軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

グランチェスター騎士団寮

グランチェスターの騎士団寮は、想像以上に酷い有様であった。思わずアメリアが顔を顰めるほど汚くて臭い。

「えっと……、なんだか臭いますね」

「まぁ野郎ばかりの寮など程度の差はあれこんなもんではあるんですが、これはかなり酷い部類ですね」

「お掃除はしないんでしょうか」

「この様子だとしてないでしょうね」

建物の入り口で怯んだ様子のリヒトとアメリアに声を掛けたのは、寮長のサイモンであった。そろそろ若手とは言い難い年齢に差し掛かっており、寮の最年長となったため今年から寮長に就任している。

「団長から連絡を受けてお待ちしておりました。寮長のサイモン・ディ・ウォルトと申します」

「私は薬師のリヒトと申します。パラケルススと呼ばれることもありますので、どちらでも好きな方でお呼びください。彼女は薬師のアメリアです」

リヒトはアメリアのことを助手とは言わず、自分と対等な薬師として紹介した。

「薬師…ですか」

「すみません、私は女性ですので薬師ギルドに登録された薬師ではありません」

「彼女の能力は私が保証します」

「わかりました。ひとまずお入りください」

ひとまずアメリアとリヒトは、リヒトが差し出した度の入っていない大きな眼鏡と、二重にしたマスクをして、騎士団寮の中に入っていった。熱病は飛沫感染するため、目の粘膜からも侵入する可能性がある。本来ならゴーグルを用意したかったが、この世界ですぐに用意できるのは大きなレンズの眼鏡くらいしかなかった。マスクも布製である。

「眼鏡もマスクも、無いよりはマシってレベルだから、防御力は心許ないんだよね。もし、具合が悪いようならすぐに申し出てくれ。下手な隠し立ては状況を悪化させるから正直に頼む」

「承知しました」

「ところで、建物内に入る前に一言宜しいでしょうか?」

アメリアがキッっとサイモンを睨んだ。

「ここの状態は酷すぎます。これでは、病気になれと言ってるようなものです。どうしてお掃除をされないのですか」

「あ、各自の部屋は自分たちで掃除するのがルールで、共有部分は当番制なのです。ただ、寝込んでいる者が多くて滞ってしまいました」

「申し訳ありませんが、かなり長い年月の汚れが蓄積しています。お手洗いなどはどうなのでしょうか?」

「あー、そちらも掃除はちょっとサボり気味で…」

「皆様、お食事はどうされているのですか?」

「騎士団本部の食堂か、領都の食堂を利用しています」

「ですが、寝込んでいらっしゃる方もいるんですよね?」

「騎士であれば、従者を務める騎士見習いが、食堂から食事を運んできます。見習いの場合は、友人に頼んで運んでもらう感じですかね」

「こちらにお風呂はありますか?」

「いえ、騎士団本部で済ませますので、こちらに風呂はありません。裏手に井戸がありますので、水浴びは可能です」

「では炊事場などは一切ないのでしょうか?」

「長年使っていない厨房があるにはあります。以前はこちらにも料理人を置いていたそうなので」

アメリアは小さくため息をついた。

「リヒトさん。サラに連絡して掃除用にゴーレムを借り受けましょう。綺麗なシーツもあるかアヤシイですから、アリシアにお願いして領都の店舗でシーツになりそうな布を購入できないか確認してもらいます」

ちなみに、リヒトとアメリアが伴っているゴーレムは17号である。アメリアは17号を経由してサラから追加のゴーレムを借り、次いでアリシアに連絡した。しかし、アリシアは既に錬金術ギルドを発っており、18号が代わりにアメリアからの連絡をうけた。

「アメリア様、錬金術ギルドの寮を管理している女性陣が、そちらに応援に行ってくださるそうです。新品ではありませんが、洗い立てのシーツもたくさんあると申し出てくださっています」

「それは願ってもないですね。是非ともお願いいたします。後程新品を手配するようにいたします」

アメリアはゴーレムやシーツなどの手配をテキパキと終えると、心を落ち着けてから寮の中に入った。想像した以上に酷い光景が目の前に広がっている。木製の大きなテーブルの上には、食べ終えた食器が大量に散乱しており、おそらく衣類であろうと思われる布がそこら中に放り出されている。

大きなソファの近くには遊戯具なども置かれており、ソファのサイドテーブルの上には女性の絵姿が表紙の小冊子が載っていた。

アメリアはアレキサンダーの邸に住み込んでいる彼の弟子たちを知っているが、薬師という職業のせいか、ここまで酷い状態になっているのを見たことが無かった。もしかすると、邸で働く使用人が優秀なのかもしれないが、それでもこの状態で普通に過ごせることがアメリアには信じられなかった。

若干痛む頭を抱えつつ、アメリアは窓をすべて開け放って換気した。その間、17号はせっせと食べ終わった食器を誰も使っていない厨房に運び、手押しポンプで無事に水が出ることを確認した後は、黙々と食器を洗い始めた。

