軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第24話

ミレーヌが連れ出された後、広間の空気は、さらに重苦しくなっていた。

国王は、しばらく、無言で杯を見つめていた。そして、ゆっくりと顔を上げて、ディルクハルトを見た。

「辺境伯よ」

「はい、陛下」

「此度の参内、貴殿にはもう一つ、申し入れたいことがあると、聞いている」

ディルクハルトは、深く頷いた。

彼は、立ち上がり、胸元から、厚い書類の束を取り出した。

それは、グレイウルフ家の情報網を駆使して集められた、この半年分の、王太子ユリウスの財政記録だった。

「陛下、恐れながら、これを御覧賜りたく」

ディルクハルトは、書類を、宰相に手渡した。

宰相は、それを受け取り、素早く目を通した。彼の眉が、みるみる、跳ね上がっていった。

「——これは」

「国庫からの、不正な支出の記録でございます」

ディルクハルトの声は、冷たく、事務的だった。

「王太子殿下が、この半年間、国庫より横領なさった額、およそ——三万金貨。全てが、ミレーヌ嬢への贈り物、ファルケ男爵家への支援、そして殿下ご自身の私的な遊興費に、使われております」

広間に、ざわめきが走った。

宰相は、書類を国王に差し出した。

国王は、震える手でそれを受け取り、ゆっくりと読み進めていった。読み進めるにつれ、その顔から、血の気が引いていった。

「——王妃よ」

国王が、掠れた声で、呟いた。

「そなたは、これを、知っておったのか」

「……はい」

王妃エレオノーラは、静かに、答えた。

「財務長官と協力し、独自に内偵を進めておりました。この書類の内容は、既に、王家の記録と照合済みでございます。間違い、ございません」

国王は、深く、長い溜息をついた。

ディルクハルトは、続けた。

「加えて、この件には、ファルケ男爵家が、深く関与しております」

「……というと」

「ミレーヌ嬢が、王太子殿下に近づいたのは、ファルケ家の意図的な策略でございます。男爵家は、財政的に困窮しており、娘を通じて王家から資金を引き出すことを、画策しておりました」

ディルクハルトは、もう一枚の書類を差し出した。

「ファルケ男爵家の、隠し帳簿の写しでございます。我が家の情報員が、入手いたしました」

宰相が、それを一瞥し、頷いた。

「……内容は、確認できております。先ほどの財政記録と、完全に符合いたします」

ユリウスが、ふらふらと、立ち上がった。

「な、何を、何を言っている……」

彼は、書類の内容を、まだ、飲み込めずにいた。

「ミレーヌは、余を、愛していた……!」

「殿下」

王妃が、静かに言った。

「あの娘は、一度たりとも、そなたを愛してはおりません」

「母上——」

「そなたが、気づかなかっただけです」

その声は、母としての、最後の情けを込めた、厳しい真実だった。

ユリウスは、再び、膝から崩れ落ちた。

彼の瞳から、大粒の涙が、流れ落ちた。初めて、この愚かな王太子が、本当の意味で、己のしてきたことを、理解した瞬間だった。

国王は、玉座の肘掛けに、深く、両手をついた。

「宰相」

「はい」

「王太子の身柄を、東の塔へ。正式な処分は、明日、国務会議で審議する」

「承りました」

「そして、ファルケ男爵家も、即刻、取り調べよ。財産は凍結、家人はすべて、王家の監視下に置く」

「承りました」

衛兵が、再び動いた。

ユリウスは、もはや、抵抗する気力もなかった。呆然とした表情のまま、力なく、衛兵の腕に支えられて、広間から連れ出されていった。

彼が連れ出される間際、アンジェリカは、ふと、立ち上がった。

「殿下」

彼女は、呼びかけた。

ユリウスは、顔を上げて、彼女を見た。

「お大切に」

短い、たった一言だった。

だが、その声には、もう、怒りも、哀しみも、ない、静かな別れが、籠っていた。

ユリウスは、口を開きかけ——結局、何も言えぬまま、広間を去っていった。

広間に、長い、長い、沈黙が降りた。

国王が、ようやく、再び顔を上げた。

「——辺境伯」

「はい、陛下」

「此度の件、貴殿の働きに、王家として、深く感謝する。国王として、公に、貴殿と貴殿の婚約者に、詫びる」

ディルクハルトは、深く、頭を下げた。

「恐れ入ります」

「王太子の廃嫡は、明日、正式に発表される。貴殿らの婚約も、王家として、正式に承認する」

「ありがたく、存じます」

王妃が、静かに、アンジェリカを見た。

「アンジェリカ」

「はい、王妃様」

「そなたには、本当に、辛い思いをさせた。——幸福になりなさいね」

その声は、半年前、謁見の間で別れた時と、同じ、優しく、深い響きだった。

アンジェリカは、涙ぐみながら、深く、礼をした。

「ありがとうございます。——必ず、幸福になりますわ」

晩餐会は、そこで、静かに、終わった。

馬車で侯爵邸に戻る道すがら、アンジェリカは、ずっと、窓の外を見ていた。

王都の夜景が、ぼんやりと、滲んでいた。

ディルクハルトは、彼女の傍に、黙って座っていた。何も言わなかった。ただ、彼女の肩に、自分の外套をかけた。

アンジェリカは、小さく、啜り泣いた。

「……わたくし、哀しいのか、嬉しいのか、分からなくなってしまいましたわ」

「それで、いい」

「殿下のこと、嫌いなだけだったら、よかったのに」

「……」

「本当は、ほんの少しだけ、気の毒に思ってしまうのですわ。ご自分で、ご自分を壊してしまわれて」

ディルクハルトは、そっと、彼女を抱き寄せた。

大きな掌が、優しく、彼女の背中を撫でた。

「お前は、そういう人間だ」

彼は、静かに言った。

「敵に対しても、哀しみを感じられる。——だから、俺は、お前を、選んだ」

アンジェリカは、彼の胸に、顔を埋めた。

馬車の車輪が、静かに、春の王都を、進んでいった。