軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【16】いいのか? 俺の無詠唱幻術が火を吹くぜ?

ダマーは立腹していた。

自分は魔物と最前線で戦う討伐室の人間なのだ。尊重されてしかるべきなのに、あの白髪娘に大勢の前でコケにされた。

(なにより、あのチビ……昨日も俺の顔をジロジロと見てやがった)

あどけなさの残る顔に無邪気な笑みを浮かべて……それでいて琥珀色の目は、どこかねっとりとダマーを観察していた。

あのチビは恐らく気づいているのだ。

一刻も早く事故に見せかけて消してしまいたいが、流石にすぐに行動に移しては怪しまれる。

だから、この男──カスパー・ヒュッターを利用するのだ。

どうせ魔術師組合から来た人間など、実戦慣れしていないに決まっている。少し痛い目に遭わせてやれば、大人しくこちらに従うだろう。

「お前の生徒が、俺に付き纏って迷惑してるんだ」

「はぁ、そりゃ、どうもすみません」

「すみません、で片付く話じゃないんだよ。なぁ、先生よぉ。あのガキを躾けられないんなら、お前の手で〈楔の塔〉を追い出せや」

「あー、それは……討伐室の皆さんに迷惑をかけないよう、こっちからも言っておくんで、はい」

ダマーはドスドスと荒っぽい足音を立てて、ヒュッターの立つ教卓に近づく。

「俺は、追い出せって言ってんだよ。あのガキを」

「…………」

ヒュッターがフゥッと息を吐き、軽く片手を振る。

その時、オレンジ色の光がダマーの前方を一瞬よぎった。

(……なんだ?)

まだ昼を少し過ぎた頃。夕焼けが差し込むような時間ではない。

それなのに、燃えるようなオレンジ色が見えた。

ヒュッターがまた、手を振る。オレンジ色の輝きが部屋を過ぎって、パッと消える。まるで、一瞬だけ炎が燃えたかのように。

それを目で追うダマーに、ヒュッターは問う。

「ダマーさん。完全犯罪について、考えたことはありますか?」

「……あ?」

「完全犯罪。証拠の残らない、完璧な殺しってやつですよ」

世間話をするような口調で妙な話を切り出すヒュッターの手には、細身のナイフが握られていた。いつの間に。

「これは、過去にあった事例なんですけどね。一人の幻術使いが、とある男に幻術をかけた。男の胸を剣で貫く幻術だ。勿論、幻術だから血の一滴も流れちゃいないんですが…………男は絶命しちまったんです」

ヒュッターが、手の中のナイフをクルリと回す。

「人の頭は、目に見えるものを信じすぎる」

ナイフがヒュッターの左手首にブスリと突き刺さった。

ナイフは腕を貫通し、袖の反対側に刃の先端を出す──だが、血は流れていない。あのナイフは幻術なのだ。

それなのに、ヒュッターは詠唱をしていない。

(そうだ、噂で聞いたことがある…………〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターは、無詠唱幻術の使い手だと!)

ヒュッターは手首に刺した幻術のナイフを引き抜き、薄く笑いながら呟く。

「幻術で人を殺せたら、そいつは確かに完全犯罪だ」

ハッタリだ。幻術だと分かっているのなら、ナイフで貫かれようが、怖くはない。

そう自分に言い聞かせるダマーの前で、ヒュッターがナイフを置き、片手を持ち上げる。

その手は火に包まれていた。手が燃えている。だが、ヒュッターは顔色一つ変えない。

「この炎が熱いかどうか……試してみますか?」

(ハッタリだ、こんなのは所詮幻術……!)

教卓越しに、ヒュッターが燃える手をダマーに伸ばす。

赤い火が、ダマーの顎を掠めた。

「熱っ!?」

確かに熱を感じ、ダマーは仰け反る。

ヒュッターはなんでもないような顔で、燃える手をパッと振った。それだけで、火は呆気なく消える。

幻術だ。幻術の筈なのに、自分の頭は確かに「熱い」と感じてしまった。

ダマーは脂汗を滲ませ、立ち尽くす。

その時、ヒュッターの口元からツゥ……と一筋の赤い血が流れた。ヒュッターは血を流しながら、それでも壮絶な笑みを浮かべて告げる。

「無詠唱幻術は、命を削るんです…………どうでしょう。痛み分けということで、ここは引いてもらえませんかね?」

ダマーの背中がゾッと冷たくなった。

この男は本気だ。命を削る無詠唱幻術を使ってでも、生徒を守るつもりなのだ。

「…………くそっ」

気圧されたダマーは、短く毒づき、ドスドスと乱暴な足取りで教室を出て行った。

* * *

ダマーが出て行き、乱暴な足音が聞こえなくなったところで、ヒュッターは教卓の前でしゃがみ込んだ。

(あーーーーーーー、寿命縮んだーーーー、心臓にわっる!)

