作品タイトル不明
2割から3割
「あなたたち、やる気がないならもう帰ってもいいわ。私が安易に新しい魔法を見せたことが原因なのかもしれないけど、別のことばかり考えて本来の目的を達成できないなら意味が無いでしょう」
一時間も経たないうちに、サラは自分の発言が失敗だったことに気付いた。なにせ女性たちはメイドも集落の女性たちも皆、チラチラとサラの様子を窺っており、本来の目的であるアメリアを美しくすることに対する熱意を失ってしまったからだ。
例外はまだ若くて肌の衰えを実感したことのない12歳のクロエと13歳のマリア、そしてデザイナーの少年だけであった。
「申し訳ございません。そのようなつもりは無かったのですが…」
先程声を上げたメイドが謝罪の言葉を口にすると、アメリアの方が申し訳なさそうに発言した。
「サラお嬢様、やはりやめておきましょう。いずれにしても、私はありのままの自分を見ていただかなくてはならないのですから」
「着飾ろうと、化粧を施そうと、ありのままのアメリアであることに変わりはないわ。好いた殿方には、できるだけ綺麗な自分を見せたいと思うのは普通のことだし、想いを打ち明けるのであれば気合を入れるべきよ!」
「ですがこのように多くの方の手を煩わせたところで、サラお嬢様のように美しくもない私では……」
アメリアの声がだんだんと尻すぼみに小さくなっていく。
「アメリア! やめて頂戴。あなたはとても魅力的よ。あなたのヘーゼルの瞳は聡明な輝きを 湛(たた) えているし、すっと通った鼻筋と小振りな唇はとても可愛らしいのに、なぜか口許の黒子のお陰で艶っぽく見える瞬間がある。全体の雰囲気が柔らかくて癒される感じがするのに、アレクサンダーさんのことを語るときの上気した頬を見たら、落ち着きをなくす男性も多いと思う」
サラの発言にクロエも追随する。
「私もアメリアは魅力的だと思うわよ。ブレンドしたハーブティや開発した化粧品を説明するときに見せる凛とした雰囲気も素敵だけど、恋してるあなたの姿はびっくりするくらい愛らしいもの。それにその豊かで艶やかな髪! 仕事中は結い上げているから気が付かなかったけど、解くとそんなに輝いているのね。あなたの好きな人がどんな男性かは知らないけど、二人きりになったらその人の前で髪を解いてみることをお勧めするわ。もちろん髪には良い匂いをさせてね」
「クロエ…そんなテクニックをどこで覚えるの?」
「貴族令嬢には常識よ。私たちはより良い結婚相手を探すことが義務ですもの。だから可能な限り好ましい殿方に娶られるために必死になるのよ」
「それはそれで哀しい生き方ねぇ」
「だからサラも協力して頂戴ね」
「はいはい」
サラとクロエに促されるように、アメリアはそっと顔を上げた。
「アメリア、鏡に向かって自分自身をよく見て。私たちの言ってることは嘘じゃないから」
「でも、私は胸も小さいですし…」
「ソフィアと比べたらそうかもね。でもトマシーナくらいはあるじゃない? プロポーションは全体のバランスよ。アメリアの体型で胸だけ大きいと着る服に困ると思う」
アメリアの背後では、デザイナーの少年が実際のアメリアの背中のラインと鏡に映るアメリアをじっと観察していた。近くにいた自分のアシスタントの女性にメジャーを持たせ、アメリアの採寸をするように依頼する。
さすがに集落の女性たちは自分たちの仕事を思い出し、きびきびと動き出した。彼女たちも美に興味はあるが、下級貴族や富裕層出身のメイドたちと違って化粧品などは高くて買えないという生活レベルなのだ。ご令嬢の魔法に見合う対価が払えるわけもないと早々に諦め、自分たちには関係のないコトとして認識したのである。
「初めまして。あなたがデザイナーさんね」
「お初にお目にかかります。ドレスのデザインを担当しております、ルーカス・ウィロビーと申します」
「あら、ハーソン伯爵家のご出身なの?」
クロエがルーカスに尋ねた。ハーソン伯爵は3代前からウィロビー家が継承していることは、貴族子弟にとって覚えなければならない必須事項である。
「私は現ハーソン伯爵の甥にあたります。私の母がハーソン伯爵の姉なのです」
「あら、お母様から名前を引き継いでいらっしゃるのね。婿養子をお迎えになられたの?」
