軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

漏れ出す魔力

突然、部屋のドアをせわしなくノックする音が聞こえてきた。やってきたのは薬剤の素材と乳鉢などの調薬道具を抱えたアメリアと、同じくいくつかの機材を抱えたアリシアであった。

「サラお嬢様が倒れたと伺いました。薬剤と調薬道具、それに小さめの蒸留器を運んできました」

「助かるよ。あぁ、その蒸留器はオレのだね」

リヒトはサラの机の上に道具を並べさせ、乙女たちを助手にして手早く薬剤を調合していく。蒸留水は魔法で作り出すつもりだったが、アリシアが蒸留器を持ってきてくれたことで、いくつかの作業は並行して行うことが可能になった。

三人は手早くサラのための薬剤を作り出し、それを吸い口に入れてマリアに手渡した。

「さぁお嬢様、お薬ですよ。これをお飲みになったらきっと良くなります。きっと、とっても苦いお薬でしょうから、目を覚ましていつものようにエルマを食べたいと駄々を捏ねてくださいませ」

マリアはサラを抱き起こし、意識のないサラが咽ることのないよう、慎重に薬を飲ませていった。

「このお薬が効けば一時的にですが、サラお嬢様の熱は下がります」

「一時的にしか下がらないのですか?」

ロバートが真剣な表情でリヒトに確認する。

「今、サラお嬢様は直面している問題を解決するため、前世の記憶を含めた膨大な経験を精査し、今の自分の身体に馴染ませるという処理を繰り返しているのです。とても身体、特に脳に負荷が掛かる処理であるため、高熱を発しているのです」

「知恵熱のようなものですか?」

「うーん。乳幼児の突発的な発熱をまとめて”知恵熱”と呼ぶのは少々乱暴ですね。原因はさまざまです。とはいえ、ロバート卿がイメージされている知恵熱という症状に近いことは認めざるを得ません」

リヒトが薬剤を作った機材を片付けようとすると、アメリアとアリシアが代わりに引き受け、機材を片付けて使用人に案内されて洗い場へと向かった。

「先程の薬は脳の処理速度を少しだけ緩める効果があります。半日ほどは微熱程度にまで下がると思います。あまり高熱が続くと身体の方が保たないので、ひとまず対症療法として熱だけ下げました。ですが、その分だけ記憶の処理も遅くなるため、目覚めるまでの時間は長くなってしまいます」

「なぜ目覚める時間も長くなるのでしょう?」

「記憶の処理を優先するため、身体を維持するための機能の大半を休止させているせいです。人は動いたり会話したりするときも、脳の中でいろいろな処理をしているんです」

「要するに今のサラは、普段の生活を送る余裕もないくらい沢山のことを思いだし、考えて問題を解決しようとしているということですか?」

「その通りです。サラお嬢様がいつお目覚めになるかは、お嬢様自身が答えの出ない問題に対していつ見切りをつけるかに掛かっています。負の連鎖に陥ってぐるぐると同じようなことを考え続けて自壊すれば、二度と目を覚まさないでしょう」

次の瞬間、リヒトの背筋にゾワリと悪寒が走った。サラから魔力が漏れ出し始めたのだ。

「まずい! ミケ、ポチ、セドリック手伝ってくれ。申し訳ないがサラお嬢様の魔力を吸いだしてくれないか?」

慌てて妖精たちがサラに近づいて、サラの魔力を吸いだした。セドリックの足下には次々と小さな黒豹が生まれていく。

「リヒトさん、サラになにがあったんですか?」

ロバートが慌てて声を掛けた。

「サラお嬢様に、とんでもない量の魔力が流入しているのです。身体が危機的な状況を感知して、どんどん魔力を取り込んでしまっているようです。記憶の処理に必要な量を遥かに超えている。余剰魔力が漏れ出しているのですが、とんでもない量ですね。8歳の子供の魔力量じゃない。意識があれば魔法を使ったり、魔道具に魔力を注いだりできるのですが、気を失っているせいで自力では外に魔力を放出できないのです」

