軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

身体は子供中身は…?

夕食後、サラはロバートに誘われて久しぶりに執務棟にある遊戯室に来ていた。レベッカも誘ったのだが、明日はスコットとブレイズが座学のためにグランチェスター城に来ることになっているため、準備があると断られた。

遊戯室にはジェームズとベンジャミンが酒を酌み交わしていた。

「お、珍しく先客がいたか」

ロバートが声を掛けると、少し顔を赤らめた文官二人がぺこりと会釈を返した。

「実はようやく過去分の帳簿も終わる目途が立ちまして、なんだか嬉しくなってベンと飲んでたんですよ」

「なんとか狩猟大会前には終わりそうです。これも全部サラお嬢様のお陰ですね」

二人は嬉しそうにサラに声を掛け、自分たちが座っている場所へと招いた。

「私がお手伝いできたのは前半だけですよ? あとは皆さんの頑張りじゃないですか」

「いやいや、あの新しい帳簿は衝撃でしたからね」

「次々と文官が倒れて、もう駄目だって思ったとき、サラお嬢様が連れてきてくれた執事とメイドがすごく有難かったですね。今でも執務室のメイドたちにはお世話になりっぱなしですがね」

「そうだな。執務は文官にしかできないって思い込んでたよ。今思えば視野が狭かったと思い知らされてますよ」

ふと、サラは二人に初めて会った時のことを思い出して笑い出した。

「そういえば、初めてジェームズさんにお会いした時、『サラ様では書類を読むことすら覚束ないのでは?』って言われたわよね」

「恥ずかしいので思い出さないでください。あの時の自分を殴りつけたい気分ですよ」

「サラが特別なだけだ。ジェームズの反応は不思議じゃなかったさ。それに僕も驚いたしね」

「ロバート卿はサラお嬢様のことをご存じだったのでは?」

「僕だって君たちより数日早く会っただけだよ? 読み書きと計算ができるから、君たちのお手伝いに入ってもらおうと思ったんだよ」

「あー、それはロバート卿でもビックリですね」

そんなやり取りを見守っていたベンジャミンは、サラをニコニコと見つめて言った。

「サラお嬢様には助けてもらってばかりですよ。そういえば先日も狩猟場でありがとうございました」

「あぁ、いえどういたしまして」

「やっぱりサラお嬢様だったのですね」

「あ!!」

『しまった!狩猟場で私はソフィアだったじゃん!』

どうやら、サラはベンジャミンのリード・テクニックに乗せられてしまったようだ。

「完全に油断してました」

「私はアカデミー時代から得意だったんですよ」

「私も修業が足りてないですね」

「僕はサラの子供らしい部分が見られてうれしいけどね」

内心ベンジャミンは『いや、すぐに気付くのは子供じゃないよな』と思ったが、ロバートに反論するほどのことでもないので黙っていた。

ジェームズは会話の意味は分からなかったが、ベンジャミンが会話のミスリードを誘って相手を揶揄うのはいつものことなので、今回もそんなものだろうと聞き流していた。

「子供っていえば、ベンさんが助けた少年と会いましたよ。ブレイズって名前になりました」

「あいつかぁ。元気にしてましたか?」

「はい。元気でした! 私たちお友達になったんです。今日は剣術を一緒に習って、その後は一緒に遊んでました」

しかし、ロバートと文官二人は、サラの『一緒に遊ぶ』という言葉を額面通りには受け取らなかった。

「どんなことをして遊んだんだい?」

「池で石を投げて水切りの回数を競いました。ブレイズがすっごくうまくて、スコットは下手っぴぃでしたよ」

「えーっと、もしかして魔法で石投げたりした?」

「普通に手で投げましたけど、魔法で遊ぶ方が楽しいんですか?」

「「「え?」」」

「サラ、普通に遊んだのかい?」

「そう言いましたよね?」

全員が口をポカーンと開けた。皆キレイに忘れているが、サラは8歳の子供なのだ。

「他にはどんな遊びをしたんだい?」

「靴飛ばしですね!」

「は?」

「ブーツの紐を緩めて、蹴り飛ばして遠くまで飛んだ方が勝ちになるんです」

「う、うん…」

「でもスコットが、女の子が足を見せちゃだめだってすっごい怒るんで止めました」

「うん。それはスコットが正しいね。駄目だよ、サラは女の子なんだから」

「え、でも昔、伯父様と父さんとレベッカ先生は一緒にやってたって、ジェフリー卿言ってましたよ?」

「うっ」

「二人ともレベッカ先生に負けた上に、伯父様は自分のブーツを自分の顔に当てるっていう器用な真似をして、鼻血を出したと伺いましたが」

「ジェフのヤツ、余計なことを…」

子供時代の黒歴史を暴露されて決まりが悪い上に、なんとなくサラをジェフリーに取られたような気がしてロバートは不機嫌になった。

「はははははは。サラお嬢様にも、ちゃんと年相応な部分もあるんですね」

「変ですか?」

「いや、なんか嬉しいです。子供の頃にしかできないことっていっぱいありますからね」

ジェームズは嬉しそうにサラに微笑みかけた。

「ジェームズさんも子供の頃はいっぱい遊びましたか?」

「残念ながら、あんまり遊んだ記憶ないんですよね。今思えば、もったいなかったかなぁって思いますね。あの頃の私は勉強ばっかりしてました。平民がアカデミーに通って文官を目指すのは大変でしたから」

