作品タイトル不明
騎士たちの暴走
「なんなんだあの王太子は!」
怒りが収まらないロバートは、私室に戻って着替えながら悪態をついた。乱暴にコートを脱いで床に放り投げ、ソファーにドッカリと座った。
ロバートの着替えを手伝うために控えていた使用人たちもロバートの気持ちを理解しており、脱ぎ捨てた服を拾い上げるとともに、リラックス効果のあるハーブティをそっとテーブルに置いた。
「ありがとう。ごめん。君たちに当たり散らしたりはしないから」
ロバートは使用人たちにぎこちない微笑みを向けた。
「お気持ちはお察しいたします」
「まったくです。サラお嬢様に対してあのような物言いをなさるなど…」
サラは使用人たちからも人気が高いので、ロバートと一緒になってゲルハルト王太子に対して憤っていた。
「だけどサラは冷静だったよな…。一歩間違えれば外交問題に発展するところだったのに」
「サラお嬢様は、グランチェスター領やアヴァロンの民を守ってくださったのでしょう」
「聡明な方でいらっしゃいますから」
そこで全員が先程の光景を思い出した。室内を一瞬だけ沈黙が支配し、次の瞬間には全員がケタケタと笑い始めた。
「それにしても傑作だったよな」
「サラお嬢様は、時折あのような行動を取られますよね」
「今回はご自身も恥ずかしかったようです。お耳が真っ赤でしたから」
本人が居ないことを良いことに、ロバートと使用人たちはお腹を抱えて笑っている。基本的にロバートは使用人たちともフレンドリーに接しているため、使用人たちもロバートの私室では無理に笑いを堪えたりはしない。
「そういえば、エドにも抱っこをせがんだよな。普段は抱えられるのイヤがる癖に」
「武器の使いどころをよくご存じなのでしょう」
「ですが、あれはご本人にもダメージが行ってそうですよね」
ひとしきり笑った後、ロバートと使用人たちは真顔に戻り、今後の対応を検討し始めた。
「おそらくサラの演奏技術はどこかで漏れるだろう。だったら、サラには初心者向けの曲を用意しておいてもらうとするかな。初心者でも頑張れば弾ける曲を上手に演奏するだけなら、ちょっとヴァイオリンやピアノが上手な女の子で済むだろう」
「あぁ、それは名案ですね」
そこに、緊急のメッセージを伝える従僕が入室してきた。
「ロバート卿、ソフィア商会の会長より、緊急でお目にかかりたいという伝言が入っております。可能であれば本店までお越しいただきたいとのことなのですが」
『ふむ。サラは商会に避難したか。おそらくレベッカも呼ばれているんだろうな』
「わかった。着替えが済み次第、ソフィア商会に向かうと伝えておいてくれ」
「承知いたしました」
ロバートは立ち上がって乗馬服に着替え、足早に厩舎へと向かった。厩舎にデュランダルの姿が無いことから、サラが先にジェフリー邸を経由してソフィア商会に向かったことは明白である。
「うーん。ダニエルには、サラの姿でも護衛してもらうよう依頼すべきかもな。下手に王太子の意をくんだ騎士がいると厄介だ」
ロバートはサラの身を案じるというより、サラに手を出そうとした騎士や王太子の頭頂部が心配になった。父親として娘のことを正しく理解していると言えるだろう。
だが、そうした不安はイヤなくらい的中することをロバートは実感した。
領都に向けて馬を進めると、ジェフリー邸に向かう道の分岐に近い辺りでサラを乗せたデュランダルが数名の騎士に囲まれて立ち往生しているのが見えた。おそらく、先程の昼食時に護衛していた騎士たちだろう。
「あの、通していただけないでしょうか?」
「サラお嬢様、どうかゲルハルト王太子殿下と共にロイセンまでお越しください。あの方を癒していただけませんでしょうか」
『しまった、ジェフの家は近いから油断した。 こんな時期(狩猟大会期間) にサラを一人にすべきじゃなかった』
「お前たちは娘に何をしているんだ!」
