作品タイトル不明
やり過ぎは良くない
サラはグランチェスター騎士団の一人を護衛に付け、ソフィア商会までデュランダルを走らせた。商業ギルドとの約束の刻限が迫っていたため、急いでゴーレムのサラと入れ替わる。
一方、ソフィアだったゴーレムは、入れ替わるようにサラの姿に形を変え、ソフィアとしてやっていた執務をキリの良いところまで終わらせてから、待機していた騎士と共にデュランダルで乙女の塔に戻って行った。
予定時刻に少しだけ遅れて商業ギルドに到着したソフィアは、護衛のダニエルを従えて受け付けに向かうと、既にギルド職員がソフィアを待っていた。
案内されたのは大きな会議室で、既にたくさんの商人たちが待機していた。
「申し訳ありません。少々遅れてしまいました」
「構いません。女性の支度は時間が掛かるものですからね。我々もそれくらいは理解しております」
コジモは嫌味たっぷりに応じると、メイドのような仕事をしている女性のギルド職員に顎をしゃくり、ソフィアを空席まで案内させた。
「ソフィア商会長、こちらのお席にどうぞ。お飲み物はいかがなされますか?」
「では、こちらのお茶を淹れていただけるかしら。うちの新製品なの」
ソフィアは手元に下げていた小さなバッグから、可愛らしい巾着袋を取り出してギルド職員に手渡した。
「残った茶葉はあなたに差し上げるわ。疲れ目と肩こりを改善してくれるブレンドよ。後で感想を聞かせてくれると嬉しいわ」
「ありがとうございます。では職員たちと一緒に試飲しますね」
「よろしくね」
ソフィアはにっこりと微笑んだ。
だが、そんな微笑ましい遣り取りすら他の商人たちには忌々しく映る。当然と言えば当然だろう。ここに居るのはすべて小麦の談合にかかわっていた商人たちなのだ。
「さっそく本題に入りたいのだが、ソフィア商会はグランチェスター領の小麦を買い占めたと聞いている。あっているか?」
ソフィアは首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる。
「なぜ皆様が承知していることを改めて聞かれるのでしょう。そういう前置きは時間の無駄というものです」
「なんだと!」
「私はグランチェスター領が公示した金額に沿って、小麦を買い付けたに過ぎません。それの何が問題なのでしょうか?」
「グランチェスター領では伝統的に商会ごとの割り当てが決まっているのだ。それを横からすべて搔っ攫っていくなど!」
先程からソフィアに捲くし立てている男は、これまでグランチェスター領の小麦を最も多く買い付けていた王都の商人であり、コジモにもたっぷりと 賂(まいない) を渡している。
「あら、不思議ですわね。私は直接ロバート卿と交渉して小麦を買い付けております。グランチェスター領の伝統と申されましても、グランチェスター家のご子息から何も言われておりませんが…」
「貴族と商人では視点が違うのだ。新参者とはいえお前も商人なのだから、商業ギルドの方針に従うべきであろう!」
机をバンっと叩いて立ち上がった男は、血圧が上がったのかふら付いている。
「あら、あまりお加減が宜しくないのではありませんか? 興奮し過ぎは身体によくありませんわ」
「誰のせいだと思っているのだ!」
「生活習慣に問題があるように見受けられますから、おそらくご自身のせいかと。あ、当商会にそういった方向けのハーブティも扱っております。是非ともお試しください」
ソフィアは貴族的に微笑んだ。背後からはダニエルが笑いを必死に堪えている気配がする。
「お前―――!」
「アトール商会長、私にもソフィアという名前がございます。それに、商会を代表してこの場に参加しているのですから、『ソフィア商会長』とお呼びくださいませ。先程からの物言いはあまりにも無礼です。他の方々はどう思われますか?」
「た、確かに商会の代表である以上、こちらとしても礼節を持って接するべきだろうな…」
水を向けられた商人たちも、ソフィアの言い分には同意せざるを得ない。
「それと発言で気になったのですが、『商業ギルドの方針』と仰いませんでしたか?」
「言ったがどうした!」
「それは、商業ギルドには明文化された小麦取引の方針があると解釈できますわね。是非とも拝見したいものです。コジモギルド長、いかがでしょう?」
話を振られたコジモはギクリとした。これは、ソフィアから『談合の証拠を見せろ』と言われているのと同義である。
「そのようなものは存在せぬ」
「然様でございますか。であれば、新参者の私が伝統あるグランチェスター領の小麦取引の方針を知らなくても致し方ないと思われませんか?」
「う、うむ…」
「改める必要があるのでしたら、是非とも書面でご教示くださいませ。もちろん、こちらに居る皆様は全員承知なのでしょうから、皆様がその方針に従っていることを示す署名もお願いいたしますね。もちろんアトール商会長は、真っ先に署名してくださいますよね?」
