軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【7】語らいの夜

陽が沈み、夜の暗闇に沈む森を、茶髪の中年男が灯りもつけずに歩いていた。

男の名はザイツ。魔術師ではなく、魔術も扱える傭兵である。

彼が〈楔の塔〉の入門試験を受けているのは、〈楔の塔〉の魔術師になりたいからではない。

試験の手助けをしろ、と依頼を受けているからだ。

「戻りました、レーヴェニヒ様」

大きな木の下で、一人の少年が焚き火をしていた。黒髪に切れ長の目の、どことなく蛇のような雰囲気の少年だ。

少年の名はユリウス・レーヴェニヒ。まだ十六歳の少年だが、ザイツの雇い主である。

魔術師らしく黒いローブを羽織ったユリウスは、焚き火を枝で突きながら、ザイツを横目に見る。

「鍵は集まったか?」

「はい、二つ確保しました。オレと貴方の分を合わせて四つです」

ザイツは懐から木片を三つ取り出す。

一つは彼の物。残る二つは他の受験者を剣で脅して奪い取った物だ。

ユリウスは木片を受け取ると、細い眉をひそめる。

「……確保するのは一つで良かったはずだ。ラントはどうした?」

「しくじりました」

ラント──金髪の中年男もまた、この少年に雇われた傭兵だった。

だが、曲刀使いの黒髪の女に倒され、それっきりだ。今頃、鍵は奪われていると考えた方が良いだろう。

(もっと簡単な仕事だと思ったんだがな)

ユリウスはこの試験で確実に合格するために、ザイツとラントの二人を雇った。

この時点で鍵である木片は三つ揃っているから、あと一つ手に入れれば、鍵は完成する。

だから、無力そうな白髪の少女を騙すなり脅すなりして鍵を奪うつもりだったのに、金髪の少年が邪魔をし、追いかけていたら黒髪の女に相方を無力化されてしまった。

(あの女は、ヤバいな……)

ザイツは剣を下げているが、この仕事で殺しをするつもりはなかった。

傭兵稼業をしてそれなりに長いし、他人の命を奪うことに抵抗は薄い方だが、それでもこの程度の仕事で殺しをする方が馬鹿らしい。

少し剣をチラつかせて、それでも引かないなら魔術を仕掛けてやれば、引くだろうと思ったのだ。

だが、あの黒髪の女の殺気は本物だった。あの女はザイツが子どもを盾にしたら、顔色一つ変えず首を刎ねる。そんな確信があった。

(何より、あの曲刀……)

曲刀はシュヴァルガルト帝国と小競り合いになっている、草原の国トルガイの人間が好んで使う武器だ。

帝国は草原の国の民を異民族として排斥し、彼らが扱う剣を蛮剣と呼ぶ。

故に、帝国で曲刀を好んで使う者は殆どいない。

(曲刀……蛮剣使いの女? ……いや、まさかな)

頭によぎった考えを振り払い、ザイツは思案する。

あの曲刀使いの女は、助けた子ども二人と行動を共にしてるようだが、なるべく関わらない方がいいだろう。

既に鍵は四つ揃ったのだ。あとは地図の×印の場所に赴き、〈楔の証〉を回収して、集合地点に戻るだけでいい。

「このまま地図の印のところに向かいますか?」

ユリウスは焚き火をつつく手を止め、首を横に振る。

「いや、鍵を試すのは明日の早朝にする。夜は動かない方がいい」

ユリウスの手元で、指輪の赤い宝石が炎の輝きを反射して、ユラユラと揺らめきながら輝いた。

彼は焚き火を突いていた枝を地面に置き、その指輪をそっと撫でる。

「……あぁ、分かっている。お前の力を疑っているわけじゃない」

ユリウスのその言葉はザイツに向けられたものではない。彼の指輪──正確には、そこに宿る精霊に向けられたものだ。

ユリウス・レーヴェニヒはこの若さで、既に力の強い上位精霊と契約を交わしているらしい。

精霊の力は絶大だ。詠唱無しで膨大な魔力を操ることができる。

それなのにユリウスが契約精霊の力を使わず、傭兵を雇って試験に挑んだのは、契約精霊の力が強すぎるからだ。

ザイツは、この試験会場に向かう道中、ユリウスの契約精霊が竜を焼き殺した瞬間を目撃している。

(それだけの力があるなら、夜闇を恐れる必要もないだろうに……)

