軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【13】そして決まる代表者

しぃんと静まりかえった教室に響くのは、人に化けたハルピュイアの美しい歌声。

古い言葉の歌は、それでも不思議と魅力的な響きを伴って、聴く者の胸を震わせる……が、それは代表者決めで揉めている会議の場に、すさまじく不釣り合いであった。

人間達の困惑などお構いなしに、ティアは気持ち良く歌う。

そこに、水をさす者がいた。眼鏡をかけた真面目な娘──エラ・フランクである。

「あの、ティアさん……」

「ピヨッ、なぁに?」

首を右に左に動かすティアに、エラは真剣な顔で言う。

「お歌は、今は我慢しましょう」

「駄目?」

「駄目です」

そっかー駄目かー。とティアはしょんぼりしつつ口を閉じた。

言った相手によっては「なんで? なんで駄目なの?」と食い下がるところだが、エラを相手にすると食い下がる気があまり起こらない。

多分、真面目で優しいエラが困っているのは、良い気分がしないからだ。

己の主張をぶつけあうセビル、ユリウス、ロスヴィータの三人をティアの歌が黙らせ、そのティアの歌をエラが黙らせる。

静まりかえった教室で、エラは言葉を続けた。

「……皆さん。それぞれの主張はあるかと思いますが、まずはこの場で代表者を決めてしまいましょう。でないと、魔法戦の話し合いが進まないまま、一週間を浪費してしまいます。それにあたって……」

エラは大人しそうな顔をキリリと引き締め、ユリウスを見た。

「派閥の話を持ち出すの、やめませんか?」

「クク、集団の代表を決めるなら、派閥の話が絡むのは当然だろう?」

「今は近代魔術の方が普及しているのだから、どうしたって見習いの中では近代派が有利になるのは分かっているはずです」

ユリウスの口は笑っている。それなのに、何故か笑顔が消えたようにティアには見えた。

蛇のような目が、一瞬チラリとロスヴィータを見る。

「……〈楔の塔〉の上層部は、古典派が幅を利かせているがな?」

その一言は、ゾクリとするほど冷たく、低い声だった。

それでもエラは引かない。体の前でギュッと両手を握り締め、今度はロスヴィータを見る。

「あと、ロスヴィータちゃん」

「な、なによ……」

「精霊の扱いについてユリウス君に言及するのは、難癖だからやめましょう。だって、古典派でも流派によっては、精霊を使役しますよね?」

「う」

「確かに、近代魔術の方が精霊の力に頼ることが多いから、不満はあるかもしれませんが、それでユリウス君を責めるのは、ちょっと筋違いです」

いつも強気なロスヴィータが、少しだけ押されている。滅多に怒らない姉に叱られている妹みたいだ。

(そういえば、エラとロスヴィータは宿舎で同室なんだっけ……)

