軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【5】兄者ぁー! 俺だ!

第二の塔〈金の針〉は三階建ての塔で、一階には室内訓練場がある。

ティア達がチラリと覗くと、中では守護室、討伐室の人間が実戦訓練をしていた。

そんな訓練場横にある階段を上った先、二階にあるのが守護室と討伐室の作戦室や待機室などだ。

守護室の待機室では、昨日世話になったオットーが茶を飲んでいて、ティア達が昨日の礼を言うと、「ご丁寧にどうも」と返してくれた。

守護室は比較的年齢層がバラバラで、オットーより年上の者もいれば、若い女性魔術師もいる。皆、見習いであるティア達に優しくて、ティア達がオットーにお礼を言うと、「真面目だねぇ」「えらいねぇ」「先生がしっかりしてるんだねぇ」と褒めてくれた。

その際に、セビルはオットーをはじめ、守護室の魔術師達に、時々で良いから剣の訓練に付き合ってほしいと交渉をした。

礼を言いに来たのに、訓練に付き合えは厚かましいだろ……とレンはぼやいていたが、オットーは「時々で良いなら」と困り顔をしつつも了承してくれた。親切だ。

他の魔術師達も「申請すれば見習いでも室内訓練場を使えるよ」と教えてくれたり、「いつでもおいで」と声をかけてくれる。

総務室と財務室以外は、基本的に見習いに親切だとヒュッターが言っていたのは本当だ。

(お礼を言いに来なかったら、訓練場が使えること知らないままだったし、セビルも訓練のお願いできなかった)

こうやってきちんとお礼を言いに行き、交流を重ねることで、〈楔の塔〉でできることが増える。選択肢が広がる。

やっぱりヒュッター先生はすごい、とティアは思った。

二階の守護室を出た後、三人は三階の調査室を訪れた。

調査室は、壁際に本棚がズラリと並んだ部屋だ。本棚に収められているのは、魔物達に関する資料らしい。書き物をするための机もたくさんある。

部屋はきちんと掃除されていて、ティア達に勧められた応接セットは、フカフカのソファだった。

高級感を押し出しているわけではないが、きちんとした雰囲気がある。

「ようこそ、みなさん。私が調査室室長のディールです」

ティア達とは向かいのソファに座ったディールは、この部屋によく似た雰囲気の男だった。つまりきちんとしている。

中肉中背で年齢は五十歳過ぎ。白髪まじりの灰色の髪を撫でつけ、三揃いのスーツを着込んでいる。魔術師らしくない装いだ。

ティアがディールを観察していると、中年の男がお茶を淹れて持ってきてくれた。

「やぁ、昨日はどうも」

そう言ってお茶を並べてくれたのは、昨日一緒に出かけた調査室のおじさんの一人だ。

ティアは元気に挨拶をした。

「こんにちは! あ……お礼言いにきたのに、お茶を貰ってる……セビル、こういう時ってどうすればいいかな?」

「ありがたく、そして美味しくいただくのだ!」

なるほど、とティアは納得し、お茶のカップを持ち上げる。

「分かった! いただきます!」

「馬鹿、いただく前に、昨日のお礼だろうが!」

レンが小声で注意し、セビルをチラチラ見る。

三人の中で最年長のセビルが、代表して口を開いた。

「昨日は大変世話になりました。調査室の皆様方に、深く感謝いたします」

「ありがとうございます」

「ありがとーございますっ!」

セビルに続いてレンが頭を下げたので、ティアも真似した。

そのやりとりを見ていた室長のディールが、感心したような口調で言う。

「ヒュッター君の生徒さんは、とても礼儀正しいですね」

ディールは紅茶を一口飲んで、穏やかに微笑む。

「みなさん、昨日は怖い思いをして、大変だったでしょう。それでも、恐ろしかった体験から逃げず、こうして私の部下にお礼を言いに来てくださった。そのことを、とても嬉しく思いますよ」

