軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

グランチェスターに留まる

客間にサラを寝かせて後をマリアに託すと、残りの4人はテラスでお茶を飲むことになった。

「父上、アレはなんなのですか?」

ずっと堪えていたスコットが、とうとう我慢できずに身を乗り出して父親に尋ねた。

「お前の再従兄妹のサラだ」

「それはわかっています。ですが初心者と仰いましたよね?」

「そうだ。体力もなく身体強化も今日初めて発現した」

「!!」

「サラに体力が無いことはわかっていただろう? 普段お前が立ち合っている騎士たちとは違うのだ。熱くなり過ぎだ」

「はい…」

「まぁアレはオレでも熱くなりそうだけどな。粗削りだが見たこともない見事な剣術、サラの身体が追い付けば、どれだけ華麗に舞うのだろうな」

しょんぼりと俯く息子の頭をジェフリーが撫でた。

「ねぇジェフ。私がこのまま教えてしまうと、サラさんの個性を殺してしまいそうで怖いわ。上手に伸ばしてあげられないものかしら」

「基礎の基礎は教えられるだろうが、サラは自分で育つしかないだろう」

「あとはサラさんがどれだけ時間を確保できるかだわね。学ぶべきことが多すぎて」

「まだ8歳だろ? 慌てることはないだろう」

「本来ならそうなんだけど、エドとリズがサラさんを放っておくとは思えなくて…」

「レヴィは過保護だな。あいつらにサラが負けるとはおもえんがな」

「私もサラさんが負けるとは思っていないわ。私が恐れているのは、サラさんがグランチェスターを見捨ててしまうことよ」

ジェフリーがハッとした顔を浮かべた。

「その可能性があるのか?」

「今のところはないわね。だけどエドとリズが自分たちに都合よく利用しようとしたり、逆に排除しようとしたら、どうなるか分からない。それに、彼らが次のグランチェスター侯爵夫妻である以上、ここにいればいつかはサラさんは彼らに従わざるを得ない。要するに今のままでは、遅かれ早かれサラさんはグランチェスターを離れることになるでしょうね」

するとスコットが慌てたように顔を上げた。

「待ってください。それでは、サラはいつかグランチェスターからいなくなるってことじゃないですか!」

「そうなるかもしれないってだけよ。サラさんはアーサーの娘ではあるけど、侯爵閣下もロブも彼女を養女にはしていないもの」

「でしたら、すぐにでも養女にすべきではありませんか? なんなら僕の将来の嫁として、ここで暮らしてもいいはずです」

「あら『妹』とは言わないのね」

「あ、いやそれは…」

レベッカが揶揄うと、スコットが顔を赤らめた。ジェフリーはそんな息子の様子をニヤニヤして見ている。

「オレは何度も誘ったよ。娘でも嫁でもどっちでもいいからウチに来ないかって。もちろんロブも彼女を娘にしたがっている。今のところどちらもフラれてるけどな」

「ですが、グランチェスターを出て彼女がどうやって生きて行くのです。サラはまだ8歳の少女なんですよ?」

レベッカはマナーに反してわざとティーカップでカチャリと音を立て、スコットを真っ直ぐな視線で貫いた。

「それは実際にサラさんと剣を交えたあなたが一番わかっているのではなくて? 彼女は見た目通りの子供ではない。私は彼女ほど力を持った存在を今まで見たことがない」

「それは、ソフィア様よりもですか?」

ブレイズがおずおずと口を挟んだ。

「そうね…自由に動けるという意味では、今はソフィアさんの方が強いかもしれない。だけどサラさんがグランチェスター家やアヴァロン王国に縛られない存在になったら、おそらく誰一人彼女には勝てないでしょう」

「そうだな。レヴィの言う通りだ。彼女はオレが知る限り誰よりも強い」

ジェフリーは、サラが自分の肉体年齢を自由に操作し、山火事を鎮火し、負傷者を癒し、100余名の傭兵団を一瞬で昏倒させたことを知っている。そしてレベッカはジェフリー以上に、サラがグランチェスターに残した実績を知っているのだ。

