軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

たとえばくしゃみをするだけで

「ねぇリヒト聞いても良い?」

「なんなりと」

「自分の子供が生まれても、この世界に帰属したとは思えなかったの? その子が同胞だって感じなかった?」

「子供たちはとても愛しい存在でしたし、全力で守りたいとも思いました。それでも、自分がこの世界の異物であるような気持ちは消えませんでしたね。自分の傍らには愛する妻も子供もいるのに、ふとした時に自分だけが取り残されたような気分になるんですよ。妻もそのことには気付いていました」

「だから最初の奥さんは『本当の同胞を見つけろ』って書き置きを遺したのね」

「そうですね」

『転生者っていうだけで孤独なのに、捨てられたせいで自分がどこに所属しているのかがわからない感じなのかなぁ』

サラは自分の身に置き換えて考えてみたが、記憶を取り戻してもリヒトのような孤独感を抱えることはなかった。だが、心の片隅の方によくわからない喪失感があることには気付いた。おそらくこの気持ちがリヒトは特に強いのだろう。

ふとレベッカがサラに声を掛けた。

「サラは寝込んでいる間に少し雰囲気が変わったわね」

「そうかもしれません。眠っている間に前世の記憶の曖昧な部分も戻りました。おそらく心は以前より成熟しているような気がします」

「以前から大人びているとは思っていたけど、今のあなたは私よりも年上と言われても納得できるわ。落ち着き過ぎていて少し怖いくらいよ」

「自分ではよくわからないのですが、それほど違いますか?」

「やつれているけど、見た目は変わらないから親しい人しか気付かないと思うわ。でも明らかに纏っている空気が違うことは肌で感じるの」

「悪い方に変わったと思いますか?」

「いいえ、とても魅力的な女性だと思うわ」

「ありがとうございます」

「でも、母親の目線だとちょっと寂しいわね。大人になるのが早すぎるんだもの」

「レヴィ、それは父親としても同意するよ」

「お二人は私を養女にしないという選択肢は無いんですね。私はちゃんと警告したはずですけど」

「そんな警告くらいでロブはあなたを諦めたりしないと思うわ。もちろん私も同じ気持ちよ」

「うん。もう娘だって思ってるし、いまさらやめるとかあり得ないね」

「わかりました。それでは改めて私はお二人の娘になります。今後ともよろしくおねがいしますね。お父様、お母様」

ロバートとレベッカはホッとした表情を浮かべながら、顔を見合わせた。そしてレベッカは静かに話を続けた。

「あのね、サラが普通の貴族女性になれないのと同じように、私も10年くらい普通の貴族女性とは違う生き方をしてきたって思ってる。だから敢えて言わせてもらうわ。あなたに強さと覚悟があるのなら、誰に何を言われても自分の生き方を貫いてしまいなさい。唯一無二の存在になってしまえばいい。慣習に縛られて身動きが取れなくなっている王侯貴族など鼻先で笑い飛ばせるくらい強く力ある存在になってしまえば、誰もあなたに指図することはできなくなる。だってあなた自身が権威なのだもの」

「凄いことを考えていらっしゃるのですね」

「女性に生まれたっていうだけでアカデミーに通えないことに憤りを感じてから、十数年鬱屈した気持ちを抱えていたんだもの。それくらい言わせて頂戴」

レベッカの発言に、アリシアとアメリアもうんうんと首肯している。よく見ればその向こうでマリアも目を潤ませながら小さく頷いている。

「お母様の気持ちは理解しました。ところで、お母様。私のお勉強の時間はもう少し減らしましょう。貴族女性として必要な所作は既に身についていると思うのです。私に王妃教育は必要ありません。歴史や文学の学習は続けますが、今後はもう少し仕事に時間を取りたいです」

