軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【1】怖いぐらい綺麗

ランゲの里を発ち、〈楔の塔〉を目指すティア達は、道中、〈楔の塔〉内に魔物がいる可能性について話し合い、それを考慮しつつ、慎重に移動していた。

なお、話し合いの最中に、ヒュッターにも裏切り者疑惑が浮上したが、実のところティア達はヒュッターのことをそれほど疑っていない。

念のため、ヒュッターが一人で行動することのないよう、オットーと見習い一名が常にヒュッターに張り付いていたが、特に変わったこともなかった。ティアに分かったのは、ヒュッターが意外と鼻歌上手で、レパートリーが豊富だということぐらいだ(なので、楽しくなったティアは一緒にフンフン歌った)。

そうして、特に魔物と遭遇することもなく街道を進んでいた一行が異変に気づいたのは、丘を越え、遠くに霞んで見える〈楔の塔〉を目にした時のことだった。

「塔が……キラキラしてる?」

ティアの目には、冬晴れの空の下に見える〈楔の塔〉が、まるで氷の城のようにキラキラと輝いて見えた。

異変は近づくほど顕著になる。明らかに避難民と思しき者が街道を北上しているのだ。

ヒュッターが馬車を止めて、避難民の一人に声をかけた。

「どうも、こんにちは。我々は〈楔の塔〉に商売をしに行くところなんですがね。もしかして、塔で何かありました?」

「あんた知らないのか? 商売するなら、他のとこにしときな。魔物だよ、魔物の群れが〈楔の塔〉を占領したんだ!」

その言葉に、ティア、レン、セビル、ルキエ、ヒュッター、オットー──馬車にいた全員の顔色が変わる。

水晶領域から離れたダーウォック王城にすら、魔物が現れたのだ。なら、別の土地に現れてもおかしくはない。事実、それでランゲの里は襲撃を受けたのだ。

セビルが低い声で呟く。

「……なるほど、ランゲの里襲撃は陽動だったわけか」

事実、ランゲの里が襲撃されたことで、水晶領域周辺を警戒していた魔術師達は、一時的にランゲの里に集結せざるをえなかった。

そうしてランゲの里に実力者を惹きつけている間に、魔物達の本隊は本命である〈楔の塔〉を襲撃したというわけだ。

セビルの言葉に、オットーが顔をしかめる。

「クラウスは……メビウス首座塔主は、間に合わなかったのか」

ティアの胸の辺りがゾワゾワした。

魔物の存続をかけた戦いは始まっている、そう蜘蛛女は言っていた。その時、自分は人側に立つのか、魔物側に立つのか、ティアはまだ決めあぐねている。

(お姉ちゃんも〈楔の塔〉に……? でも、エラやローズさん達は……見習いのみんなは、どうなったの?)

もし、ハルピュイアが、見習いの仲間に手をかけていたら?

もし、見習いの仲間が、ハルピュイアを殺していたら?

──最悪の想像に、ティアの背筋が冷たくなる。

この場にいる誰もが〈楔の塔〉の仲間達の身を案じ、動揺していた。

普段は冷静なルキエですら青ざめているし、レンは軽口を叩く余裕もない。セビルは鋭い目で何事かを考えている。

ティアの喉が、焦りにペヴヴヴヴ……と音を立てる。その時、誰かがティアの頭にポフッと手を置いた。ヒュッターだ。

「進路変更だ。オットーさん、意見を聞かせてくれ。仮にあのオッサンの言う通り、〈楔の塔〉が占領されたとしたら……生き残った魔術師は、どこに潜伏すると思う?」

「……幾つか、想定される村があります」

「なら、その中で一番近いところに向かいましょう。ティア、こういう時に大事なのは?」

ティアは最近教わったばかりのことを、パッと口にした。

「いっぱい考える! ……と、その前に、じょーほーしゅーしゅ!」

「正解。襲撃してきた魔物の規模、〈楔の塔〉側の生き残りはいるのか、メビウス首座塔主は今、どこにいんのか、安全な場所はどこか……確認することは山ほどある。慎重に行くぞ」

