軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【おまけ】人類の敵

人類の裏切り者アンネリーゼ・レームは、自分と同じ目的で潜入している魔物──フィンとの接触を必要最低限にしている。

接触する時は、あくまで指導員と見習い魔術師として。個別教室が異なるので、必要以上の接触は疑われかねない。

その上で、どうしても連絡をとる必要がある時だけ、資料の整理を手伝ってもらうという体で接触する。

──魔力量測定器に細工をしておいたわ。決まった手順で触れると、決まった数字が出る。計測係はゾンバルト先生になったから、私はサポートできない。気をつけて。

──魔力を込める紙、ティアさんと同じ魔力耐性がある物を用意したわ。授業ではこれを使って。

──魔法戦で筆記魔術を? ……貴方が魔力を込める役割にならないよう、早めに離脱した方が良いわね。

フィンの話では、ティア・フォーゲルはハルピュイアであるらしい。ただ、彼女のことは宰相から何も聞かされていない。フィンも知らないようだった。

ティアの言動を見るに、ティアもまた、フィンとレームが裏切り者であることを知らないのだろう。

(……魔物は人間の振りが下手だから、フィン君の演技がバレないようにするための撹乱要員かしら?)

アンネリーゼ・レームは人類の裏切り者で、いずれこの〈楔の塔〉の全てを敵に回すことになる。

それでも、見習い達の成長を見守りたいという気持ちも嘘ではないのだ。

頑張っている子がいるのなら応援したい。自分のアドバイスで見習い達が一皮剥けていく様子を見守るのは、素直に嬉しいし誇らしい。

(でも、もう限界ね……魔物達の襲撃が始まる前に、あの子達だけは、どうにか逃してあげなくちゃ)

間が悪いことに、魔物達の襲撃が近いこのタイミングで、ユリウスが反逆罪で拘束されてしまった。

レームにとって、ユリウスも大事な生徒の一人だ。なんとか解放できないか上層部に掛け合ってみたが、上層部はユリウスに呪いをかけて追放することを決めているらしい。

(せめて、アグニオールの指輪をユリウス君に届けることができれば……でも、それでアグニオールが大暴れしたら、こちらの作戦に支障が出かねない。〈楔の塔カリクレイア〉をアグニオールに破壊されても困るわ)

〈楔の塔カリクレイア〉を破壊すれば、西の壁が消滅する。それは魔物にとって喜ばしいことのように思えるが、宰相の目的は違うらしい。

宰相は〈楔の塔カリクレイア〉を手中に収めるつもりなのだ。〈楔の塔カリクレイア〉に水晶鋲を刺せば、〈楔の塔カリクレイア〉を水晶汚染できるのだという。

(水晶鋲……現代の魔導具とは違う。古代魔導具に近い、危険な代物だわ)

だが、これがあれば、レームの悲願は叶うのだ。

これを己の身に穿つ時、アンネリーゼ・レームは悲願を叶え、そして人類の敵になる。

水晶鋲を隠し持ったポケットを震える手で押さえたその時、資料室の扉をノックする音が聞こえた。

「レーム先生、オイラ、資料の片付け、手伝うよ……」

室内に入ってきたのはフィンだった。

足の裏に水晶鋲を刺しているフィンは、いつも足を引きずり歩く。演技ではない、本当に痛そうな歩き方──当然だ。足の裏に棘を刺して歩けば、魔物だって痛いに決まっている。

その本当に痛そうに足を引きずる歩き方が、フィンの魔物らしさを上手く誤魔化していた。ハルピュイアの不自然さ全開の歩き方とは違う。

「それじゃあ、少し手伝ってもらおうかしら。この棚の資料を、箱に詰めて欲しいの」

「これって、魔力器官損傷の……?」

「えぇ、その中でも役に立ちそうなものを……ヒュッター先生にお譲りしようと思って」

自分は間違ったやり方で己の体を治すけど、どうかヒュッターには人間らしい正しいやり方で、魔力器官の治療をしてほしい。

(あの人は裏切り者の私とは違う、本物の良い先生だもの。だったら……魔力器官損傷を治療して、生徒達の力になってあげてほしい)

自分勝手な願いだと分かっているが、それでもレームは、ヒュッターに己の夢を託さずにはいられなかった。

「レーム先生、オイラ……ユリウスを助けたいんだ」

「えぇ、今、上層部に掛け合っているわ。なるべく粘って交渉をしてみるつもりよ」

「ローズさんが、今夜、ゾフィーとユリウスを連れて逃げる」

資料を掴む手が止まる。レームは平静を装い、フィンを横目に見た。

フィンは強張った顔で、レームを見上げている。

「詳しく聞かせてちょうだい」

フィンは資料の内容を確認する素振りを取りつつ、小声で今晩決行予定の作戦について話した。

ロスヴィータとエラは、第一の塔〈白煙〉に封印されているアグニオールを回収。それから、水の魚で指輪をユリウスの元に届ける。ローズは防御結界で坂を作ってゾフィーを救出し、ユリウスと合流して塔の外へ。

