軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【14】均衡を崩す者

レンは血相を変えて言った。

「ヒュッター先生に言うのはまずいから、こうして夜にこっそり話してんだよ!」

「……ピョエ? なんでダメなの?」

ここでルキエもレンの意図に気づいたらしい。「そういうこと……でもそれは……」と眉間に深い皺を刻み、唸っている。

ここまできたら、最後まで話さないと駄目だろう。レンは腹を括った。

「見習いに魔物が隠れているんなら……ほぼ確実に協力者がいるんだよ。それもおそらく、指導員の中に」

魔物のティアは、魔力放出の訓練に苦心していた──ならば、見習いに潜んでいる人狼もそうであるべきではないか? 人狼はいかにして、あの訓練を切り抜けたのか?

ティアは魔力に耐性のある紙を貰うことで、魔力放出に成功した。

おそらく人狼も、その紙を手元に用意していたのだ。ということは、その紙を用意した協力者がいる。

……という推測は、ティアが魔物であることが前提だ。ルキエの前で話すわけにはいかないので、レンは少し言葉をぼかした。

「魔物が見習い魔術師の振りをするなら、サポート役がいると思うんだ。それなら、指導員が妥当だろ?」

ひとまずこの説明で、ルキエは納得してくれたらしい。

ついでに、この場にヒュッターがいない理由にも。

「なるほどね、そう考えると一番怪しいのはヒュッター先生だわ。入門試験直前に〈楔の塔〉にやってきたわけだし」

「あー……だから俺らに内緒で、夜更かしパーティしてたわけな?」

レンは扉の方を振り向き、ギョッとする。

扉を薄く開けて隙間からこちらを見ているのは、縦に並んだオッサンとオッサン。ヒュッターとオットーだった。

* * *

ヒュッターは手帳を見られた辺りから、レンがヒュッターの視線を気にしていることに気づいていた。

あの手帳に大したことは書いていない……が、レンは頭の回転の速い少年だ。ヒュッターが偽物であることに気づいた可能性もある。

なので、レンがこっそり部屋を抜け出した時、それをこっそり追いかけようとしたところ、運悪くオットーに見つかった。

『やー、なんか、レンがこっそり部屋を抜け出したらしくてですねー。男女の密会的なアレなら、指導員として注意しなくてはと思ってですね、はい』

と濁し、それなら一緒に行きましょうという話になった。

オットーはヒュッターの護衛をしてくれているのだろう。単独行動したい詐欺師には、ありがた迷惑である。

こうして、レンがヒュッターが詐欺師であると告発したら、どう誤魔化すべきか悩んでいたら、話は何やら変な方に転がっていった。

ゲラルト=人狼説が出た時は「なーるほどー」と思ったし、ゲラルトの正体を知った時はギョッとした。

セビルがヴァルムベルク辺境伯をダーリン呼ばわりしている事実には頭が痛くなったし、フィン=人狼説は「あいつら頭良いな」と素直に感心した。

そして、最後のオチがヒュッター=人狼の仲間説である。ずっこけそうになったが、なるほど理には適っていた。

もし、指導室に魔物の仲間がいるのなら、どう考えたってヒュッターが怪しい。それはセビルにも言われたことだ。

ヒュッターはオットーと共に室内に入ると、扉を閉めた。

「話は聞かせてもらった。フィンが人狼で、その協力者が指導室の中にいるって話だったな」

疑われている時、焦って否定するのは逆効果である。

そもそも、ヒュッターは人狼の協力者ではないのだ。ここは堂々としていればいい。

「客観的に見て、俺が怪しいっつーのも分かる……ので、俺のことは疑ったままで良い」

ヒュッターの発言に、見習い達が驚いたような顔をする。

護衛のオットーも困惑顔だ。

「良いんですかい、ヒュッター先生?」

「まぁ、俺が怪しいのは事実なんで。フィンが入門試験を受けたのと、俺が〈楔の塔〉に来たのはほぼ同時期。そりゃ疑うでしょう。人狼のサポート役で入り込んだのかなーって」