ソフィアは近くに控えていたギルド職員に書類用の紙とペンを用意するよう依頼した。
「今すぐ、その方針とやらを書いて皆様が署名してくださいませ。もしも『できない』と仰るのであれば、二度とこの件で私を煩わすことはおやめください」
ギルド職員から受け取った紙とペンを、サラはコジモに突き付けた。
「申し訳ない。無理にこちらの方針に従ってもらうことは諦めよう」
だがアトール商会長は黙っていなかった。
「ギルド長! 何を馬鹿なことを言っているのですか。商人には暗黙の了解というものがあるのです。どうして我々が小麦を言い値で買わねばならないのですか!」
「それが市場の競争原理だからです。小麦により高い価値を付けた者が購入するのは当然ではありませんか」
ソフィアは涼しい顔で淡々とアトールの発言に応じた。
「お、お前は…すべてわかってやってるのだな」
「どうでしょう。自分の手に余る取引はしていないつもりですが、他の方から見れば違うのかもしれませんね。お集まりの皆様の仰りたいことがこれだけなのであれば、私は失礼いたします。アトール商会長の無礼さにこれ以上耐えるつもりはございません」
そっと席を立ったソフィアを支えるように、ダニエルが手を貸したところで、別の商人が大きな声を上げた。
「お、お待ちくださいソフィア商会長!」
「何でしょうラチア商会長」
「お願いです。どうか小麦を当商会に売ってください。既に販売を約定している相手がいるのです。期日までに納品しなければ、当商会は莫大な違約金を支払わなければなりません」
「それは、そちらの都合ではありませんか?」
「仰る通りです。ですが問題は違約金云々ではなく、当商会が期日までに小麦を用意できるだけの力が無かったと見做されることなのです。信用を失ってしまえば、商会は立ち行きません」
「無論、私も商人ですから承知しております。ですが、そういうリスクも含めてあなた方は談合に与したのではなかったのですか? ロバート卿は小麦の価格を公示してから、締め切り期日まで辛抱強くお待ちでした。実は期日を過ぎても書類の用意が間に合わなかった可能性も考慮し、5日程お待ちになっていました。ですが、結局は小規模な商会が少量の小麦に入札しただけで、こちらにいらっしゃるどなたもグランチェスター領の小麦に入札はされていませんでした」
「それは…」
実際のところ、談合は本当にグランチェスター領の伝統であった。何十年、もしかすると百年以上前から商人たちは小麦の入札価格を相談し合っており、既得権益となっていた。
だが、ここ数年のコジモはやり過ぎた。談合しているとはいえ、これまでは公示金額よりも少し高いくらいの金額で小麦は取引されてきた。ところが、ここ数年は初回の入札に参加しない商会が目立つようになったのである。
その結果、誰も買わない小麦をいつまでも抱えておくことはできないため、グランチェスター領は小麦の公示金額を下げて再度入札をしなければならない。こうして商人たちは、不当に安い価格で小麦を手に入れてきたのだ。
「こうしたことが繰り返されれば、文官たちだって苛立ちます。領民たちが汗水たらして作った小麦を、商人たちの勝手な思惑で不当に安い価格で購入されていることをロバート卿がどれほど忌々しく思っていらしたことか。ですから、私は公示金額に1ダルを足した金額で、残ったすべての小麦を買い付けたのです」
部屋の中がしんっと静まり返った。彼らは自分たちがやり過ぎたことに気付いたのだ。
「それでも我らは小麦を確保せねばなりません。ソフィア商会の言い値で構いません。どうかお譲りください」
「ラチア商会長、商人同士で”言い値”などと簡単に口にすべきではないことはご存じでしょうに…」
ソフィアは困ったような顔をした。
「ですがソフィア商会とて、いつまでも小麦を抱えているわけにはいかないではありませんか!」
「確かに仰る通りですが、買い手を選ぶ権利は私にありますもの」
「我々ではお眼鏡に適わないということでしょうか?」
「露骨な談合に与した商会をどのように評価したら良いものでしょう」
「それは、これまでの伝統で致し方なくです。無理に談合から抜ければ、他の商売にも影響が出てしまうのです」
『抜けたら他の商人から圧力かけられるのかな?』
「なるほど。そういう事でしたら、ソフィア商会で個別に交渉いたしましょう。もちろん他の方々も。ただ、いきなり訪ねて来られても対応は難しいかと思いますので、事前にお約束のある方のみとさせていただきます。面会を申し込んでいただければ、商会の従業員たちがスケジュールを調整いたします」
そして、静かにソフィアは席を立った。部屋の扉の前まで歩いたところで、不意に参加者の方を振り返った。
「言い忘れるところでしたわ。私ども相手に談合などはなさらない方がよろしくてよ? お金で相手を殴りつければ、お金で相手に殴られることもあるということをご承知おきくださいませ」
そう言い放つと商人たちにくるりと背を向けて扉を開け、ダニエルに護衛されながら帰路についた。