『今は冬だから良いけど、温かくなったら絶対虫が出る!』

アメリアは背筋がゾッとした。秘密の花園で土いじりをしている彼女は、それほど虫に嫌悪感を持ってはいない。だが一つだけ例外がある。それが、厨房などに出没するアノ虫である。本来なら盛大に燻蒸したいのだが、さすがに病人が大量に寝ているとわかっている建物でそんなことはできない。

掃除用具の場所をサイモンに尋ねたが、彼は場所を答えられなかった。つまり、彼はここで掃除をした経験が無いということだ。まぁ従者は掃除しているのかもしれないが、名前からして貴族の令息であるサイモンに掃除は無理ということなのだろう。

『汚いことに耐えられない繊細さを持ち合わせていれば、掃除人を雇ったんでしょうね。綺麗好きの騎士はいないの!?』

考えても仕方がないコトだとは思ったが、どうにも気が滅入る。アメリアがどこから手をつけるべきか思案していたところに、乙女の塔から走ってきたゴーレムたちが3体到着した。1体は身体の大きな屋外警備用の初号である。しかも、彼らは掃除用具を持参しており、初号に至っては洗濯機の樽を持ってきてくれていた。

「わーー、洗濯機だ。初号ありがとう!」

「どういたしまして。サラお嬢様が、おそらく必要になるだろうと」

「さすがサラね」

「だけど、もうすぐ日が落ちる時刻になるんだけど、洗濯できるかしら…」

「乾燥の魔法陣と魔石も持参しています。以前、雨が続いた時にアリシア様が描かれた魔法陣です」

「あぁ、あれか。確かにできるかもしれないわね」

この世界の洗濯機は、手動でハンドルをぐるぐる回す大きな樽である。洗濯をするための樽と、遠心力を利用して脱水する樽の2つでワンセットだ。100年程前に飛ぶように売れた製品で、この洗濯機を置いている家庭も多い。貧しい集落では、皆でお金を出し合って共同で利用していることもある。サラは密かに魔石での自動化を目論んでいるのだが、今のところ忙しすぎて手をつけていない。

寮の裏手には屋根のついた洗濯場があった。グランチェスター領は雪深い地域であり、冬場でも洗濯できるよう井戸を覆う小屋を作ることが多い。外にも物干し場はあるが、冬はこうした小屋の中で洗濯物を洗い、建物の中にロープを張って洗濯物を乾かすのだ。

「この小屋の中を丸ごと乾燥室にしちゃえばいいか」

「承知しました。では設置していきます」

「お願いね。あとあなたたちの番号がわからないんだけど、いくつ?」

「20号と21号です」

「了解。じゃぁ20号はひとまず洗濯頑張ってもらおう」

「21号は私についてきて」

「初号は洗濯機の設置が終わったら、安全そうな場所に穴を掘って頂戴」

「何のための穴でしょうか?」

「汚物を捨てるための穴だけど、焼却したいから広く深くしてくれると助かるわ。最後に埋めちゃうつもりだから、土は安全に積んでね」

「承知しました」

アメリアはゴーレムたちに指示を出し終えると、リヒトの元に向かった。

「リヒトさん、お手伝い要りますか?」

「あー、ゴーレムを1体よこしてくれるかな」

「連れてきていますよ」

「重症者を二階に集めたいんだ。使っていない幹部用の部屋が10部屋ほどあるらしい」

「無駄に広いのはこの寮の良いところですね。汚いけど」

「まぁまぁ。その汚さのお陰で幹部連中は、ここに住まないらしいぞ。ここは金銭的に余裕のない独身の騎士や見習いが住む寮なんだそうだ」

「はぁ…そうですか。掃除すればいいだけじゃないでしょうか」

「他にもいろいろあるんだろう。女性を自宅に誘えないというのはデメリットだと思うがね」

「独身男性の自宅にホイホイついていくような女性っていかがなものでしょう?」

「ふむ。アメリアは真面目だねぇ」

リヒトは目の前の患者の手首に緑色のリボンを結んだ。つまり彼は軽症患者である

「はい。おしまい。君は軽症ね。感染はしてるから、この部屋で安静に寝てるように。一応、そのリボンは暫く外さないで」

「承知しました。それにしても、こんな汚いところに女性がいらっしゃるとは。大変申し訳ありません」

「まぁ薬師としてのお仕事なので仕方ありません。でも掃除は大事ですよ。汚いと体力が落ちた時に病気になりやすいですし、怪我も悪化することがありますから」

「そうなんですか?」

「当然です。包帯だって清潔な布を使うでしょう?」

「確かにそうですね」

リヒトが立ち上がって次の部屋に移動し始めたため、アメリアも後を追った。

「いまのところ重症者は3名で、1名は肺炎になってる。感染していない騎士はどんどん外に放り出してるから、そろそろ文句言われそうなんだが」

「サイモン卿が上手く説明して、本部に連れて行ってるみたいです」

「中等症の患者は20名を超えている。下手をすれば一気に重症化する可能性もあるので、予断を許さない状態だ。彼らも二階に連れていくが、こちらは見習い用の大部屋に5人ずつで構わない」