そしてブレイズもソフィアを通じてサラを知っており、レベッカがソフィアよりも強いと言い切ったことから、サラがとんでもなく力を持った存在なのだと思った。

しかし、スコットだけは、まだ納得がいかない表情を浮かべている。

「サラの剣術が非凡なことは理解しましたが彼女はまだ子供です。なのに誰よりも強いなどと!」

「あー、さてはお前本気でサラに惚れたな?」

「今はそういう話をしているわけではありません!」

スコットは首元まで真っ赤になっている。実にわかりやすい。

そこにサラがマリアを伴ってテラスにやってきた。

「サラさん。寝てなくて大丈夫なの?」

「もう大丈夫です。体力不足でしたね。ご心配おかけしました」

ペコリとサラは頭を下げてから、用意された席に座った。

「で、サラ。お前どこから話を聞いてた?」

「んー、『サラの剣術が非凡なことは理解しましたが』からですね。どうやらスコットは私に本気で惚れていないようですね。ご縁が無かったみたいで残念です」

「ほう、そうなのかスコット?」

ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら、ジェフリーは息子を揶揄った。

「え、いやそういうわけでは…」

「ジェフリー卿。そんなにスコットをイジメないでください。『彼女はまだ子供です』って言ってるじゃないですか。ご縁がなかったのですから仕方ありません」

そこに今一つ空気が読めていないブレイズが割り込んだ。

「だったらサラお嬢様、オレと友達になってくれよ。たぶんオレは10歳か11歳だから歳は結構近いよ」

「あら、ブレイズはソフィアさんが好きなのかと思ってたわ」

「ソフィア様はすげー綺麗で優しくて強い。けど、さっきのサラお嬢様は、まるでソフィア様みたいに綺麗で強かった。たぶん、これからもっと綺麗になるし、もっと強くなるんだろ?そんなサラお嬢様の近くにいて、オレも負けないくらい強くなりたいんだ」

「ふふっ。ブレイズありがとう。私もブレイズとお友達になりたい。だから私のことはサラって呼んで」

「でも、貴族のお嬢様なんだろ?」

「正確には貴族じゃないわ。あなたと同じ平民よ」

「けど、侯爵閣下の孫なんだろ?」

「確かに私の父は侯爵閣下の息子でロバート卿の弟よ。でも母親は平民だし、私もずっと平民として育ってきたわ」

「信じらんねー。生まれた時からお嬢様っていうか、お姫様みたいなのに」

「うーん。もうすぐ城にやってくる私の従兄妹たちは、生まれついての貴族よ。多分本物の貴族の子供を見たら、あなたの考えも変わると思うわ」

「ふーん。そういうもんか」

「そういうもんよ」

ブレイズとサラは顔を見合わせて笑い始めた。前世の記憶が戻って以来、サラは初めて子供らしく笑った。

更紗の記憶に引きずられ、つい大人のように振る舞いがちだが、今のサラは間違いなく8歳の少女であり、きちんと少女としての人格も残っている。サラはその不思議な感覚に少しだけ戸惑い、そして気付いた。両親を失い、王都のグランチェスター邸で孤立したサラを、これまで更紗の人格で必死に守ってきたのだと。

周囲の大人を信じられなくなったサラは、池に落ちて死にそうになったことで記憶を呼び起こし、身体を守るために魔法を発現させ、心を守るために子供のサラを内側に閉じ込めた。

グランチェスター領で自分を守ってくれる存在に出会ったことで、サラは再び他人を信じることができるようになった。そして自分のように傷ついた子供であるブレイズとふれあい、やっと子供としてのサラを受け止めることができるようになったのだ。