「ベンさんもそうですか?」

「私は祖父が先代のウォルト男爵でしたから、木こりや猟師の子供たちと一緒に狩猟場の近くで遊んでましたね。将来は父と同じように狩猟場管理の仕事をする予定だったんで、そんなに勉強熱心じゃなかったですし」

「じゃぁどうして文官に?」

「アカデミー行ったら勉強が楽しくなっちゃったんです。特に犯罪捜査の授業が面白くて、王都で騎士団に入りたいなぁと思ったんですが、腕っぷしが全然ダメでしたね」

「アカデミーってそんな授業もあるんだぁ。いいなぁ」

3人の大人たちは、サラの寂しそうな様子を見て我に返った。この年で自分たちよりも優秀なサラは、女性であるというだけでアカデミーに通うことができないのだ。

「サラはレヴィと同じことを言うんだね」

ロバートが呟く。

「そういう気持ちになる女性はきっと多いでしょうね」

「サラお嬢様が優秀なのはもちろんですが、オルソン令嬢も、執務室のメイドたちも下手な文官より高い能力を持っています。もし彼女たちがアカデミーに通っていたら、もっと凄かったかもしれないです。きっと私では太刀打ちできないくらいに」

若干酔っているジェームズが内心を吐露した。

「私はそういう無意味な『たられば』は好きじゃないですね。たとえば執務室のメイドが優秀と言うお話ですが、特にどの辺りをベンさんは評価されていますか?」

「そうですね。スケジュール管理、書類整理、そして美しい文字の清書でしょうか」

「それは侍女教育を受けているメイドが多いからかもしれません。侍女は女主人のスケジュールを管理し、お茶会などのイベント開催をサポートし、手紙や招待状などの代筆もこなさなければなりません。上級の侍女になれば、女主人に割り当てられている予算についても家令と調整しながら管理するんです」

「侍女ってそんなに仕事が多いのですか?」

「貴族女性は、お金について意見を述べると品が無いと言われるんですよ。だから実務の多くは侍女が担当することになります」

『要するに秘書なんだよね。侍女って』

「アカデミーの座学とどちらが優秀なのかはわかりませんが、おそらくグランチェスターの侍女教育はレベル高いと思いますよ? それに整理整頓、適切なタイミングでの休憩、お茶やお茶菓子が提供されるのってイイでしょ?」

「確かにそうですね」

更紗時代、女性にお茶汲みをさせることは女性蔑視だと騒がれることも多かった。更紗が務めていた企業でも、部下にお茶汲みを依頼することを忌避する風潮があったように思う。そのため、いつでも自由に飲めるベンダーマシンが設置され、各自がお茶やコーヒーを好きなタイミングで飲めるようになっていた。

だが、それでも更紗の部下の一人は、時折更紗にコーヒーやお茶を持ってくることがあった。更紗が資料作成などに行きづまっていたり、睡眠時間が足りなくてボーっとしていたりすると、丁度良いタイミングで差し入れてくれたのだ。

更紗は彼女の仕事を高く評価していたし、お茶を差し入れてくれるのは『親切な人なんだろう』くらいに思っていた。また、彼女に対して『ゴマスリご苦労様』などと心無い言葉を投げかける人もいたが、更紗が抗議しようとするのを彼女はやんわりと止めていた。

彼女が数年後に退職する際、更紗は彼女に「どうしてお茶を淹れてくれたのか」と尋ねた。すると彼女は『宇野さんの仕事の効率が落ちると、私の仕事が滞るからです』と何でもないことのように教えてくれた。

つまり彼女にとってお茶を淹れるという行為は、スムーズに仕事を終わらせるために必要な業務でしかなかったのだ。これを聞いて更紗は、彼女がとても優秀な部下だったことに気付いた。業務全体の流れや進捗状況を把握し、関わっている人のコンディションまで考慮して業務が滞る前に何らかの対策を講じていたのだ。

試しに更紗は彼女の真似をして、何度か同僚にお茶を差し入れてみた。しかし、適切なタイミングを読むことが難しく、受け取った相手も困惑したような表情をしていた。つまり彼女のお茶の差し入れは、とても高いスキルだったということだ。

「そういうのも全部ひっくるめて彼女たちの能力なのです。塔で働く乙女たちもアカデミーには憧れたでしょうが、それでも彼女たちなりの経験を積んで今があるんでしょうね」

文官たちは雷に打たれたような顔をしていた。それまで彼らは『優秀なのに機会を与えられない女性は気の毒だ』といった同情心を持っており、ある意味では自分たちの優位性を信じ切っていた。

しかし実際にはどうだろう。アカデミーを卒業してすぐの頃はまともに実務もできず、先輩に怒られながら経験で文官の仕事を身に付けて行ったではないか。ところが執務室のメイドたちは、冷静に状況判断をしながら戸惑うことなく、できるところからテキパキと仕事を片付けていった。しかも、文官たちの面倒を見ながら。

彼女たちが、文官の仕事をこなせるようになったら、自分たちよりもよほど優秀なのではないかと思わずにはいられない。

「ふふっ。ジェームズさんとベンさんの顔をみたら、何を考えているのかなんとなくわかりますが、彼女たちはあなた方の本分を侵したりはしません。文官は彼女たちを効率よく使って仕事をこなす頭でなければならないことを忘れないでください」

改めてロバート、ジェームズ、ベンジャミンは思った。

『やっぱり子供じゃない!』