軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シュピールアの値段はピンキリ

エリザベスは大変気分が良かった。

狩猟大会初日、夫や息子が狩りに行っている間、女性たちの多くはお茶会で親交を深め合うのが一般的だ。最近ではレベッカのように自らが狩猟を楽しむ女性も増えてきてはいるが、エリザベスはあまりそういったアウトドアの活動を楽しいとは感じていない。

昼食後にゆったりと開催されたエリザベスのお茶会には、主要な貴族家の女性たちが大勢参加した。直前になってアールバラ公爵夫人がお茶会への欠席を連絡してきたことが不安ではあったが、昨夜飲み過ぎたことが理由で体調不良とのことで、サロンの方には遅れて顔を出すということなので、深く気にするのはやめておくことにした。

美肌効果のあるハーブティで女性たちの心を捕まえ、同じブレンドの茶葉と手に潤いを与えるハンドクリームの入った小さな瓶を入れた巾着を、お土産として全員に手渡せば、皆嬉しさで頬を上気させている。

そして、小さなシュピールアを大量にワゴンに乗せたメイドが入ってくる。これはエドワードがサラへの借金を増やしてまで購入した贈答品である。いっぱい宣伝するとサラを拝み倒したが、さすがにタダにはしてくれなかった。本来の販売価格の半値なので、それ以上の無理をいうのはやめておくことにした。そもそも、ハーブティと化粧品のサンプルは無償で提供してくれていることを考えれば、確かにこれ以上は無茶であることはエリザベスにも理解できた。

「シュピールアは希望する方だけお持ちください」

と言ったが、全員が持って帰ることは予想済みである。収録されている曲が少しずつ違うため、開けたり閉めたりと忙しい様子だが、どうやら人気は「子犬のワルツ」と「トロイメライ」のようだ。小さい魔石なのでそれほど収録時間は長くない。

持って帰った分だけソフィア商会に支払う予定なので、できれば残る方がグランチェスター小侯爵夫妻にとっては有難いのだが、貴族女性たちが口々に自分に感謝を述べるのを見れば、そんな気持ちも吹っ飛ぶというものだ。

「皆様、お茶会の後にサロンを開放いたしますの。そちらには狩りを終えた殿方も同席されると思いますわ。もちろん、お食事のご用意もありますから、気軽に参加してくださいませ」

サロンについては既に通達済みであったが、改めて声を上げればほとんどの参加者がゾロゾロとサロンの会場までエリザベスの後ろについてきた。

おそらくサラがこの様子を見たら、「〇〇教授の総回診です」と言いたくなるような光景である。エリザベスの鼻の穴もちょっぴり膨らんでいる。公爵夫人でさえ、エリザベスのやや後ろを歩いている。

身分の高い女性たちにしてみれば、エリザベスに会場まで案内させているだけではあるのだが、傍目から見ればエリザベスの率いる派閥に属しているように見えるだろう。

そしてサロンに到着すればソフィアが恭しく貴族女性たちをもてなし、高価な贈り物を用意していた。ここにいる貴族女性たちは、ソフィア商会の後ろ盾はグランチェスター家だと認識しており、この贈り物さえグランチェスター家からの好意だと受け取るだろう。

『まぁ、実際にはサラの商会なのだけど、あの子はグランチェスターの娘なのだし大きく間違ってはいないわ』

可愛らしいドレスを身に纏ったクロエがエリザベスに近づいてきた。

「あら、サロンにはクロエさんも参加されるのかしら?」

「娘はソフィア商会の新しい商品を紹介するため、少しお手伝いをすることになっていますの。後程下の息子のクリストファーも参りますわ」

エリザベスはニッコリと微笑んだ。自分の横に可愛らしく座り、先程ソフィアに貰ったというボディクリームを自慢げに近くの女性に披露していた。

『きっとこの商品も飛ぶように売れるのでしょうね。サラはどこまでお金を稼ぐつもりなのかしら。少しくらい見返りがあるといいのだけど』

どうやら、お土産用の商品をタダで供出させ、シュピールアを半値に値切っただけでは足りないらしい。だが、既にエリザベスはサラの策略に乗せられていることに、まだ本人は気付いていなかった。

なにしろ 貴(・) 族(・) 女(・) 性(・) で(・) あ(・) る(・) エ(・) リ(・) ザ(・) ベ(・) ス(・) が(・) 商(・) 品(・) の(・) 価(・) 格(・) を(・) 確(・) 認(・) し、シュピールアを 値(・) 切(・) っ(・) た(・) のである。また、夫の借金が増えることになるため、返済できるかどうかをエドワードにも尋ねており、苦手ながらも数字の書かれた書類を自分の目でチェックしていた。そして、ここに至っては『自分たちにも利益が入るのか』を気にするまでになっている。

