作品タイトル不明
価値観の相違
ヴィクトリアは開会式でソフィアを見たときから、彼女がグランチェスターの関係者であることを確信した。なにせ、前日に会ったサラにあまりにも似ていたからだ。
姉妹と言われても納得するが、ヴィクトリアは彼女の父であるアーサーを良く知っているため、その可能性を頭から否定した。おそらく彼女の母方の親類なのだろう。だが仮にそうだとしても、アーサーと同じ色の瞳まで類似していることが納得できない。
『アーサー卿は平民の商人の娘と駆け落ちしたはず。母方の親戚がグランチェスターの一族と似た特徴を持つとは考えにくいわ。もし、あの娘の母親にグランチェスターの血が流れていたのであれば、結婚が反対されたとも思えない』
夫には言いにくいが、かつてヴィクトリアはアーサーを自分の婿に迎えたいと考えており、実際にグランチェスター家に打診したこともあった。しかし、その返事を受け取る前にアーサーは駆け落ちしてしまい、あっさりと話は流れてしまった。
熱烈な恋愛感情があったわけではないが、見目麗しい年上の貴族令息に少女らしい憧れは持っていた。だが、同時に公爵家の跡取りとしての自覚も持っていたため、アカデミーを早期に卒業したアーサーの理知的な部分も高く評価していたのだ。
『偶然というには無理があると思うのよねぇ。今後はサラさんも貴族の令嬢として社交の場に顔を出すようになれば、同じ疑問を持つ貴族女性は増えていくはず。できれば彼女たちの関係性を先んじて知っておきたいところだけど…』
考えても答えが出るわけではないので、ひとまずヴィクトリアはソフィアに招待状を送った。公爵夫人という立場では気軽にソフィア商会に顔を出すこともままならず、相手を呼び出すしかないというのがもどかしいところだ。
『いきなり訪問して相手の様子を見た方がわかることも多いと思うのだけど、ね』
だが、この呼び出しはサラの機嫌を損ね、アールバラ公爵家の印象を悪い方に傾かせる結果となる。
ソフィアには、昨夜のうちからエドワードやエリザベスを通じて山ほどの面会依頼が来ており、スケジュールを調整しなければならなかった。あまりにも数が多く、個別の貴族家に時間を割くことができなくなったため、エドワードとエリザベスは『自分たちのサロンにソフィアを呼ぶ』という手段をとることにした。
これがソフィアとして早朝に出勤しなければならない原因であったが、最初の1時間ほどをセルシウス侯爵家の三男への対応で消費する羽目になった。ライサンダーを追い出したソフィアは、サロンに出席する貴族のリストを確認し、好まれそうな商品を選択していく。貴族たちの目当てが酒であることは承知しているが、この機会に商会のその他の商品も宣伝しまくるつもりでいた。
そんな時に、早朝から騒ぎを起こしたライサンダーの兄が当主の貴族家から『可及的速やかに面会したい』という依頼が来たのだ。しかも、使者は応接室でソフィアからの返事を待っている状態である。
ソフィアは慌ててエリザベスにアールバラ公爵家からの呼び出しがかかったことを伝え、サロンの開催日時の変更が可能かどうかを確認した。しかし、参加予定の貴族家があまりにも多く、スケジュール調整は困難であるという回答がきた。このサロンに話題のソフィアが欠席すれば、エドワードとエリザベスの面子も丸潰れである。
仕方なくソフィアはアールバラ公爵家の使者に対し、『明日の午前中であれば対応可能』と返事をした。ところが、使者は舌打ちをして「こちらは『可及的速やかに』と言ったはずだ。商人風情が公爵家の威光に逆らうことは許されぬ。とっとと支度するがよい」と言い放ったのだ。
「先程も申し上げた通り先約がございます。終わりの時間が見えないため、明日以降にしてくださいと申し上げているのです」
「アールバラ公爵家より優先されるのは王室だけだ。そのような常識も持ち合わせていないとはな。これだから平民の商人は」
