作品タイトル不明
魔法陣のお勉強
ランチの後はアリシアによる魔法陣を使った魔法発動の授業であった。ただし、アダムはコーデリアと別カリキュラムであるため不参加である。
「この授業を始めるにあたって最初に申し上げておくべきことがあります。それは我が国のアカデミーだけでなく、各国の学術機関が公式に発表している論文などの資料においても魔法陣は『失われた技術の断片』として扱われているということです」
この辺りの知識は、既に何度もアリシアとやり取りをしているサラは知っていた。かつて失われた文明で当たり前のように使われていた魔法陣の知識は、一部の資料を残してすべて灰燼と化しており、現代には残っていないのだ。
「人が魔法を発動する際、発動者はどのような事象を引き起こすのかをイメージします。そのイメージを魔力で具現化した現象が魔法なのです。詠唱による魔法も基本的な原理は同じなのですが、詠唱することで人はイメージをより安定させることができるため、イメージだけの無詠唱魔法よりもスムーズに発動できると言われています」
『うーん。詠唱することでイメージが固定化してしまって、発動する魔法の規模も固定されてる気がするんだよなぁ』
サラは以前にトマスと詠唱による魔法について意見を交わした時のことを思い出していた。
「そして魔法陣ですが、これは詠唱による魔法の発動と基本的な原理は同じだと考えられています。つまり魔法として具現化したいイメージが、魔法陣の中に記述されているということです」
「アリシア先生質問よろしいでしょうか?」
クリストファーが手を挙げた。
「どうぞクリストファー様」
「つまり、魔法陣は”誰かのイメージ”を”なんらかの言語”で記述したもので、その魔法陣に魔力を流すとイメージが具現化して魔法になるという理解で合っていますか?」
「はい。その通りです」
「では魔法陣に記述されている言語とは何でしょうか? そして何故その言語で記述されていれば魔法として発動するのでしょうか?」
「クリストファー様はとても優秀でいらっしゃいますね。その疑問は、この授業の最初にお話した内容に繋がるのですが、この言語は古代文明で使われていたことしか分かっておらず、単語や文法も断片的にしか伝わっていません。今の私たちに出来るのは、既に判明している単語を組み合わせ、それらしく組み上げることだけです。この言語の呼び名は国によって違うのですが、アヴァロンの研究者たちはシンプルに『魔法言語』と呼んでいます。他国では『創世言語』などと大仰に呼ぶこともあるそうです」
ニコリとアリシアはクリストファーに微笑むと、黒板に大きく不思議な記号を描いた。
「これは『トリガ』と呼ばれる魔法言語で書かれた単語です。なぜ魔法言語で記述すれば、魔法を発動できるのかの理由は分かっていません。ですが、魔法陣の中にこのトリガを記述しておくと、魔力を流した時にトリガが魔力を受け取って魔法陣を活性化し、記述されている内容を実行していくことは判明しています。数百年前の古代文明遺跡を研究していた錬金術師がトリガの単語を解明したことで、さまざまな魔道具がつくられるようになりました。ちなみに最初に作られた魔道具は火属性で明かりを灯す物でした」
アリシアは黒板にロッドの絵を描いた。
「これがその時に作られた魔道具です。松明の代わりなのですが、火属性の魔力をずっと流していないと明かりが消えてしまうので、かなり不便だったそうです。他の属性の魔力や、火属性でも流す魔力が多かったりするとすぐに壊れてしまったそうなので、あまり普及はしませんでした」
この説明を聞いてクロエが反応した。
「アリシア先生、それはつまり、魔石が無くても魔法陣から魔法を発動できるということなのでしょうか?」
「はい。その通りです。最初の頃の魔道具に魔石は使われていません。ですが魔法の発動中はずっと魔力を流さなければならないことや、特定の属性の魔力を決まった量だけ流し続けるのは人には難しいため、魔石で代用することにしたのです。この技術が発明されたことで、魔道具は一気に進化することになりました。それと同時に魔法言語の研究や魔石の研究も各国で盛んに行われるようになっていきました」