実際は黒獅子の手先の詐欺師なのだが、その事実には全く気づいていないらしい。

ならば、このまま〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターを続けるまでだ。

ヒュッターは苦悩を押し殺す大人の顔で言う。

「見習いの中に人狼が紛れ込んでいる可能性は、俺も考えていた……できれば、否定したかったがな」

嘘である。

「俺がその協力者として疑われているのは承知の上でだ、一応俺の見解も言っておくぞ」

フィンが人狼で、指導員の中にその協力者がいる──だとしたら、思い当たる人物がいる。

「指導室の魔術師の中に潜んでいる、人狼の協力者は……」

* * *

〈楔の塔〉を舞台にした、人と魔物の戦い。その戦況は拮抗していた。

〈楔の塔〉側は、メビウス首座塔主をはじめ討伐室の半数が遠征中で、戦力が半減している状態。一方、水晶鋲を穿った魔物達は、例外なく弱体化している。

上空の魔物達の指揮役である、オレンジ色のハルピュイアは魔力を帯びた歌で人を畏怖させ、魔物を鼓舞しようと試みたが、アルト塔主の歌詠魔術が妨害。

鳥の魔物達は、ピアノと歌声が響く第三の塔〈水泡〉を重点的に狙ったが、管理室の職人達が各々魔導具を用いて魔物達に反撃。

更に、第二の塔〈金の針〉塔主ローヴァインが、アルト塔主の護衛に当たっており、手堅い防衛戦をしている。

〈原初の獣〉が撃ち破った門からは、獣型の魔物が複数入り込んでいたが、こちらは討伐室、守護室、調査室の魔術師達が連携して、対処していた。

守護室室長ベルは剣を握り、前線に出て、詠唱が必要な魔術師達を援護。調査室室長ディールは魔物の特性を見極め、弱点に合った攻撃方法を指示し、上手く部下を動かしている。

おそらく、この場における人間側最大の功労者は二人。

一人は、〈原初の獣〉にたった一人で立ち向かっている見習い魔術師ゲラルト・アンカー。

水晶鋲を穿っていてもなお強大な力を持つ〈原初の獣〉は、間違いなく魔物側の最大戦力だ。ゲラルトの実力は、〈原初の獣〉に届くものではない。

ただ、〈原初の獣〉は若い剣士に興味を抱き、戦いを楽しんでいる──結果、魔物側の最大戦力をゲラルト一人で足止めする形になり、被害を最小限に抑えていた。

そしてもう一人の功労者が、討伐室室長フリッツ・ハイドン。

大剣を手に飛行魔術で空を飛び回る彼は、空を飛ぶ敵のほぼ全てをたった一人で足止め、撃墜していた。

ハイドンは大型の敵や近距離の敵と戦う時は、その大剣を振り回し、時に飛行魔術の落下速度を調整して、大剣の重量を活かした重い斬撃を放つ。

そして、中・遠距離の敵には雷の矢を放ち、遠距離攻撃。この遠距離攻撃の精度もずば抜けているのが、ハイドンの特徴だった。特に彼は追尾術式を得意としており、高い命中率を誇る。

遠近共に隙のない彼は、メビウス首座塔主不在の今、間違いなくこの〈楔の塔〉最強の戦士だ。

もし、戦況全体を見回すことができる者がいれば、第一の塔〈白煙〉がやけに静かだったことに、気づいていたかもしれない。

エラとロスヴィータが、何の障害もなく封印されたアグニオールを解放することができたのは、〈白煙〉の魔術師達が、軒並み寝静まっていたからであった。そのことを、エラもロスヴィータも気づいていない。

第一の塔〈白煙〉塔主エーベルですら、その時はユリウスが投獄された牢に足を運んでおり、事態に気づいていなかったのだ。

誰にも気づかれぬよう、第一の塔〈白煙〉の魔術師達に眠り薬を盛った犯人は、塔の屋上に出ると、詠唱を始めた。

空では鳥の魔物達がギャアギャア鳴きながら飛び交い、それが雷の矢で次々と撃ち落とされていく。素晴らしい精度だ。鳥の魔物達が回避しても雷の矢は滑らかに、かつ高速で追尾をし、確実に獲物を仕留める。精度もさることながら、射出速度が速いのだ。〈雷光の魔術師〉の二つ名は伊達じゃない。

少しの溜め。ハイドンを中心に光が生じる。ハイドンの狙いはオレンジ色のハルピュイアだ。

そのタイミングに合わせて、 彼女(、、) は術を発動した。

「解析完了」

ハイドンが放ったのと全く同じ雷の矢が、ハイドンの雷の矢の軌道を塞ぐ。バチバチと音を立てて、空に雷の花が咲いた。

──均衡が、崩れる。魔物側の優位に。

攻撃を妨害されたハイドンが目を剥き、犯人を凝視する。信じられない、信じたくない、という目で。

〈百眼の魔女〉アンネリーゼ・レームは、ハイドンに向かって片手を伸ばす。その手のひら、そしてトレードマークの短い前髪の下には埋め込まれた水晶鋲。

「本気で殺しに来てね。フリッツ君」

* * *

生徒達を見回し、ヒュッターは告げる。

「人狼の協力者は……レーム先生だ」