軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

子供時代を知る人物との食事会は大抵こうなる

その夜、リヒトの目覚めに立ち合ったメンバーは、全員グランチェスター城の本邸で晩餐を共にすることになった。

リヒトは40年も寝ていたので、普通の食事ができるのか気になったが、リヒト曰く『妖精のお陰でちょっと長く寝ちゃったな』くらいの感覚らしい。どうやらアラタはリヒトの時間を完全に止めていたらしい。

騎士団本部に居たグランチェスター侯爵とジェフリーは、パラケルススが存命で、しかもグランチェスター城の敷地内に居たということを知り、慌ててグランチェスター城の本邸に招待したのだ。

幸いにも王族たちは他家の若者との交流を名目に、本日はグランチェスター城を出て領都にあるグランチェスター家の別邸を貸切っている。羽目を外すことは無いが、娼婦などを連れて来る者もいるという。

ソフィアにも招待状は届いていたが、謹んで辞退し、お詫びにシードルを送り付けておいた。おそらく最初の乾杯分くらいにはなるだろう。

リヒトが長い眠りから覚めたばかりと言うことを聞いたグランチェスター侯爵は、本邸に彼の部屋を用意して湯浴みや着替えを用意し、丁重に出迎えた。

だが、馬車から降りてきたリヒトを見て、グランチェスター侯爵は自分の目を疑った。40年前に最後に見たパラケルススは、初老の父と同じくらいの外見年齢だったと記憶していたからだ。

「お久しぶりです。小…いえ、今はグランチェスター侯爵閣下でしたね」

「これは驚きだ。パラケルスス師は以前にお見掛けした頃よりもずっと若い」

「あぁ、すみません。老けている姿の方が宜しければ変えます」

「そのままで結構。孫娘で慣れておるのでな」

「お孫さんは、かなりいろいろやらかしているようですね」

「そうだな。領に貢献していることは確かだが、同時に酷く頭が痛い」

「お察しいたします」

リヒトは目の前に居る現グランチェスター侯爵であるウィリアムの視線が、以前のような嫌悪を浮かべていないことに気付いた。それだけの年月が経ったのだとリヒトは改めて感じた。

用意された部屋はかなり上位の客間であった。そこそこ著名ではあるが、経歴にいろいろ問題のある平民の自称錬金術師には不似合いなグレードだ。

『ふむ…オレが寝ていた40年で一体何があったのだろう?』

リヒトは入浴の介助を断って一人で浴槽に浸かりながら、ウィリアムの変化について思いを馳せた。実際にはサラが彼の研究成果や花園に妖精が沢山住んでいることを公開したことが原因なのだが、まだそのことにリヒトは気づいていなかった。

浴槽から出て魔法で身体や髪を乾かしたリヒトは、置いてあったガウンに苦笑を禁じ得なかった。いかにも錬金術師といったデザインで、このままアカデミーで歩いても違和感がないだろう。使っている生地には光沢があり、豪華な刺繍が施されていた。

リヒトも仕事中はガウンを着用するが、大抵は草臥れた普段着の上から、白衣のようなシンプルなデザインのものを好んで羽織っていた。前世の記憶に引きずられているのかもしれないが、不思議と落ち着くスタイルなのだ。

『まぁ贅沢を言うようなことでもないか。晩餐会なら正装は当然だよな』

着替え終わると、使用人の青年が正餐室へとリヒトを案内した。既にほかのメンバーは席に着いており、リヒトが最後の一人であった。

「すみません、遅くなりました」

「いえ時間通りです。どうぞお掛けください」

だが、リヒトは少しだけ視線が泳いだ。なにしろ、予想していた以上に人数が多かったのだ。

今日の正餐室には、グランチェスター一族が勢揃いしていた。グランチェスター侯爵、小侯爵夫妻、ロバートとレベッカ、そして珍しくジェフリーが護衛ではなくテーブルに着いている。

もちろん子供たちも全員参加で、乙女の塔からはアリシアとアメリアが参加している。残念ながらテレサは登城していなかった。工房に籠ってサラに頼まれた製品を黙々と作っているらしい。

