軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去編⑨

サリエルは考える。

どうすればいいのか?

しかしその答えはいつまでたっても出ない。

誰かを助ければ助けるほど、他の誰かが犠牲になる。

何かを解決すればするほど、新たな問題が立ちはだかる。

終わりのない連鎖。

どうあっても助けられない人々。

助けても助けても、救われることはない。

病に倒れ、村を放逐された人がいた。

伝染する類の病気ではなかったが、当時はまだ医療が発達しておらず、そんなことがわかる人間はいなかった。

そうして村を追い出され、後は死を待つのみだった病人に、サリエルは救いの手を差し伸べた。

病を癒し、健康にして村に送り返した。

翌日、その人は他の村人に火あぶりにされた。

病気を悪魔に治してもらったのだ。

いや、それだけでなく魂を悪魔に売り渡して、復讐に来たのだ。

なんでもいい、戻ってくるのなら病気を移されるかもしれないし殺してしまえ。

なぜ。

なぜ。

なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ。

人は理解できない現象を恐れる。

病気で苦しんでいた人間が、村を追いだした途端健康になって戻ってきた。

それは人の理解の範疇を超えていた。

奇跡を喜ぶよりも、むしろ恐怖をかきたてた。

何よりも、彼らは病人を追い出したのだ。

自分の身可愛さに、救いを求める病人を捨て去ったのだ。

彼らは罪悪感を誤魔化した。

悪いのは病人のほうなのだと。

悪魔に魂を売って病気を癒してもらい、捨てた自分たちに復讐しに来たに違いないと。

病人は言った。

「ありがとうございます。これで家族とまた一緒に暮らせる」

その家族は、進んで火あぶりのための薪を積み上げていた。

どんなにサリエルが力を尽くそうとも、悲劇はなくならない。

むしろ力を振るえば振るうほど、より悲劇は濃い影となって襲い掛かってくる。

なくならない。

なくならない。

なくそうとしても、なくならない。

貧困。

差別。

戦争。

犯罪。

誰かが悪い時があった。

誰も悪くない時もあった。

誰もが悪かった時もあった。

等しいのは、それらすべて人間だからこそ起きた悲劇。

富める者がいる半面、貧しさにあえぐ者がいた。

人は平均を望み、それよりも逸脱したものを忌み嫌い、差別する。

それなのに上を目指し、平均を超えて優位に立とうとする。

そして優位に立とうとするがゆえに、競合相手と争うことになる。

悲劇はなくならない。

なぜならば、人間とは悲劇を起こす生き物だから。

悲劇を憎み、悲劇を起こすまいとしていながら、それでも悲劇を積み上げていく。

まるで火あぶりにされた病人を焼いた、薪のように積み上がる。

不合理だ。

悲劇を嫌う精神を有しながら、行動は悲劇を推進する。

その矛盾は生物としてあまりにも不合理。

しかしながら、それが人間なのだ。

その不合理で不完全な生物こそが、人間というものなのだ。

合理的で完全な生物など、それはもはや人間とは言えない。

言えないのに、人間はそれを目指して進んでいる。

人間が人間でいる限り、そこにたどり着くことなどないというのに。

そしてそれを目指せば目指すほどに、新たな悲劇が積み上がるというのに。

なぜならば、目指すということは上を見るということであり、平等を愛する他を裏切って自分だけが逸脱しようとする行為なのだから。

そして人間は逸脱したものに容赦がない。

いつだって違うということは差別の対象となる。

人間が上を目指すためには、周囲と歩調を合わせてゆっくりと進んでいくしかない。

そうして亀の歩みのようにしか進めないから、人間は進歩しないのだ。

文明が発展しようとも、中身はいつまでも進歩がないのだ。

そうして上を目指しながら、いつまでも同じところをクルクル回っている。

クルクルクルクルと。

「ポティマス・ハァイフェナスは神の摂理に反したことをしている! 今すぐ抹殺すべきだ!」

その過激な発言に、ダズドルディア国大統領は表情にこそ出さなかったものの、頭が痛くなりそうだった。

実際長丁場となっている会議のせいで、本当に頭が重い。

疲労のせいなのだが、議題のせいでもある。

先の過激発言を聞いた他の参加者たちが賛同の声をあげたり、反対に非難の声をあげたりしている。

広い会議室だというのに、議員たちが言い合う大音声が響き渡って耳が痛い。

議題はポティマス・ハァイフェナスという研究者が発表した研究結果に対して。

それを是とするか非とするか。

国として意見統一をするためにこうして会議を開いている。

しかし、会議室の中の様子を見れば、議題が紛糾していることは誰でもわかる。

ポティマスが発表したのは二つの新発見。

一つはMAエネルギーという、未知のエネルギーを発見し、その運用に成功したということ。

エネルギー問題は先進国にとって憂慮すべきことだ。

石油や石炭も無尽蔵にあるわけではなく、その消費量は年々増えている。

今すぐではないにしろ、いずれ枯渇するのは目に見えており、次世代のエネルギー開発は必要なことだった。

それが、いきなり目の前に解決策を提示されたのだ。

曰く、MAエネルギーは尽きることのないエネルギーで、どこからでも補充可能。

専用の施設さえあればどこからでも、無限のエネルギーを抽出することができるという。

大統領はその夢のようなうたい文句を、内心で馬鹿馬鹿しいと一言で切り捨てた。

無限のエネルギーなどこの世に存在しない。

そんなものは夢物語だ。

夢のようなではない、実際に夢なのだ。

無限に見えるだけで、底は必ずある。

それにと大統領は手元にあるポティマスの発表した論文を眺めた。

そこにはMAエネルギーの抽出方法と、それを電気エネルギーに変換する方法が記載されているが、肝心のMAエネルギーとはなんであるかという記述がない。

単に無限に湧き出る新エネルギーとしか表現されていないのだ。

そんな怪しいエネルギーを使えるはずがない。

大統領の中ですでに答えは出ている。

それでも会議がここまで紛糾しているのは、もう一つの発表のせいだ。

ポティマスの発表したもう一つの発見。

それはMAエネルギーを使った人体の進化方法。

MAエネルギーを使用することによって、人間を進化させることができるというものだった。

論文には臨床実験の結果、被験者の著しい身体能力の向上、思考速度の微増、そして何よりも、理論値で約三倍に伸びるとされる寿命、そのデータが記載されていた。

結果だけを信じるならば凄まじい。

実際にポティマスは被験者に、スポーツの新記録を次々と塗り替えさせるというデモンストレーションをやってみせた。

それだけでもその論文の信憑性を高めるのだが、膨大な量のデータがそれを裏付けるかのように提出されていた。

特に寿命に関してのデータは膨大で、理論値では約三倍だが、保ちうる健康などの予測から実際には2.5倍から2.75倍程度になるだろうという推論まで述べている。

普通であれば頭のおかしい研究者の戯言で済む。

しかし、それがポティマス・ハァイフェナスであれば話は変わってくる。

脳移植機器の開発、クローン人間作製、がん細胞の正常化。

数々の功績を残してきた天才による新たな発表。

しかも、被験者付き。

眉唾と言ってしまうのは危険だった。

何よりも、否定したくないという心理がある。

寿命が延びるのだ。

人間が進化するのだ。

これほど素晴らしいことはない。

だからこそ、議会は紛糾している。

大統領の中で結論はすでに出ている。

MAエネルギーを否定するならば、それを使って進化することも否定せねばならない。

しかし、紛糾する会議室の雰囲気は、それで納得するとは思えない。

会議は続く。

進歩のない人間に、一石が投じられた。

進化するのか、しないのか。

進化をして、はたして進歩はあるのか。