軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

鬼19 先のない終わり

「ねえ。ご主人様はこの世界のごたごたが終わった後、どうするの?」

神言教との会議の前、控室でむこうの準備が整うのを待っている時に、ソフィアさんがそう聞いた。

ここまで来る間、ソフィアさんは何かを考え込んでいる様子だった。

きっと、それがこの問いなんだろう。

ソフィアさんは、終わった後のことを気にしている。

問われた白さんは、いつものように表情を変えず、一呼吸おいてから答えた。

「逃げる」

「え?」

ソフィアさんの何とも言えない疑問の声は、きっとこの場にいる僕ら全員の心の声を代弁していたと思う。

逃げる?

誰から?

何から?

僕が知る限り、白さんが逃げなければならない相手というのが想像できない。

いるとすれば、あの黒という白さん以外の神だけれど、それも何か違う気がする。

何よりも、白さんが逃げると断言するということ自体が、僕には意外すぎて腑に落ちない。

これまでの付き合いで、白さんは己の為したいことは何が何でも成し遂げる性格なんだと思っていた。

そのためならば手段は一切選ばない。

その白さんが、形振りをかまわず逃げると宣言するなんて、イメージにそぐわない。

僕以外のみんなも考えていることは一緒らしく、みんな怪訝な顔をしている。

唯一、アリエルさんだけは一瞬だけ怪訝な顔をして、すぐに何かに思い当たったのか納得したような表情をした。

アリエルさんは僕らの知らない何かを知っている?

「白ちゃん、それ口に出して言っちゃって大丈夫?」

アリエルさんが挙動不審にあたりをきょろきょろと見回しながら、そんなことを言った。

怪しい。

アリエルさんの様子には、どこかおびえているような雰囲気がある。

白さんやアリエルさんでもどうにもならない何かがあるのだと、その態度が知らしめている。

ここにきて、白さんの計画をご破算にしかねない何かがあるのかと、そんな懸念を抱く。

「大丈夫だけど大丈夫じゃない。だからあんまりこの件に関しては口にしない」

白さんの口調も心なしかいつもよりさらに固い。

まるで何かを警戒しているかのようだ。

「白さん、それは僕らの計画の邪魔になる存在ですか?」

僕は気になって聞いてみた。

順調に進んでいると思っていた計画が、実は僕の知らないところで危うい橋を渡っているのだとしたら、真実を知っておく必要がある。

「ああ。大丈夫大丈夫。ラースくんが心配する必要はないよ。ぶっちゃけあの方がこっちに何かしてくるはずもないし。なんていったって……」「魔王」

アリエルさんの言葉を、白さんが遮る。

白さんは首を横に振り、それを見たアリエルさんも了承して首を縦に振る。

「まあ、気にする必要はないってことだけ覚えておけばいいよ」

「そういうわけにもいかないでしょう」

「ラースくん。世の中知らないほうが幸せなことっていうのもあるんだよ?」

なおも食い下がろうとしたけれど、アリエルさんはそれ以上の説明を拒否した。

口を閉じてしまったアリエルさんと白さんから説明を引きずり出すことはできない。

僕はそれ以上の追及を諦めるしかなかった。

ただ、気にする必要がないとアリエルさんが言うのだから、計画には支障がないのだろう。

「逃げるってどこへ?」

これで話は終わりかと思ったら、ソフィアさんが蒸し返した。

さっきあまりこの件は口にしないという白さんの言葉を聞いていたのにもかかわらず。

「さあ」

案の定、白さんは投げやりに返答した。

話題にしたくないのに、ソフィアさんが蒸し返したから、その短い言葉に若干のイラ立ちが含まれているように聞こえた。

「真面目に答えて」

そのイラ立ちに気づかないのか、それとも気づいていながらも問い質しているのか、ソフィアさんはいつになく真剣な表情で白さんに再度問う。

白さんは無言でその閉じた目でソフィアさんのほうを向き、ソフィアさんはジッと白さんの顔を見つめる。

しばしその見つめあいが続き、先に音を上げたのはソフィアさんのほうだった。

「私も、ついて行っていい?」

どこか恥ずかしそうに、消え入りそうな声で聞いた。

不安、というよりかは、どこか最初から答えを知っていながら、それでも聞かずにはいられなかったという感じがする。

「ダメ」

白さんの答えは短く、それでもはっきりとした拒絶だった。

ソフィアさんの表情は、やっぱりね、とでも言いたげな、それでいてもの悲しげなものだった。

「ついてくるのはダメだけど、ここで暮らすか地球で暮らすかは選択できるけど?」

白さんはいきなりそんな爆弾を落とした。

地球だって?

いや、考えてみれば、白さんは地球に行っていてもおかしくない。

どころか、地球に行っていなければおかしい。

だいぶ前のことだけれど、白さんは缶コーヒーを僕らの目の前で飲んでいた。

この星にはない、缶コーヒーをだ。

それは日本でよく見慣れた大手の缶コーヒー。

そんなもの、日本に行っていなければ手に入るはずがない。

白さんは、地球に行く手段を持っている。

おそらく、転移だろう。

それで、地球に行けるのか。

地球に戻るということを、考えなかったわけじゃない。

それこそ、この世界で生まれ変わった直後は何度も考えた。

地球に戻りたいと。

その願いが、叶う?

「こっちでいいわ。地球に未練はないし」

僕が考えていると、ソフィアさんはあっさりと地球への道を断った。

「地球に戻っても私が元の私になるわけじゃない。何よりも、私は今の私が結構気に入っているの。今さら地球に戻ったって、戸籍だとかなんだとかで面倒そうだもの。それだったらこっちで好き勝手に生きるわ」

好き勝手、というのは実にソフィアさんらしい答えだなと思った。

何も考えず、自分の心の赴くままに生きる。

本人に言えば怒られそうだけれど、そういう考えなしな生き方というのが、ソフィアさんにはとても似合っている気がした。

自由に生きているという気がして。

「京也くんは?」

ソフィアさんは僕にも話題を振った。

けど、僕の答えは決まっている。

「僕も、こっちでいいよ」

未練はある。

けれど、戻ることはできない。

笹島京也はすでに死んでいる。

ここにいるのは、ラースというただの鬼だ。

戻らないし、戻れない。

「あ、そ」

ソフィアさんはあっさりと僕の答えを流した。

きっと聞くまでもなく、僕の答えを予想してたんだろう。

僕が戻る気がないということを。

それでも僕に聞いたのは、チャンスを与える気だったのかもしれない。

まだ引き返せるんだと、他の選択肢もあるんだと、そう思わせるために。

けど、どれだけ選択肢があろうと、僕はもう決めてあるんだ。

だからごめん。

僕に先の話は無意味なんだ。