使者は吐き捨てるように言うと、ドアの方を顎でしゃくった。どうやら『早く支度しろ』と言いたいらしい。
ソフィアは時刻を確認した。現在は午前10時少し前であり、サロンの開始は午後4時からの予定となっていた。ゴーレムと従業員を総動員して荷物を積んでようやく間に合うというレベルである。
「では1時間ほどお待ちください、商品を手配して人員を配置しなおします」
「最初からそのように応じればよいのだ」
『むきーーーー何なのこの人。ブチキレそう』
ソフィアは作成した商品リストを28号に渡し、このリストにある通りに荷物の積み込みを行うよう指示した。そして従業員たちを呼び集めてサロンに連れて行く者を決め、自分が時間までに戻らなければ、時間通りにサロンに商品を運ぶよう指示する。
店に残る従業員たちには時間が来たら店を閉めて帰るように告げ、ゴーレムにも施錠確認や警備などの指示を与えていく。
「今日いらしたお客様が私に会いたがっても、今日は戻りそうにないことを伝えてください。もし理由を聞かれたら、『アールバラ公爵家から強引に呼び出された』と言い訳しておいてください。なんなら『拉致されるように連れていかれた』と伝えても構いません」
するとすぐそばに居た使者が「おい! 拉致とは無礼な!」と、キンキン声で怒鳴った。
「無理だとお断りしているにもかかわらず、アールバラ公爵家の威光を笠に着て強引に連れて行くのが拉致じゃないなら何なのでしょう?」
「なんと生意気な女だ、
このような商会など、アールバラ公爵家に睨まれればひとたまりもないぞ!」
「ではお好きなだけ圧力をかけられたらよろしいのではありませんか? たかが使者に過ぎないあなたにそれだけの権限があるなら」
『もう、本当にウンザリだよ。やっぱり養女になりたくないって言おうかな。マジで貴族なんてロクなもんじゃない!』
使者は顔を真っ赤にして怒っている。しかし、主人であるアールバラ公爵家に招かれている以上は危害を加えることはできない。
こうして午前11時頃、ソフィアはダニエルを連れ、馬車でアールバラ公爵家が滞在するグランチェスター城の建屋に到着した。既に昼に近い時間であるが、これ以上遅れるとサロンに向かうための身支度が間に合わなくなる可能性がある。
先程の使者がソフィアをイヤそうな顔で招き入れ、室内に入るとアールバラ公爵家のメイドが応接室に案内した。
ソファに座って待っていると、ヴィクトリアが入ってきた。ソフィアは立ち上がってカーテシーをする。
「急にお呼び立てしてごめんなさいね」
「正直申し上げて困惑しております」
反論されることに慣れていないヴィクトリアは驚いた。
「かなりご無理を申し上げたということかしら?」
「本日は夕刻からグランチェスター小侯爵夫妻のサロンに行かねばなりません。多くの貴族家の方々とお会いする予定になっており、持参する商品を積み込んでいるところでございました。そのため、お使者の方に『明日ならば』と返答したところ、本日中でなければならないと仰せになられまして」
「それは…」
「お使者の方は、アールバラ公爵家に睨まれれば当商会などひとたまりもないと仰せでしたので、取るものもとりあえず罷り越した次第です」
ソフィアは不機嫌さを隠さなかった。
本来であれば筆頭公爵家の夫人であり、実質的には当主である女性に対して取って良い態度ではない。だが既にソフィアの堪忍袋はブチキレ寸前になっていた。
「当家の配慮が行き届かず申し訳ないことをしました。私から謝罪いたします」
「謝罪は受け取らせていただきますが、なぜこのような火急のお召しとなったのか理由を伺ってもよろしゅうございますか?」
要するに『早く用件を言え』と言うことである。間違っても平民が準王族とも言える筆頭公爵家の夫人に対して取ってよい態度ではない。そのためヴィクトリアの背後に控えていた侍女が身を乗り出し、ソフィアに叱責した。
