軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

乙女たちの贈り物

「そういえばレベッカ様はどうかされたのですか? ご一緒ではないのですね」

アリシアが不思議そうに首を傾げて尋ねた。

「レベッカ先生は。さっきロブ伯父様からのプロポーズを受け入れたの」

「そうなんですか! それはとてもおめでたいです」

「乙女たちの中で一番乗りですね。これでレベッカ様がずっとグランチェスターの方になるのも素敵です!」

アリシアとアメリアは手を取り合って喜んでいる。

「おそらく今後はレベッカ先生も忙しくなるだろうし、座学をアリシアさんとアメリアさんに手伝ってもらえるのは多分助かるんじゃないかな」

「確かに結婚準備は大変ですよねぇ」

「大変、お祝い考えないと。貴族のご令嬢に差し上げるお祝いって何なら大丈夫なんでしょう!?」

「それは確かに大変だわ」

『そっか。私からもお祝い考えないと』

ふとサラは手元にあるエルマブランデーを見た。

『これは初めて蒸留に成功したエルマブランデーだし、お祝いにするのもいいかも』

しかし、サラはエルマブランデーの入った瓶の飾り気のなさにガッカリした。あり合わせなので仕方がないとはいえ、お祝いにするにはシンプル過ぎる瓶であった。

『ラッピングしたとしても、華が無さすぎる…』

その時、サラは前世でサンドブラストでエッチングした瓶を思いだした。

『土属性と風属性の魔法でやれそうだけど、問題は私にまったく絵心が無いことかも…』

さすがにお祝い用のボトルにシュールレアリスムな絵を入れるのは気が進まない。

『そうかマスキングシートを他の人に描いてもらえばいいんだ!』

絵と言えばアメリアだなと思ったサラは、顔を上げてアメリアにお願いすることにした。

「ねぇアメリアさん。ちょっと絵を描いて欲しいのだけど」

「絵ですか?」

「うん小さなスケッチでいいんだけど、エルマとグランチェスターの紋章を意匠化したような絵ってササっと描けないかしら? この瓶のこの辺くらいに描くイメージで」

「えっと紙に書いてラベルにするってことでしょうか?」

「それに近い感じかも。このブランデーを婚約のお祝いにしたくて。あ、でも厚めの羊皮紙に描いてもらえる?」

「あぁ、なるほど。ちょっと待ってくださいね」

アメリアはエルマの実のシルエットを大きめに描き、その中にグランチェスター家の紋章とオルソン家の紋章を描き入れ、その下にロバートとレベッカのフルネームを書く。そして、さらに小さな文字で「これからの幸せな人生に乾杯!」というメッセージまで書いている。

「アメリアさん、物凄く手慣れていません? よくオルソン家の紋章までご存じですね」

「実は内職で代筆屋と刺繍の下絵描きをやってたんです。主要な貴族家の紋章なら見本なしでも描けちゃうくらい何度もやりました」

「それは専門家に強引なお願いをしてしまったようですね。きちんと報酬をお支払いしないと」

「ふふっ。じゃぁこれは私からの婚約祝いということにしてください。もちろん結婚のお祝いは別に考えますけど」

アメリアは嬉しそうに微笑んだ。

「このラベルは羊皮紙ですが瓶に貼れるのですか?」

「ちょっと細工するから任せて!」

サラは羊皮紙に描かれた線を、光属性の魔法でなぞっていく。イメージはレーザーカッターである。

「サラさん、恐ろしく精度の高い魔法制御ですね。これができるなら魔法制御を学ぶ必要はないかもしれません。それにしても、光属性の魔法でこのようなことができるとは驚きです」

羊皮紙のマスキングシートが完成すると、サラはエルマブランデーが入っている瓶とは別の空き瓶を用意した。ウッカリ失敗して中身が入った瓶に穴をあけると大惨事なので、空き瓶で試してみて、成功したら移し替える予定である。

次に瓶にマスキングシートを乗せ、水属性の魔法でぴったりと隙間ができないように貼りつけた。エッチングしない部分に砂で傷をつけないよう、土属性の魔法で覆っていく。

『よし、ここまでで下準備完了』

そしてサラはマスキングした瓶を風属性の魔法で作った空間に閉じ込め、マスキングシートが貼ってある部分に土属性の魔法で勢いよく砂を吹き付けていく。

作業が終わると、サラはすべての砂を消して空瓶を取り出し、瓶を覆っていた土とマスキングシートを取り除いた。

「うん。成功したみたい」

瓶を見ると先程アメリアが描いた意匠とメッセージが、綺麗にエッチングされていた。

「す、凄いです。サラお嬢様、どうやったら絵を瓶に描けるのですか?」

アメリアが興味津々で質問すると、他の面子も皆揃って好奇心でいっぱいの目を向けた。

「えっとね、まず羊皮紙に描いてもらった絵やメッセージの線を、光属性の魔法で切り抜いたの。そして瓶に貼りつけて勢いよく砂を吹き付けると、羊皮紙に覆われていない部分が砂で削られるのよ」

