軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【3】消えたユリウス、古典魔術師の勘

「ユリウス・レーヴェニヒは反逆の疑いのため、一時的に拘束している」

午前の共通授業の場にて、指導室室長ヘーゲリヒは固い声で見習い魔術師達に告げる。

フィンはさぁっと青ざめた。

朝起きたら、部屋にユリウスがいなかった──というのは珍しくない。ユリウスは朝も夜も出歩いていることが多いからだ。ただ、今日は珍しいことに朝食の時間にも見かけなかった。

フィンは椅子から腰を浮かせた。

「な、なんでっ! ……反逆罪って、ユリウス、何をしたの?」

ヘーゲリヒは厳しい顔をしたまま、何も言わない。おそらく訊いても教えてはくれないのだろう。

教室にいる生徒は、男はフィン、ゲラルト、ローズ。女はゾフィー、ロスヴィータ。この五人だけだ。

ティア、セビル、ルキエ、レン、オリヴァーは遠征で外に出ており、エラは手の手術の経過観察のため、医務室に行っている。

ユリウスが拘束された今、教室にはいつもの半分もいなくなってしまった。

フィンが狼狽えていると、ロスヴィータがスッと挙手をする。

「ヘーゲリヒ室長。それは、ユリウスがどこかに侵入したということでしょうか? それとも、誰かに暴力を?」

普段からユリウスといがみ合っているロスヴィータだが、彼女の質問は冷静だ。冷静に状況を探ろうとしている。

「……立ち入り禁止区域に侵入を試みた、とだけ言っておこう」

ヘーゲリヒが苦渋の表情で言うと、ローズがすかさず口を挟んだ。

「それってさぁ、うっかり迷い込んじゃったってことはないかな? 〈楔の塔〉って広いしさ、そういうこともあり得ると思うぜー」

ユリウスに限ってそれはない、と室内にいる誰もが思っているだろう。多分、ローズもそうだ。それでも彼は、ユリウスの疑いを軽くできないか食い下がっている。

「……それも含めて調査中だよ、君ぃ。それともう一点、重大な連絡がある」

重大な連絡、の一言に、教室の空気がますます張りつめる。

ヘーゲリヒは低い声で言った。

「ダーウォック国王が崩御されたのだよ」

見習い魔術師達は皆、一斉に息を呑んだ。当然だ。

少し前、ダーウォック王城に魔物が現れ、王城を取り戻すために、メビウス首座塔主達が遠征している。そこに、見習いのティア達も同行しているのだ。

また、魔物が〈水晶領域〉を出ている状況を警戒し、オリヴァーがランゲの里へ連絡係として派遣されている。

「この件については情報が錯綜している。今は調査室が総出で情報収集にあたっているので、無闇に騒いだり、憶測でものを言ったりしないように」

騒ぎ出した見習い達を黙らせ、ヘーゲリヒはゾフィーを見た。

「今日の午前の共通授業は自習とする。それと、ゾフィー・シュヴァルツェンベルクは蔵書室のリンケ室長がお呼びだ。この後、すぐに向かいたまえ」

* * *

当然だが「自習していろ」と言われて、大人しくしていられる状況ではない。

教室内に残ったのは、フィン、ローズ、ゲラルト、ロスヴィータの四人。フィン以外の三人はそれぞれ椅子を動かし、フィンの周りに集まった。

ユリウスの心配をしているフィンを、気遣ってくれているのだ。

最初に切り出したのは、とんがり帽子のロスヴィータだ。

「どういうことだと思う?」

「ユリウス……朝起きたらいなかったんだ。オイラ、てっきり、いつもみたいに出歩いてるんだって思ってて……」

フィンが口ごもっていると、ローズが「あのさ」と口を挟んだ。

「アグニオールはどうしてるのかな。ユリウスが捕まったんなら、大暴れしそうな気がしないかい?」

確かにローズの言う通りだ。アグニオールは力の強い炎霊である。ユリウスの身に何かあったら、大暴れをするはず。だが、フィンはそういった騒ぎを耳にしていない。

その時、フィンはハッとした。

「ユリウス、時々、アグニオールの指輪を外すんだ。外したら、机の鍵付きの引き出しにしまってた……」

もしかしたら、まだ部屋にアグニオールの指輪があるかもしれない。

アグニオールに事情を聞いたら、何か分かるやも……と期待するフィンに、ゲラルトが気まずそうに言った。

「あの……僕、朝の鍛錬から戻った時、宿舎を出たフィンと入れ違いだったじゃないですか」

「うん、オイラ覚えてるよ。宿舎の入り口ですれ違ったよね」

「……大人達が、宿舎から机を運び出してるのを見ました。てっきり、古い机を処分してるのかと思ったのですが……もしかして、ユリウスの机だったのでは?」

フィンは息を呑み、教室を飛び出した。背後で皆が呼び止める声が聞こえるが、それを無視して、鈍臭い足を懸命に引きずりながら走る。足がズキズキと痛いが構うものか。

(ユリウス……ユリウス!)

