作品タイトル不明
魔力枯渇は計画的に
全員がゆったりとお茶の席に着くと、アリシアは目配せをしてメイドに「例の物をお持ちしてください」と声を掛けた。
すると近くにいたメイドは、アリシアの研究室から小さな木箱を持ってきた。
「こちらをご覧ください」
アリシアが箱の蓋を開けると、中には同じデザインの指輪が10個と、薄い金属の小さなメダルが10個入っていた。
「指輪とメダル?」
サラがアリシアに尋ねる。
「以前から話題にしていた魔力を使い切るための魔道具です。正確に言えば『魔力を吸いだして取り出す』魔道具ですが」
「え、紙の魔法陣の上に手を翳すんじゃなかったの?」
「それだと、どうしても魔法陣が劣化してしまうので、丈夫な魔石に暗号化した魔法陣を刻印したんです。吸いだした魔力の一部を消費して劣化を補修する機能を持たせたので、理論上は半永久的に使えるはずですが、まだ動作検証が完璧とは言えません」
「要するに、私たちで動作検証したいわけね」
「やっぱりわかっちゃいますよね」
アリシアが苦笑した。
「使い方を教えてくれるかしら?」
「えっと、指輪と対になってるメダルを、空っぽのグラスや鉢などの容れ物にセットしてから、ベッドなどに横になって指輪に魔力を流してください」
「それだけ?」
「はい。自動的に枯渇するまで魔力を吸い取り、枯渇を検知したら自動的に動作が停止するようになっています。吸いだした魔力はメダルから液状化して出てきます」
「魔力を回復したら、吸い取りを再開したりはしない?」
「一度停止したら魔力を意図的に流さない限り自動で動き出すことはありません」
「グラスから溢れたりすることもある?」
「そうですね。魔力量が多いとそうなるかもしれません。私ではグラスの半分も満たせませんでしたが、サラ様なら大樽くらい用意した方が良いかもしれませんね」
魔力枯渇になる子供たちの対応については、アメリアの方から説明があった。
「魔力が枯渇すると、大抵の人は意識が昏倒します。下手をすると数日目を覚まさないこともありますので、対処が必要になります」
「魔力枯渇した場合、普通はどうするものなの?」
「自然に目を覚ますまで待つのが一般的ですね」
「それじゃ駄目なの?」
「グランチェスター家の方々は、多分魔力量が多いと思われますので、魔力枯渇を起こすと数日目を覚まされない可能性があります。そうなると、健康面に不安が出ます」
「なるほど」
言われてみれば、サラも魔力枯渇を起こした時は3日くらい目を覚まさなかった。
「ですので、お使いになる前にこちらの丸薬を服用してくださいませ」
「これは?」
「遅効性の魔力回復薬です。服用してから3時間程経つと、お腹の中で薬効成分が溶け出し、魔力の回復速度を高めてくれます。秘密の花園にある薬草から作られているので効果は高いです」
「つまり、魔力を吸い取り終わってから魔力を回復し始めるのね?」
「その通りです。これを飲んでおけば、翌朝に目を覚ますことはできるはずです」
『ん? なんか言い方が引っ掛かるわね』
「それは目を覚ますだけしかできないってこと?」
「この薬で回復できる魔力量には限界がありますので、完全回復はできません。目を覚ましても倦怠感が残っているはずです。ですので、目を覚ましたら今お飲みになっているハーブティを飲用されることをおすすめいたします」
「このハーブティを持ち帰れるようにしたのには理由があったってことかぁ」
「そうなのですが、それでも回復しきれなくなるかもしれません」
「とんでもなく魔力量が多い場合ってこと?」
「そうです。今の段階で皆様の魔力量がどれくらいなのかはわかりませんが、何度か魔力枯渇を経験してしまうと、ハーブティ程度では回復しきれない魔力量になる可能性が否定できません」
「ブレイズはとんでもない魔力量を最初から持ってるから、ハーブティじゃ足りないかもね」
すると、ブレイズが紅い目を見開いて質問した。
「それってオレもサラみたいにとんでもない魔力量になるかもしれないってこと?」
「サラ様の魔力量を正確に把握していないので何とも言えませんが、これを繰り返せば反動で魔力量が飛躍的に増えていくことは間違いありません。もちろん成長限界はありますし、個人差も大きいです。それにブレイズ様以外の皆様もグランチェスター家のお血筋ですから、おそらくかなり量は増えるのではないかと推測します」
