軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【1】ヒュッター先生は食レポ上手

飛行用魔導具を知った翌日の朝、ティアはいつもより早く部屋を出た。

朝食を食べに第一の塔〈白煙〉の食堂に行く時は、大抵セビルと一緒に行くのだが、今日は一人で行くと決めていたのだ。

ペタペタと早足で宿舎を出たティアは、男性宿舎の方から歩いてくる、お目当ての人物を見つけ、声をかけた。

「ユリウス!」

真っ直ぐな黒髪にローブ、どこか蛇のような雰囲気のある少年──ユリウスは、同室のフィンと一緒に食堂に向かう途中だったらしい。

小柄なフィンはティアを見て、ビクッと怯えたような顔をしたが、ユリウスはいつもと変わらない笑みを浮かべていた。

「ククッ、どうした。俺の派閥に入るつもりになったか……?」

その言葉を聞いて、ティアは少しだけ驚いた。

昨日、ティアはユリウスを突き飛ばし、踏みつけているのだ。

(……怯えるか、怒るかだと思ってた)

人間は感情を隠すのが上手だから、怯えや怒りを押し殺しているのかもしれない。

ただ少なくともティアの目には、ユリウスがいつも通りに見えた。声も震えていない。

ティアはプスッと鼻を鳴らし、昨晩ずっと考えていた言葉を口にする。

「あのね。わたし、友達は欲しくないの」

「ククッ……そうか」

「でも、ユリウスを踏んだのと、腕輪を叩きつけたの、良くなかった。ゴメンナサイ」

ユリウスの表情は変わらない。薄い笑みをたたえたままだ。

一方フィンは表情豊かにオロオロして、ユリウスを見上げている。その顔が「どうするの、ユリウス?」と言っていた。

ティアはユリウスをジッと見て、続ける。

「わたし、飛行魔術が使いたいの。それで、えっと、管理室の人に、飛行用魔導具を使わせてもらってて」

「いいぞ、クク……管理室は近代派寄りだな」

共通授業で近代魔術と古典魔術があることは習った。

だけど、使う魔術で派閥を作るというのがティアにはピンとこない。

「その、近代派とか古典派? って大事なの?」

ユリウスの表情が少しだけ変わる。笑みはそのままに、少しだけ目を細めて──何かを噛み締めるような声で、ユリウスは言う。

「あぁ、大事だ。少なくとも俺にとっては」

「そっか」

じゃあ、どうでもいいって言うのは良くないな、とティアは思った。

魔導具を粗末にして、ルキエに怒られたばかりなのだ。人が大事にしているものを粗末にするのは良くない。

「ピヨッ、ユリウスは近代派が大事な人で、勉強を教えるのが好き。覚えた」

「……教えるのが好きだと言ったつもりはないが?」

初めてユリウスが明確に眉をひそめる。

ティアは、ユリウスの陰に隠れているフィンを見た。

「フィンが言ってたもん。ユリウスは人に勉強を教えるのが好きなんだよ、って」

フィンが「あうっ」と声を漏らし、己の口を両手で押さえる。

彼はユリウスが自分を見下ろしていることに気づくと、分かりやすく狼狽えた。

「あの、ごめん、ユリウス。オイラが勝手にそう思ってるだけで……そのぅ……」

「クク……ククククク……」

その笑いの真意は分からない。ただ、フィンを馬鹿にしている笑いではない、とティアは思った。

まぁいいや、とティアは話を続ける。

「えっと、話がそれたかな? あのね、わたし、空が飛べればそれでいいの。今は飛行用魔導具の訓練してるから、ユリウスに教えてほしいことはなくて……」

だけど、飛行用魔導具で空を飛ぶことだけ考えていては、〈楔の塔〉にいられないことをティアは理解していた。

人間は勉強をすることがいっぱいある。

「今は教えてほしいことないけど、この先、何か分からないことができたら、教えてほしい……教えてクダサイ」

ティアは勢いよく頭を下げた。頭を下げた勢いで、羽を上に向けるみたいに腕が上を向く。しまった。こういう時、手は体の横につけるか、前で揃えるのが正しいのだった。

お辞儀、やり直した方がいいかな。と考えながら頭を上げる。

ユリウスはやっぱりクツクツと笑っていた。

「ククッ、良いだろう。その時は俺がお前に、近代魔術の極意を教えてやる」

「ペウゥ……多分、それは教わらないと思う……」

「クックック、ではまたな。行くぞ、フィン」

ユリウスがローブの裾を翻し、第一の塔〈白煙〉に向かう。その後をパタパタとフィンが追いかけ、ティアもペタペタ追いかけた。

ユリウスが足を止め、ティアを振り向く。

「……何故ついてくる?」

「え? だって、行き先同じ。朝食食べたい」

言うべきことはちゃんと言ったので、ティアには禍根もわだかまりもないのだ。

スッキリしているし、早く朝食を食べたい。

黙り込むユリウスの横で、フィンがアワアワとしながら言う。

「えっと、ユリウス、ティア、一緒に行こう。ねっ?」