「思っていたよりも高貴な方々が多くて驚きました。私のような者がここにいて良いのかと戸惑ってしまいます」

「パラケルスス師は冗談がお上手だ。今日の主賓はパラケルスス師ではありませんか。ご無事のお戻りを歓迎いたします」

ロバートが歓迎の意を示すと、リヒトは首を横に振った。

「いいえ。私は40年も職場を放棄して惰眠を貪っていた自称錬金術師に過ぎません。どうやら解雇扱いのようで、夜は職場にも入れてもらえませんしね。ところで、失礼ですが皆様のお名前を伺っても宜しいでしょうか? 世情に疎い年寄りでございます故」

「そうでしたな。よければアリシア嬢とアメリア嬢も聞いてくれ」

「承知いたしました」

「もちろんですグランチェスター侯爵閣下」

アリシアとアメリアは平民であるため、こうした晩餐の席は酷く居心地が悪い。本来なら晩餐も欠席する予定であったのだが、サラにどうしても参加して欲しいと乞われたため、緊張しつつも気丈に振舞っていた。

「こちらに座っているのは、長男で小侯爵のエドワードと妻のエリザベスだ。そして二人の子供たちは、上からアダム、クロエ、クリストファーだ」

小侯爵一家は名前を呼ばれると、リヒトに向かって軽く会釈をした。

「そして、こちらが次男のロバートと婚約者のレベッカ嬢だ。彼女はオルソン家の2番目のご令嬢だ。結婚後、ロバートはアストレイ子爵となることが決まっており、サラが二人の養女となる。聞いたかどうかは知らぬが、サラは亡くなった三男アーサーの娘なのだ。母親も既に他界している」

「なるほど。そういうことでしたか。では結婚後、ロバート卿はグランチェスターを離れるのですか?」

リヒトはロバートに向かって語り掛けた。

「何度か所領には行くでしょうが、そちらは代官に任せる予定です。サラを乙女の塔から引き離すわけにも参りません」

「お父様、私のことは構わずお母様と新婚生活を送ってくださいませ。結婚後は乙女の塔に居を移します」

すかさずサラが反論する。サラとしては、ロバートとレベッカの面倒な新婚夫婦との同居はできるだけ避けたい。

「折角娘になるのに同じ屋敷に同居しないのかい? それは寂しすぎるよね。それにグランチェスターでの仕事の引継ぎにも時間が掛かりそうだ」

「新婚夫婦のお邪魔は避けたいですし、いずれにしても忙しいですから乙女の塔の方が楽です。ゴーレムに守られていますから安全ですしね」

「サラお嬢様は義理の両親に仲良くして欲しいのですね?」

「もちろんです。可愛い弟妹を見てみたくもありますし」

「なるほど。今はサラお嬢様がグランチェスターの末っ子なのですね?」

「そうなのです。可愛い弟妹にお姉様と呼ばれたいではありませんか」

「ははは。確かに子供は可愛いですからね。私が眠りに就く前は、そこのアリシアの父親はサラお嬢様よりも小さい子供でしたよ。ちなみに、私にはそちらにいらっしゃるグランチェスター侯爵閣下がお子様だった頃の記憶もありますよ?」

『あ、これは親戚の集まりで披露される”子供の頃の恥ずかしい話”の流れだ!』

「非常に元気なご令息でいらして、囚われの姫君を助ける騎士の遊びを好んでいらっしゃいましたよ」

「あ、いやそのあたりでご容赦を」

「ですが姫君の役を毎回やらされる姉君も非常にお元気な方でいらして、『助けるのが遅い!』と棒で殴られ、よく泣いていらっしゃいました」

「祖父様…お姉様に泣かされたんですか?」

「本当に小さかった頃だけの話だ!」

「確かにそうですね。アカデミー入学前日に制服を自慢していたら、姉君から生意気だと木剣で殴られたのが最後かなと思います。頭から血をダラダラ流して、制服を汚したと当時の侯爵夫人にこってりとお説教されていましたから」

「祖父様がですか?」

「いえ、お叱りを受けていたのは姉君の方です。侯爵閣下は騎士科に入学するのにそんなことで大丈夫かと、逆に心配されていらっしゃいました」

「えーっと…祖父様の入学した年齢を伺ってもよろしいでしょうか?」

「13歳だ」

「お姉様はその頃おいくつでいらしたのですか?」

「年子なので14歳だ」

『要するに、スコットくらいの年齢になってたのに、お姉ちゃんに負けたってこと?』

「いまだにあの姉が嫁げたことが不思議でならん。最近は体調を崩しているらしく今回の狩猟大会には来ておらんかったがな。ハリントン伯爵家に嫁ぎ、いまは息子が伯爵位を継いでいる」