サラは冷静にアメリアに質問をした。
「ハーブティじゃ追い付かないくらい魔力量が多い場合にはどう対処したらいいの?」
「こちらの魔力回復薬をお使いいただくことになります」
そっとアメリアが差し出したのは、先日アンドリュー王子に服用させたのと同じ魔力回復薬であった。
「え、これを使うの? 下手したら魔力酔いで倒れるのに!?」
「そうですね。利用される場合には、誰かが傍に付いていないと危険です。魔力酔いが悪化すると、そのまま魔力暴走を起こしかねません」
「仮に、魔力酔いの症状になったらどうするの?」
「再度指輪で魔力を吸い取るしかありません。ただし、枯渇する前に指輪を外さないとまた昏倒してしまいますが」
これを聞いていたクロエは身も蓋もない発言をした。
「えーっとさ、それって私たちが魔力を生み出す道具みたいになっちゃうね」
「クロエ、その通りかも。そうやって吸い取った魔力の液体なんだけどさ、ソフィア商会で買い取り可能だよ?」
「「「「「ええっ!?」」」」」
子供たちが一斉にサラの方に振り向いた。
「その液体って純粋な魔力なんだよね。だから魔力回復薬とかいろいろな薬品の素材になるのよ。ソフィア商会が高値で買い取ろうかなって思ってるんだけど、お小遣い稼ぎに魔力売らない?」
「私たちの魔力を買い取るの?」
「う、うん。無駄にするより良いでしょう?」
「いくらくらいで買うの? ドレス代とかになる?」
「まだ買い取り価格は決めてないわ。それよりクロエ…変わったね。貴族女性はお金について触れたら駄目だったんじゃない?」
「サラ、お父様の債務超過を暴露しておいて、いまさらだと思わない? 何をするにしても、お金がなきゃ話にならないじゃない。ゴーレムが凄い高いって言ったのもサラでしょ」
「そうだけどさ、変わり過ぎじゃない?」
「大丈夫、他所では見せないで楚々としておくから」
「巨大な猫を被れるあたり、クロエもグランチェスターだね」
「貴族令嬢だったら普通なんじゃないの?『淑女』なんて男たちが勝手に抱いてる幻想だと思うわ」
クロエの様子を見ていた兄と弟は頭を抱えた。
「クロエ、それは家族の前でも出さない方が良いと思うぞ」
「うん。父上がみたら倒れそうだし、母上に知られたらヒステリー起こすよ」
「アダムとクリスは黙っててよ!」
サラはクロエの肩をポンっと叩いた。
「クロエ、絶対にアンドリュー王子に知られないように頑張れ!」
「本当ですよ。知られたら私がクビにされます!」
ジェインが嘆くように発言すると、周囲にいた全員が一斉に頷いた。よく見れば、メイドたちもこくこくと頷いている。
「えっとジェイン先生、グランチェスター家をクビになったら、学園の先生になりません?」
「ちょっと、サラ! さりげなくジェイン先生が辞めさせられる前提で話をしないでよ!」
クロエがキーキーと叫んでいる。だが、正直今日の授業内容を考えると、クロエのガヴァネスだけで終わらせるのは惜しい人材に思えてならなかった。
『別にクロエのガヴァネスがダメってわけじゃないんだけどさ、そろそろクロエはガヴァネス要らなくなる頃だと思うんだよね。本気で王子妃を目指すのなら、ジェイン先生よりも実際に王妃教育を受けたことのあるお母様の方が向いてる気がするし』
などとサラがつらつらと考えていると、コーデリアがポツリと言葉を漏らした。
「アリシアさん、もしかして残りの指輪は予備ではないのですか?」
この問いかけにアリシアは少しだけ困った顔をして応えた。
「やはりコーデリア先生には気付かれてしまいますね。もしかしたら平民の魔力持ちの子供にも使いたいと希望する子がいるのではないかと多めに作っておきました」
コーデリアからの質問にはアメリアも追加で発言する。
「ですが、貴族と違って平民の子供は栄養状態や健康状態が良好な子供たちばかりとは限りません。そのため、きちんと管理された環境に子供たちを呼んで、経過を見ながら魔力を吸い取らなければなりません。魔力回復についても同様です。正直言えば人体実験と線引きすることも難しく、倫理的な問題も感じていないわけではありません」
指輪とメダルを見つめながら、コーデリアはため息を漏らした。
「ですが、平民の子が魔力を増やしつつ、自分で金銭を稼ぐ手段でもあるということですよね?」
サラはコーデリアの複雑な気持ちがわかるような気がした。
