軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【11】職人の戦い、商人の戦い

レンとゲラルトが管理室に入るのを躊躇っていると、背後から声をかける者がいた。

「ちょっといいか。中に入りたいんだが」

レンの背後に立っているのは、四十歳ほどの黒髪の男と、二十代の金髪の青年の二人組だ。声をかけたのは年上の男の方である。

年上の男はローブではなくスーツを着て、色ガラスを使った眼鏡をかけている。

若い男は派手な柄の入ったシャツの上にローブを羽織るという、チグハグな格好をしていた。

レンとゲラルトが道を譲ると、スーツを着た男がノックをして管理室の扉を開ける。

部屋の中では、室長のカペル老人をはじめ、数人の魔導具職人達がそれぞれ作業をしていた。その中に、ターバンで金髪をまとめたルキエの姿もある。

柄シャツの若い男と、スーツを着た年長の男が交互に言った。

「ちーっす、どもっす。財務室のヘルっす」

「同じく財務室のカウフマンだ。出荷する商品の進捗を確認に来た」

「げ」

あまり芳しくない雰囲気の声を上げたのは、他でもない管理室室長のカペルである。

カペル室長はそそくさと机の上に広げていた設計図を端に寄せた。その設計図を見て、柄シャツの若い男──ヘルが声をあげる。

「カウフマンさん、こいつらやべーっすよ。こっちが依頼してないモンばっか作ってますよ」

カウフマンと名乗ったスーツの男も眉根を寄せた。

「どうやら、お楽しみ中のようだが……カペル室長、こちらが依頼した商品は間に合うんだろうな」

「あー、うっさいうっさい。言われんでも間に合わせるわい」

カウフマンの小言に、カペル室長はシッシッと虫を追い払うような仕草をする。

カウフマンは色付き眼鏡を指先で持ち上げ、淡々と言った。

「前回は納期を三日破られている。前々回は二日、前々々回は四日。ここ一年、平均して三日前後は遅れている」

「カウフマンさんは、納期の遅れを十年分覚えてるし、俺の遅刻した回数も全部覚えてるんだぜ。こいつはマジだぜ」

カウフマンの背後で、ヘルが偉そうな顔をする。それは威張るところなのか、とレンは密かに呆れた。

そんな財務室の二人に、管理室のカペル室長はハン! と鼻を鳴らす。

その顔には、大変太々しい笑みが浮かんでいた。

「どうせお前らは、締め切りに余裕を持たせとるんだろ。なら、あと一週間は遅れても余裕だな!」

(うわ……)

