軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

S32 生まれ変わる

若葉さんたちが出ていった後の部屋の空気は、最悪と言うより他になかった。

いつもはみんなをまとめているのだろう工藤さんが、地球には帰れないという若葉さんの言葉にうなだれてしまっている。

俺はこの里での生活の様子を知らない。

けど、これまでの雰囲気から、工藤さんが中心になって、何とかやりくりしていたんだろうと予想できる。

その中心人物の心が、折れかけている。

先の見えない不安な状況で、頼るべき中心人物が沈んでしまっているということが、余計にみんなの心に重い影を落としているようだった。

日本に帰りたい。

それは、転生者であればきっと誰もが一度は考えたことだと思う。

俺だってそう思ったことは何度もある。

この世界の文明は日本とは比べ物にならないくらい遅れていて、不便を感じることは多々あった。

何より、死に別れた家族と会いたい。

そしてつい思ってしまうんだ。

日本に帰れたらなあ、と。

大国の王子という、恵まれた境遇にいた俺でさえそう思ったんだ。

俺以外のみんなはもっと強烈な思いを抱えていたはずだ。

工藤さんの様子が、それを如実に物語っている。

このエルフの里に監禁されて、自由の全くない生活を送って。

そんなみんなが、日本に帰りたいと思うのは当然のことなのかもしれない。

「シノー」

沈黙を破り、漆原さんが低い声で縛られた草間を呼んだ。

漆原さんは草間のことをシノーと呼び、よくパシリに使っていたのを思い出す。

が、その時の親しみのある呼びかけとは違う、敵意さえ感じさせる声音。

「な、何?」

「本当に日本に帰る方法はないわけ?」

その問いかけに、工藤さんがハッとしたように顔を上げた。

「さっきの連中の態度、おかしくない? 絶対何か隠してるでしょ? それに、本当に帰る方法がないんだったら、あんな話そもそもフッてこないでしょ」

確信に満ちた漆原さんの言葉に、その場にいた全員の視線が草間に集中する。

草間はそのみんなの剣幕に怯えるように、身じろぎし、一緒に縛られているオギがそれで嫌な顔をした。

「知らない! 俺は知らない! ホント! マジ! 俺はホント何も知らないって!」

草間は必死に弁解する。

その様子からは嘘を言っているようには見えない。

しかし、一縷の望みを捨てきれなかったのか、工藤さんが草間に駆け寄り、その肩を掴んで揺すった。

「ねえ、知ってることがあったら教えて! お願い!」

「ホントに知らないんだってば! 俺だって帰れるんだったら帰って続きのコミック読みてーよ!」

しょうもない理由で日本に帰りたいと宣言する草間だが、その口調は切実だ。

帰りたい理由のためにというよりかは、迫る工藤さんの迫力に押されてといった感じだが。

「落ち着けよ委員長。草間は知らないって言ってるじゃねーか。ちょっと冷静になろうぜ?」

とりなすように田川が工藤さんをやんわりと草間から引き離す。

「あなたは外にいたからわからないでしょうね! 私たちがどんな気持ちでここで暮らしてきたか! 自分だけ楽しく冒険なんかしてたあなたには!」

俺の知る工藤さんでは考えられない、声を荒らげての罵倒。

「あ゛?」

しかし、それは田川の逆鱗に触れたようだった。

「楽しく冒険? 親兄弟皆殺しにされて、その敵討ちのために血反吐はいて戦い続けてきたのを、楽しい冒険だと!?」

まずい!