「そうなんですね」

『あれ? ハリントン伯爵? どこかで聞いたような……』

すると姿を消しているセドリックが耳元で囁いた

『ワインで有名な伯爵ですよ。開会式でお会いしています』

サラはシードルとエルマブランデーに熱心に喰いついた伯爵を思い出した。

「あぁワインで有名な」

「その通りだ。ハリントン伯爵は甥にあたる」

どうやらワインで有名な貴族家は親戚らしい。

「ではサラの剣の腕前は、その方に似たのかもしれませんね」

スコットが嬉しそうに話すと、ブレイズも横で頷いていた。だが、それを見ていたジェフリーは困ったような表情を浮かべた。

「いや…あの方は大剣を振り回すんだ。ちょっと女性とは思えないくらい易々と振り回し、下手な騎士より強いんだ。私も訓練時代に何度か泣かされたよ。あの方に比べればサラの剣は華やかで女性らしさを感じるな。身体強化に驚く程適性がある上に、胆力も並みではない。自分の馬車を襲ってきた盗賊の首を大剣で跳ね飛ばす侯爵令嬢など、あの方以外はいないと思う。サラなら殺さず捕獲するだろう?」

「その話は何度も伺っていますが、未だに信じられないのです。エレナ様は社交の場でお会いすると、それは優美な貴婦人でいらっしゃるのに」

エリザベスが不思議そうに発言すると、グランチェスター侯爵は苦笑しながら応えた。

「姉上は人前で手袋を外すことはほとんどない。なにせ両手ともゴツゴツとしていて、剣を握る者の手になっているからな」

『え、なんかとんでもない親戚のおばあちゃんいるっぽいぞ!?』

「それは一度、お手合わせしたいです!」

無邪気にスコットが発言すると、ジェフリーが苦い顔をした。

「今のお前では多分無理だ。大剣で弾き飛ばされるのがオチだ」

「そこまでお強いのですか?」

「強いな。貴婦人だと舐めてかかると痛い目を見る」

『あー、これ多分、ジェフリー卿も過去に痛い目を見たんだろうな』

「祖父様、もしかしてエレナ様は、アカデミーに入学して騎士になりたかったのではありませんか? だから祖父様が制服を自慢したことに腹を立てたのでは…」

「その通りだ。母上にも指摘されて姉上は泣いてたからな」

「その頃にも女性であるが故に超えられない壁に苦しむ方がいらしたのですね」

このサラの発言にレベッカ、アリシア、アメリアが悲痛な表情を浮かべた。彼女たちはまさにその当事者であるためだ。

「祖父様、ジェフリー卿、お願いがございます」

「なんだ?」

「どうかグランチェスター騎士団の門戸を女性にも開いてください」

「エレナ様のように才能を持ちながらも、騎士になれない女性は他にもいるはずです。もし、女性は剣を扱えないと仰る方がいれば、私がお相手しても構いません」

しかし、この要望をグランチェスター侯爵はあっさりと却下した。

「それは断じて認めぬ」

「何故ですか?」

「騎士は剣の腕前だけでなれるわけではない。ひとたび戦となれば、命の取り合いとなるのだ。そのような場所に婦女子を連れて行くことはできん」

「胆力というお話であれば、性差ではなく個人差だと思います。繊細な男性だっているのではありませんか?」

「そういう問題ではないのだ。死と隣り合わせの状況において、騎士の理性はそれほど強固ではない。騎士道などあっさりと放り出して略奪に走る者もいれば、不埒な振る舞いに及ぶものもいる。味方の女性に対して牙を剥かないと保証することもできない」

「なるほど。祖父様が危惧していらっしゃるのはそういう事なのですね。それは理解できないことではありませんね」

「自分で言っておいてなんだが、8歳の少女が理解して良いものではない気もするな」

「確かに実感として理解できるわけではありません。ですが、そういったことを懸念されるのであれば、まずは戦場には出ない部隊として、女性の部隊を編制してみませんか? 貴婦人の護衛任務にも最適かと思います」

「ふむ」

「私がお願いしたいのは、女性であるというだけで入り口にすら辿り着くことができない状況を改善することなのです」