「お父様!」
サラがロバートを認識して声を上げた。
「私どもは、サラお嬢様にロイセンにお越しいただけないかとお願いしに参りました」
「その話は先程はっきりとお断りした。ゲルハルト王太子殿下も納得されていたはずだが?」
「ですが、ゲルハルト王太子殿下がサラお嬢様をお望みでいらっしゃることは事実でございます。私どもは臣下として、主の望みをサラお嬢様にお伝えしているのでございます」
「このことはゲルハルト王太子殿下も承知しているのか? もしや、保護者が少し目を離した隙を狙うよう指示されているのだろうか?」
ロバートはガタイの良い騎士たちにも怯むことなく抗議する。そこに、サラの到着が遅いことを訝しんだダニエルとジェフリーも到着した。
「お前たちはどこの騎士だ! グランチェスター城の敷地内でグランチェスター家の人間を取り囲むとは、どういう了見だ!」
怒号を上げながらジェフリーは抜剣し、そのまま馬で駆け寄ってきた。無論、ダニエルもジェフリーに続いて抜剣している。
「私どもはロイセンの近衛騎士団に所属する騎士でございます。ゲルハルト王太子殿下の意を汲み、サラお嬢様にお願いがあり参上いたしました」
「私はグランチェスター騎士団団長のジェフリー・グランチェスターだ。貴君らの所属が事実であるかどうかは、これから確かめるとしよう。だが、そのように身体の大きな騎士が数人がかりで幼い娘を取り囲むなど、脅しているようにしか見えぬ。サラお嬢様から、即刻離れろ!」
ジェフリーはロイセンの騎士たちを堂々と威圧して下がらせた。そこにすぐさまダニエルが駆け寄り、サラと騎士たちの間に立ち塞がった。
「サラお嬢様に近づくことは私が許さぬ」
するとダニエルの背後でサラがほろほろと涙を流し、弱々しい声を上げる。
「お父様ぁ怖かったよぉ。変なおじさんたちがロイセンに来いっていうの。私は連れて行かれちゃうの?」
『え、誰コレ? なんか変なもん喰った?』
ロバート、ジェフリー、ダニエルは同時にサラに目を向け、大変失礼なことを考えた。
だがサラを取り囲んでいた騎士たちは大いに焦った。彼らはロイセンでも上位貴族の令息で、ゲルハルト王太子の歓心を買うため、主に無断でサラに直談判しに来たのだ。たまたまサラが一人で馬に乗っているのを目撃したため、慌てて後を追いかけてきたのである。
サラを怯えて泣かせたことが明らかになれば、お咎めなしでは済まないだろう。仮に説得が功を奏してサラがロイセンに来たとしても、ゲルハルト王太子の寵愛を受けるサラから嫌われてしまえば意味がない。
なお、どうでも良いことではあるが、ロイセンの近衛騎士団では容姿も重要であるため、サラの「変なおじさん」呼ばわりにも地味に傷ついていた。
「とにかく、貴君らの身分を照会するまでの間は武装を解除してもらう。剣をこちらに寄こしてくれ」
「は?」
「縄をかけないだけでも感謝すべきだろう。貴君らはグランチェスター城の敷地でグランチェスター家の娘を脅して泣かせたのだ」
こうしてロイセンの騎士たちはジェフリーに連行され、グランチェスターの本城へと去っていった。
残された3人はひとまず大きく安堵のため息を吐いた。
「サラ、僕の腹筋の限界を確かめようとしてる? さっきのアレは何?」
「普通の8歳の女の子だったら、あんな風に囲まれたら泣くと思って」
「サラお嬢様が普段とあまりにも違うので、何かに取り憑かれたのかと焦りました」
「ダニエルまで酷いわ!」
ダニエルはハンカチを取り出して、サラの涙を拭った。
「それにしても、涙も自由自在に流せるんですね」
「あー、ちょっとだけズルして、水属性の魔法を使いました」
「ぶふっ…サラはウソ泣きまで魔法なのか」
堪えきれずにロバートが噴き出すと、釣られるようにダニエルまで笑い出した。そして三人はジェフリー邸に向けて馬首を巡らせ、歩きながら会話を続けた。