ヒュッターの言葉に、喉に詰まっていた呼吸が通るようになった気がした。

少しだけ冷静さを取り戻したティアは考える。

(〈楔の塔〉の襲撃は……なんか、変。魔物の動きっぽくない)

〈楔の塔〉を魔物の群れが襲撃。ランゲの里の襲撃は陽動──そう聞いた時、ティアは強烈な違和感を覚えたのだ。

魔物というのは本来、他の種と協力をしない。それぞれが好き勝手に群れを作って好きに生きている。

だが、ここ最近の魔物達の行動には、戦略のようなものを感じた。

ティアに言わせると、それはとても「魔物らしくない」のだ。

(上位種の魔物が関与してるのは間違いない……けど、多分それだけじゃない)

誰かが裏で糸を引いている──それは、粘着質な悪意の糸だ。

その糸を手繰っていった先に、自分の知る存在がある。そんな予感がした。

情報収集をするにあたり、西の壁を越える提案をされたら……とティアは内心焦っていた。魔物であるティアは壁を超えられないからだ。

だがヒュッターは壁を越える提案をしなかった。壁の近くは魔物が待ち構えている可能性が高いのだという。

そこでティア達が向かったのは、〈楔の塔〉から二番目に近い位置にある村だ。少し小高い丘の上にあり、〈楔の塔〉を見下ろせるその村は、いざという時の避難場所の一つとして定められていた場所でもある。

昼過ぎ、村が見えてきた頃には、〈楔の塔〉の異常さもハッキリと目に見えるようになった。

〈楔の塔〉は塔そのものだけでなく、敷地のほぼ全域が水晶に覆われているのだ。まるで水晶領域のように。

塔の周辺には、獣型の魔物がうろついており、上空には目玉鳥の群れが飛び交っている。

人の領域を守る最後の砦が魔物に占領された。それは誰の目にも明らかな状況だった。

(あの辺り、魔力濃度が濃くなってる)

どうやったのかは知らないが、水晶に覆われた〈楔の塔〉は水晶領域化している。あれはもう、人間が暮らすことは叶わない魔物の領域だ。

それが人里近くに出現したのだから、人間達はさぞ驚いたことだろう。

「……不謹慎だけど」

変わり果てた〈楔の塔〉を見つめ、ルキエがボソリと呟く。

「綺麗だわ。怖いぐらいに」

ルキエの声には強い畏怖が滲んでいた。眉根を寄せたしかめっ面は、美しくて綺麗なものを見た時の表情とは思えない。だけど彼女は心から、それを綺麗だと思っているのだ。

レンもまた、ルキエとよく似た表情で頷く。

「……人間が生きられない空間ってさ、怖いぐらい綺麗だったりするよな」

その気持ちはティアにも少し分かる。ハルピュイアの目から見ても、水晶領域というのは美しくて、悍ましくて、恐ろしい空間なのだ。

(でも、とってもいびつ……)

人の造形物たる〈楔の塔〉に、魔物の領域である水晶領域を被せる行為は、獲物の首を晒す示威行為にも見えた。

それは、「お前達の最後の砦を汚してやったぞ、塗り替えてやったぞ」という、積年の鬱憤を晴らすような、暗い悦びまじりの示威だ。

* * *

冷静に状況を判断しているデキる男〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターを演じる三流詐欺師は、内心頭を抱えていた。

(マジでどういう状況なんだ……?)

彼が黒獅子皇に与えられた任務は、先帝と〈楔の塔〉の断絶の理由を調べること。

そのために〈夢幻の魔術師〉を名乗り、潜入していたわけだが、ちょっと外に出ている間に、肝心の潜入先が魔物に占領されてしまったなんて、想定外にも程がある。

(まずいな。ポッポー四号もまだ帰ってきてねぇし……)

一応、ダーウォック国王崩御のあたりで、手は打ってある。

問題は鳩なのだ。ハイディ宛に飛ばした鳩のポッポー四号が、まだ帰ってきていない。

ポッポー四号ちゃんは内気で大人しく、こっそり連れて行きたい時に便利なのだが、ちょっとドジで迷子になりやすいのだ。

(黒獅子皇もアホじゃねぇ。流石に俺の報告を読んで動いているはず……だが、タイミングが難しいんだよな。そういう意味でも、ポッポー四号に全てがかかってるんだが……)