さっさと仕事を終わらせて帰りたい。そんなザイツの心を読んだかのように、ユリウスは視線を指輪からザイツに移した。

そうして、クックックと喉を震わせ密やかに笑う。

「夜は魔物の時間だからな」

まるで、その呟きを聞かれたら、本当に魔物が寄ってくるとでも思っているかのような……そんな小さな声だった。

魔物なんて旧時代の生き物だ。現代では、それらしい目撃情報がたまにある程度。

そんな不確かなものより、竜や精霊の方が──或いは目の前にいるユリウスの方が、ザイツにはよっぽど恐ろしかった。

* * *

ピヨロロロ、ピョロロロロ……と平和な寝息が聞こえる。

レンは硬い地面でゴロリと寝返りを打った。レンの隣ではティアが体を丸めて、奇怪な寝息を立てながら熟睡している。

レンとティアを焚き火で挟んだ反対側では、セビルが剣を抱いて火の番をしていた。

レン達は、地図で最も北に位置する×印の場所を目指して移動している。

道中、別の×印の場所を見つけ、四つ合わせた鍵を使い、隠されていた金庫を開けてみたが、中身は空だった。

最初から入っていなかったのか、他の誰かが既に持ち出したのかは分からない。

それから三人は日が沈むまで北を目指して歩き、ここで一晩明かすことにしたのだ。

(こいつら、なんでこんなに体力あんだろ……)

日が沈む頃には、レンは体力の限界で、足もフラフラしていたが、ティアとセビルはずっと元気だった。

思えば、鍵狙いの男に追い回されていた時も、ティアは息は切らしていなかった気がする。

(すっげー鈍足だけどな。なんか、走り方も変だし……)

彼女の艶のない白髪の上で、焚き火の灯りが揺れている。それをボンヤリ眺めていると、セビルが小声で言った。

「寝ないと、明日に響くぞ」

「育ちが良い美少年なんでね。野宿に慣れてないんだ」

「わたくしも育ちが良いが、野宿は得意だぞ」

「…………」

火の番は二時間交代と決めている。

早く寝なくてはと思うが、目が冴えて眠れない。レンは寝転がったまま、小声で言った。

「なんか喋ろうぜ。クソどうでもいいこと。その方が眠れる気がする」

「ふむ。では、わたくしが火竜と対峙して、死線を彷徨った時の話はどうだ」

「いきなり血生臭ぇな。竜に食われる夢を見たらどうしてくれんだ」

「火竜は人を食わぬ。焼き殺すのだ」

「やーめーろーよー」

少し大きい声をあげてしまった気がするので、レンはチラリとティアを見た。

ティアはまだ、ピョロロロ、ピョロロロと寝ている。

そのことにホッとしていると、セビルが言う。

「食事の時に、お前とティアの出会いの話を聞いたな」

「それがなんだよ」

味気ない携帯食料の味を思い出しながら言葉を返すと、セビルはどこか楽しげな笑みを浮かべた。

「何故、ティアを助けたのだ? 計算高いお前なら、ティアを囮に上手く立ち回ることもできたであろう?」

「……ひっでー言い草」

あまり強い口調で言い返せなかったのは、自分がそういう人間だという自覚があるからだ。

レンはプイとセビルに背を向けるように寝返りをうつ。

「オレさぁ、試験会場にわりかし早めに着いたから、色んなやつに話しかけたんだよ。でも、下働き希望か、魔術も使えない奴に用はないって感じの奴ばかりでさ」

──ごめんなさい、私は下働き希望だから。

──魔術師になるつもりなんて、ないんだよ。

最初から試験を諦めていた者達とは、話が続かなかった。

──君は魔術はどの系統を? 近代? 古典? え? そんなことも分からないのかい?

──魔術を使えない奴に、受験資格なんてないだろう。

魔術の素養がある者達は、魔術の使えぬ者など話にならぬと鼻で笑った。

「そしたら、ティアがゴロゴロ転がって、おかっぱ眼鏡のオッサンの上に落ちてきてさ」

最後に到着したティアは、元気な声で宣言した。

『こんにちは、ティアっていいます! 魔術師になりに来ました! よろしくお願いします!』

あぁ、こいつはローブも杖も持ってないし、字を読むのも覚束ないのに、本気で魔術師になりたいんだ、と思った。

それがなんだか妙に嬉しかった。

「……友達になりたいって、思ったんだよ」

ふふ、と微かな笑い声がした。

高慢さとは無縁の、柔らかな笑い声だ。

「案外、可愛らしいことを言うではないか」

「うっせ」

セビルはそれ以上は何も言わなかった。

パチパチと焚き木が爆ぜる音、夜風が草木を揺らす音、ピョロロロという寝息がレンの耳に届く。

それらに耳を傾けている内に、レンはトロトロと微睡み、穏やかな眠りについた。