「普通の子供のふりって、自分の心と体力が削られるんですよ。早く狩猟大会終わって欲しい…」
「サラ、まだ始まってないからね?」
「もうぐったりですよ! ゲルハルト王太子が想定外過ぎた!」
「それは僕もだよ。凄い腹立つ」
思いだして悪態をついたロバートを見つめながら、サラは自分の位置から見たゲルハルト王太子のことを説明した。
「お母様口説くようなことを言ってましたけど、アレは本気じゃなさそうです。どちらかというと、お母様を口説くことで周りの反応を窺っていましたね。国王陛下から目をかけていただいているとはいえ、お母様は子爵令嬢なのです。彼が探している王太子妃の候補にはならないでしょう」
「でもレヴィは凄く綺麗だし、治癒魔法の使い手だよ?」
「美しいに越したことはありませんが、側室制度のあるロイセンなら無理に正妃にする必要性を感じません。治癒魔法を使えば聖女のように扱われるかもしれませんが、やはり正妃に据えるだけの理由にはならない気がします」
「では目的は何だろう? 僕たちが婚約していることは伝えたのに」
サラは少し思考を巡らせた。
「あの人の真意を汲み取ることは難しいですが、お母様やその周辺がどの程度ロイセンに拒否感を持っているかを確認したかったのかもしれません。10年前のこともありますが、先日の暴動にロイセンの騎士崩れが参加していましたしね」
「だったら、サラのことは?」
「ソレが一番想定外です。演奏家のことになると周りが見えなくなる呪いでもかかってるんですかね? アヴァロンの支援を期待してここまで正妃を探しに来たのに、グランチェスター家の心証を悪くしたり、アンドリュー王子を困らせたりと、今のところ褒める要素が全く見当たらないんですよ」
「うーん。どうなんだろう」
『アレさえなければ、グランチェスター家が拒否感を示すこともなかったはずなのに…』
「10年前の粛清は今でもロイセンの国力に大きく影響しています。だから婚姻によってアヴァロンとの縁を深めつつ、小麦の輸入や自国での穀物生産に関するアドバイスを求めに来ているはずなんです。小麦と言えばグランチェスターですから、関係は悪化させたくないはずなのに…」
するとダニエルが口を開いた。
「具体的に何があったのかは存じませんが、サラお嬢様をロイセンにという先程の騎士たちの言動を考えると、ゲルハルト王太子殿下がサラお嬢様に執着しているだけなのではないかと。サラお嬢様は魅力的ですから」
「え、なにそれ。うざっ、キモっ」
サラの発言に、同年代のダニエルはちょっぴり傷ついた。
「別にゲルハルト王太子殿下が幼児性愛者だと言っているわけではありません。ただ、サラお嬢様の容姿を見れば、将来どれほど美しくなるかは想像に難くないですから」
「ありがとうダニエル。でもあの人は私の容姿じゃなくて、私のヴァイオリンの演奏能力に惹かれてるみたいなのよね」
「だとしたらもっと単純かもしれません。純粋にサラお嬢様を演奏家として支援したかったんじゃないですかね。才能をもった平民にとって、貴族や王族がパトロンになってくれるのは物凄い幸運ですから」
ロバートは馬上でサラを振り返った。
「もっと早くにサラをちゃんと養女にしておけばよかったんだろうな。あのとき、サラは『今もなお身分は平民のまま』って言い切っただろ? だからゲルハルト王太子殿下は、純粋に好意で平民のサラを支援しようとしたのかもしれない。グランチェスターは侯爵家だからね。平民のサラは肩身の狭い思いをしてると勘違いされた可能性もあるね」
「単純にいつでも傍に置いて、好きな時に演奏させたいだけの人にしか見えませんでしたけど」
「それは事実だろうね。だけど、それは彼らにとっては恩恵を与えるってことなんじゃないかな」
「王族的な傲慢さってことですか?」
「うん、その表現は的確だね」
「やっぱり面倒臭い…」