レンは大商人の息子である。そのためかは分からないが、思考が職人よりも商人に寄っているらしい。

つまり、「あのジイさん、なんつー言い草だよ」である。腕が良くて締め切りを守らない職人は商人泣かせなのだ。

悪びれる様子のないカペル室長に、カウフマンが低い声で告げる。

「次に遅れた場合、そちらに卸す材料に制限をかけることになる」

「うげっ」

「この状況が続けば、この先、管理室の予算削減もあり得るだろう」

「こいつはマジだぜ。アイゲン室長も言ってたからな」

淡々と告げるカウフマンの背後で、柄シャツのヘルが「ヤバいぜ、マジだぜ」と繰り返す。

カペル室長は太い眉をしかめて「ぐぬぬぬぬ」と唸っていたが、すぐにその顔に愛想笑いを貼りつけた。

そうして、いかにも若者を諭す年長者のような口調で言う。

「いいか、カウフマン。物を作るのがワシら管理室の仕事。金を作るのがお前ら財務室の仕事だ」

「金は無からは生まれない。金を作るための商品を見せてもらおうか」

〈楔の塔〉は帝国自治区にある組織で、皇帝からの支援を受けていない。

主な収入源は、自治区内にある有力者からの支援、魔術師組合から受けた依頼の報酬、そして管理室で作成した魔導具の売り上げだ。

財務室は管理室で作った魔導具を商品として、卸す役割もしているらしい。

カペル室長は舌打ちをし、室内にいる職人達に向かって怒鳴った。

「おい、誰か売れそうなモン持ってこい!」

管理室の職人達はこの手のやりとりに慣れっこなのか、はいはい……と言わんばかりの顔で、それぞれの作品を持ってくる。

持ち寄られたのは装飾品が多いが、中には武器や衣類もあった。衣類にも魔力付与した金糸銀糸の刺繍を施すことで、魔導具と同じ効果をもたらすことができるらしい。

部屋に入らず扉の陰から見ていたレンは、思わず声をあげた。

「すっげ……あれ全部魔導具だとしたら、結構な額になるぜ」

「……そうなんですか? えぇと、馬を買えるぐらいに?」

ゲラルトは驚いたような顔をしていた。どうやら彼は魔導具に馴染みがないらしい。

レンは少し物知りぶって返した。

「馬どころか、魔導具は物によっちゃ家だって買えるんだぜ。流石にそこまで鑑定はできないけどさ」

「そ、そんなに……」

ゲラルトが長い前髪の下で、机の上の魔導具を凝視する。

最近気づいたが、ゲラルトはあまり裕福とは言えない環境で育ったように見える。やけに食い意地が張っているし、高価な物を見るとギョッとした様子で遠ざかるのだ。

その時、カウフマンが机の上からブレスレットを手に取った。あれは、ルキエが机にのせたものだ。

「これはお前が作った物か?」

「はい」

頷くルキエの顔と、手元のブレスレットをカウフマンは交互に見る。

そしてボソリと呟いた。

「ふむ……悪くない」

その呟きに、ルキエの唇の端が僅かに持ち上がる。

自分が作った物が認められたのだ。嬉しいに決まっている。

(ルキエが笑うとこ、初めて見たかも……)

ルキエはとっつきづらい性格だが美人だ。少し微笑むだけで、「おっ」と目を惹く可愛らしさがある。

カウフマンはブレスレットを手にしたまま、カペル室長に言った。

「カペル室長。彼女を一週間貸してくれ。売り子をさせる。この美人職人が作ったという触れ込みにすれば、各商品にいくらか上乗せできるだろう」

ルキエの笑顔が強張った。

ターバンの下で、細い眉毛がキリキリと吊り上がり、カウフマンを睨みつける。

「お断りします。私は、そんな売り方をするつもりは……」

「分かっていないな」

ルキエの反発をカウフマンは冷めた顔で聞き流し、手にした腕輪を軽く掲げる。

「この商品に、材料費以上の価値はない。だからこそ、凡作には付加価値をつけて売るんだ」

あまりにも残酷な言葉に、ルキエの顔からさぁっと血の気が引く。

カウフマンは色眼鏡を指先で持ち上げ、鋭い声で告げた。

「商品の売り方は俺が決める。素人は口を挟むな。不満があるなら売れる物を作れ」

(うわ、きっつ……)

きつい言い方だと思うけれども、カウフマンの考え方は商人としては正しい。

「この世に一つしかない」「かの皇帝陛下も愛した逸品」「悲劇の天才職人の遺作」──そうやって言葉で飾って商品の価値を吊り上げるのは、商人なら当たり前のことだからだ。

寧ろ、それをしないのは営業努力の放棄とも言える。

(……だけど、ルキエの気持ちも分かる)

精魂込めて作った品物が凡作と叩かれ、自分の容姿で売り込めなどと言われたら、腹の一つも立つだろう。

そんなの職人の腕を評価されず、容姿だけが取り柄と言われたようなものではないか。

ルキエは怒鳴り返したりしなかったが、唇を噛んで、顔いっぱいに不満を張りつけている。

そんなルキエの前で、カウフマンは己のスカーフを留めるブローチを外し、掲げてみせた。

「これは、数年前に中央で買った物だ。作ったのは、当時十五かそこらの無名の小娘だった。だが、俺は有り金をはたいてこれを買った。それだけの価値があると思ったからだ」

それは宝石を使わず、金属だけで作られたブローチだが、非常に精緻な装飾が施されている。

レンは思わずソロソロとカウフマンの背後に忍び寄って、ブローチを眺めた。

(すっげぇ……なんだあれ! 裏にも、めちゃくちゃ細かい装飾が入ってる!)

