軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【幕間】とても怖い怖がり

〈楔の塔〉は第一から第三の塔全てに食堂があるのだが、第三の塔〈水泡〉の食堂でのみ、不定期で嗜好品の販売会が行われる。

扱う品は、財務室の仕入れ担当が手に入れた酒類、食堂の人間が手作りしたパンや菓子、そして整備室や管理室の人間が手作りした小物や雑貨など様々だ。

中でも酒と菓子類は非常に人気が高く、あっという間に売り切れてしまうこともある。

……ということは知っていたけれど、予想以上の混み具合にフレデリク・ランゲは閉口していた。

(来るのは初めてじゃないけど……前より、人が増えた気がする)

嗜好品販売会の品数が増えて、足を向ける人間が増えたのだ。

こういう時、財務室に行った同期とのやりとりを思い出す。

『うちの室長はヤバいぜ。マジだぜ』

『なに。裏金作りでもしてるの?』

『経理ミスを、銅貨一枚たりとも見逃してくれないんだ。俺は今年に入って二十回は絞られた』

『仕事向いてないよ。異動したら』

〈楔の塔〉は、以前は帝国からの支援を受けていたが、先帝とトラブルがあり、支援を断っている。故に、〈楔の塔〉の懐事情は決して充分とは言い難い。

それでも、財務室室長のアイゲンが上手く切り盛りをし、自治領の有力者達の支援を勝ち取ったことで、〈楔の塔〉は存続しているのだ。

『うちの室長はヤバいぜ。マジだぜ』

『着服でもしてるの?』

『〈楔の塔〉の魔術師達が快適に過ごせる環境を整えることが財務室の務めだ、って言うんだぜ』

『ただの良い人じゃない』

こうして、嗜好品販売会の盛り上がり具合を見ると、アイゲン室長がいかに有能かがよく分かる。

ただ想像以上に人が多く、フレデリクは目当ての物を探すのに少し時間をかけてしまった。

もしかして、と一番人が集まっている売り場に目を向ける。比較的若い女性が集まっている売り場だ。

ちょうどフレデリクが目を向けたタイミングで、黒髪の女が人混みの中を潜り抜け、商品の最後の一つを手にした。

「わたくしの勝利だ!」

そう言って高らかに掲げたのは、焼き菓子の入った紙袋。黒髪の女はホクホクとした顔で代金を支払う。どうやら売り切れてしまったらしい。

(……困ったなぁ)

フレデリク・ランゲは戦闘時には高い判断力を持つ優秀な戦士だが、戦場以外では割とのんびりぼんやりしている男だった。

さて、どうしたものかと悩んでいると、横から「フレデリク君」と声をかけられる。

「珍しいわね、貴方がここに来るなんて」

「レーム先輩」

フレデリクを見上げているのは、前髪の短い茶髪の小柄な女性──指導室のアンネリーゼ・レームだ。

レームは以前、討伐室に所属していたこともあり、フレデリクは何度も世話になっている。

少し子どもっぽい容姿の女性だが、魔法戦や魔物討伐の戦績は現室長のハイドンに匹敵する。近代・古典を問わず、あらゆる魔術を貪欲に学ぶ、優秀な魔術師だ。

今日は買い物をしていたのか、腕に小さな紙袋を下げている。

「何か欲しい物があったの?」

「ちょっと、お菓子でも買えたらと思っていたんですけど……売り切れてしまいました」

まぁ、と丸い目で瞬きをし、レームは何か思いついたような顔をする。

「ヘレナちゃんに?」

「なんでヘレナに買うんですか」

「だって、フレデリク君、お菓子なんて食べないじゃない」

「…………そうですね」

つまり、同期のヘレナを怒らせて、詫びの品を買うはめになった、と思われたらしい。心外だ。ヘレナがうるさいのなんて年中行事なのだから、いちいちご機嫌をとっていたらキリがない。

