軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

掟破りのトンデモな仕組み

ベッドに寝ているブレイズは、短時間で一気に症状が悪化していた。トマシーナはブレイズのお腹部分を優しくぽんぽんと叩きつつ、子守歌を”サラの声で”歌っていた。

「シーナが歌うところを初めて見たよ」

「アレは私の声です」

「はい。サラお嬢様とソフィアのゴーレム用にサンプリングしてありますから。ベッドに横になった途端、ブレイズ様が『歌って』と仰るので」

「具合が悪いと甘えたくなるものなのかしら」

『おかげでボカロの声優になった気分だよ!』

サラはブレイズに近寄った。もちろん入室前からサラ、リヒト、アメリアはマスクを装着済みである。

ブレイズは眠っているようだが、ガタガタと震えながら「寒い」と寝言を呟き、苦し気に浅く速い呼吸を繰り返している。

「本来なら彼が元気な時に治療すべきなんだろうが、肝臓の損傷が深刻なんだ。この状態で薬を処方すると一気に悪化しかねない。少しリスクはあるが、身体を治療してしまうべきだと思う」

「でも、どうやったらいいのかわからないわ」

「サラ、医学を学んでいない君にお願いするのは申し訳ないんだが、まずはブレイズ君をしっかり魔法で観察してみてくれ」

「了解」

サラはブレイズをまじまじと見つめ、その身体がどのように構成されているのかを意識した。暫くすると頭の中にブレイズの身体が浮かびあがる。だが、サラにはそれがどれくらい深刻な状態なのかを正しく把握できなかった。知識をベースとしたイメージで発動する魔法の限界が、ここにきて露呈することになった。火傷のような表層部分の治療とはレベルが違い過ぎた。

「彼の状態はわかるのだけど、何が悪いのかは全然わからないわ。そもそも、どれがどの内臓なのかは、ざっくりしかわからないし」

「いま、サラに視えているイメージをオレにも共有してくれないか?」

「どうやって?」

「君ならイメージして具現化できるんじゃないか期待してる。プロジェクターに映す状態をイメージできないか?」

「何となくわかるけど、同時に発動できるかな。光属性魔法だよね」

「オレは複数の魔法を同時に発動できるほど制御できなかったんだけど、サラは器用だからできる気がしてさ」

「ちょっと待ってやってみるから」

サラはリヒトに言われたように、ブレイズを解析しながらそのイメージを映像として映し出す状態をイメージしてみた。

『プロジェクター、プロジェクター……』

するとブレイズの真上に40インチモニタくらいの四角い光の窓が浮かび上がり、映像がモヤモヤと映し出された。最初はぼんやりとした映像だったが、少しずつピントが合うように鮮明になっていく。

「うん、やっぱりサラは凄いね」

「考案したリヒトに言われてもなぁ」

「あ、魔法陣に落とし込むから、後でもう一度やってもらうね」

「是非ともそうして頂戴。有用なのはわかるけど、これをずっと発動するのはキツイわ」

この映像を見ながら、リヒトはどの部分に焦点を当てるかなどをサラに指示していく。ビジュアル化されたことで、アメリアもブレイズが傷ついていることを明確に把握した。

「酷い。肝臓だけじゃなくて脾臓も傷ついた痕がありますね。脚の一部は折れた骨が変に固まったせいで神経が圧迫されています」

「ふむ。アメリアは内臓を把握できているんだね。解剖経験があるのかい?」

「アレクサンダー師のお供で立ち合ったことは何度かあります。本来は薬師ギルドに正式に登録していない者は許可されないので特例中の特例だったんです。そこまで配慮していただいたら、怖いとか気持ち悪いとか言えないですよね」

アメリアはくすりと笑いを漏らし、数年前に初めて解剖に立ち合った時のことを思い出していた。アメリアは途中で気分が悪くなり吐き気を堪えていたが、アレクサンダーは彼女に詳細に内臓を描くよう指示した。その時は師を軽く恨んだが、後になってアメリアを同席させるためにアレクサンダーがギルドに無理を通したことを知って深く反省した。

だが、あまり慣れていないサラはそれどころではなかった。

「なんか気持ち悪いんですけど、コレ続けないとダメですか?」

「気持ち悪いとかいうなよ。君の中もだいたいこんな感じだから。ブレイズのためにもうちょっと頑張ってくれ」

「が、頑張るけどキツイ。夢見そう」

「暫く飯が食えなかったらすまん」

「ひぃ。私は医学生じゃないんですけどぉ」

だが、悲鳴を上げていたのは最初の数分だけだった。リヒトが映像を指さしながら説明するブレイズの損傷を理解していくうちに、悲しみと怒りを覚えていった。

「ごめんね。最初に治療した時に、もっとしっかりブレイズを見るべきだった。火傷だけじゃなかったんだね」

「サラ、君は前世で医者だったわけじゃないだろう? これを理解するのは無理だ。確かにこの世界の魔法はオレたちからしてみれば掟破りのトンデモな仕組みだけど、すべての知識を補ってくれるわけじゃないんだ。万能じゃないんだよ。こんなに苦しんでいるのに、熱病ひとつ治すことができないしね」