「それはガヴァネスとしての私は必要ないということかしら?」

「必要ないというより、私には過ぎた方なのです。その能力は王子妃を目指す上位貴族の直系女子を指導するのに使うべきです」

「私が誰を指導するかは私が決めるわ。サラが自分の思うようにしか生きられないのと同じことよ」

レベッカはいつものように上品でありながら艶やかな微笑みを浮かべた。レベッカと目を合わせたサラは、母と娘と言うよりも友人に近い関係に落ち着いたことに気付いた。

「確かにその通りですね。自分の我儘を主張しておきながら、お母様のお気持ちを蔑ろにするところでした。申し訳ございません」

「サラの気持ちは理解できるわ。私もサラに教える時間がもうそれほど長くないことには気づいていたし。そろそろ学園の方に力を注ぐつもり」

「素晴らしいことだとは思いますが、子爵夫人としての活動はどうされるのですか?」

「上級貴族ではないもの。必要最低限の活動しかするつもりないわ。残りは全部リズに丸投げするつもりよ」

「なるほど。でもお父様とお母様が領地に行かなくて大丈夫なのですか?」

「僕はグランチェスターの代官でもあるし、引継ぎも含めて今後のことを考えないとね。もっとも、正式に拝領しないと何も手をつけられないから考えるのは結婚後だと思うよ」

「お母様は、あちらにも学校をお作りになるのですか」

「ゆくゆくはそうしたい気持ちもあるのだけど、まずはグランチェスターで成功させないと、他でもってわけにはいかないと思うの」

「となると、お父様もお母様も当分はグランチェスターを拠点に活動ということになりそうですね」

「そうだね」

ロバートは頷いた。

「あ、そうだ。私は以前から申し上げていた通り、この乙女の塔に居を移します」

「それ考え直さない? 折角僕らの娘になるのに」

「お父様、結婚後に過ごす予定の別館は、それほど大きな建物ではありません。申し訳ないのですが、新婚家庭での同居はできれば避けたいです。お二人とも長年の初恋を拗らせて結婚するんですから、当分の間は二人きりでイチャイチャしてください」

「う…わかった」

『あ、住む場所で思いだした!』

「そういえば祖父様にお願いがあったんです」

「なんだ?」

「ソフィアの邸宅が必要です。いつまでもジェフリー邸に滞在と言うわけにもいきません」

「まぁ愛人だと誤解する輩もいるようだな」

「お陰でソフィアを情婦にと望む貴族男性から、『譲れ』と散々言われましたよ」

「おいジェフ…それいった奴らが誰なのか後で教えてくれるかな」

ジェフリーの発言にロバートが敏感に反応する。

「お父様。そういう人たちは放っておいてください。とても美味しい 顧客(カモ) になってくださる可能性が高いので」

「なるほど」

「そんなことより家です。祖父様に土地をお譲りいただきたいのです」

「土地?」

「はい。この乙女の塔はグランチェスター城の隅っこにありますよね?」

「そうだな。お前たちが秘密の花園と呼ぶ庭園の先は城壁だからな」

「城壁の先には、わざと森を残していますよね?」

「そうだ。城壁に沿って堀を巡らせ、その外側には森が広がっている。ここには我らしか知らぬ罠も多く仕掛けられているのだ」

「乙女の塔のすぐ近くの森の一部を拓いて、そこにソフィアの邸宅を建てたいのです。そして、乙女の塔と地下で繋ぐつもりです。城にとっては抜け道を作るようなものなので、許可頂けない可能性もありますが」

「つまり城外に広がる森の一部を所有したいということか?」

「所有でなくても構いません。好きに建物を建てて良いのであれば借地でも大丈夫です。もちろん地代家賃はお支払いします。ソフィアの邸宅と乙女の塔を繋げれば、サラとソフィアの両方にとって良いことが多いのです」

「まぁそうだろうが…」

グランチェスター侯爵は顎に手を当てて暫し考え込んだ。

「防犯面で不安を感じられますか?」

「まぁ抜け穴になるからな」

「不要になったらきちんと埋め戻しもするので安心してください。それに、邸宅の敷地はまるっとゴーレムに守らせます。乙女の塔のゴーレムとも共闘できるので、その一角だけやたらと防御力あがってしまうかもしれませんが」