ただ、フレデリクが菓子の類を好んで口にしないのも、また事実。

「……この間、オリヴァーが討伐室を訪ねてきまして」

「えぇ、聞いたわ」

「その時に、オリヴァーと一緒にいた見習いの子達を怖がらせてしまったので、お詫びにお菓子でもと思ったんです」

見習いに優しく──は、〈楔の塔〉では割と暗黙の了解である。どの部屋も人手不足なので、自分達の部屋に来て欲しいのだ。

フレデリクとしても、後輩に怖い先輩と思われるのは心外だった。

(それに、あの子……)

白髪に琥珀色の目の少女。歌が上手で、飛行魔術を使ってやったら、とても喜んでいた。

これはリカルドから聞いた話だが、あの少女は外で寝ていたフレデリクのために、子守唄を歌ってくれたらしい。

『よく眠れるおまじない、らしいっすよ』

とリカルドが言っていた。

あの子に怖がられるのは嫌だなぁ、と思う。

自分が怒りを向けるのは、魔物と弟だけなのだ。嫌われるのも、魔物と弟だけでいい。

「弟さんが討伐室に来るのは嫌?」

フレデリクを見上げるレームは、少しだけ困り顔をしていた。

彼女は指導室の所属で、見習い魔術師であるオリヴァーを指導する立場だ。

「……あの無能に、足を引っ張られて死にたくないだけです。オリヴァーに、討伐室でやっていけるだけの実力はありませんよ」

レームは否定しなかった。

彼女もかつては討伐室に所属していた人間だ。魔物退治の過酷さは、よく分かっている。

「足手まといは、さっさと逃げれば良いんです。なのにオリヴァーは逃げない……そのせいで、隊が全滅することもあり得る」

「そうね。貴方の言うとおりだと思う」

フレデリクも、レームも、何人もの仲間達が死んでいくのを見た。

思い出すだけで吐きそうな、酷い死に様の者もいた。遺体を持ち帰れず、その場に打ち捨てなくてはならないことも何度もあった。

討伐室は、〈楔の塔〉で最も過酷な部屋だ。

「それでもね、フレデリク君」

「はい」

「私は、強くなりたい子の気持ちが分かるから……見習い達が強くなりたいと言うのなら、鍛えるわ」

レームの目が、真っ直ぐにフレデリクを見る。

「それが、今の私の仕事よ」

彼女に真っ直ぐ見つめられると、少し緊張する。

アンネリーゼ・レームはかつて、全てを見透かす目を持つ女と言われていたからだ。索敵魔術の精度が凄まじく、敵の動きを読むのが抜群に上手かった。

そのせいか、自分の心の動きまで読まれているような錯覚がして、少し怖い。

黙り込むフレデリクに、レームはふわりと笑いかけ、手にぶら下げた紙袋から小さな包みを取り出す。

「フレデリク君。これ、良かったらあげる」

包みからはバターの香りがした。フレデリクが買い損ねた焼き菓子だ。

「ベル室長とのお茶会用だったけど、売り切れてたことにしておくわ」

「代金は払わせてください。でないと、後輩へのお詫びにならない」

「はいはい」

レームはクスクス笑い、フレデリクから代金を受け取る。

そうして笑っていると、チャーミングで親しみやすい女性だ。

事実、それも彼女の一面だけど、戦場に立ったアンネリーゼ・レームの強さと恐ろしさもフレデリクは知っている。

「それじゃあね、フレデリク君──ちゃんと寝ないと駄目よ?」

(……レーム先輩には頭が上がらないな)

返事の代わりに会釈をし、フレデリクは第三の塔〈水泡〉を後にする。

外に出ると、日差しがポカポカと気持ち良くて、フレデリクは小さく欠伸した。

日が出ているところは、安心する。だって、夜は怖いから。

彼はずっとずっと怖いのだ。長い手足のランゲは魔物に狙われるから、魔物が怖くて怖くて仕方がない。子どもの頃はいつも泣いていた。

『あぁ、よぅく顔を見せておくれ。その感情は、わしの大好物』

恐怖は笑顔で隠さなくては。

でないと、あの魔物がやってくる。あの魔物に食べられてしまう。

(……オリヴァーみたいに)