「控えよ! お前ごときが、公爵夫人に対して無礼な!」
「なるほど控えた方が宜しいようですので、私はこれにて失礼いたします」
ソフィアはそのまま退室しようとドアに向かったところで、アールバラ公爵家の護衛騎士たちがソフィアを強引に引き留めようと手を伸ばした。が、当然その動きはダニエルが封じた。
「ソフィア様に何をする!」
そのままダニエルと護衛騎士の揉み合いに発展しそうなところで、ヴィクトリアが声を上げた。
「お止めなさい!」
「ですが、この者たちはあまりにも無礼です」
「先に無礼を働いたのはこちらです。いいから放しなさい。それと、ソフィア、申し訳ないのだけどもう一度座ってもらえるかしら。手短にお話しするわ」
「承知いたしました」
ソフィアはソファに静かに腰を下ろした。だがその所作をみて、ヴィクトリアはソフィアが正式な淑女教育を受けていることを確信した。
「いろいろと不手際があったことは理解したわ。今朝方、セルシウス侯爵家のライサンダーがそちらの商会で捕縛されたことも聞きました。なんでも縄をかけられたとか」
「当商会の本店は、警備のため夜間はゴーレムが巡回しております。このゴーレムに敵対行為を行うと、捕縛するように命令しているのです」
「なるほど。でも、あなたはライサンダーを室内に招き入れ、お茶を振舞ったのよね?」
「さすがに晩秋の朝晩は冷えますので。いかにも貴族然としたお召し物でしたので、放置するわけにもいかず」
「ライサンダーはプロポーズしたと聞いたけど」
「そうですね。求婚のお言葉を頂戴しました。ちなみにお持ちになった花束ですが、昨晩の開会式で本城の花瓶に活けられていたカトレアでした。私どもが手配したモノでしたので、すぐにわかりました」
ヴィクトリアはソフィアの説明に頭を抱えた。どうやら義弟には、本当にいろいろなものが足りていないらしい。
「ライサンダーと結婚すれば、伯爵夫人になれるのに?」
「そのようですね。ですが私は興味がございません」
ソフィアはバッサリと切って捨てた。
「理由を聞いても良いかしら? 確かにライサンダーの行動はどうかと思うけど、彼の妻になりたいと願う貴族令嬢は多いわ。元平民であっても、婚姻によってあなたも貴族になれるのよ?」
『また同じ説明しなきゃいけないのか…』
「なぜ、誰もが貴族になりたいと願うと思われるのですか? たとえ私が伯爵夫人となっても、平民としての生まれは隠せません。社交の場で私がどのような扱いを受けることになるかは、奇しくもそちらにいらっしゃる侍女の方や護衛騎士の方が証明してくださっているではありませんか。そういえば、当商会にお越しになった使者の方もそうですね。そのように私を侮る方々に囲まれて暮らす生活を幸せとは思いません」
「陰ではいろいろ言う人はいても、面と向かって伯爵夫人を蔑む者はいないはずよ? それにアールバラ公爵家の姻戚である以上、私だってあなたを守れるわ」
ソフィアは困った顔をしながら、説明を続ける。
「私は自分の商会を自分の才覚で経営したいのです。この国の貴族社会では、女性の財産は父親、兄弟、夫、息子など男性に管理を任せます。仮に私が貴族の男性と結婚すれば、私の商会は私の夫が管理することになるでしょう。私は自分の商会の帳簿すら付けられなくなるかもしれません」
「そういうことは男性の仕事だもの。だけど、私たち女性陣は家庭を守り、社交の世界では他家との関係を深め、そして後継ぎを産み育てるのが役割だわ」
「そうですね。私はそうした貴族女性を尊重はいたします。ですが、自分自身はそのような生き方をしたいとは思わないのです」
するとヴィクトリアは首を傾げた。本当に理解できていないようだ。
「でも、あなただってグランチェスター家に管理されているでしょう? 便宜上あなたの商会になっているけど、結局はグランチェスター家の商会ではありませんか」