外に出たところで足がもつれて転んだが、すぐに立ち上がって走り出す。宿舎の廊下を走り、自室の扉を開ける。

「…………う、そだぁ」

フィンとユリウスの部屋からは、ユリウスの分の机だけがなくなっていた。それ以外にも、部屋に置いてあったユリウスの私物がごっそりなくなっている。

立派なローブと杖も、ユリウスが繰り返し読んでいた本も、フィンによく貸してくれた筆記具も、何もない。

「……フィン」

背後で声がした。ローズだ。どうやらフィンを追いかけてきたらしい。

フィンはローズのズボンにしがみついた。

「ローズさん、どうしよう、ユリウスが……ユリウスが……っ」

ユリウスの父が〈楔の塔〉と何らかの確執があったことは、なんとなく聞いてはいた。ユリウスが〈楔の塔〉の何かを探っていたことも、同室のフィンは薄々察していたのだ。

(だけど、まさか、こんなことになるなんて)

どうしたら良いのか分からない。だけど、ユリウスが捕まったままなのは嫌だ。

ローズは廊下に人がいないのを確かめると、大きな体を屈めて小声で言った。

「フィン、ユリウスを助けよう」

ローズの言葉に、フィンはハッと顔を上げる。ローズは小さく頷いた。

「まずはさ、ユリウスに話を聞こう。本当に捕まるような悪いことをしたのか、濡れ衣なのか。濡れ衣なら、ユリウスの無罪を証明する証拠集めとか……こう、色々できることがあると思うんだ」

自分にも、何かできるだろうか……違う。探すのだ。自分にもできることを。

そして助けるのだ。〈楔の塔〉で初めてできた、友達を。

* * *

フィンが教室を飛び出し、その後をローズが追いかける。

教室に残されたのは、ロスヴィータとゲラルトの二人だけだ。

ゲラルトは、ローズのようにフィンを追いかけるべきか否かで迷っているようだった。彼は真面目なので、自習中に教室を飛び出すことに抵抗があるのだろう。

気まずそうにしているゲラルトに、ロスヴィータはボソリと低い声で言う。

「フィンには悪いけど、ユリウスが〈楔の塔〉をコソコソ嗅ぎ回っていたのは事実でしょ」

「…………」

ゲラルトが無言でロスヴィータを見る。長い前髪の下の目は、もの言いたげだった。

ゲラルトはユリウスと特別親しかったわけではないが、フィンとよく整備室の手伝いをしている。だから、フィンのことが気がかりなのだろう。

ロスヴィータは気まずさを誤魔化すように、とんがり帽子の縁をいじる。

「あいつが拘束されたことには驚かないわ。ただ……」

「ただ?」

「タイミングが、キナ臭いのよ」

今、ロスヴィータが敬愛するメビウス首座塔主が留守にしている。そのドサクサに紛れて、上層部はユリウスを始末しようとしているのではないか。そう感じたのだ。

なにより、このタイミングで蔵書室に呼び出されたゾフィーのことが気がかりだった。

「アタシは古典魔術の名家オーレンドルフの人間よ。だから……こういう時、古い家が担う役割を知っている」

ロスヴィータは手持ちの中で一番小さな枝を取り出し、詠唱をする。

「『不合理な献身、宿る雨、 眼(まなこ) を失くした魚達、泳ぎて映せ』」

小枝を水が包み込み、魚の形になる。偵察用の魔術だ。ロスヴィータはこの魚と視界を共有できる。ただし、声のやり取りまでは分からないが。

ロスヴィータは窓を開け、水の魚を外に放った。

「ゲラルト、教室に人が入ってこないよう見張って」

「……分かりました」

ロスヴィータは水の魚が極力人目につかないよう気をつけながら、第三の塔〈水泡〉に向けて飛ばす。塔の中にはまだ入らない。どうせ声までは聞き取れないのだから、窓の外から見える光景だけで充分だ。

(……それに、こういう話って、大抵鍵のかかった部屋でやるもんでしょ)

予想通り、蔵書室の奥の小部屋に、蔵書室室長リンケとゾフィーの姿が見えた。それと修道服の女──ミリアム首座塔主補佐の姿も。

ロスヴィータには、他人の唇の動きを正確に読む、なんて技術はない。それでも、ゾフィーの表情の変化に注視して、ロスヴィータは動向を見守る。

* * *

蔵書室を訪れたゾフィーを待っていたのは、ミリアム首座塔主補佐と、蔵書室室長リンケの二人だった。リンケはともかく、何故ミリアムもいるのだろう。

つまりそれだけ、大事な話があるということだ。

この部屋に呼び出された時から、ゾフィーは考えていた。最近使い方を練習している古代魔導具を使って、何かをしろということだろうか、と。

ついに自分にもその時がきたのだ。それは誇らしいが、今はそれより、ユリウスのことが気になって仕方がない。

(ユリウスが捕まってるのに、新しい仕事してる場合じゃないじゃん……)

仲間が拘束されている状態なのだ。活躍の場が増えたことを喜ぶ気にはなれない。

早く教室に戻って、同じ見習い仲間と話をしたかった。ユリウスが捕まったのは、きっと何かの間違いだよね〜、と喋って安心したい。

そんなことを考えるゾフィーの前で、ミリアム首座塔主補佐が口を開く。

「ゾフィー・シュヴァルツェンベルクに命じます。貴女の力で、ユリウス・レーヴェニヒを呪いなさい」