「だとすれば、ずっと動かしていなければいけないゴーレムやシュピールアみたいな魔道具については、確かに魔石が必要だと思いますが、たとえば治癒魔法や火属性の攻撃魔法のように瞬間的に発動する物であれば、魔石は無くても構わないのでは?」
大変優秀な生徒にアリシアは非常に満足げに微笑んだ。
「グランチェスター家の方は優秀な方ばかりですね。サラ様はもちろんですが、クロエ様もクリストファー様も負けていらっしゃいませんね」
「それは言い過ぎよ。サラには誰も勝てないわ」
「それはどうでしょうね。知識量や応用力という面でサラ様は抜きんでていらっしゃいますが、知識量は勉学でカバーできますし、クロエ様はサラ様がお持ちではない教養をお持ちだと思いますよ? 特に社交面などでは。比べるのも変な話ではありませんか」
「そういうもの?」
「はい。誰にも得意分野と言うものがあるのです。私は錬金術師ですから、錬金術と魔法学は得意ですが、文学的な方面の科目は苦手でした」
すると近くで見ていたアメリアもアリシアをフォローした。
「ふふっ。実は私も文学は苦手で、特に詩作が壊滅的でした。数学もあまり高度になると無理ですね。薬師として必要になる範囲くらいまでしか習得していません」
「そっかぁ、うちの弟も頭良さそうに見えて地理は全然だめだったもんね」
「クロエ、わざわざ僕の弱点を披露しないでくれるかな?」
「そういえばサラは絵が全然ダメなんだっけ?」
クロエはくすくすと愉快そうに笑いながら、サラの弱点を刺激した。
「そんなこと言ってるとクロエの似顔絵描くわよ? 呪いの絵画みたいになるけど」
「それは凄くイヤ」
その場で全員がどっと笑いだした。
発作的に起きた笑いの渦が収まると、アリシアが先程のクロエの質問に回答した。
「さて、先程の話に戻しますね。確かに治癒魔法や攻撃魔法であれば、魔石が無くても発動は可能です。ですが”これまでの魔法陣”では、発動する魔法に合った属性の魔力を流す必要があったため、治癒魔法であれば光属性の魔力を流す必要がありました」
そこに耳聡いクリストファーが喰いついた。
「今、これまでの魔法陣って言ったよね?」
「はい。申しました」
「今は違うの?」
「ソフィア商会だけが持つ技術なのですが、”どの属性の魔力”でも魔法陣から魔法を発動できるようになりました。もちろん、まだ秘匿されています」
「それって、バレたら…」
「またアカデミーの教授陣がやってくるかもしれませんね」
クロエとクリストファーは一緒に頭を抱えた。
「それと、魔法陣には寿命があるんです」
「寿命?」
「はい。魔法を発動するたびに少しずつ負荷がかかるので、魔法陣はいつか壊れます。それでも魔石、石、木の板など比較的丈夫な材質に刻印された魔法陣は壊れにくいですし、魔石によって特定の属性の魔力を一定量流すのであれば負荷もかなり少なくできます。シュピールアは木の箱を使っていますが、ずっと連続して音楽を流しても100年くらいは壊れないで動いてくれるはずです。その前に魔石の魔力が尽きますけどね」
「じゃぁ、何に描くと魔法陣は壊れちゃうの?」
クロエは首を傾げた。
「魔法陣は、棒などを使って地面に直接描くこともできます。魔法陣を蹴散らせばあっという間に壊れますし持ち運ぶこともできませんが、壊れるまでは何度でも使える優れものです。そしてよくあるのが、こうした紙に描かれた魔法陣です」
アリシアは机の上に置いてあった箱を開けて、中から魔法陣の描かれた紙を取り出した。
「この魔法陣にはさまざまな魔法が描かれています。火属性の攻撃魔法、風属性の攻撃魔法、土属性の防御魔法などがあります。敢えて威力は小さくしてあります。皆さん、外に出てちょっと試したくないですか?」
「「「「やりたい」」」」
サラ以外の4人全員が、とても良い返事をした。
『スコットとブレイズは魔法を発現していても、魔法陣使いたいのかぁ』
塔の庭に出ると、ゴーレムたちが周囲を警戒していた。サラは初号に声を掛けた。
「ねぇ、近くに不審者はいる?」
「20メートルほど離れた木の上に1名います。それと、使用人のフリをしている男が近づいて来ていますが、グランチェスター家の使用人ではありません。どこかの貴族家の者だと思われますが、マギのデータに該当者はいません。今まで捕縛された者の中にもいません。まだ50メートル程離れています」
サラは風属性の魔法でゴーレムが示した木の方角を探査した。
