軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お断りします

ソフィアがゴーレムに捕らえられた貴族と思われる若者に近づこうとすると、ダニエルがソフィアを止めた。

「ソフィア様、まずは私が話を聞いてまいります。こちらでお待ちください」

どんどん賢くなっていくゴーレムたちは、彼を他の密偵や盗賊たちと一緒にするのはまずいと判断したらしい。拘束もそれほど厳しいものではなく、一人離れた場所で2号に監視されていた。だが、2号も踊ることは止めなかったらしい。

『そろそろあのバグなんとかしないとな』

「あの方はセルシウス侯爵の三男で、アールバラ公爵の弟君だそうです。お名前はライサンダーと仰るそうです」

「はぁ。それでこちらに何の御用だったのかしら?」

「ソフィア様、見たそのままでございます」

「まぁ花を押し売りに来たわけではなさそうね。2号、拘束を解いて差し上げて」

2号はライサンダーの拘束を解き、立ち上がるために手を差し出した。

しかし、すっかり腰が抜けてしまっているライサンダーは自力で立ち上れなかったため、本店の中で荷物運びなどで活躍している小型ゴーレムの28号を呼んだ。別にこの数字に意味はない…はずなのだが何かとサラが呼ぶのはこの子である。ちなみに鉄でできているわけでもない。

28号はライサンダーをお姫様抱っこして本店の応接室へと運んだ。なお、他の輩への対応はいつも通りだ。

「セルシウス卿、お怪我などはございませんでしょうか?」

「だ、大丈夫だが…その、アレはなんだ?」

「警備用ゴーレムでございます。営業時間外に訪れた招かれざる客を拘束する任務に就いております。敵対行動をとらない限り拘束はしないはずなのですが…」

ソフィアはにっこりと微笑み、ライサンダーがゴーレムに対して敵対行動をとったのではないかと指摘した。

「そうか。驚きのあまり剣を抜いてしまった。騎士の私よりも素早いとは」

『騎士ぃぃぃ? このひょろいヤツが?』

かなり疑問が残る発言ではあったが、ひとまずソフィアは流した。

まだ誰も出勤していない時間帯であるため、ソフィアは手ずからハーブティをいれてライサンダーの前に置いた。

「晩秋の早朝は冷えます。まずは暖かい飲み物で体を温めてください」

「うむ」

ライサンダーはカップを両手で包み込むようにして指先を温め、こくりとハーブティを飲んだ。

「ところで、このような早朝にどのような用件でいらしたのでしょうか? もしかしていらしたのは夜中ですか?」

見ればライサンダーは夜会に出席したそのままの衣装のようだ。

「その…すまぬ。昨夜の開会式で其方を一目見て、どうしても話をしたくなったのだ」

「私はこちらには住んでおりませんので、夜中にいらしても誰もおりません」

「そのようだな…気が急いてしまって。他の者に先を越されるかもしれぬと思い…」

「それで具体的には、どのようなお話をされたいのですか?」

ライサンダーはどうやら抜けた腰も落ち着いたらしく、すっくと立ちあがってソフィアに花束を差し出した。

「どうか私の妻になって欲しい」

「お断りします」

ソフィアは即座に断った。時間をおいても意味がないからだ。

「ぇ?」

だがライサンダーは断られるとは考えていなかったらしい。

「即答か。もしやすでに相手がいるのか?」

「その質問に答えるつもりはございません」

「だが、私よりも条件が良い相手などそうそうおらぬぞ。私の父はセルシウス侯爵、一番上の兄はアールバラ公爵、次兄はセルシウス小侯爵だ。当家には複数の爵位がある故、結婚後はいずれかの爵位を受け継ぐことになる」

「それでも私の答えは変わりません」

「正妻として迎えると言っても断るか?」

「そもそも『妻に』と言われて正妻でないなら普通は怒ると思いますが…」

ライサンダーはきょとんとした表情でソフィアを見つめた。

「もしかして早朝に無礼な訪問をしたことで怒っているのか?」

「驚きはしましたが怒ってはおりません。ついでに言えば、差し出した花束がグランチェスター城の花瓶に活けられていたカトレアであることについても、呆れてはいますが怒ってはいません」

「どうしてわかった?」

「当商会が手配した花だからです」

正確にはポチが手配した花である。特に開会式の会場は気合を入れて準備したのだ。この季節にあれほどのカトレアを人の力だけで飾るには、どれほどの規模の温室が必要になるだろうか。

すると、耳元でセドリックの声が聞こえてきた。

「その男には賭博でこさえた借金があります。家族に秘密にしているため、裕福な妻を迎えてこっそり穴埋めしたいのかと」

『ははーん』

「私の妻になりたいと願う令嬢は多い。其方も無駄に駆け引きなどせず、素直にうなずいてはどうだ?」

「では、そのご令嬢方にぜひお声をかけてくださいませ」

「なっ! 平民の女商人風情が無礼な!」

「実に素晴らしい本音ですね。そのように私を侮る相手と婚姻などするつもりはございません。お引き取りを」

「なんだと!」

ライサンダーは手にしていたカトレアをソフィアに叩きつけようとしたが、ダニエルが即座に抜剣してセルシウス卿の首筋に剣を当てた。

「何をする!」

「それはこちらの台詞でございます。女性に花を叩きつけようとするなど、 騎(・) 士(・) のなさることとは思えません。そろそろセルシウス卿のマナー違反を大目に見るのにも飽きてきました。今すぐ通報して事を公にし、ご家族にあなたが博打で作った借金があることをお知らせいたします!」

