軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黒い靴下と伝説の剣

「ところで今日は祖父様とお出かけの予定だったはずですが、体調は大丈夫でしょうか?」

今日はサラとブレイズのため、グランチェスター家の牧場まで馬を見に行く予定になっているのだが、昨日の宴会の酒が残っているのではないかと少々不安になっていた。

『朝まで飲んでたとしたら飲酒運転だよねぇ? 馬でも飲酒運転になるのかな?』

狩りを嗜む歴代のグランチェスター侯爵は、馬の繁殖にも大変熱心である。とりわけ現侯爵は大変な馬好きで、彼が侯爵になってから牧場の規模はどんどんと拡大している。侯爵は狩りだけでなく、馬術競技、競馬、さらにはポロのような競技も好んでおり、若い頃は自身も選手として活躍していたという。

グランチェスター家の牧場は侯爵の個人資産で、馬の売却益、種付け料等の収入はすべて侯爵個人の収入となる。近年は競馬でも良い成績を残す馬が増えており、その賞金も馬鹿にならない金額となっている。

実はロバートから領の債務超過の一報が届いた際、侯爵は個人資産でも十分賄える金額であることに気付き、それほど慌てることはなかった。むしろ、その程度で済んだのかと胸を撫で下ろしたくらいだ。

サラは侯爵が個人で牧場を持ち、大馬主であることは知っていたが、領の予算範囲外であったため、具体的にどの程度の収入があるかを把握してはいなかった。まさか去年生まれた馬を売却した代金だけで不足分を支払ってもお釣りがくるなど、知っていたら大騒ぎなどしなかっただろう。

もっとも、牧場経営もそれほど甘い商売というわけではない。高い代金を支払って購入した馬が病気や怪我で死んでしまったことや、戦時に馬を供出させられたこともある。飢饉が発生した年には、馬どころか人も飢えてしまい、泣く泣く馬を殺して食料にしたことさえあった。それでも歴代のグランチェスター侯爵たちは、諦めることなく馬の繁殖を続けるくらい馬好きなのだ。

「大丈夫だ。それほど量は飲んでおらん。もうじきジェフリーの倅どもも来るだろう」

「それは良かったです」

「サラさんは、お母様に基礎的な乗馬は習っていたようですから、スコットさんから頂いた子供用の鞍が合えば、少し牧場で馬に乗りましょうか」

「子供用の鞍であれば、牧場の方にもいくつか置いてあるはずだ」

侯爵の言う通り、スコットとブレイズはすぐにやってきた。今日はスコットの馬にブレイズが同乗して2人だけで来たらしい。トマスは馬車を馭することはできるが馬には乗れないらしく、今日はお休みである。

『多分乙女の塔に行くんだろうな』

なお、このサラの予想は的中する。この日、トマスは自分の食事は自分で用意するだけでなく、乙女たちや使用人にも軽食やお茶菓子を差し入れるという気遣いを示したことで、好意的に図書館内部に案内されることになる。図書館に着いたトマスは、座学で使用できる教室をチェックし、その後は黙々と本を読み、時折書き物をしていたという。周りが騒ぎさえしなければ、トマスは人畜無害なイケメンであるらしい。

閑話休題。

城と狩猟場の中間地点くらいの位置にあるグランチェスター家の牧場には、沢山の馬が放牧されていた。前世のサラブレッドのような馬は競馬用であることが多く、日常的な移動に使う馬としては向いていない。

侯爵やレベッカの馬はヘスティアという種類の馬で、グランチェスター家が品種改良で生み出した軽種馬だ。スピードやスタミナといった身体的なことはもちろん、非常に賢い種類の馬で、軍馬としても優秀らしい。サラの目には、ヘスティア種の馬は前世のトラケナーに似ているように映る。特徴もトラケナーに似ているのであれば、確かに軍馬としては優秀であろう。

しかし、この国には他にもアヴァルという種類の馬がおり、近衛騎士団の馬は伝統的にアヴァル種が採用されるのだという。アヴァル種には白馬が多いことも近衛向きと言えるだろう。近衛以外の騎士団には、第一騎士団、第二騎士団、魔導騎士団があり、そちらではヘスティア種もなかなか人気である。