リヒトは苦い顔をした。もしかすると、彼には魔法が万能だと信じていた時期があったのかもしれない。

「大変ですリヒトさん、ブレイズさんの肝臓から出血しています!」

「あ、やべぇ。サラ、無茶で申し訳ないんだが、ここを正常な状態に戻したい。えっと、アメリア、ざっくりで良いから正常な肝臓のイメージをイラストで描けるか?」

「それは私がやります。アメリア様が以前に書いた解剖時のイラストはマギに保存されていますので」

トマシーナは手近に置かれていた紙にとんでもない速度でイラストを転写していった。その様子を見ていたリヒトは、前世のプロッターを思い出していた。

描き上がったイラストをサラの前に提示したリヒトは、映し出されている映像と比較し、彼の正常な状態をサラに説明していく。

「ふむふむ。リヒトが伝えたいことはわかった。でも、たぶんそこまで説明されなくても大丈夫だと思うんだ。別の魔法を私は知ってるから」

「それはどういうこと?」

「この前のお肌を若返らせた魔法を思い出してよ。私は『本来あるべき理想的な状態に戻す』ことをイメージして発動させたでしょ。私は人間の肌の研究者じゃないんだから、どういう状態が理想的なのかを知っていたわけじゃないわ」

「あ! そうか。そういうことか」

「リヒトの言う通り、この世界の魔法は本当に掟破りだよね。だけど、三つ目の魔法も同時に発動できるかな」

サラは脳内のイメージと二種類の魔法を維持しながら、治癒魔法の発動を試みた。だが、発動しようとすると、映像がぼやけてしまう。苦しんでいるブレイズを前に、上手く魔法を発動できないことが悔しく、サラの目には今にも零れそうな涙が浮かんでくる。

「サラ、ひとまず映像は切っていい。まずは治療に専念してくれ。終わったら、再度状態を確認させてくれればいいから」

「わかった」

サラは手で乱暴に涙を拭い、顔を上げてブレイズに治癒魔法を使っていく。10分程で治癒を終え、再度リヒトとアメリアの前にブレイズの身体の状態を映像化して見せた。

「これは凄い。サラは治癒魔法の使い手としても優秀だね」

「ちっとも優秀じゃないわ。こんなに近くに居たのに気付いてあげられなかった」

「男の子は好きな女の子の前では格好つける生き物だから仕方ないよ」

「でも確かに凄いです。内臓だけじゃなく、骨や神経の損傷も綺麗に修復されています。それに筋肉の偏りもありません」

「そうだね。もしかすると栄養失調のせいで阻害されていた成長も、今の魔法で正常化したんじゃないか?」

「どうでしょうね、あるべき理想の状態をイメージしているので何とも言えません」

その時、リヒトが何かを思いついたように、ブレイズの映像ではなくブレイズ自身を触診し始めた。

「やっぱりそうだ!?」

リヒトは嬉しそうな表情を浮かべながら、アメリアを呼び寄せてブレイズの体温を測るよう指示した。

「アメリア、ブレイズ君の体温は今どれくらい?」

「36.5度です! あれ、熱が下がってる」

「今のブレイズ君の身体は、感染症に罹る前の理想的な状態に戻ってるんだよ」

「治ったということですか?」

「正確に言えば、熱病のウィルス…えっと病魔は彼の体内にある。それは治癒魔法の及ぶ範囲ではないからね。だけど、その病魔は、もう一度彼の中で暴れなおさないといけなくなったってことだね」

「もう一度熱が出る可能性もあるということですか?」

「そうだね。その可能性は高い。でも、以前の傷ついたブレイズ君と比べると、抵抗力は上回っているはずだから勝てる気がするよ。一度感染したことを身体が覚えていれば、その勝率も上がるはずだ」

アメリアの疑問にリヒトが答えると、サラも疑問を口にした。

「ブレイズに抗体ができていればいいねってこと?」

「そうだよ。でも前世だってワクチンを接種してもインフルエンザに罹ることはあったから、こればっかりは経過観察するしかないね」

「そっか」

ブレイズの体温を魔道具で測っていたアメリアは、小さくため息をついた。

「ブレイズさんの熱が下がったのは喜ばしいことですが、誰にでも気軽にできる治療方法ではありませんね」

「そうだね。治癒魔法の使い手は少ないし、そもそも病気を治療するわけじゃない」

「冬になるたび、多くの人たちを救える方法を見つけたいと思ってきましたが、こんな方法があるなんて。せめて私にも治癒魔法が使えればいいのに」

「それでも、サラのように使うのは無理だ」

「ごめん、こんなことを何度もやるのは私でも無理」

サラにしては珍しく弱音を吐いた。

「ふむ。ひとまず解熱剤を投与する必要はなさそうだが、説明はしておくよ」

リヒトがアメリアに丁寧に投薬方法を説明すると、アメリアは要点をきちんとメモしていく。

「この薬は副作用が起きないのですか?」

「絶対に副作用がない薬なんてないよ。嘔吐したり、発疹が出たりすることもある。肝機能障害が起きることもあるから、投薬後は注意して診る必要がある。先にサラに治してもらったのも、肝臓に負担がかかるからなんだ」

「わかりました」

「それと、脳症は薬を服用しなくても起きることがある。見た目だけでは区別がつきにくいけど、この二つの脳症は同じものじゃない」

「そうなんですか?」

「うん。だから服薬してなくても油断したらダメだよ」

「はい」

リヒトの講義をアメリアが聞いてメモを取っていると、トマシーナがサラの近くに歩みよってきた。

「サラお嬢様、乙女の塔にジェフリー卿が単騎で近づいてきています。いかがいたしますか?」

「ブレイズのことが心配で飛んできたのでしょう。中に入れてあげて」

「承知しました」

サラたちはブレイズをトマシーナに任せ、客間を出て乙女の塔に到着したジェフリーを迎えることにした。