「ブレイズ…私、あなたに会えて本当に良かった」

「そっか。よくわかんねーけど、オレも初めて友達ができて嬉しいよ」

サラはくるりとレベッカに振り向き、とても子供らしい笑顔を浮かべた。レベッカはサラの変化に気付いたが、敢えて何も言わなかった。

「レベッカ先生、ちょっとだけブレイズと遊んできてもいいですか?」

「いいわよ。あまり遠くに行かないならね」

「はい!」

そして、サラとブレイズは手をつないで走っていった。

そんな二人を見送っていたレベッカは、ジェフリーとスコット親子の様子を横目でチラリと見た。ジェフリーは相変わらずニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべていたが、スコットは茫然自失といった風情である。

「このままだとあの二人は仲良くなりそうだな」

「そうね。サラさんに同世代の友達ができるのは良いことだと思うわ」

「ここはブレイズを養子にして、サラを嫁にするか」

するとスコットが机をバンと叩いて立ち上がった。

「父上、ブレイズを養子にするのは構いませんが、サラは僕が娶ります!」

「いや、だってお前、さっきフラれてたよな?」

「フラれてなどいません。まだ子供だといっただけです」

「いや『ご縁がなかった』とか言ってたとおもうが…」

「決めつけるのは早計だということを、サラに知ってもらう必要がありますね」

スコットは、そのまますたすたとサラとブレイズの後を追っていった。

「おー、若いっていいねぇ」

「初々しいわね」

「しかし、あんな調子で勉強だの剣術だのを一緒にやらせていいのか?」

「駄目な理由でもあるのかしら?」

「そうだなぁスコットにはいい刺激になるだろう。同世代であいつに勝てるヤツがいないせいで、ちょっと増長してたしな」

「まぁ8歳の少女にあそこまで立ち回られたらショックでしょうね」

「ブレイズは…サラの魔法を見てどうなるかな。全属性と言ってたよな」

「そうよ。おそらく国王陛下よりもサラさんの方が魔法の能力は高いわ。妖精たちが言うには、サラさんはドラゴンみたいに魔法を使うそうよ」

「ほぉ」

「コンプレックスに感じるようなら引き離すことも考えるけど、サラさんの近くで魔法を見れば彼もとんでもない魔法使いになると思うわ」

「そうなのか?」

「ええ、まだ彼は火属性の魔法しか発現していないけど、彼も全属性持ちだから」

「なんだと!」

「妖精が言うのだから間違いないわ。多分、彼はご落胤よ」

「どこの家だかわかるか? いやもしかしたら国か?」

「そこまではわからない。ただ、妖精に言わせると魔力の輝きが尋常じゃないそうよ」

「ますますスコットには厳しい戦いになりそうだな」

「あら、あの二人だけとは限らないんじゃない?」

ジェフリーは顎に手をやって、息子たちの健闘を祈らずにはいられなかった。どうやら、ジェフリーの中では、すでにブレイズも息子になっているようだ。そして、おそらくサラは嫁なのだろう。

「私が心配しているのは座学の勉強の方ね。そろそろスコットはアカデミー入学の準備を始めているのでしょう?」

「そうだな」

「サラさんの真価は魔法でも剣術でもないわ」

「それはオレもわかってる。あの二人がサラと勉強を始めて引け目を感じるようなら止めさせるさ」

レベッカは軽くため息をついて、ジェフリーに尋ねた。

「ジェフ…どうしたらサラさんをグランチェスターに留めておけるかしらね」

「レヴィ、わかってるか? それはグランチェスターの人間が言うことだ。お前はレベッカ・オルソン・グランチェスターになって、ここに留まる気があるのか?」

「あら、ジェフがもらってくれるの?」

「これ以上ロブがヘタレるなら、ちょっとくらい考えても良いぞ」

「ウソつきねぇ。いまでも奥様が忘れられない癖に」

「忘れられないんじゃない。今も変わらず一緒にいるだけさ。ココにな」

ジェフリーは自分の胸を軽くポンポンと叩いた。

「私もそれくらい愛されてみたいわ」

「ロブは本当にアホだな」

「そんなこと子供のころから知ってるわ」

「違いない」

二人は顔を見合わせて、大きな声で笑いだした。