普段、どんな風に過ごしているかは分からないが、なんとなく仲は悪くないのだろう、とティアは思った。

エラは頭が良い人だ。彼女の言葉は、理屈だけの正論とも、感情だけの言葉とも違う。

ちゃんと相手の感情を汲み取って、その上で、諭してくれるのだ。だから言葉がスルッと心に入ってくる。

ロスヴィータが俯いたところで、エラはゆっくりと顔を上げて、全員を見回した。

そして、いつもの彼女らしい気弱そうな顔で、控えめに言う。

「……と、それを踏まえて、もう一度、代表者決めの話し合いをできたらと思うのですが…………どうで、しょうか?」

「ふむ。それならば、わたくしからも一つ良いか?」

セビルが何やら楽しげな笑みを浮かべて発言する。

エラが「ど、どうぞ……」と場を譲ると、セビルは大変よく響く声で宣言した。

「わたくしは、エラ・フランクを代表者に推薦する」

エラが眼鏡の奥で目を剥き、「え」と呻いて仰け反った。その顔は真っ青だ。

ティアはピヨッと喉を鳴らして訊ねる。

「セビル、代表になりたかったんじゃないの?」

「エラの方が適任だと思ったから推薦したのだ」

「……良いんじゃない?」

ボソッと言ったのは、ルキエだ。

この手の話し合いでは消極的なルキエだが、今の「良いんじゃない」には、投げやりではない肯定的な響きがあった。

「ユリウスやロスヴィータみたいなのを説得するには、ある程度魔術の知識が要るでしょ。その上で、派閥的な問題を口にしない人間、って考えるとエラが妥当だわ」

「あたしも、エラが良いと思う……エラなら優しいし、威張らないしぃ……」

ボソボソと便乗するゾフィーを、ロスヴィータがジトリと睨んだ。

「アタシが威張ってるって言いたいの?」

「うひぃ……に、睨むなよぉ」

エラを見習い代表者に。それは、なかなか悪くない考えに思えた。

セビルのように頼もしいタイプではないが、エラは駄目なことは駄目と言える人間だ。

オリヴァー、ローズ、ゲラルト、フィンの四人も、エラなら良いんじゃないかな、という空気になっている。

だが、肝心のエラは真っ青な顔だった。

「だ、駄目ですっ」

エラが眼鏡の奥で視線を彷徨わせる。

眉根がギュウギュウに寄った、泣きそうな顔だ。

「私は、魔術が使えないのに…………代表者なんて……」

「えっ、別に良いじゃん」

軽い口調で言ったのはレンだった。

こういう時、レンは場の空気を重くしないよう、殊更軽い口調になる。

「魔術が上手に使える奴が見習い代表って言うんなら、とっくにヘーゲリヒ室長が実力試験やってるぜ。代表に必要な能力って、そういうのじゃないんだろ」

そう言ってレンは片目を瞑り、肩を竦めてみせた。

「ま、それを言ったらオレなんて、魔術が使えないどころか知識もないし、魔力量最下位だぜ? 美少年だけど。でも、そういう奴が代表になっちゃ駄目なんて、誰も言ってないだろ?」

エラはまだ迷っているらしい。

その時、ティアは聞いた。レンが「もう一押しだな」と小さく呟くのを。

(レンが、賢い美少年してる!)

レンは自然な素振りでセビルを見て、一瞬パチンとウィンクをした。

(あ、これ、もう一押しの合図だ)

「それにしても驚いたぜ。セビルが大人しく代表者を譲るなんてさ」

なるほど、レンは最後のもう一押しをセビルに託すことにしたらしい。

セビルは鷹揚に頷いた。

「簡単なことだ。ユリウスとロスヴィータは、わたくしを頼らないだろう? 他人を頼らぬ者がトップに立つと、ろくなことにならんのだ」

そう言ってセビルは己の胸を叩く。

「そういうことだから、わたくしのことを存分に頼るが良いぞ、エラ! わたくしは頼られるのが好きだからな!」

エラの表情が少し緩む。

揉めていたロスヴィータとユリウスも、何かを呑み込んだような顔をしている。

「まぁ、エラなら……」

「クク、良いだろう。ここは手を引いてやる」

ロスヴィータとユリウスは、お互いに「こいつが代表者になるよりはマシ」と考えているのだろう。

駄目押しとばかりに、ローズとオリヴァーが言う。

「エラ、頼むよ! オレは年上だけど、みんなをまとめるとか向いてないからさ!」

「俺は自身の修練に専念したい。まとめ役をする余裕はないのだ。頼む」

この場で年長者であるローズとオリヴァーに頼まれ、エラの表情に迷いが生じる。

そこにすかさず、ルキエが口を挟んだ。

「エラを代表者に推すにあたって、追加で提案があるわ。レンを代表補佐にしたら良いと思う」

「オレが?」

自分を指さし、目を丸くするレンに、ルキエは素っ気ない口調で言う。

「あんた、教室全体をよく見てるし、年上相手だろうと、話しかけるのに物怖じしないでしょ。口も上手いし。男性宿舎への連絡係をあんたがやれば、エラの負担も減るわ」

確かにルキエの言う通りだ。代表者の主な仕事は、指導員と見習い間の連絡役。

男性側への連絡をレンが担当するだけで、エラの負担はグッと減る。

無口なゲラルトが、ボソリと言った。

「……妥当だと思います。僕に異論はありません」

「お、オイラも……」

ゲラルトとフィンがルキエの意見に同意する。

レンは少し考える素振りをし、エラを見た。

「オレはそれでもいいけど……どうすんの、エラ?」

エラはもう嫌とは言わなかった。

きっと、不安も多いのだろう。それでも、不安をグッと呑み込んだ顔をしている。

「分かり、ました……その条件でお受けします。レン君、デザートの権利は譲渡するので、補佐役お願いします」

デザートの権利を譲渡。その一言にレンは「っしゃ!」と小さく拳を握りしめる。

「お目が高いね。いいぜ、美少年がバッチリ補佐してやるよ!」

代表者がエラで、補佐がレン。

二人ともすごい魔術が使えるわけではないが、この二人なら大丈夫だ、という不思議な安心感があった。

ティアは琥珀色の目で、教室にいる仲間達を見回す。

(人間は、枠を作るのが好きなんだなぁ……)

ハルピュイアのティアは、大人と子ども、雄と雌、ハルピュイアとそれ以外──とそれぐらいの枠しか持っていない。

だけど人間はもっと細かな枠を作って、そこに自分も他人もはめ込みたがる。派閥とか思想とか生まれた土地とか……きっともっと沢山。

それがティアには窮屈に思えるけれど、人間が自分が何者かを理解するのに──自己を確立するのに必要なのかもしれない。

(……だって、人間は何かになりたがる)

金持ちになりたい。偉い人になりたい。すごい魔術師になりたい──人は今の自分に満足せず、いつも何かになりたがる。

今、エラは見習いの代表者になって、レンはその補佐になった。

話し合いをして集団の代表や役職を決める。肩書きがつく──この積み重ねで人間は何かになっていくのだろうか。

代表者決めを一歩引いて見ていたハルピュイアは、静かに考える。

(これも、ヒュッター先生の課題なのかな。だって、ヒュッター先生、隣のお部屋でこっそり聞いてるし)

壁越しに聞こえる、笑いを堪える声に、ティアはちゃんと気づいていた。