「書類上はご指摘の通りです。実際には未婚のまま母が身籠ったため、グランチェスター領で文官をしていた父と結婚したことになっています。グランチェスターで私を産んだ後、母はまた別の男と出奔しました。仕方なく母は病死として処理することでハーソン伯爵とも話がまとまったのでございます」
『なんか凄いお母様だな』
「そんなお家事情を私たちに話して問題ないのかしら?」
「実は、書類上の父も数年前に横領の罪に問われまして、私を置いて逃げ出しているのです。つまり公的に見れば、私は罪人の子なのです。血は繋がっていないことは母方の叔父も承知しておりますが、ウィロビー家でも引き取ることは難しいと言われました。グランチェスター家から不興を被りたくないそうです。ですから、この度、グランチェスター家のご令嬢方からの依頼をお引き受けするのであれば、事前にきちんと説明しておくべきかと愚考した次第です。後からお知りになられてご不快になられるのは本意ではありませんので」
「なるほど」
『この子も横領事件の被害者なのか。まったくシルト商会め…』
「ルーカス、あなた歳はいくつ?」
「先日11歳になりました」
「グランチェスター領ってビックリするくらい特別な子供が多いわ」
「サラが言うと説得力あるわね」
サラはルーカスを改めて観察した。ブレイズやクリスと同年代だが、彼らよりも少し小柄に見える。確かに容姿は貴族的な雰囲気で、服装は豪華さには欠けるがお洒落であることは間違いない。
「親の罪を子供に押し付けるつもりはないから、そのあたりは気にしないでいいわよ。とにかくルーカスにはデザインの才能があって、会話や所作もきちんとしてる。他の貴族令嬢の前に出しても問題ないレベルなのは、ルーカスにとって大きなアドバンテージになるはずよ。クロエもそう思わない?」
「確かにそうね。平民の商人や職人は最初の基礎教育に時間を取られてしまうものね。だけどルーカスは、もう少し磨くともっと良さそう。仕事しているうちに洗練されていくと良いのだけど、もし不安ならマナーの講師くらいは付けてあげるわ」
「ありがとうございます」
ルーカスは深々と頭を下げた。
「さて、今日の本題に入りましょう。私はアメリアを美しくしたいの。彼女は平民だから貴族的な美しさを求めたりはしないし、服装もフォーマルになり過ぎるのはちょっと違うかなって思う」
「サラお嬢様。アメリア様の魅力の原点は、仕事中の姿にこそあると思っております。薬師のローブ姿には、凛とした美しさを感じます」
「それって、仕事着の彼女が魅力的ってこと?」
「仰る通りです。ですが、ローブを脱いでカジュアルな服装に着替えると、打って変わって優し気で慈愛に満ちた雰囲気になりますよね」
「つまり、仕事中とプライベートで雰囲気にギャップがあるってことね」
「はい。私はそのギャップを演出するような衣装をそれぞれ作るべきではないかと」
ルーカスに褒めちぎられているアメリアは、微妙に居心地が悪そうな表情を浮かべていた。だが、周囲の女性たちがせっせとアメリアを採寸しているため、俯くこともできずにもじもじしていた。
このルーカスの発言に素早く反応したのはマリアであった。
「アメリアさんはお仕事中、あまりお化粧はされませんよね?」
「ええ、仕事の邪魔になってしまうことが多いからしないわ。仕事の前にお風呂に入って、お化粧や香料などを洗い流しているの」
「その状態でも仕事用のローブを着たら凛々しいのですから、凄いですよね。ですがローブを脱いだらお仕事中では無くなるのですから、是非ともお化粧や香りのよいボディクリームを使いましょう」
「なるほど、それもギャップね?」
サラが納得すると、マリアはいそいそと化粧道具を持ってきた。
「アメリア様、お仕事中のお化粧は一切ダメなのでしょうか?」
「香りが強くなければ大丈夫よ」
「でしたら、お仕事中は目元だけ少し手を入れてキリっとした感じにしましょう。そして、お仕事以外では、優しい雰囲気になるよう少し変えるのです」
「だったら髪型も変化させた方がいいかも!」
アリシアは、アメリアの髪に触れ、緩い三つ編みやハーフアップなどを試し始めた。
