軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

狂鬼

深夜。

睡眠無効のスキルを持つ私は、睡眠を必要としない。

しかし、それは睡眠をとらなくてもいいというわけではなく、睡眠をとらないことで生じる悪影響がないというだけのこと。

起きている間にたまった疲労は消えはしない。

疲労を回復させるのに一番適しているのは睡眠であり、結局のところ睡眠無効を取得していようと、どこかで眠らざるをえない。

理論上は睡眠無効のスキルがあれば一生眠らなくとも問題ないが、それができるのはよほどステータスが高く疲労を無視できる存在で、なおかつどこかおかしい人物でなければできない。

肉体的な疲労はステータスの高さで誤魔化しようはあるが、精神的な疲労はどうしようもない。

それを無視して活動できる人物は、普通の精神の持ち主とは言えないだろう。

「この私のようにな」

「なるほど。その言葉には説得力があります」

深夜の、普段であれば私以外誰もいない執務室で、それでも私の声にこたえる声があった。

手元の資料を照らすわずかな明かりの向こうに浮かぶのは、青白い顔をした青年。

見た目はまだ若いが、その雰囲気は老成している。

しかし、それでいて実際に老いているわけではなさそうだ。

魔族や魔物から進化した人物は、見た目と実年齢が釣り合っていないこともあるが、目の前の青年は実年齢もそこまで高くはないだろう。

それでいて、百年以上の時を生きたかのような重い存在感を持つ。

まだこのような者を隠していたのかと、魔族の陣営の厚さに驚かざるを得ない。

男の名前はメラゾフィス。

私が深夜にもかかわらず寝ずに仕事をしているのを感じ取り、様子を見に来たのだという。

今は客として扱っているが、本来は敵同士。

故に魔族の方々が寝泊まりする場所は半ば隔離するような配置にしていたのだが、やはりというべきかその効果のほどはないようだ。

こうも堂々とうろつかれては、警戒するのも馬鹿らしくなる。

警戒する意味もあってないようなものだが。

アリエル様や白様であれば、こちらがいくら警戒しようが無意味であろう。

その警戒ごと踏み越えてしまうだけの力があの方々にはある。

そして、おそらく目の前の男にも。

私は男に視線を向けずに手を動かし続ける。

書類にサインをし、あるいは訂正箇所を書き上げていく。

その作業をしながら、メラゾフィス殿と雑談を交わす。

最初は寝なくてもいいのかという質問から始まった会話は、いつしか睡眠無効のスキルを使う人物の異常性へと方向が変わってきていた。

それが先ほどの会話だ。

「貴殿の目には、私は異常に見えるかね?」

「ええ。少なくとも、普通ではありえない。何がそこまであなたを駆り立てるのか、少しばかり興味を惹かれますが、それを知るのはやめておきましょう」

メラゾフィス殿は、そう言って背を向けた。

会話はこれで終了らしい。

実にあっさりとしたものだ。

私の仕事の邪魔をしないようにとの配慮なのかもしれないが、こんなにも短く会話が終わるとも思っていなかった。

「なぜ、知ろうとしないのかお尋ねしても?」

だからだろうか。

そんなことを遠ざかろうとする背に語り掛けていた。

魔族の方々は、私でも読み切れない、得体の知れない方が多い。

この男もまた、私には図り切れない。

それを少しでも知ろうとしたのか、会話を引き延ばそうとした私の心理はそんなところだろう。

「あなたのことは、お嬢様が知るべきであると思うからです」

返ってきたのは、この男のことを理解するのに十分すぎる答えだった。

ああ、この男もまた、普通ではないのだと。

「なるほど。よくわかりました」

思わず、そう呟いてしまったのも仕方がないだろう。

男は一礼して部屋を出ていった。

その所作は洗練されており、高貴な貴人に使える従者のよう。

現に彼は、彼がお嬢様と呼んだ人物に使える従者。

机の引き出しを開け、その中からとある資料を引っ張り出す。

ケレン家の詳細調査書。

資料の束をめくり、目的の項目を見つける。

そこには、ケレン夫人に幼少時から仕えている従者の名前が載っている。

メラゾフィスという名前が。

ケレン家の従者の中でも、特に重用され、主人から全幅の信頼を寄せられていた人物。

人柄は真面目で誠実。

それでいて堅物というわけでもなく、同僚にも好かれていたようだ。

そこらへんは今と変わりないように見える。

しかし、変わりないように見えて、彼の内面は狂っている。

たった一つのものだけを残し、その他のものを全て切り捨てている。

愛する人間を死に追いやった存在への、憎しみの感情でさえも捨て去る、そんな人物がまともであるはずもなし。

資料には、メラゾフィス殿が、ケレンの奥方に懸想していた様子が書かれている。

それでいてなお、その夫に認められ、全幅の信頼を寄せられていた。

そこにどれほどの想いがあったのか、当時の彼を知らない私には想像することしかできない。

しかし、並大抵の想いでなかったのは確かだろう。

その想いを理不尽に踏みにじられ、最愛の人を亡くした彼が、その原因となった組織である神言教のトップを前にして、全く憎悪の感情を見せなかった。

今の二人っきりの状況であれば、私を殺すことさえできたであろうに、殺気の一つさえ見せなかった。

それどころか、凪いだ湖面のように、感情が揺れることすらなかったように見える。

彼の全てはお嬢様、ソフィア嬢に向けられている。

私はソフィア嬢の成長のための踏み台。

彼にはおそらくそのようにしか見えていない。

まったくもって恐ろしい。

あれは人の姿をした怪物だ。

思考がすでに人のそれを逸脱している。

アリエル様の周りには、まともな人物がほとんどいない。

かろうじて、彼のお嬢様であるソフィア嬢と、フェルミナ嬢の二人がまともといえばまともか。

それも、狂気の域にないというだけで、普通からはかけ離れているが。

いろいろと溜まったものを、溜息とともに吐き出す。

そして少しの間止まっていた手を再び動かしだした。

できるだけ早く仕事を進めなければならない。

時間がないのだから。

そう、神言教を潰すという、一大事業を始めるには。