「コーデリア先生は、子供が魔力によって大人たちから搾取されることが不安でいらっしゃいますか?」
「はい。どうしても懸念せずにはいられません。もちろん、貴重な機会であることも重々承知はしているのですが…」
「この件はゆっくり検討が必要になるかもしれません。すぐに実現できる保証はありませんが、将来的には学園内に魔法科を設立する方向で検討してみませんか? 全寮制にすることで、定期的に健康管理をしながら魔力を吸い取って魔力量を計画的に増大させつつ、魔法、魔法陣、錬金術、薬学などを学ぶのです」
「アカデミーと対立されるおつもりですか?」
「いいえ、そんなつもりはありません。おそらくアカデミーへの予備校として利用する子もいるでしょう。ただ、魔力を供出してもらう以上、学費は完全無料にします。それに、供出した魔力量に応じ、卒業時に纏まった金銭を支払うということも検討いたします」
「何故都度ではなく卒業時なのですか?」
「例外はあるでしょうが、大抵の子供たちは卒業時に将来の進路が見えていると思うのです。もちろん学園としても子供たちの将来についてサポートを惜しみません。ですが大人たちに搾取されることなく、子供たちに可能性を示す仕組みを作ることはできるのではないでしょうか?」
コーデリアだけでなく横に座っていたジェインも驚いて目を丸くしている。
「サラお嬢様は随分と壮大な計画をお持ちなのですね」
「いえ、単なる思い付きです。ですが、平民の子供たちに、もっと可能性を拡げて欲しいという思いは強くあります」
「随分と慈悲深くていらっしゃるのですね」
ジェインが感心したように声を漏らした。しかし、サラはこのジェインの意見を否定した。
「本当に私が慈悲深い女性であれば良いのでしょうが、自分がそういうタイプの人間ではないことは自分が一番良くわかっています」
ジェインは戸惑ったような表情を浮かべてサラを見つめた。その視線を感じてサラはにこりとジェインに微笑みかけた。
「貴族令嬢のフリをしていても、私はソフィア同様に商人なのです。そもそも私の両親は商人でしたから」
「でも父君はアーサー卿ですわよね?」
「駆け落ちした先で両親は商売を営んでいたんです。私は今よりももっと小さい頃から商家の帳簿をつけていたんです」
「さ、然様でございましたか」
サラはこくりとジェインに頷き、コーデリアにもわかるようにゆっくりと話し始めた。
「お母様、いえレベッカ先生のお気持ちはともかく、私が学園を作るのは”人”に対する投資です。元々は従業員を教育するため、読み書きや計算、そして会計を教えるための私塾を検討していました。私の意識では、その規模を拡大しているに過ぎないのです。有用な人材が育てば、ソフィア商会にも有用な人材を登用できるでしょう。もちろんソフィア商会以外に就職される方もいるかもしれませんが、学園の卒業者であればソフィア商会に悪感情を持つ方は少ないだろうと期待しております。ソフィア商会に良い印象を持った優秀な人材が世の中に増えてくれれば、それだけで十分な利益です」
「な、なるほど」
どうやらコーデリアですら、こうした視点を持ってはいなかったらしい。
「それに、魔法科を作っておけば、乙女の塔で働く優秀な人材が生まれるかもしれません。いつかは”乙女”の塔ではなくなってしまうかもしれませんが、間違いなくソフィア商会の研究所として成長できるでしょう。今の乙女の塔がソフィア商会にどれだけの利益をもたらしているかを考えれば、学園計画はとても有効な投資先だと思いませんか?」
クリストファーも発言した。
「ソフィア商会が潤い、画期的な商品が生まれれば、グランチェスター領に納める税金も増えるし、グランチェスターの評判も高まるよね」
クロエもニコニコとご機嫌な微笑みを浮かべる。
「グランチェスターだけでなく、アヴァロン全体を豊かにする商会になる可能性も高いわ。そしてサラは私の従妹なのだし、有力な繋がりよね!」
「クロエ…まさか王家への嫁入りにソフィア商会を利用する気?」
「ただでさえ5歳も年下で不利だし、公爵家の令嬢と比べたら見劣りするんだから、ちょっとくらい協力しなさいよ。王子妃になったらソフィア商会の味方になるし!」
『こわっ。乙女モードなだけじゃなかったよこの子! ちゃんと貴族令嬢じゃないの!』
もちろん、クロエのガヴァネスであるジェインは深いため息をつき、アダムとクリストファーは頭を抱えることになった。