教卓の裏側には、小さめの桶が二つ並べてある。一つはただの水、もう一つは燃える水と呼ばれる液体だ。この燃える水、低温で燃えるのである。

水でしっかり手を濡らして保護し、低温で燃える水をつけ、教卓の下で火を点ける──これはそういう手品だ。

なおこの手品、指や手の甲の毛が伸びていると、毛がメラメラといってしまうので要注意である。だからヒュッターは手をツルツルにしてきたのだ。

(まぁそれでも、全く熱くないわけじゃないんだけどな)

念のために手を水で冷やし、窓の外に向かって、反対の手を軽く振る。

これは、外で待機している黒獅子皇の部下ハイディへの、『ハイディちゃん、終わったよ。手伝いありがとなー』のサインだ。

ヒュッターは事前調査でダマーの人間性を把握していたし、自分を脅しにくるんじゃないかと予想を立てていた。

だから、目先のことをなんとかするのに全力な男は、ハイディに頼んで小道具を用意してもらい、手品の仕込みをした。

まずは、ダマーの予定を予め調べておき、こちらに来そうなタイミングで待機。

教室の扉は前と後ろに一つずつあるが、前は鍵をかけ、あえて後ろの扉だけ少し開けておく。そうすれば、ダマーは必ずそちらから入ってくる。これは、教卓の裏側に用意した小道具を見られないようにするためだ。

ダマーが教室に入ってきたら、外で待機しているハイディに合図し、オレンジ色の色ガラスを使った小道具で、室内にオレンジ色の光をちらつかせる。

ダマーに「何かある」と意識させるための演出だ。後々の炎の演出も信じてもらいやすくなる。

ナイフで手首を貫くのは簡単な手品だ。このナイフは薄くて、よくしなる。なので手首に細い筒を仕込み、その筒を通して貫通するように見せかけた。

その際に話した幻術で死んだ男云々は、どこぞで聞きかじった真偽も分からぬ話をそれっぽく誇張しただけ。

そして最後に、手が燃える手品で畳み掛けた……というわけである。

口から吐いた血は、当然に血糊だ。

(いやー、これだけ大掛かりなことしたのは久しぶりだな……芸人やってた時以来か?)

そこそこ良い学校に行かせて貰ったけれど、このまま親が決めた道を進んで良いのか、と考えた若い日。

自分はもっと違う何者かになれるのではないかと、家を飛び出して役者の道を進んだが、売れなかった上に劇団は解散。

食っていくために芸人を始めて、それでも食っていけなくて詐欺にも手を出し、そうやってズルズルと落ちぶれた男の成れの果てが、三流詐欺師の〈煙狐〉だ。

(芸人はなー、まぁまぁ楽しかったし、向いてるかもって思ったんだが……)

随分昔、とある村を訪れた時のことを思い出す。

あの頃の自分は、目立つために髪を真っ赤に染めていて、もっと派手な服を着ていた。

そんな見た目が派手なだけの売れない芸人に、村人達はこう依頼したのだ。

──余命いくばくもない女の子がいる。その子に楽しい思い出を作ってやってほしい。

村人達は金を出し合って彼に渡した。この金で少しでも長く滞在してほしい、と言って。

最初は軽い気持ちで受けた依頼だった。娯楽のない田舎で彼の芸はそれなりに受けて、悪くない気分だったのを覚えている。

くだんの余命僅かな少女はある日、彼にこう言った。

『ねぇ、芸人さん。お願いがあるの』

『おぅ、なんだいなんだい、言ってみな?』

『わたし、今から、いっぱい泣き言言うから……』

少女は我慢強かった。自分が余命いくばくもないことを知って、それでも家族の前では気丈に振る舞っていた。

だけど、本当は怖くて怖くて仕方がなかったのだろう。

それを家族にぶつけたくないから、通りすがりの他人に頼んだのだ。

『嘘でもいいから、わたしは助かるって……わたしは死なないって、言ってほしいの』

嘘でもいいから。の一言が悲しかった。

そんな言葉を、幼い少女に言わせるこの世界は、どうしてこうも残酷なのか。

彼は、いいよ、と言った。

少女は顔をグシャグシャにして、彼にしがみつき、泣いた。

『死にたくない……』

『あぁ』

『死にたくないよぉ……やだよぉ……怖い……やだぁ……やだやだやだ、やだぁ──っ!! 死にたくない、死にたくないっ、わたし、まだ、死にたくない……っ!! う、わぁぁぁん! わぁーーーーーーーん!!』

『死なないさ。知ってるか? 若さって、最強のパワーなんだぜ』

自分にしがみつく少女の背中をポンポンと叩く。

痩せた背中が、近づく死を否応なく実感させた。

『死なない?』

『あぁ、死なないよ』

『本当?』

『本当だ。嘘じゃない。すぐ良くなる』

こんな薄っぺらい嘘で金を貰えるなんてボロい仕事だ──そう割り切れるほど悪人にもなれず。

これは彼女のための優しい嘘なのだ──そう偽善に酔えるほど、楽観的でもなく。

半端者はヘラヘラ笑いを張りつけて、薄っぺらい嘘をつき続けた。

それから一週間と経たず、少女は死んだ。

彼はこの日の出来事を胸に秘めたまま、また旅に出た。

(ああいう嘘は………………きついよなぁ)

そこで聖職者の道を選ぶでもなく、ズルズルと旅を続けて。

芸に身が入らず詐欺の仕事ばかり増えて。

そうして落ちるとこまで落ちていくのだから、まったく救えない話だ。

いくら薄っぺらな嘘を重ねたところで、あの少女についた嘘を、上書きできるはずもないのに。