「ふむ。悪くないな」

「積極的にグランチェスター城の防犯に協力するつもりはありませんが、自分の邸宅や乙女の塔周辺を守る程度のためなら、ゴーレムがちょっとくらいエリアを離れることもあるかもしれません」

「要するにグランチェスター城の防犯に協力する代わりに、森の一部を使わせろと言いたいわけだな?」

「その通りです」

「まったく…ゴーレムをチラつかせて交渉するとは。だが、どうせ騎士団との合同訓練は拒否するのだろう?」

「そのうち騎士団の方がゴーレムの動きに慣れて、合わせるようになりそうな気がしていますけどね」

するとジェフリーがニヤッと笑った。

「侯爵閣下、ソフィア嬢の邸宅近くに騎士団の訓練施設を新たに設けましょう。あの位置なら今の騎士団本部にも近いです」

「あら、そんなものを作ったら、私が剣術の訓練のために通うかもしれないわよ?」

「それはとても危険ですね。サラお嬢様の崇拝者がウンザリするほどできますよ」

「ジェフリー卿は大袈裟ねぇ」

「「大袈裟じゃない!」」

スコットとブレイズが同時に叫んだ。が、その声はサラの頭に強く響いた。

「ごめんちょっとだけ静かにしてもらえるかな。結構頭に響いたわ。あなたたちはお父様にそっくりね」

「申し訳ない。男所帯なので少しガサツなんだ」

ジェフリー一家は一斉にしょんぼりと肩を落とした。

「サラはここに引っ越すのか。でも、僕らの家にあるサラの部屋はそのまま残しておくよ。父上、構わないですよね?」

「もちろんだ」

「サラがいなくても、ちゃんと掃除しておくからいつでも来てね」

「ありがとう」

そしてサラはもう一度リヒトの方に振り向いた。

「リヒトとアメリアに聞きたいのだけど、あなたたちの見立てとして私の身体の状態はどんな感じなの?」

リヒトとアメリアは顔を見合わせて頷き合い、代表してリヒトが説明する。

「サラお嬢様が倒れた直後から、身体の中に大量の魔力が巡りました。幼い身体には無理がある量だったせいで、内臓にも大きく負担をかけました。ところが1日も経つと、サラお嬢様の全身が光属性の治癒魔法で覆われました。おそらくお嬢様自身が本能的に自分の身体を修復したのではないかと思いますが、詳しい理由まではわかりません」

「それでは身体に致命的な障害が残るといったことは?」

「熱を出されたので健康そのものと言うわけにはいきませんが、それ以外は問題ないと言えるでしょう。体力は落ちていますが2、3日もすれば回復されると思われます。胃腸が驚かないよう、少しずつ栄養のあるものを摂ってください。ただ、魔力の方は……」

『え、もしかして暴走して使えなくなった!?』

「妖精たちに言わせれば天災としか思えないレベルまで膨れ上がりました。まぁもともと無尽蔵に魔力を使える方ではありましたが、保有しておける量も各段に大きくなっています。妖精たちに言わせれば、『このまま神になるかと思った』だそうですよ」

『もしかして、マルカートにブチきれて暴れたのが原因かも……』

心当たりのあり過ぎるサラは頭を抱え込んだ。どうやらドラゴン級から神話級にグレードアップしてしまったらしい。人間卒業どころではない。

「魔力酔いすることはないと思います。急速に増えた魔力の制御に問題が出ている可能性もありましたが、今も普通に身体強化の魔法を使えていますから大丈夫ですね。後で空っぽの魔石を持ってきますから、念のため調整しながら属性ごとに魔力を注いでみてください。もしかしたら何らかの支障があるかもしれません」

「ちゃんと確認しておくことにするわ。うっかりくしゃみしてグランチェスター城が吹っ飛んだら困るもの」

「それ、本気で洒落になりませんからご注意を」

ここでサラの体力が限界を迎え、自分の身体の状態を確認して安心したのか酷い眠気に襲われた。見舞いに来ていた客はそっとサラの部屋を辞し、サラは再び眠りに就いた。