帝国の命運は鳩に託されているのである。頼む四号。頑張って帰ってきてくれ。とヒュッターが祈っている間に、馬車は村にたどり着いた。

村は昼過ぎにもかかわらず閑散としている。

御者席の隣に座るヒュッターは、手綱を握るオットーに訊ねた。

「十三年前にも、魔物の襲撃があったと聞いたんですが、その時もこの村に避難を?」

十三年前、戦争に執着する上位種の魔物が〈楔の塔〉相手に戦争もどきを仕掛けてきたのだ。

その大規模襲撃で大勢死者が出たと聞く。

「えぇ、あの頃は予備戦力や調査室の人間なんかは、こっちの村で待機してましたが……非戦闘員や怪我人は、壁の向こう側にある別の村に避難しましたよ」

オットーは当時を思い出したのか、少し苦い顔で付け足す。

「俺もヘマして、結構な怪我をしちまって……壁の向こう側に逃がされたんです。あの時は、壁のギリギリまで魔物が来てて、壁がなかったら、多分俺達は全滅してた」

「……そうでしたか」

ヒュッターは短く返すにとどめ、それ以上は訊かないでおいた。オットーは、その大規模襲撃のタイミングで妻子を亡くしているからだ。

ただ、オットーは当時を思い出したのか、少し遠い目で言った。

「あの時はクラウスが……メビウス首座塔主がいたから、どうにかなったんです」

当時のメビウス首座塔主は、まだ討伐室の一員で、オットーの同僚だったという。

オットーとメビウスは同年代だが、この大規模襲撃の時に、出世の道は分かたれたのだろう。

十三年前の大規模襲撃でオットーは負傷し、壁の向こう側に避難せざるを得なくなった。

一方、メビウスはその時の活躍が取り立てられて、出世し、今では首座塔主だ。

それゆえ、オットーはメビウスに対して一歩引いている。ただ、彼は決して出世したメビウスを僻んでいるわけではないのだろう。

「ヒュッター先生、大丈夫ですよ。メビウス首座塔主と〈離別のイグナティオス〉が揃っているなら、魔物なんて恐るるに足らず、ってやつです」

メビウス首座塔主の前では、そっけない態度をとっていたくせに、本人がいないところでは熱のこもった口調で褒める。

オットーとメビウスはかつて戦友だった。心を許し合った同期仲間だ。

今のオットーにとってはメビウスは、もう手の届かない存在で、それでも絶大な信頼を寄せていることだけは変わらないのだろう。

「信頼してるんですね」

「あいつは俺と違って、本物の天才ですから」

オットーが勇気づけるように言ったその時、ティアが馬車の幌から顔を出した。

「ピロロ……ヒュッター先生。あっちから、知ってる声が聞こえる」

あっち、と言ってティアが指差した先には人の姿が見える。

ヒュッターもすぐにそれが誰か気がついた。顔に×印の傷痕のある男──討伐室のダマーだ。

ヒュッターは以前、ダマーに恐喝されている。あの時は、無詠唱幻術(手品)で切り抜けたが、できればあまり近づきたくない相手だ。

ここはオットーに任せよう、とヒュッターは口をつぐむ。

オットーはダマーの方に馬車を向けて、声をかけた。

「お久しぶりです、ダマーさん。他の皆さんもこちらに避難してるんですか?」

声をかけられたダマーは、オットーとヒュッターの背後にいるティアを見て、露骨に舌打ちした。

「チッ、ダーウォック遠征の見習い組かよ。ゴミ戦力ばっかじゃねぇか」

「ピヨップ! ダマーさん! 〈楔の塔〉はどうなったの?」

ティアの質問に、ダマーは自暴自棄を隠さぬ態度で歪に笑った。

「見りゃ分かんだろ、〈楔の塔〉は魔物達に乗っ取られた。死傷者多数。メビウス首座塔主とミリアム首座塔主補佐も重傷だ。多分もう助からないぜ」

オットーの顔から血の気が引いた。