軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

苦笑せずにはいられない

全員でお茶会とはいえ、さすがにメイドたちはお茶を淹れたりエルマを剥いて切り分けたりといった業務を疎かにすることは無かった。また、クロエの『全員で』という発言に従うのであればスコーンの数が少々心許ないため、慌てて厨房に追加の軽食などを手配しに行く者もいた。

やがてそうした業務も一段落し、メイドたちが全員着席したことを確認すると、サラはそっと立ち上がった。

「いろいろあったけど、ひとまず今日はお疲れ様でした。でも、皆さんにお願いしなきゃいけないことがあるの」

「どうせお肌にかけた魔法のことでしょう?」

クロエがすかさずツッコむ。

「そうなのよ。あれほど劇的に変化するとは思ってなかったから、気軽に使っちゃったけど、外部に漏れたら大騒ぎになってしまいそうで」

「なるに決まってるじゃない。お母様だって黙ってないと思うわよ」

「だよね。だから、たとえ親しい友人であっても、この情報を漏らさないで欲しいの。もちろん家族やメイド仲間にも。その代わり、ここにいる全員には今から掛けてあげる」

だが、これにはヘレンが反論した。

「私を治療して肌を修復した時点で手遅れだよ。そちらのメイドさんたちのように若いお嬢さんならともかく、私は55歳なんだ。いまの領主様よりも年上の私が、こんな姿で集落に戻ったら噂は必ず漏れてしまうだろうね。私は意外と顔が広いんだよ」

「まぁヘレンさんが顔役なのはなんとなく理解していました。うーん」

するとリヒトがニヤニヤ笑いながら会話に割り込んだ。

「だから考えなしに魔法を使ったらダメだって言ったんだよ」

「リヒト、なんか嫌味なおじさんになってる」

「オレなら助けてあげられるかもしれないけど、どうする?」

「う…、助けて欲しい。でも…タダじゃないんでしょう?」

「さすがにタダじゃぁやらないよ。魔石をどうやって入手しているか、その秘密を教えてくれるなら助けてあげないこともないかな」

「すごい足下見られてる!」

「まぁ無理にとは言わないけどさ」

「うーーーーーーーー」

サラは唸るような声を上げたが、リヒトの表情がまったく変わらないため根負けした。

「8歳の女の子にタカるとは非情な」

「オレも”普通の”8歳の女の子には言わないと思うんだけどねぇ」

『まぁいいか。元になった理論はリヒトが考えたんだし、いずれ教えることになるとはおもってたしね』

「わかった。教えるから助けてくれる?」

「まずは誰を相手にしても構わないから、その美肌の魔法を使ってみてくれない?」

「わかった」

サラは近くに座っていた集落の女性を一人選び、3メートルほど離れた場所に立つように指示した。

「えっとね、まずはこうやって対象者の状態を確認して、個人の肌が一番良い状態を確認するの」

「事前にアナライズしてるのか」

「うん。そうしないと私は治癒魔法が発動できないのよ」

「あぁなるほど。そうやって本来の姿をイメージして修復してるわけか」

「そう、なのかな。あんまり意識してるわけじゃないんだけどね。それで、次に肌に対して治癒魔法をかけていくんだけど、アメリアの肌に治癒魔法を使った時に『水分が足りない』って感じの反応があったのよ。だから水属性の魔法で水分量をちょっとだけ補ったの」

サラは説明しながらモデルとなった女性の肌を、複数の属性の魔法を織り交ぜてどんどん修復していく。所要時間およそ5分で、その女性はシワやシミがなく、ほうれい線もフェイスラインのたるみもない美しい顔に変化した。

「なるほど。おそろしく劇的な変化だな。肌本来の再生力を利用してるわけか。サラの治癒魔法のアプローチは凄く興味深いね」

リヒトはキャレルまで歩いて行き、その近くに置かれていた筆記用具を使って、さらさらと魔法言語を記述する。書き終わった紙をもってアメリアとアリシアの前にサッと差し出すと、彼女たちは大好物を目の前にした子供のようにキラキラとした目で紙を覗き込んだ。

「リヒト、まさか私の魔法を魔法言語に書き起こしたの?」

「おそらくオレが持ってる最大のチート能力なんだろうけど、目の前で発動している魔法を解析できるんだ。構造解析や分析に少し似てるかな」

「ものすごい能力ね」

「でもオレ以外で使える人を見たことがないんだ。オレが上手く能力を説明できてないだけなのかもしれないけど、オレの子供や孫は誰一人使えるようにならなかったよ」

「なるほど」

「で、賢いアメリアや玄孫のアリシアは、その魔法言語から魔法陣は描けるかい?」

「申し訳ありません、私には描けそうもありません」

「おじいちゃん、私もすぐには無理。属性が二つ絡んでいるから、二重魔法陣にしないとダメそうだし」

アメリアとアリシアはぶつぶつと言いながら、紙を矯めつ眇めつし、お茶や軽食を口にすることさえ忘れているようであった。

「なるほどね。それじゃぁ君たちにはオレの特別講座を受けてもらおうか」

「え! リヒト様が教えてくださるのですか?」

「おじいちゃんが直々に?」

「これを書いたのはオレなんだから、教えるのもオレしかいないでしょ。あ、サラ。申し訳ないんだけど、あとで君の魔力を50リットル分くらい液化しておいてもらえるかな?」

「へ? 構わないけどなんで?」

「お肌を修復する 魔法薬(美容液) の材料にする。試行錯誤するだろうから、量を多めに確保しておきたいんだ。それだけ魔力を抜いても平気なのは、サラかドラゴンくらいしかいないでしょ」