サラの不興を買い、彼らの様子を部屋の隅から見つめていたメイドたちは、ここに至って本来自分が成すべきことをやりたいという強い意識が芽生えた。服飾担当のメイドはルーカスの提案を補完したいと思い、他のメイドたちの目からも侍女の訓練を始めたばかりの少女に過ぎないマリアの手元が危なっかしく映った。そして何より、アリシアの三つ編みの出来栄えが酷かった。黙って様子を見ているには、彼女たちのプロ意識は強すぎたのである。
「サラお嬢様、大変申し訳ございませんでした。今からでも私どもに仕事をさせていただけないでしょうか」
サラは声を上げたメイドの方に目を遣り、次いでアメリアを見た。どちらも気まずい雰囲気である。
『思うところが無いわけじゃないけど、今後のことを考えたら、この雰囲気は早めに解消しておくべきね』
「あなたたちが謝罪すべきなのは私ではないわ」
「仰る通りでございますね。アメリア様、大変ご無礼いたしました。どうか私どもにもう一度機会をくださいませ」
メイドたちは一斉にアメリアに頭を下げた。だが、その様子を見て慌てたのはアメリアの方である。
「あ、あの…どうか顔を上げてください。私は平民ですし、そのように頭を下げられると、どうしたらいいのかわかりません」
「ご不快だとは思いますが、私どもをお許し願えますでしょうか?」
するとアメリアはふわっと優しい微笑みを浮かべてメイドたちに語り掛けた。
「私は最初から不快になどなっておりません。ですが…できれば皆様のお力をお貸しくださると嬉しいです。こんなことを言うのは少し恥ずかしいのですが…何年も片思いしている初恋のお相手なのです。貧しい平民の薬草取りに過ぎなかった私は、ただひたすら師の背中を追いかけてまいりました。こちらで働くようになり、私もやっと薬師として独り立ちできるようになったのです。もちろん、師とは比べるべくもない雛に過ぎませんが」
「そのような! アメリア様のハーブティや化粧品は素晴らしいです」
「ハンドクリームのお陰で、私の手荒れは劇的に改善いたしました!」
メイドたちは顔を上げて、アメリアに反論する。
「ふふっ。ありがとうございます。本来、薬師は病を治すことを生業とする者ですから、私は少し邪道かもしれませんね。でも、私は自分の仕事を誇りに思っています。こんな私が師に想いを告げたところで、身の程知らずの小娘だと思われるだけかもしれません。ですが一度くらいはきちんとぶつかってみたいのです。師は既に32歳ですから、いつ伴侶となる女性を娶られてもおかしくありませんし……」
ほんのりと頬を赤く染めて今の心情を語るアメリアは、儚げでとても可愛らしい。この表情を見たメイドや集落の女性たちは、全員が胸をキュンっと撃ち抜かれた。誰もが身に覚えのある初恋の甘い痛みであった。なお、クロエは初恋真っ最中である。
また、唯一の男子であるルーカスに至っては、年上のお姉さんにうっかり恋に落ちそうになった。だが彼は普段から女性に囲まれた生活を送っており、ふらふらとさまざまな女性にときめくタイプなので、冷静に感情を抑えた。
こうしてアメリアの外見は、驚く程洗練されていった。もちろん普段からアメリア自身が化粧や服装のコーディネイトができるよう、メイドたちはきちんと指導することも忘れない。サラの目から見ても、アメリアの美しさは2割から3割増しくらいで際立つようになった。
服装について言えば、普段着を数着、フォーマルな装いを2着オーダーした。貴族の前に出るようなことがあれば、ドレスも必要になるかもしれないが、その時は流行に沿ったものを必要な時に仕立てる方が良いとサラは判断し、今回はオーダーしていない。
また、乙女の塔の支給品として、アメリアやアリシアのローブも新しく仕立てることにした。薬師と錬金術師のローブは微妙にデザインを変えてあり、今後乙女の塔で働く女性たちが増えれば、それぞれの職業に合わせた制服としてこれらのローブを纏うことになるだろう。
「ねぇクロエ、これを他の乙女でもやりたくない?」
「ついでに私もやってくれていいわよ?」
「クロエは社交界で宣伝する担当なんだから当たり前でしょ。きっちり王子様を仕留めてきてよね」
「せめて射止めるって言ってよ。なんか物騒だから」
「どっちでもいいからグランチェスターとソフィア商会のために頑張ってね」
「努力はするわ」