「はい」

「残りの軽症者とキャリアは自室で安静にしてもらう。だが、それぞれどの部屋なのかを確認しておいてくれ」

「はい」

冬は日が落ちるのが早い。そろそろ外が薄暗いと感じるようになった頃、10名の女性たちが、馬と荷馬車で騎士団寮に到着した。雪道でもびくともしない丈夫な荷馬車には、シーツなどの布、掃除道具、そしてなぜか巨大な鍋が積み込まれている。

「アメリアさんはいるかい?」

「はい。私です」

「さっき、18号ちゃん経由で伝言したと思うけど、私らは錬金術ギルドの寮母だ。どうしようもない錬金術師どもの尻を蹴とばしながら、掃除をして飯を食わせる仕事をしている女たちさ」

「あ、この度はお世話になります。シーツを提供していただけるとか。後程、新品のシーツを送りますね」

「ありがとう。でも、急がなくていい。余裕ができた時で十分だ。それよりここはヒドイ臭いだよ。まぁ中はお察しだけどね。早速やっちゃっていいかい?」

「え、何をですか?」

「大掃除に決まってるだろ。もう日が暮れてるんだから急がないと。こんな寮に病人を寝かせたら、治るものも治らないじゃないか」

「は、はいっ。ご協力ありがとうございます!」

このアメリアの肩をバシバシと叩いた寮母たちのトップは、アリシアの叔母のレイラである。豪快なレイラは騎士爵であるサイモン卿に対しても態度を変えず、正面から説教を始めた。

「こんなに汚くなるまで放っておくなんて何を考えているんだい!」

「イヤ、その、忙しくて」

「言い訳無用」

そう言い捨てた寮母たちは、アメリア同様に眼鏡とマスクを二重にした後、ゴーレムたちをきびきび働かせながら次々と部屋を掃除していく。死んでいた厨房も息を吹き返し、巨大な鍋でお湯が沸され、そのお湯を使ってゴーレムたちが洗濯機を動かしていた。

「シーツは温度の高いお湯で洗うのが一番。本当ならつけおき洗いや煮洗いしたいくらいなんだけど、さすがに今回は数が多すぎるから諦めるよ」

「そうですね」

「この乾燥魔法陣は、アリシアが描いたのかい? 便利でいいね。今度うちでも描いてもらうか」

魔法で乾かしたシーツを畳みながら、レイラがしみじみと呟いた。

「レイラさんはアリシアをご存じなんですね?」

「あぁ、うちの旦那はテオフラストスの弟なんだ。要するにアリシアは姪だね」

「そうだったんですね! アリシアさんは本当にすごい錬金術師ですよ」

「ふふっ。アカデミーに行けなくてあんなに泣いてたのに、結局アカデミーの教授が会いに来るような子になっちゃうなんてね」

レイラは嬉しそうに笑い、次のシーツを手に取った。アメリアは洗い上がった誰のだかわからない下着を籠に入れていく。よく見ると名前が刺繍してあるので、症状の出ていない見習い騎士に分類を任せるのが良さそうだ。

「だけど。魔石は高いから、うちの旦那に魔力を流してもらおうかね」

「旦那様は魔力量が多いのですか?」

「そうなんだ。子供の頃に魔法が発現したから、楽しくなって使いまくっていたらしい。しょっちゅう魔力枯渇で寝込んでたって言ってたからね」

「羨ましい話です。私は成人を過ぎてから魔法が発現したので、魔力量は増えないんですよね」

「魔法が使えるだけでも凄いことじゃないか! それに立派な薬師様なんだろう?」

「私は女性ですからギルドには登録できません」

「それはうちのアリシアも同じ。だけど、実力はみんなが知ってる。アメリアもそれでいいじゃないか」

そう言うと、レイラは立ち上がって畳んだシーツを抱え上げた。同じようにアメリアも乾いた洗濯物の籠を持って移動する。

そして、移動した騎士団寮の光景にアメリアは息を飲んだ。ピカピカに掃除された共同スペースは、どこもかしこも清潔で綺麗だった。ほんのりとレモンのような柑橘系の匂いが漂っている。

「ここ、本当に同じ建物ですか?」

「当たり前じゃないか」

「凄いですね」

「当然だろう。私らに掛かればこれくらいなんてことないさ。ちなみにトイレもすごく綺麗になってるよ。そっちは大きなゴーレムが頑張ってくれたよ」

「それと、患者の中には嘔吐する人もいたから、桶は多めに用意しておいたよ。でも、吐瀉物はそのまま捨てたらまずいんだろ?」

「あ、感染を拡大させちゃうかもしれないので、処分はゴーレムに任せてください」

「うん初号ちゃんがそう言ってたから、任せたよ」

「賢明な判断だと思います」

「二階の重症患者用の部屋はパラケルスス師の指示で、私らが整えておいたよ。21号ちゃんがそれぞれの部屋に重症者を抱えて運んでくれてる。さぁ、雑用はうちらに任せてもう行きな。アメリアは薬師なんだから」

「はい。本当にありがとうございます!」

こうして、アメリアは錬金術ギルドの肝っ玉母ちゃんたちに見送られるように、患者と向き合うこととなった。