褒められた。嬉しい。

ついつい、ピヨップと声が出そうになるが今は我慢だ。調査室は魔物の痕跡を調査する人達。魔物らしい振る舞いは厳禁である。

ティアは鳴き声を誤魔化すように、勧められたクッキーをサクサクかじった。

「魔物と相対するのは、とても怖かったでしょう。しかも、上位種と遭遇するなんて……魔導具で撃退できたのは、幸運でしたね。その時の魔導具は、まだ手元に?」

ディールの問いに、セビルが首を横に振る。

「あれは爆発してしまったからな。回収する余裕もなかった」

「そうですか……それは残念でしたね」

「あぁ、気に入りだったので惜しくはあるが、命には代えられん」

ディールとセビルがそんなやりとりをしている間、レンが少しだけ険しい顔をした。何かを警戒しているようにも見える。

ディールが紅茶を一口飲んで、言った。

「実は、君達が遭遇した雪猪の死骸に、奇妙な点がありまして」

ピヨッ。と声が出そうになるのをティアは咄嗟に堪える。

レンは多少硬い顔をしているけれど、動揺を顔に出してはいない。

セビルは流石というか、いつものセビルらしい態度でディールに訊ねた。

「奇妙な点とは?」

「君達が遭遇した魔獣──雪猪は、洞窟が爆発した際の瓦礫で死んだ……となっているのですがね。死骸を調べてみたところ、魔力器官が断裂していたんです」

「魔力器官……魔力を全身に供給する器官のことだったな」

「そうです。主に魔力を溜め込む器となる魔力器と、それを全身に巡らせる魔力管ですね。これらが、 内側から(、、、、) ズタズタに裂けていたんです。体内の魔力が暴走したのが原因でしょう。ならば、魔力暴走が起こった原因は何か?」

ピロロロロロ……と声が出そうだ。

あの時は、咄嗟にレンが機転を利かせて雪猪の死因を偽装したが、調査室はその嘘をたった一晩で見抜いたのだ。

ディールが静かに続けた。

「我々はあの場所に、もう一体、別の魔物がいたのではないかとも考えています。魔物同士が獲物や縄張りを巡って争うことは珍しくありませんから」

これが、調査室の実力。

ティアの背筋がゾクリと震えた。

あの場所にいたもう一体の魔物──他でもない、ティアだ。首折り渓谷のハルピュイア、フォルルティアだ。

(こういう時は、何を言えば良いんだろう)

ティアがソワソワしていると、セビルがティアの前にクッキーの皿を置いた。

「ティア。わたくしの分も食べて良いぞ。わたくしは少し、減量中なのだ」

「洞窟で尻がつっかえたもんな…………いてっ!」

余計なことを言ったレンの足を、セビルが蹴る。

このやりとりは、なんとなく場の空気を変えるためのものに思えた。だって、レンとセビルが今の軽口の最中、ティアに目配せをしたのだ。

その目が「任せろ」と言っていた。

先にレンが口を開く。

「あの場所に、他の魔物が? それって、オレ達が倒した上位種とは別にってこと?」

「えぇ、その可能性が高いかと」

続いてセビルが、考え込むような仕草をして言う。

「ジャックと名乗った上位種の魔物が、八つ当たりで雪猪を殺した可能性はないか? 残忍な上位種なら、そういった気紛れを起こすこともあるだろう?」

「可能性はゼロではありません。ただ、ジャックという魔物は主に、冷気を操る魔物……魔力暴走を引き起こす魔物には思えないのです」

「そうか。なら、実際にいたのかもしれぬな。別の魔物が」

セビルがサラリと肯定するものだから、ティアはギョッとする。クッキーで口を塞いでいて良かった。

モフモフとクッキーを頬張るティアの横で、レンが恐怖を押し隠して強がる美少年の顔をする。

「じゃあ、オレ達、その魔物と遭遇してたらやばかったんだな……洞窟の中に隠れてて、正解じゃん」

「あぁ、その後も、早めにヒュッター先生や調査室の方々と合流できたのは幸運だった」

(ピヨッ! ……あ、そっか。他の魔物がいたってことがバレても、知らないよ〜で押し通せば良いんだ)