そこにミケが悲鳴を上げた。

「吸い出すのにも限界があるわ。この魔力量を消費する先を考えないとダメだと思う」

ミケが呟くと、ポチが反応した。

「だったら小麦をさくっと作っちゃおうよ。どうせ魔力枯渇するまで作るつもりだったんだし」

「でも、ここには元になる植物がありませんよ。この状態のサラお嬢様をどうやって移動させるのですか? 私たちのように妖精の道は通れませんよ?」

「私がサラの魔力を限界まで吸い取って、領内を飛び回って、サラの空間収納に放り込んでいくわ。ミケとセドリックが小麦倉庫で取り出してよ」

サラの妖精たちが話し合っている様子をリヒトは最初黙って見つめていたが、少しずつ話が具体化していくにつれて不安になってきた。

「あのさ、なんで小麦の話をしてるのか教えてもらっていいかな?」

「いろいろあって、ポチが開拓地帯とかの雑木林や雑草を大量に小麦に変える予定だったのよ。前倒しするしかないわ」

「えーっと…。サラお嬢様の体調はともかく、そんな人間離れしたことをやっちゃうと、状況を悪化させる気がするのは気のせいかな?」

「今回だけの特例になると思うわ。このままだと大勢のロイセン国民が餓死することになるのよ」

「は、なにそれ?」

状況が把握できてないリヒトに対し、情報を司るセドリックが丁寧に現在のアヴァロン、ロイセン、沿岸連合を中心として巻き起こっている小麦問題をリヒトに説明していった。

「いやいや妖精の植物置換なんて、もっと小規模にやることだよね? なかなか手に入らない苗を作るとかさぁ。どうしてサラはそんなに豪快にやっちゃおうとするかな。っていうか魔力量がとんでもないね」

「今のサラお嬢様の魔力量は、この国の王様より多いですから」

「サラはドラゴンみたいなものだから」

「うん。それ聞きたくなかったかな。なんだろうね。この最終兵器感は…」

セドリックの説明に、リヒトは頭を抱えずにいられない。要するに、このままサラを放置すると、この周辺の土地は焦土になりかねないということだ。

「ひとまず理解しました。サラお嬢様の空間収納にあなたたちも出入り可能なんですね?」

「うん。サラはちょいちょい私たちに荷物運びのお願いするんだもの。使わなきゃ無理に決まってるじゃない」

「なるほどね。まぁ不幸中の幸いということですかね。サラお嬢様のことだから、容量もかなり大きそうですし」

「うーん。劣化を防ぐために収納した物の時間を止める空間だったら、グランチェスター領全部を丸っと入れても余裕あるよ」

「だったら、取り出さなくても良いんじゃないですか?」

リヒトの意見にミケが答えた。

「私たちはそれでも構わないけど、サラが万が一にも目覚めないことがあれば、誰にも取り出せなくなるけど大丈夫? サラはそんなこと望んでないと思うけど」

妖精たちはサラに執着してはいるが、同時にサラも生物である以上、いつか死を迎えることを自然の摂理だと認識している。ただ、サラに寄り添い、サラの望みを叶えることに喜びを感じるというだけだ。

「まぁ確かにそうでしょうね。グランチェスター侯爵、大量の小麦が届くらしいですが、空き倉庫ありますか? 既に領内も収穫を終えてますよね?」

これにはロバートが答えた。

「幸か不幸か備蓄倉庫に余裕が沢山あるよ。それに、見せかけだけでも倉庫を構える必要があったから、ソフィア商会が空き倉庫を抱えているはずだ」

「…うっかり流されて聞いてしまいましたが、グランチェスター領の機密情報ですよね。サラお嬢様のこと言えないくらい自分がまきこまれていることに気付きましたよ」

「ははは。これでパラケルスス師はグランチェスターから離れられませんね」

「ロバート卿、悪い笑顔になってますよ」

「おっと、これは失礼」

そこにポチが割り込んだ。

「ロバート、小麦の種類の割合を教えて。急がないとサラが保たないわ!」

「それは大変だ!!」

ロバートは慌ててポチにグランチェスター領で収穫できる小麦の割合を伝えると、ポチはひとまず麦角菌騒動のあった集落へと移動した。いずれ開拓することになる雑木林であれば、ごっそりなくなっても問題ないと考えたのだ。

ただし、ロバートからの忠告を受け、開拓民にはバレないよう少し奥に入ったところから、集落とは逆方向の人がいない方に向かって植物を小麦に変換し、次々と空間収納に放り込んでいく。

ミケとセドリックも、ロバートからの指定でソフィア商会の倉庫に小麦を取り出すことにした。ポチが放り込んでいく小麦を種類別にどんどん取り出し、本邸にいたゴーレムたちを総動員してきちんと積み上げていく。

これらの指示を出したロバートは、明日の朝一番で農業担当文官のポルックスを始め、備蓄関連の文官を総動員して備蓄倉庫の整理を始めることにした。正確に必要量の備蓄を把握し、同量の小麦をソフィア商会から無利子で貸与される旨の書類を作成することにしたのである。もちろん、実際にソフィア商会から小麦を備蓄倉庫に運ぶ手配もする予定だ。

グランチェスター侯爵は部屋の外に控える侍従に書状を認めるための筆記用具を一式持ってこさせ、ロイセンへの小麦輸出の許可を得るため、急いで国王宛の書状を 認(したた) めた。明確な被害状況こそ記載しなかったが、沿岸連合がロイセンに対して掛けている圧力やグランチェスターに対する工作なども併記し、ロイセンの次はアヴァロンが狙われる可能性を示唆した。

「まぁ小麦の輸出許可が出なければ、サラの空間収納に戻して劣化を防ぎつつ、ソフィア商会の商品とすれば良いだろう。だが可能であればロイセンに輸出できることを祈りたいところだな。隣国であろうと、 無辜(むこ) の民が飢える姿は見たくない」

この書状は、翌日に出立する予定のアンドリュー王子に託すことにした。