『あぁ、あれか』
「アリシア、木属性の捕縛魔法の魔法陣ある?」
「ございますよ」
「じゃぁ、それをクリスに渡して」
クリストファーはアリシアから魔法陣の描かれた紙を受け取った。
「初号、クリスと木の上に居る賊の間に立ってくれる? そう、そこで良いわ。じゃぁ、次にクリス、初号の左肩の延長線上にある大きな木に向かって魔法陣から魔法を発動できるかな? その魔法陣は木属性の捕縛魔法だから、木に魔法が当たれば木に隠れている賊を捕縛してくれるわ」
「わかった!」
クリストファーは左手に魔法陣を持って魔力を流し、右手の指で目標の木を指し示した。すると、遠くで『うわっ』という声が聞こえてきた。だが、その1回だけで魔法陣が描かれた紙はボロボロと崩れ去った。
「あ、魔法陣が!」
「それはクリスが流した魔力が大きすぎて魔法陣が耐えられなかったのよ。うまく制御すればもう2、3回くらいは使えたかもしれないけど、使い捨てだと思った方がいいかも」
「なるほど」
「でも、捕縛は成功したみたいよ。まぁ確認は後にして次に行きましょう」
サラは次にクロエを呼んで、アリシアが持っていた魔法陣の中から水属性の攻撃魔法を取り出した。
「クロエ、これはバケツの水を一気に掛けるくらいのショボい魔法なんだけど、今近づいてきてるあの使用人に向かって発動してくれない?」
「え、そんなイタズラしていいの?」
「本来、乙女の塔は男子禁制だもの。グランチェスター家の使用人が知らないわけないでしょう? 私は許可出してないんだからアレは不審者よ。遠慮なくやっちゃって」
「でも、不審者にイタズラくらいで済ませていいの?」
「これだけゴーレムがいるんだから心配しなくていいわ」
「わかった。やってみる」
先程のクリストファー同様、クロエも魔法陣を左手に持って右手で水属性の魔法を発動する方向を示した。
そして、使用人のフリをした男は、バケツと言うより大きな樽に入ったくらいの量の水を正面から浴びせられる羽目になり、後ろにひっくり返った。
既に状況を把握しているアリシアは、スコットに土属性の捕縛魔法、ブレイズに風属性の防御魔法の魔法陣を手渡しており、二人はほぼ同時に魔法を発動させた。
どうやら使用人の振りをした男は魔法が使えたらしく、反撃の魔法を放とうとした。だが、ブレイズが発動した風属性の防御魔法が周囲をドーム状に覆っていたため、弱い火属性の魔法の弾が自分に跳ね返って火傷をしたようである。
「アリシア、あの人が魔法使いだって知ってたの?」
「いえ、知らなかったです。ちょうど2枚が連続して入っていたので渡しただけです」
「それは凄い偶然ね」
今、魔法を発動した三人の魔法陣はまだ壊れていない。どうやらクリストファーの様子を見て、流す魔力の量を調整したらしい。
「で、魔法を発動した感想は?」
「すっごい楽しい!!」
クロエが満面の笑みで応えると、他の3人もこくこくと頷いた。
「えー、スコットとブレイズは魔法発現してるじゃない」
「いや、土属性の魔法は発動したことないからさ」
「オレも風属性は初めてだよ!」
『はしゃいでるなぁ。まぁ楽しい遊びといえば、そうだよね』
「魔法言語を習いたくなったでしょ?」
「「「「うん!」」」」
『ふふふ。しかしその言語の習得は、なかなか容易ではないのだよ。習得したらアカデミー入学どころか、魔法科や錬金術師科で研究者になれるレベルだからなぁ』
当然、サラもちょっとしか習得できていない。そして魔法陣研究の第一人者はパラケルススであり、いまだに他者の追随を許していない。そう考えると、アリシアは本当に特別な存在なのだ。しかも、魔力属性を問わずに魔法を発動できる独自の技術を本当に理解できているのは、現段階ではアリシアただ一人である。いや、正確にはマギも理解しているのだが、人ではないので除外する。
『なるほど初めて会ったときにテオフラストスさんが自慢するはずだわ』
サラはしみじみと回想した。
だが、アリシアの特異性に気付くほど、その祖先であるパラケルススに会いたいという気持ちにも拍車がかかった。
『さて、じゃぁゴーレムたちにパラケルススの居所を確認するとしますか』
なお、グランチェスターの子供たちに捕縛された賊はゴーレムたちが回収し、騎士団本部へと護送されていった。