やっぱり、レンとセビルはすごい。頭が良い。

調査室室長のディールも、それ以上深くは追及しなかった。

「そうですか。では、あの時のことで何か思い出したら、教えてください」

そう言って穏やかに微笑んだディールが一瞬、ティアを見たような気がして、ティアはクッキーをあやうく喉に詰まらせそうになった。

* * *

調査室を出て少し歩いたところで、ティアはペフゥーと安堵の息を吐いた。

「怖かった……なんか、すごく強い感じじゃないけど、怖かった……ピロロ……」

「あの室長、〈楔の塔〉に入門した時から、調査室一筋だったらしいぜ……」

「なるほど、年季が違うな。あれは手強い」

ティアとレンは無意識に背中が丸くなった。なんというか、あの数分ですごく疲れたのだ。

セビルだけはいつも通り、背筋を伸ばして堂々としている。

堂々としていることに根拠などなくとも、セビルがそうしているだけで、物事が前向きに解決するような気がするから不思議だ。

調査室を後にした三人は階段を下りて、外を目指した。今は外の空気がとても恋しい。

「……ピヨッ?」

ふと、二階に下りたところで、ティアは見覚えのあるツンツン頭を見つけた。

薄茶の髪をツンツンに逆立て、槍を手にした長身の男──自称〈赤き雨〉のオリヴァー・ランゲである。

レンが意外そうな顔をした。

「オリヴァーさんじゃん。こんなとこで何してんの? 見学?」

「兄に挨拶をしに来たのだ」

ピヨヨ、と鳴きながらティアは目を丸くした。

「オリヴァーさん、〈楔の塔〉にお兄さんがいるの?」

「あぁ、俺が〈楔の塔〉を志したのも、討伐室の最前線で戦う 兄者(あにじゃ) の力になるためなのだ」

ここに至るまでの長い年月を噛み締めるような口調で言い、オリヴァーは槍を強く握る。

(そっか、オリヴァーさんが再々々受験したのは、お兄さんの力になりたかったから……)

オリヴァーが入門してから日が経っているが、彼の兄は討伐室の任務で忙しく、なかなか会えなかったらしい。

今なら待機室にいると聞いたオリヴァーは、午後の個別授業の時間だが、討伐室の見学という名目で兄に会いに来たのだという。

(オリヴァーさん、お兄さんと仲良しなんだ)

ティアは首折り渓谷の姉達を思い出し、ペフッと嬉しい声を漏らす。

セビルが興味深そうに、討伐室の扉を見た。

「討伐室か。まだ、見学していなかったな。わたくしも同行して構わないか?」

「オレも。討伐室っつーか、オリヴァーさんのお兄さんが見てみたい」

「ピヨッ! わたしもわたしも!」

セビルとレンの言葉に、ティアもすかさず挙手をした。

オリヴァーの兄に興味があるというより、仲良し兄弟の再会を見て、幸せな気持ちになりたかったのだ。

兄に会うために何年も頑張ったオリヴァー。姉達に会いたいティア。

ちょっとだけ、ティアはオリヴァーに自分を重ねている。

「俺は構わない。なら、行こう」

先頭に立ったオリヴァーが、討伐室の待機室の扉をノックする。

扉を開けてくれたのは、焦茶の髪に三白眼、褐色の肌の青年──先ほど、フレデリクをおんぶして連れて行ったリカルド・アクスだ。

ティアはレンに小声で言った。

「さっきの人だね」

「討伐室の人だったんだな」

オリヴァーがリカルドに、兄に会いに来た旨を伝えると、「少々お待ちください」と言って中に引っ込む。

そのまま待つこと数分、扉が開いた。オリヴァーが意気揚々と声を張り上げる。

「兄者ぁー! 俺だ!」

返事の代わりに何かが飛んできた。槍だ。

槍の穂先はオリヴァーのツンツン髪を掠めて、廊下の壁に突き刺さる。

ガァン! と凄まじい音がして、廊下の壁が抉れた。

「ピョェェェェッ!?」

「ぎゃぁっ!?」

問答無用の攻撃に、ティアとレンは悲鳴をあげて後ずさる。セビルですら目を丸くしていた。オリヴァーだけが、いつもと変わらぬキリリとした表情のままだ。

張り詰めた空気の中、扉の向こう側から低い唸り声が響く。

「………………帰れ」

一人の青年が槍を投げた体勢で、額に青筋を浮かべている。

先ほど外で熟睡していたニコニコノッポさん──フレデリクだった。