「田川! 抑えろ!」

俺はとっさに田川に駆け寄り、背後から羽交い絞めにした。

そうしなければ、工藤さんに殴りかかりそうな勢いだったからだ。

いつの間にか縄から抜け出した草間も、工藤さんを守るように前に出ている。

「あ……」

その草間の後ろで、工藤さんは田川の威圧にあてられて、青い顔をしながらへたり込んだ。

その顔色の悪さは、きっと威圧にあてられただけではないと思う。

「……悪い。頭に血が上った。もう大丈夫だ。放してくれ」

怒りで乱れた呼吸を整え、田川は落ち着きを取り戻したようだった。

俺はその言葉を信じ、羽交い絞めにしていた腕を解く。

田川は工藤さんを一瞥すると、無言で踵を返し、階段を上って部屋を出ていってしまった。

「あ……。ごめんなさい……」

小さく、もういない田川に向けて謝罪の言葉を口にする工藤さん。

床に座り込んだまま立ち上がることもせず、そのままうつむいてしまう。

その体が震え、すすり泣く声が聞こえてきた。

また、重い空気が充満する。

さっきのは、工藤さんが悪いと思う。

俺も知らなかったが、田川がそんな境遇で戦い続けていたのを知らず、無神経にもそれに触れてしまったのだから。

田川の言葉に衝撃を受けたのは工藤さんだけではなく、冒険に憧れるようなことを口にしていた男子たちも、気まずげにしていた。

知らなかったとはいえ、田川の逆鱗に不用意に触れてしまった工藤さんが悪い。

とは言え、責める気にはなれない。

「どっちがよかったとか、そういう話をしても意味がない、か」

思わず、さっき京也が言った言葉が口から洩れた。

あの時はその後に続いた言葉に反発してしまったが、この部分はその通りなのかもしれない。

みんなそれぞれに、別々の道を歩んできたんだ。

そこには別々の苦楽があって当然だ。

不幸自慢をしたって、しょうがない。

どうあっても、過去は変えられないのだから。

過去じゃなく、未来に目を向けなければならない。

「委員長。俺たちは、もう一度死んでるんだ」

俺たちは一度死んで、この世界に生まれ変わった。

その過去は変わらない。

「死んでるんだ。今ここにいる俺たちは、たとえ前世の記憶を持っていたとしても、同じじゃないんだ。生まれ変わってる。変わってるんだ」

委員長は泣きはらした顔をこちらに向ける。

その視線には、何を今さらわかりきったことを言っているんだという戸惑いと、若干の苛立ちが含まれている。

「たとえ日本に戻れたとしても、俺たちは別人で、帰る場所なんてないんだよ」

委員長が息を呑んだ。

委員長だって、頭ではわかっていたはずだ。

ただ、認めたくないだけで。

俺たちの容姿は前世とは似ても似つかない。

中にはカティアのように性別すら変わってしまった人間だっているんだ。

もはや、別人だ。

この姿で日本に行っても、帰る場所はない。

俺たちはもう、この世界の住人なのだから。

「これからのことを考えよう。自分がどうしたいのか。どうすればいいのか」

言っていて、俺は自分に何ができるのだろうかと、疑問に思う。

これから、いったいどうすればいいのだろう?

――贖え。

ずっと頭の中で反響している呪詛の声が大きくなったような気がした。

弱気になると、意識が引きずられそうになる。

――贖え。

うるさい!

何を、何を贖えというのか。

俺が、俺たちが、いったい何をしたって言うんだ!

「シュン?」

俺の異変を感じ取ったのか、カティアが心配そうに声をかけてくる。

「何でもない。ただちょっと、俺もこれからどうすればいいのか、考えていた」

嘘は言っていない。

実際、これからどうすればいいのか、俺にはさっぱりわからない。

いろいろなことがこんがらがって、頭の中がグチャグチャで考えがまとまらないというのもある。

ただ、それ以上に途方に暮れているというのがしっくりくる表現かもしれない。

これまで、俺は俺なりに行動してきたつもりだ。

けど、そこにはたして意味はあったんだろうか?

ユリウス兄様は死に、父上は俺の目の前で殺され、スーはユーゴーの手で父殺しをさせられ、王国は陥落した。

ユーゴーを止めるためにこのエルフの里まで来たというのに、俺は結局何もできないまま倒れ、挙句ユーゴーは若葉さんたちに利用されていたと聞かされる始末。

俺のあずかり知らぬところで、巨大な流れができあがっている。

今までの俺の行動は、自分の意思で動いていたつもりで、実はその巨大な流れに飲み込まれていただけのような気がしてくる。

いったい俺は何をすればいいのか。

そもそも、あの若葉さんたちを相手に、何かができるのだろうか?

できる気が、しない。

さっきだって、ろくな抵抗もできないまま、無様に床を這いつくばるだけしかできなかった。

――贖え。

頭を振って、弱気と呪詛を追い払う。

そうしても呪詛は鳴りやまない。

それでも、聞こえないふりをするしかない。

「シュン。本当に大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「ああ。まだ本調子じゃないらしい。ちょっと、部屋に戻って休むことにする。そこで少し頭を冷やして、今後どうするのか考えよう」

俺は心配してくるカティアにそう返して、部屋に戻ろうと足を動かす。

今の受け答えは、変にならなかっただろうか?

呪詛のせいで、どうにも感情的になってしまっている。

京也とのやり取りだって、もっと穏便にできたはずだ。

京也にだって事情があっただろうに、感情的になって自分の意見を叩きつけて。

今度、二人きりでちゃんと話し合おう。

その機会は、訪れなかった。

世界は俺の思うよりも急速に、考える間もくれずに動いていく。

何もかもが悪いほうへ悪いほうへと転がっていくかのように。