一通り聞いたレームは、率直な感想を口にする。

「成功率は相当低いわね」

「え……」

「アグニオールの指輪には、上級魔術師がかけた対精霊用の封印が施されてる。ロスヴィータさんとエラさん二人で解除できるかしら? そもそも二人が指輪の元に辿り着けるかも怪しいわね」

「あう」

「ユリウス君に指輪を届けた後も、アグニオール頼りすぎるわ。ユリウス君の身体能力は決して高くないから、〈金の針〉の追手から逃げ切れるとは思えない」

「うぅ……だ、だから、オイラ……」

フィンが歯を食いしばる。そうすると、左上の歯が欠けていることが目立つ。

小柄なフィンはいつも皆に見下ろされる側だし、あまり口を大きく開けて喋らないので目立たないが。

欠けた歯は、そのまま欠けた彼の誇りを意味する。

「今夜、作戦中にオイラが騒ぎを起こす。魔物の姿に戻って暴れれば……時間稼ぎができるはずだ」

「宰相の作戦は全て台無しになるわね」

「わ、分かってる……でも……」

フィンはその場にしゃがみ込む。そうして膝を抱え、洟を啜った。

「ユリウスはオイラに勉強をいっぱい教えてくれたんだ。ゾフィーはハッピーエンドが好きなんだ……ゾフィーにユリウスを呪わせるなんて、させちゃ駄目だ……オイラ、それだけは嫌だ……」

あぁ、と嘆息しそうになるのをレームは噛み殺す。

同期のために必死になって、自分にできることはないか探して。

懐かしい。レームにとって同期との絆は何ものにも代え難い宝物だった。きっと、フィンにとってもそうなのだ。

「私達の計画を──契約者の拉致を早めましょう」

「えっ」

本来は、魔物の王がダーウォックから戻ったタイミングで決行する予定になっていた。

その時は、見習い達を野外演習ということで外に連れ出し、フィンだけは体調不良ということで〈楔の塔〉に残る算段だったのだ。

だが、このままだとユリウスは呪われ追放される。見習い達のユリウスとゾフィーを逃す作戦が成功する見込みは低い。

(ならば、一か八か……こちらの予定を早めて、今夜、契約者を拉致する)

西の壁は消え、〈楔の塔〉はしばらく大混乱になるだろう。

その上で、魔物の王が戻ったら、〈楔の塔カリクレイア〉を再襲撃すれば良いのだ。

「エラさん、ロスヴィータさんが侵入しやすいように、第一の塔〈白煙〉の職員に一服盛っておくわ。アグニオールの指輪の封印も、私が解除しておく」

「え、えぇと……?」

「ローズ君が、ユリウス君とゾフィーさんを逃すのよね? そのタイミングで魔物が攻めてきたら……誰も、ユリウス君達を追いかけるどころじゃなくなる」

既に、契約者の位置は把握済み。封印術式は厄介だが、近代・古典魔術の両方に精通しているレームは、既に解除術式を用意していた。

「このタイミングで、他の見習い達も一緒に外に逃がしましょう。魔物達が見習いを狙わないよう、なるべく配慮するけど、私が魔物に命令できるわけじゃないから、そこは気をつけて。特にロスヴィータさんは、〈原初の獣〉に恨みがあるから……」

「〈原初の獣〉様は、子どもは殺さないから、大丈夫だと思うけど……」

「魔物の『殺さない』を私は信用しない」

レームは元討伐室の人間だ。魔物の手で、殺されるより酷い目に遭った者達を何人も見てきている。

レームの言葉にフィンは困ったように黙り込んだ。そうだ、この小さな少年も魔物なのだ。

「見習いの子達が外に近づいたら、私が城壁を破壊して逃すわ。城壁の破壊をするなら……屋上に陣取るのが良いわね。貴方は地上、私は屋上。貴方のフォローはできないけど、いい?」

「うん」

「後で宰相に文句を言われるかもしれないけれど……作戦、成功させましょう」

「うん!」

アンネリーゼ・レームが、魔物達による〈楔の塔〉襲撃作戦を早めたのには、もう一つ理由がある。

(ヒュッター先生は今、〈楔の塔〉を留守にしている……今夜作戦を決行すれば、あの人は巻き込まれずに済む)

これから〈楔の塔〉は大混乱になるだろう。確実に血は流れる。

だからこそ、信用できる〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターに、見習い魔術師達を導いて欲しいのだ。