱病治療薬の治験に参加できる権利を差し上げます。それで人数が増えるのであれば」
「なるほど。家族や知人に熱病患者がいれば、良い条件かもしれません」
「ただし受け入れられる人数には限りがありますので、先着順とさせてください」
「わかりました」
会議室でギルド関係者たちがざわざわしたところで、エドワードが口を開いた。
「父上、この情報はひとまずグランチェスター領内だけに留めるべきでしょうか?」
「どうしたものか。おそらく他領や王都でも熱病患者が増えるだろう。だが、そうした多くの人を救えるほどの体制は即座に作ることはできそうにない」
「しかし陛下に報告しないわけにもいかないのではありませんか?」
「グランチェスター侯爵閣下、私であれば下手な隠し事はいたしません」
ソフィアは嫣然と微笑みながら、侯爵と小侯爵に意見を述べた。
「理由を聞かせてくれ」
「どうせすぐにバレてしまうはずです。関係者全員の口を塞ぐことはできません。下手に隠せば国王陛下からのご不興を買ってしまうかもしれません。それくらいなら王室にパラケルスス師のレシピを無償で公開し、グランチェスター家が名声を得る方が前向きかと存じます」
「なるほどな。だが、父上の仰るように、熱病患者は今後も増加するだろう。そうした時、我々はどうすべきだろうか」
「経口補水液や栄養補助食品のレシピを公開しつつ、熱病の予防方法や対処方法の説明を共有するのはいかがでしょう」
「だが治療薬を求められるかもしれん」
「まだ治験中だとお答えになれば良いかと。嘘ではありません。それに治療薬のレシピは公開するのですから、必要ならそちらで作ればよいかと」
「そして、ソフィア商会はステラアニスで大儲けか?」
「まぁ小侯爵閣下、それでは私が悪徳商人のようではございませんか」
「悪徳かどうかはともかく、癖の強い商人ではあるな」
「それも誉め言葉として受け取ることにいたします」
ダンダンッ
グランチェスター侯爵が再び机をたたき、メンバーを沈黙させた。
「会議も概ね煮詰まったようだ。詳細はそれぞれに決めるように。私とエドワードは王都に発たねばならぬ。故にこの件はロバートに任せる」
「承知いたしました。父上」
「パラケルススよ、済まぬが騎士団向けに薬品などを優先的に融通してもらえないだろうか」
「それは錬金術ギルドと薬師ギルドに依頼された方がよろしいかと。治療薬については、私の目の届かない場所では服用していただきたくありません、思わぬ副作用が無いとは限りませんので」
「そうか。わかった」
こうして、早朝から始まった熱病対策の長い会議は終了した。