「サラ、初心者なのであれば小さい馬種を選んでも構わんが、お前ならヘスティアにも乗れるのではないか? ブレイズはどうする?」

「「ヘスティアで!」」

馬に乗ったまま侯爵が問いかけると、二人は間髪容れずに返事をする。なにせ目の前に優美なヘスティアの母馬に、可愛らしい仔馬がすり寄っているのだ。

「すごく可愛い!」

「親子で仲がいいね」

馬に夢中な二人にスコットが語りかけた。

「だけど、そろそろこいつらは母馬から引き離されるんだよ」

「え、どうして?」

「本格的な収穫が始まる前の初秋は、馬の乳離れの時期なんだ」

「え、まだ小さいのに…」

「まぁそう見えるよな。でも、母馬と引き離して少しずつ訓練を始める時期なんだ。そうやって賢くて優秀な馬に育っていくんだよ」

「じゃぁお母さんと一緒にいられるのも今のうちなんだね」

「そうだな」

そんな会話をしている子供たちを見ていた大人たちは、この三人には全員母親がいないことを知っているため胸が痛んだ。レベッカはもうじきサラの養母になる予定ではあるが、アデリアのようにはなれないことはわかっていた。そして侯爵は、この子供たちが自分を守れるようになるまでは、侯爵で居続けようと決意した。

「初めての馬は落ち着いた馬を選ぶことも多いが、長く一緒に居られるよう、若い馬を選んでも良いぞ。まずは相性の良さそうな馬を探すとしよう」

侯爵は軍馬としての訓練を終えた馬たちがいる囲いへと馬首を向けると、牧場の責任者が馬で駆けてきた。

「侯爵閣下、予定よりも早いお着きですね」

「うむ、朝食を食べたらすぐに出てきたのでな」

サラがぴょこっと頭をさげて、牧場の責任者に話しかけた。

「私が早く馬に会いたくて、祖父様を急かしてしまいましたの。そちらの予定を乱してしまったようでしたら、申し訳ございません」

「いえ、そんなことはございません」

「ロニー、これは孫のサラだ。アーサーの遺した娘だ」

「馬上から失礼いたします。サラ・グランチェスターと申します」

「ご丁寧な挨拶痛み入ります。私はこの牧場の責任者でロニーと申します」

「今日は再従兄弟のスコットとブレイズも一緒です。私とブレイズの馬を選びに来ました」

するとスコットは、ブレイズがロニーに挨拶できるよう馬を侯爵の隣まで進めた。

「初めまして、ブレイズ・グランチェスターです」

「こやつはジェフリーの養子だ。新しいグランチェスターの魔法使いでもある」

ロニーは嬉しそうにブレイズを見つめる。

「おお、グランチェスターに新しい魔法使いが現れたのですね。実に素晴らしい」

「ありがとうございます。まだまだ未熟でこれから訓練ですが、グランチェスターのお役に立てるよう頑張ります」

ブレイズはぺこりと頭を下げて挨拶したが、内心は『魔法ならサラの方が凄いのにな』と思った。しかし、サラと約束しているので、サラの魔法について他言はしない。

「先程祖父様にもお話したのですが、私とブレイズは二人ともヘスティアに乗りたいと考えています」

「おお、さすがグランチェスター家の方々ですね。ではさっそくヘスティアたちの囲いに行きましょう。お気に召す馬に出会えると良いですね」

ロニーの後についていくと、先程よりも大きな囲いがあり、沢山のヘスティアたちがいた。

「ブレイズは馬に乗ったことないって言ってたよね?」

「うん…世話はしてたんだけどね」

「そっかぁ。私は馬の世話したことないけど、自分の馬には自分でブラシをかけたりしたいなぁ」

「それは良い心掛けでいらっしゃいますね。貴族のお嬢様方は馬の世話は馬丁に任せてしまわれることが多いですが、世話をしてやれば馬との絆は深まりますので」

「そうなんですね!」

囲いに併設されている厩舎に着くとロニーが馬から降りたため、サラたちも降りた。そしてロニーが指笛を鳴らすと、囲いにいた馬たちが一斉にロニーの方に寄ってくる。パッと見た感じ50頭程だろうか。