「ピヨッ、うん行こう。ユリウス、行かないの? 朝食食べない人?」

「……ククッ、クックックックッ……」

「その笑い声、ちょっと鳥の鳴き声に似てるね」

思ったことを正直に言ったら、ユリウスが真顔で黙り込む。

あまり喜んでない顔だ、とティアは察した。

* * *

共通授業の時間、教室に入ってきたヒュッターは、疲れの滲む顔で言った。

「はい、皆さん、おはようございます。なんか昨日、討伐室のおっかない人が指導室に乗り込んできたんだが……先生怒らないから、心当たりのある奴は手を挙げろ〜」

とんがり帽子ロスヴィータが堂々と挙手をし、小柄なフィンと前髪の長いゲラルトが控えめに手を挙げる。

ティアは心当たりがないので手を挙げずにいたら、レンに肘で突つかれた。

「お前も挙げとけって。絶対、名指しで文句言われてんぞ」

「ピヨッ、誰に?」

「顔に傷のあるオッサン! お前、ぶら下げて飛んだろ!」

そっかぁ、あの人かぁ。と納得しつつ、ティアも挙手をする。

「あのオジサンのおかげで、空飛べたよ! ヒュッター先生、ありがとう、ってお礼言いに行った方がいい?」

「やめとけやめとけ。まぁ、思うところはあるが……対応するヘーゲリヒ室長が大変だから、無闇に敵は作らないように」

「はぁい?」

ティアとしては、特に敵を作った記憶はないので、返事は曖昧になった。

ヒュッターがオッホンと咳払いをする。このオッホンは、これから大事な話をしますよ、という合図だ。

ティアは己の口を両手で塞ぐ。

「さて、まずは大事な話がある。お前らがこの教室で授業を受けて、そろそろ二週間だ。ここらで、このクラスの代表者を決めたいと思う」

教室の空気が少しざわつく。中にはピリッとした空気を発している者もいた。

ティアはきちんと挙手をし、発言する。

「ピヨップ! ヒュッター先生、代表は何するの?」

「指導員と見習い魔術師間の連絡係とか、見習いのまとめ役とかだな」

つまり、この見習い魔術師十二人からなる群れの中で、ボスを決めろということらしい。

(狼の魔物達みたい)

首折り渓谷のハルピュイアはあまりボスを作らない。敵がいたら、皆で歌いながら、わーっと群がって、わーっと鉤爪で引っかき回す。

ただ、ボスがいる集団は統率が取れていて、とても手強いことをティアは知っていた。

「なお、見習い代表となった者には、本来、見習いは入れない第二、第三図書室の利用を許可する」

ヒュッターの言葉に、何人かの目の色が変わる。

第三の塔〈水泡〉にある蔵書室には、いくつかの図書室があって、見習い達が使えるのは第一図書室までと決まっていた。

第二、第三図書室には、より専門的な本や、貴重な本が沢山あるのだという。

ヒュッターは生徒達の顔を見回し、ニヤリと笑った。

「更に、俺が食堂のおばちゃんに交渉し……代表者となった者には一年間、週に一回デザートをつけてもらえることになった」

教室の半数以上がワァッと反応した。

まぁまぁ食べる大人のローズとオリヴァーが頷き合う。

「デザートかぁ、それはちょっと魅力的だなぁ……」

「うむ、甘味は心を豊かにしてくれる」

いつも無口なゲラルトが珍しく口元を抑え「甘味……贅沢品」と呟き、フィンはユリウスに「甘いの美味しいよねぇ」とのんびり呟く。

そして最年少の呪術師少女ゾフィーは、机に突っ伏して足をパタパタさせていた。

「うひぃ……代表なんて絶対無理だけど、この閉鎖的環境で甘い物は魅力的すぎるぅ……ずるいぃぃぃ……」

〈楔の塔〉では一日三食、食堂で食事が提供されるが、デザートがつくことは稀だ。

時折、第三の塔〈水泡〉の食堂で焼き菓子が販売されるが、それもすぐに売り切れてしまうという。

ティアは食事は少しで良いので、デザートの追加はそれほど魅力的ではないが、ヒュッターの提案はクラスの半数以上の心を動かしたらしい。

レンがヒュッターに訊ねる。

「つーか、ヒュッター先生、どうやってそんな交渉したの? 先生って〈楔の塔〉に来たばかりじゃん」

確かにそうだ。ヒュッターは魔術師組合から派遣されてきた人で、〈楔の塔〉の魔術師の中では新参者なのだ。

ヒュッターはフッと笑い、立てた指を左右に振った。

「いいか、お前ら。他人に作ってもらった食事への感謝と、美味しさの言語化、そしてそれらを料理人に伝えるコミュニケーション能力は人生を豊かにするぞ、覚えとけ」

つまり、食堂のおばちゃんに感謝の気持ちと料理の感想をこまめに伝え、仲良くなったらしい。

ティアはヒュッターに尊敬の目を向けた。やっぱりヒュッター先生はすごい。ティア達の見ていないところで、そんな交渉までしていたなんて。

騒つく生徒達の前で、ヒュッターはパンパンと手を叩いて視線を集める。

「なお、代表者は全員で話し合って決めて、一週間後、ヘーゲリヒ室長に報告するように。はい、それじゃあヒュッター先生の楽しい魔法史を始めるぞ〜」