「それは、絵の線の通りに瓶に彫刻したということでしょうか?」

「そうなりますね」

トマスも興味深げに瓶のエッチング部分を撫でまわす。

「サラさんのアイデアには脱帽しますね。これは本当に素晴らしい技術です。しかも、その羊皮紙さえあれば、同じ意匠を他の瓶にもできるわけですね?」

「はい」

サラは再び別の瓶に同じ意匠をエッチングしていく。

「この通りです」

「なんとも画期的な技術ではありますが、複数属性を使いこなし、精密な魔法制御が可能なサラさんにしかできないテクニックですね」

「いえ、私はそうは思いません」

「というと?」

「確かに私は楽をするため今回は魔法を使っていますが、魔法を使わなければできないというわけでもないのです。マスキングシートはナイフでカットすればいいですし、他の部分も別の何かで覆えば良いのです。砂の吹き付けが難しいなら、瓶を寝かせて高い位置から垂直に勢いよく砂を落とせばできそうじゃないですか?」

「なるほど。これからガラス工房で新たな挑戦をする職人が増えそうですね」

サラは瓶を水属性の魔法で綺麗に水洗いしてマリアに渡すと、マリアはエルマブランデーを二つの瓶に移し替えて栓をした。

するとアリシアは片方の実験室に行って、中から大きさの違う小さな木箱を2つと魔石を持ってきた。

「では、サラお嬢様、瓶はこちらの箱に入れてください。これは私からお二人への婚約の贈り物です」

「これは?」

「パラケルススの資料の中にあった、音の出る木箱です。先日たまたま作ったのですが、大きさがちょうど良さそうです」

多少の詰め物は必要になりそうだが、確かに瓶を2本並べて入れるのに丁度良いサイズの木箱である。

「音が出るのですか?」

「正確には、この魔石を木箱のこの部分にセットしておくのです。木箱の蓋が開くと、自然に音が鳴りだします。といっても、まだこの魔石に音を入れていないのですが…」

「事前に魔石に音を入れておいて、箱を開けると魔石に入れておいた音が鳴る仕組みということでしょうか?」

「はい。その通りです。パラケルススは資料を入れる箱と、資料の中身を説明する人の声を記録するために作ったようですが、先代のグランチェスター侯爵はヴァイオリンの演奏を入れて楽しんだそうです」

「なるほど。それはなかなか面白そうです。折角なので、この魔石には私が音を入れますね」

「あ、魔石に音を入れるには、この機械を使う必要があります」

アリシアはもう片方の木箱をサラに差し出した。先程の木箱よりもかなり小さい。

「ここに魔石をセットして、音を入れる際にはこちらのボタンを押してください。もう一度押すと記録を終了します。もう片方のボタンは記録されている音を消すことができます」

「理解したわ。アリシアさん、アメリアさん、私の伯父とガヴァネスのためにありがとう」

「いいえ、烏滸がましくもレベッカ様は乙女の仲間だと思っておりますので、私たちも精一杯お祝いしたいのです」

「はい。アリシアさんの言う通りです」

3人の乙女たちのやり取りを、おなじく3人の男たちは眩しいものを見るような目で見つめていた。…というより会話に入っていくことが出来なかったというべきだろう。

そして夕暮れも近くなったため、サラたちはグランチェスター城の本邸へと戻った。

サラはさっそく音楽室に向かい、ピアノの演奏を魔石に記録することにした。サラがピアノを弾くと聞いて、音楽室を担当するメイドのジュリエットは、テンションMAXでいそいそと準備を始める。

しかも、何故か3人の男たちも、ゾロゾロと音楽室についてきている。

「あの、べつに皆さんはここまでついてこなくても良いのでは? そろそろ夕食ですし、客間で身支度をされた方が…」

「だって、さっきの魔石に音を記録するんだろ? オレすげー興味ある」

他の二人もうんうん頷いている。サラは小さなため息を零したが、別に聞かれて困るモノでもないので放っておくことにした。

『トマス先生が…家庭教師っていうより3兄弟の長男に見えてきたよ』

記録する曲は、リストの『愛の夢』から『おお、愛しうる限り愛せ』を選んだ。婚約祝いには丁度良さげである。

「記録が終わるまで話したり音を立てたりしないでくださいね」

サラは周囲に注意を伝えてから演奏に入る。それほど好きな曲だったわけでもないのだが、結婚式のBGMにも良く使われていたので覚えていた。

ふと、サラは更紗時代に人の結婚式にはやたらと呼ばれたが、結局自分は結婚しなかったことを思いだし、ご祝儀をまるっと損した気分になった。

『くぅぅ、前世は後輩の子たちの結婚式にもでたんだよなぁ。後輩だとご祝儀も高めに出さないといけないから6月は憂鬱だったなぁ。今度こそ私もしてやるぅぅ』

よくわからない執念を込めた演奏だったが、そこそこ出来が良かったのでやり直しをすることなく記録を終えた。

相変わらずジュリエットはサラの演奏を聴いて涙を流し、トマス、スコット、ブレイズはポカーンとした顔をしていた。

「サラお嬢様、相変わらず素晴らしいです」

「サラさんの才能には欠けているところが無いのですか?」

実は無いこともない。少なくとも絵心はとても残念で、敵と見做した相手には全く容赦がない。淑女らしからぬ言動も多い。

なお、マリアもサラの演奏は素晴らしいと思ってはいるが、ジュリエットほど感受性が強いわけではない。仕事の手際もとても良いため、粛々と記録用の箱から魔石を取り出してもう片方の木箱にセットし、羽根を詰めた薄いクッションと天鵞絨で詰め物をしてからエルマブランデーのボトルをセットして蓋を閉じた。

「あの…記録も終わったので、そろそろ夕食のための身支度で退室します。さすがに付いてこないでくださいね?」

そしてサラは自室へと引き上げ、3人の男子は素直に返事をして客間へと向かった。