花を振りかぶった姿勢で固まっているライサンダーは、ゴクリと唾を飲んだ。ダニエルは相変わらずライサンダーに剣を突き付けているため、姿勢を変えられないのだ。

「何故それを?」

「それはどうでも良いことです。あなたはどちらかを選べば良いだけです。あぁ、お答えが無いようであれば、どちらもやりますが構いませんよね?」

「ま、待て。どちらも困る。二度とこのような真似はせぬと約束するから助けてくれ。まずは、この剣を下ろしてくれ!」

ソフィアはダニエルに目配せして、剣を下げさせた。だが、ピリピリとした殺気が部屋を漂っており、 一(・) 応(・) 騎(・) 士(・) のライサンダーにも感じ取れているようだ。

「その…興奮して申し訳ない」

「どうして初めて見た平民の女商人風情に求婚などされたのですか?」

「それは、その、其方がとても美しく…その…」

「お金も持っていそうだと?」

ライサンダーはこくこく頷いた。

「其方が商会を差し出せば、爵位のある貴族の夫人となれるのだ。悪い取引ではあるまい?」

「まったく魅力を感じません」

「なぜだ?」

『これだから貴族至上主義って面倒なのよね』

「あなたが引き継がれる爵位がどのようなものかは存じませんが、夫人として収まったところで私の生まれが変わるわけではございません。おそらく社交界では私が平民出身であることを、ことあるごとに指摘する親切な方々が後を絶たないことでしょう。そのような立場に何の魅力があるのですか?」

「だが公的な身分は貴族であり、正式な場ではそのような者も其方に頭を垂れるだろう」

「よく知らない方に頭を下げられても嬉しくありません」

ライサンダーは聞き分けの無い子供を前にしたような表情を浮かべる。

「結婚して爵位を継げば所領も受け継ぐことになる。金も入ってくる故、貴族らしい贅沢もできるぞ?」

「セルシウス卿がどれほどの所領を受け継がれるのかは存じませんが、私は自分で商会を経営してお金を稼ぐことに喜びを感じております。貴族婦人になりたいわけではないのです。先程セルシウス卿が仰った通り、私は平民の女商人風情でございます。今後も身の丈に合った生活をしていきたいと存じます」

そうして見せたソフィアのカーテシーはとても優雅で、平民の商人とは思えない所作であった。

そもそも、ライサンダーがどれほどの所領を実家から受け取るかは知らないが、ソフィア商会の年商を上回るだけの収入が見込めるとは考えにくい。

「ご理解いただけましたらお引き取りを。セルシウス侯爵家とアールバラ公爵家の顔を立て、今回だけは通報しないでおきましょう。ですが二度目はありません。次はどうか営業時間内にお願いいたします」

ソフィアは28号を呼び、物理的にセルシウス卿を敷地の外へと送り出した。もうじき従業員の出勤時間でもあり、貴族としての体面を重んじるのであれば素直に帰るだろう。

「ねぇダニエル、しばらくはあんなクズな貴族たちが押し掛けてきそうじゃない?」

「そうでしょうなぁ。当分は、ソフィア様の美貌と金に引き寄せられる虫どもの対応で忙しそうです」

「苦労させてごめんなさいね」

「お気になさらず。ソフィア様のお役に立てることは私の喜びですので」

「ありがとう」

そしてこの日から、間を開けず多くの貴族男性がソフィアに求愛してきた。だが、その大半は愛妾としてのお誘いであったことを考えると、上級貴族の正妻として迎えたいというライサンダーは、それなりに誠実だったのかもしれない。まったく食指は動かないが。

なお、末息子が賭博で借金を背負ったことを知ったセルシウス侯爵は激怒し、息子を激しく叱責した後に謹慎を言い渡した。無論狩猟大会への参加は問答無用で辞退させた。同時にアールバラ公爵は、弟を博打に誘った貴族令息たちを特定し、彼らが騎士であることを知るや否や地方の騎士団へと転属させることを決めた。おそらく数年は王都に戻ってくることはできないだろう。

アヴァロンで賭博は違法ではない。簡単な金銭のやり取り程度であれば、貴族の嗜みのような扱いであり、貴族のサロンではカードゲームなどのテーブルが常に用意されている。だが、のめり込んで身を持ち崩す者も少なくないため、王室は賭博の問題に頭を抱えていた。

このような状況で、王室に極めて近いアールバラ公爵の縁者が賭博で借金をこさえた上、女商人に乱暴しようとしたという噂が広まることは望ましくない。この件を通報して公にすることなく、ライサンダーの素行を手紙で報せるだけに留めたソフィア商会の商会長を、アールバラ公爵夫妻とセルシウス侯爵は高く評価した。しかし、同時にソフィア商会の底知れなさについては、警戒を強めることになった。

「私がソフィア商会の商会長と会ってみることにいたしましょう。女同士の方がわかることも多いかもしれません。我が家の弱みを握られているのはあまり良い気分は致しませんから」

「よろしく頼む。愚かな弟のせいで、ヴィクトリアにも苦労をかけてすまない」

「若いうちには、そうした失敗もあるでしょう。これに懲りて繰り返さねば良いかと」

「そうなれば良いのだが、ライは母上が甘やかしたからなぁ…」

アールバラ公爵は深いため息をついた。