パッと見ただけではそこまで派手ではないのだが、見れば見るほど手の込み具合に驚く。

大豪商である父が身につけていた物に、勝るとも劣らない一品だ。

ルキエもそのブローチの凄さに気づいたのだろう。彼女の目はブローチに釘付けだ。

「後に、その小娘は皇帝お抱えの職人となった。俺は自分の目が正しかったことを確信した」

カウフマンは丁寧な手つきでブローチを留め直し、ルキエを見下ろす。

「このブローチは付加価値を付けずとも、買い手の心をかき乱すだけの力があったんだ。お前の作品にはその力がない。それが現実だ。分かったら大人しく売り子をしてもらおうか」

「カウフマンさんの言うことを聞いた方が良いぜ、見習い。こいつはマジだぜ」

ルキエは体の横で拳を握りしめている。その手は、小さく震えていた。

レンは、えぇいと腹を括り、思いきってルキエの前に飛び出す。

「ちょっと待った! ルキエを連れて行かれたら困るんだ!」

色ガラス越しの鋭い目が、レンを見下ろす。あれは値踏みに慣れた人間の目だ。

レンは敢えて、とびきり愛想の良い笑みを浮かべてみせた。

刮目せよ、美少年スマイル。

「俺ら、討伐室との魔法戦を控えててさ。ルキエはオレ達見習いを勝利に導くための、秘密兵器を作らなきゃいけないんだよね」

「ほう……秘密兵器とは?」

レンは唇に人差し指を添え、パチンとウィンクをする。

くらえ、美少年ウィンク。

「なーいしょ。教えちゃったら、秘密兵器じゃないじゃん。秘密も付加価値でしょ?」

秘密が秘密でなくなったら、付加価値が損なわれてしまう。

そのことをカウフマンも承知しているのだろう。

(まぁ、秘密兵器なんて、何も考えてないけどな!)

カウフマンが鋭く問う。

「その秘密兵器作りは、他の人間でも替えが効くのではないか?」

「駄目駄目、これはルキエじゃないと頼めないって!」

だから諦めてくれよな、と言外に告げる。

カウフマンは片手を持ち上げ、口元を覆った。手の下の口は微かに笑っている。

「……お前も売り子向きだな」

「ほんと? じゃあ、今度時間ある時に声かけてよ。売り子手伝うからさ。財務室の仕事も勉強してみたかったんだよね。でも、今は魔法戦の準備期間だから、その後でよろしく」

よろしく、の一言を言いながら、とどめの美少年上目遣いスマイル。

カウフマンは口元を覆う手を下ろし、「良いだろう」と短く応じた。

その目はもう、ルキエを見ていない。

カウフマンはヘルに命じ、作業机に並ぶ魔導具を鞄に詰めさせると、スタスタと部屋を出ていった。

柄シャツのヘルも「っす、失礼しゃっす」と雑な挨拶をして、カウフマンの後を追う。

パタンと扉が閉まったところで、今まで黙っていたゲラルトがレンに訊ねた。

「秘密兵器、初耳です。一体どのような物を……」

「うん。どうしような……なんか案ある、ルキエ?」

レンはヘラリと笑って、ルキエを見る。

ルキエは腕組みをして、凄まじい形相でカウフマンが立ち去った扉を睨みつけていたが、やがてターバンを毟り取って叫んだ。

「あんっの、クソッタレの性悪眼鏡っ!!」

管理室にいた全員が、仰け反るほどの声だった。多分、廊下を歩いているカウフマンにも聞こえているんじゃなかろうか。

レンはおっかなびっくりルキエに話しかける。

「びびったぁ……意外と汚い言葉も使うんだな」

「知り得る限りで、一番汚い言葉で罵ったのよ。これより汚い言葉があったら教えてちょうだい」

次からそれを使うわ、と唸るルキエに、カペル室長が耳の穴を指でほじりながら言う。

「安心せい。ここで職人やってりゃ、嫌でも口が悪くなる」