「いっぱいいますね! みな訓練は終わっているのですか」

「はい。ここに2歳から4歳くらいまでの若い馬ばかりを放牧しているのですが、既に軍馬としての訓練は終えています。この子らの上で魔法を使っても、動揺することはありません」

「それは火属性魔法の大きな炎でもですか?」

「もちろんです。そうでなければ軍馬には使えません。中には軍馬としての適性が無い馬もいますが、そうした馬は穏やかで優しい性格であることも多いため、貴族家の乗馬として使われることも多いのです。ですがグランチェスター家の乗馬であれば、狩りに出ることを考えて軍馬の訓練が終わっている馬から選ぶ方がよろしいかと」

サラとブレイズはゆっくりと馬を見て回った。すると、一頭だけ妖精が周りに飛び交っている鹿毛の馬が目に入った。鬣や尻尾に妖精がじゃれ付いているのだ。その馬も妖精が見えているらしく、尻尾を動かしながら妖精と戯れているように見える。

サラは妖精に囲まれている馬に歩み寄る。馬の方もサラの周囲に沢山の妖精がいることに気付いているようだ。

「この子はとても綺麗ね」

するとロニーが馬について説明し始めた。

「こいつは2歳の牡馬ですね。スピードもスタミナもあって賢いのですが、少々気性が荒いのです。お嬢様の乗馬としてはどうでしょう…」

『お前、オレに乗りたいのか?』

サラはびっくりした。馬の嘶きが脳内で言語として変換されたのである。サラは頭を下げた馬の耳元に口を近づけて小声で語りかけた。

「あなた、私の言葉はわかるかしら?」

『わかるさ。これだけ人間と一緒に居ればイヤでも覚える。だが、オレたちの言葉を理解する人間には初めて会ったけどな。こいつらがお前ならオレの言ってることがわかるっていうから』

だが、他の馬の嘶きは変換されないので、どうやらわかるのはこの馬の言っていることだけらしい。

「どうやらわかるのはあなたの言葉だけみたい」

『じゃぁ、こいつらが世話を焼いてるんだな』

馬が妖精たちを見つめると、『そうだよー』『せいかーい』などの呟きが聞こえてくる。

「あなたを私の乗馬にしたいのだけど、イヤかしら?」

『イヤってことはないが、お前小さ過ぎねーか?』

「これから大きくなるから大丈夫よ。それより意思の疎通ができる人間に興味はない?」

『よくわかんねーけど、オレの言ってることがわかんなら、腹が痛いときにはすぐ気づいてくれるってことだろ? 悪くねーな』

「ところであなた名前は?」

『それはお前が付けるんじゃねーかな。一応呼び名っぽいものはあるんだけど、気に入らねーんだよ』

「なんて呼ばれてるの?」

『黒靴下』

「ぶっ」

確かに彼の4本の足はすべて黒いソックスを履いたような毛色である。

『かーちゃんもおんなじ足でさー、変なとこ似ちゃったんだよな』

「そんなに変じゃないわよ。顔立ちもなかなかイケてるし。私はあなたのこと綺麗だと思うわ」

『お、そうか? じゃぁなんか良い名前つけてくれよ』

大きな声をだして他の馬を驚かせないよう、サラは侯爵とロニーの方に近づいて声を掛けた。その後を黒靴下も付いてくる。

「私、この子にします」

「まるで本当にお話をしているようでしたね」

「この子はわたしの言ってることがわかるみたいです。賢くて綺麗な子でしょ?」

「ではサラ、その馬に名前を付けてやれ」

「うーん。デュランダルにします」

馬の額に剣のような形のマーキングがあったため、サラは咄嗟に思いだした剣の名前をつけることにした。

「ふむデュランダルか。悪くない響きだな」

『ひょー、なんかカッコいい名前ついたな』

「デュランダル、名前は気に入ったかしら?」

『おう、気に入ったぜ! これからよろしくな』

デュランダルがサラに頬ずりをしたため、サラも彼の頭を抱えるように撫でた。

「本当に意味が分かっているようだ。賢い馬だ」

「はい。とっても。私、この子が大好きになりました」