「なるほど。化粧品として商品化するのね!」

「そういうこと。貴族でも引くくらい高価になることは間違いないけど、ずっとサラの時間を拘束されるよりマシだと思うよ?」

『マズい。魔力の買い取りが現実味を帯びそうだ…』

「確かにリヒトの言うとおりね。本当にありがとう。魔石の入手については後程説明するわ」

「うん。よろしく」

サラは女性たちの方に向き直って、改めて宣言した。

「そういうわけで、今から皆様には『おそろしく高価な化粧品』の被験者になってもらいます。他の人に聞かれたら『ソフィア商会が研究中の美容液を試した』と説明してください。もちろん『貴族でも引くくらい高価になる』ということも一緒に伝えてくださいね」

だがクロエだけは納得しなかった。

「そんなこと言っても、お母様が諦めるとは思えないんだけど。自分のドレス担当メイドの肌がとんでもなく綺麗になったのを見たら飛んでくるわよ?」

「それでまた借金まみれになるの?」

「お母様の気持ち悪いおべっかとか、鬱陶しいくらいの懇願とか、ヒステリックな鳴き声とかを体験したくないなら、ちょっとくらい配慮してあげて。お母様なら王妹殿下に、その美容液を売ってくると思うわ」

「仕方ないなぁ。これも宣伝と営業を頑張ってもらうことが条件だからね」

「わかってるって!」

そして、サラが全員に美肌の魔法を施し、皆が『自分史上最高に美しい肌』を手に入れると、今度はお互いにメイク、ファッション、美容について活発な意見が交換された。メイドや集落の女性たちは立場の垣根を超え、ときにはルーカス少年を巻き込んで貴族や富裕層向けのドレスはもちろん、平民の普段着でもお洒落を楽しむ方法などを話し合った。

美容などにこだわりがないと思われていたヘレンでさえ、うなじや首のラインを美しく見せるヘアスタイルの提案をする程であった。

こうして一通りの意見交換が終わる頃にはとっぷりと日が暮れ、完全に夕食の時間となっていた。こうなることを比較的早い段階で予測したハンナとエイヴァは、急遽大勢で取り分けるような大皿料理に切り替えていた。タイミングを見計らい、女性たちの目の前に次々と料理を並べていった。

「すごいわね。ハンナとエイヴァの方が魔法使いみたい」

「そう言っていただけると作った甲斐があります」

にっこりとハンナが微笑むと、その隣でエイヴァもうんうんと頷いた。その二人の様子を見たサラは、すっと右手を上げて順番に美肌の魔法を掛けていく。

「ごめんなさいね。今日は塔に居る女性が全員被験者にさせられる過酷な労働の日なの。理不尽な雇用主を許して頂戴。ここを辞めるなんて言わないでくれると助かるわ」

「え?」

「はぁ?」

まずはエイヴァがサラの魔法によってツルツルに磨かれ、次いでハンナのお肌がしっとりツヤツヤになった。

「ど、どういうことでしょう。いま、私に何をされました?」

「ちょっとエイヴァ! あなた凄いことになってるわ。若返ってる!」

「ハンナこそ、すっごい綺麗なお嬢さんになってるわよ!」

この場に大きな鏡が無いため、二人の料理人はお互いの顔を見て驚愕している。自分の顔に手を遣ると、恐ろしく肌の状態が良いことが手触りでわかる。しかも、感触を確かめるはずの両手さえ、指先まで傷ひとつない柔らかな皮膚に包まれていた。

近くにいたメイドが二人の前に、そっと手鏡を差し出す。ハンナがそっと鏡を覗き込むと、そこには見たことも無い自分が映っていた。物心ついた時には小作人の娘として農業の手伝いをしていたハンナは、自分の顔や手がこれほど綺麗だったことは一度もなかった。それは、エイヴァにしても同様であった。

二人は鏡を持った姿勢で完全に固まっており、無言で同じ姿勢のまま立ち尽くしていた。さすがにサラも心配になって声を掛ける。

「えっと、突然こんなことして怒ってる? もしかしてどこか痛かったりする?」

「決してそんなことはございませんが、一体なにが起きたのかわからず」

「お二人のお肌を子供の頃のように元気にする魔法を使ったの。決して変身させたり顔の造作を変えたりしたわけじゃないんだけど…」

「そういうことだったんですね。私ってこんな肌だったとは知りませんでした。子供の頃から泥にまみれて仕事をしていましたし、いつも切り傷が耐えなかったんです。日焼けもしてましたしね」

もう一度ハンナは自分の顔を鏡でしげしげと見つめた。

「ふふっ。なんか嬉しくなってきました」

「私も嬉しいです。こんな年のおばちゃんでも、お肌が綺麗だと気分も上向きになります」

やっと料理人たちが穏やかに笑ってくれたため、サラもホッとした。

「驚かせてごめんなさいね。新しい魔法を皆に試してもらっていたから、巻き込んでしまって」

「いいえ、ありがとうございます。サラお嬢様」

「ここで働いていると、時々巻き込まれるから覚悟しておいてくれると助かるわ」

「こういう驚きならいつでも」

料理人たちはにっこりとサラに微笑んで、厨房に引き上げた。実はこの後にデザートの仕上げがあるのだそうだ。

なお、一番の美肌の持ち主であるはずのシャーロットは、はしゃぎつかれてソファの上でぐっすりと眠りこんでおり、口許からちょっとヨダレが出ていた。ちなみに、シャーロットの髪に揺れている可愛らしいリボンは、デザイナーのルーカスの手作りで、細かい刺繍まで施された逸品である。

おそらく、今日のサラが思いついた魔法と、その魔法をベースに作られる 魔法薬(美容液) は、国を揺るがしかねないとんでもない発明であり、恐ろしく強力な武器になる可能性を秘めている。

にもかかわらず、いまの乙女の塔は驚く程に楽しく平和である。リヒトはそのギャップに苦笑せずにはいられなかった。