驚くべき変化である。少なくない定期収入はあるのだ。支出をきちんと気にするようになれば、財務状況はすぐに上向きになるだろう。娘のクロエも会計の基礎を学び始めており、もしかすると小侯爵の借金は予想よりも早く返済されるかもしれない。

ガヤガヤと会場の外が賑やかになり、1日目の狩猟を終えた人たちがサロンに足を踏み入れた。もちろん、こちらを案内しているのはエドワードだ。近くにはロバートとレベッカの姿も見えた。

「ひとまず、喉を潤しましょう。シードルの用意があります。ワインやジュースなどの用意もありますので、お好きなものをお飲みください」

「エド、エルマブランデーは無いのか?」

近くにいた貴族男性がエドワードに話しかけた。どうやら親しい友人らしい。

「いやぁ、昨日盛大に飲まれてしまったのだ。…おっとソフィアがいるな」

「はい。グランチェスター小侯爵閣下。お呼びでしょうか?」

「エルマブランデーの在庫はあるかい?」

「はい。このサロンのためにお持ちしたものがございます。あまり量は多くございませんが」

「おーい。どうやらあるらしいぞ! 後で遊戯室に持ってこさせよう」

男性陣からわっと歓声が上がった。

『え、そんなに美味しかった?』

「ちなみに、あまり強い酒精が苦手な方向けには、エルマブランデーをエルマジュースで割ったりすることもできますわ。禁じ手と言われておりますが、シードルで割っても飲みやすくなります」

すると先程エドワードに話しかけた男性が声を上げた。

「いやいや、あれほどの美酒を割ってしまうなど、酒に対する冒涜と言うものだ」

「そこまでエルマブランデーをお気に召していただけるとは光栄でございます」

ソフィアはにこりと微笑んだ。

参加者に飲み物が配られ、エドワードの合図で乾杯が終われば、そこかしこで雑談が始まった。使用人はエリザベスの指示に従って、ソフィア商会で最も大きなシュピールアの蓋をそっと開けた。

実はこのシュピールアは特別に作った非売品である。ゲルハルト王太子にも提供していない。音源を録音する際には人払いをし、ソフィアの姿になってからピアノを弾いている。サラのままでは手が小さくて弾きづらかったのだ。収録している曲はすべてベートーヴェンのピアノソナタである。「月光」「悲愴」「熱情」の3大ピアノソナタに加えて、更紗時代に大好きだった「テンペスト」も入っている。特に第三楽章がお気に入りなので、その部分だけを取り出した小さいシュピールアも販売している。

サロンや店舗のBGMに使うのに良さそうだなと作ってはみたものの、使用している魔石が大きすぎて、販売価格が現実的ではない金額になってしまったのだ。ちなみに、非売品のシュピールアには、もうひとつショパンのバージョンもある。こちらには「幻想即興曲」「革命のエチュード」「英雄ポロネーズ」などの曲がたっぷり入っている。

ピアノの音が室内を満たすと、音楽が好きな貴族たちがシュピールアの近くに集まってきた。

「このシュピールアも売っているの?」

「こちらは非売品です。普段は本店に置いている宣伝用のシュピールアなのですが、今日はこちらに運ばせました」

「特別に売っていただくことはできるかしら?」

「一から作ることになりますが、かなり大きな魔石を使用しているので、同等の物を作るとなると、それなりに高額になりますわ」

「まぁ!」

女性は驚いてシュピールアの中を恐々と覗き込んだ。

「本当だわ。なんて大きな魔石なのかしら!」

どうやらその女性の夫であるらしい男性も傍らにいたため、妻に続いてシュピールアを覗き込んだ。

「これは我が家では到底手の出ぬ代物だな」

「お手頃な小さいシュピールアもございます。必要でしたら別室にて見本をお見せすることも可能でございます」

ソフィアはシュピールアを担当している従業員を呼び、別室で見本を見せてカタログを渡すよう指示した。このやり取りを近くで見ていた音楽が好きな貴族達も、ゾロゾロとシュピールアの見本を見るために別室へと去っていった。

そして予想通りといえば予想通りなのだが、化粧品を展示しているところには貴族女性たちが群がっており、ソフィア商会の従業員から商品説明を受けている。

その近くにあるソファには退屈そうに座っている男性陣がおり、ふとハーブティのカタログを手に取った。パラパラとめくっているうちに『男性用ページ』があることに気付き、じっくりと眺めた後、近くにいたソフィア商会の従業員を呼びつけてハーブティの試飲を始めた。

『アレはきっと買うだろうな』

ソフィアはほくそ笑んだ。